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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第六節>嵐の只中
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過去との決別 #66


(……とにかく、あの傭兵団の参謀とかいう男のツキは、異常だよ。なんとか、ヤツを止めなければ。……)


(……まあ、あんなヘラヘラしたヤツだからね。どうせ何も考えずに勢いで打っているだけなんだろう。……だったら、一度徹底的にヤツを負かして、ツキをこちらに引き寄せてしまえばいいだけの事さ。……)


 白い衣装に水色のマントを羽織った貴族の三男は、チャッチャッと、取ってきた手牌を自分の目の前のスタンドに立てながら、そんな事を考えていた。


 彼は、ティオの勝因を「異常なまでのツキ」だと考察していた。

 それ以外に、彼は、ティオの奇妙な勝ち方を説明出来なかったのだった。



「はーい。じゃあ、俺からですねー。……まずは、『5-5』でチップ2枚ずついただきますー。」


 新しい1マッチが始まると、ティオが最初に牌を切り出し、初手からボーナスチップを取っていった。

(……またか!……)

 と、内心貴族の三男は苦々しい思いで奥歯を噛み締めていた。


 ティオは、最初の順番決めで一番大きな数を頻繁に引くせいで、1マッチの始まりに真っ先に牌を切り出す場面がやけに多かった。

 しかも、自分が一番初めに切り出す時は、『1-4』『2-3』『5-5』といった、1枚で5の倍数となり、ボーナスチップを取れる牌を必ず手牌に持っていた。


 ボーナスチップは無理に狙い過ぎると手牌を切るペースが崩れ、結果的に、最も早く手牌をゼロにして上がる事が難しくなる、というリスクも伴っている。

 たまにドミノ列の端の目が5の倍数になるというラッキーで貰える程度のものであり、一番で上がった時に他のプレイヤーから彼らが残していた手牌の目の合計に応じて貰えるチップの数に比べれば、利潤はずっと少ない。

 よって、ボーナスチップ狙いの深追いは危険、という認識が、貴族の三男には、この『黄金の穴蔵』でドミノゲームに興じる長年の常連客同様にあった。


 それでも、1マッチの初めに初手で派手にボーナスチップを取られると、「さあ、これから!」という時に思い切り出鼻を挫かれた気持ちになってしまうものである。

 更に、これを連続でやられると、純粋にチップの数が減るだけでなく、精神的にかなりこたえるのだった。



(……そして、あの参謀君が最初に切り出す1戦では、彼はほぼ必ず勝っている。そういう時は、本当にこちらの手牌が悪いんだよね。……)


 貴族の三男は、改めて自分の手牌を眺め、ため息をつきたくなった。

 もちろん、勝負中なので、余裕の笑みを浮かべたポーカーフェイスを保ってはいたが。


 ずっと四人でゲームをしてきたが、先程ついに残っていた赤チップ卓の常連客の男が抜けてしまい、残ったのは自分とドゥアルテ、そして今日飛び入りで入った傭兵団の参謀とかいう二十歳前の若い男の三人になってしまっていた。

 ドミノはゲームとしては四人でも三人でも二人でもプレー可能なため、そのまま三人で続行する事になった。


 プレイヤーが三人となった事で、四人の時はそれぞれ手牌5枚からスタートだったものが、手牌6枚に増え、山と言われる余った牌も8枚から10枚に増えていた。

 自分の順番が来た時、手牌に出せる牌がない場合は、その山から場に出せる牌が出るまで引いてこなければならず、それは山の牌が残り2枚になるまで続く。

 つまり、最悪8枚引かされる事になる訳だ。


(……なんだよ、この手牌! しょっぱなからやる気がなくなる酷い有様だ!……)


 貴族の三男の手牌は『1-1』『2-2』『2-3』『2-6』『3-6』『6-6』だった。

 まず、『1-1』『2-2』『6-6』という、一つの数字でしか出す事の出来ない受けの狭いダブル牌の多さが気になるが……

 その上に、『2』『6』という数字が三つも被っていて、『3』も2枚被っていた。

 なかでも『6』という、誰かに先に上がられた時、手牌に残したままだと失点のかさむ大きな数字の牌が多いのは、嫌な予感しかしなかった。

 なんとか、早々に『6』の入った牌を場に出してしまいたい所だが。



 若い傭兵団の参謀から始まったので、順番は左回りに、次は右隣のドゥアルテの番となった。

「チッ!」

 しかし、ドゥアルテは、大きな舌打ちをして、山に手を伸ばした。

 どうやら参謀の『5-5』に繋がる牌が手牌になかったらしい。


(……ドゥアルテは、手牌に『5』が1枚もない、か。まあ、僕もだけれどね。……あーあー、何度も引いているね。運の悪い事だよ。……)


 結局ドゥアルテは山から3枚牌を引き、ようやく『5-5』に繋がる『5-0』の牌を手にして、それを垂直に繋げた。


「フッ! 合計10だ! お前らチップ2枚ずつ出せよ。」

「うわっ!『ボーナスチップ返し』されちゃいましたねー。こりゃ、まいったー!」


 参謀の若い男が自分の額を滑稽な動作でピシャリと叩いて嘆く一方で、貴族の三男はギリッと唇を噛んだまま、黙ってドゥアルテに赤チップを2枚手渡した。

 貴族の三男は、ドゥアルテにボーナスチップを取られた事を苦々しく思っていた訳ではなかった。

 問題は、その先……

 ドゥアルテが『5-0』と牌を繋げた事により、自分は『5』か『0』の牌を出さなければならなくなったのだが、そのどちらも自分の手牌にはなかったのだ。

 となると、先程のドゥアルテのように、繋がる牌が出るまで山から引いてこなければならない。


 なんとか、参謀の男が上がる前に自分が上がって彼の勢いを止めたい所だが、手牌が増えてはその計画も後退せざるを得なかった。

 仕方なしに、貴族の三男は山に手を伸ばした。

 引いたのは……『2-4』……思わず、ポーカーフェイスの笑みを保っていた唇の端が引きつった。

 2枚目を引いて……『1-2』……これも繋がらない上に、『2』が、元の手牌を加えると5枚も被る事になった。

 3枚目……『1-6』……ついに、「チイッ!」と声を漏らしていた。


(……もう『6』は要らないないんだよ! しかも『1』まで被りが増えていく!……)


 しかし、4枚目……『3-3』……またもやダブル牌、しかも、もう2枚も持っている『3』の牌が被る結果になった。

 なんとか5枚目で……『0-4』……ようやく『5-0』に繋がる牌が弾けたので、列に並べられたが……

 結局、最初の一巡で、山からドゥアルテが3枚、貴族の三男が5枚も引いて、山は残り2枚となり、もう引く牌がない状態に陥っていた。


(……な、なんだよ、これは! こんな事ってあるのか?……)


 たったの一巡で6枚から始まった手牌が10枚に増えた時点で、貴族の三男は、サアッと血の気が引く思いだった。

 普通なら、到底ここから巻き返せるとは思えなかったが……


(……い、いやいや! 参謀君だって、出せる牌がないかもしれないじゃないか! 何しろ、僕とドゥアルテがこれだけ牌を持っているんだからな! ま、まだ、勝負は分からないぞ!……)


 取り繕っていた笑みが消えて険しい表情になった貴族の三男を見て、ドゥアルテがあざけるように言った。


「ハハッ! 5枚も引いてやっとかよ! 酷い運だな!」

「なっ!……き、君だって、さっき3枚も引いていただろう?」

「ま、まあまあ、落ち着いて下さいよ、お二人ともー! ドミノは紳士のゲームでしょうー?」


 あまりの酷い展開に苛立ち気が立っている二人を、参謀の若い男が腰の低い態度で必死にとりなしてきた。

 貴族の三男は、腹立たしさを抱えながらも、「さっさとゲームを進めたまえよ、君の番だろう?」と、参謀の若い男にアゴをしゃくって促した。

「あ、ではではー……」

 そう言って、若い男は、5枚残っている自分の手牌を、スッとスタンドから1枚抜き取り……

 ツッと、『5-5』『5-0』『0-4』と並んだ列の端の『4』に繋がるように置いた。


「『4-5』で、合計15になりますー。ボーナスチップ3枚ずついただきますー。どうもすみませんー。」



(……は、はあ!?『4-5』だって!?……)


 若い参謀が二枚目の手牌を切った瞬間、貴族の三男の頭の中で、グルグルと思考が回りだしていた。


(……待て……待て待て待て!……僕の手牌には、1枚も『5』のついた牌はないんだぞ! それは、ドゥアルテも同じだ! さっき、山から3枚引いて、その3枚目にようやく『5-0』を引き当てて繋げたのだから明白だ!……僕の手牌は10枚、ドゥアルテの手牌は8枚、合計18枚。その中に一枚も『5』のついた牌はない。じゃあ、一体どこにある?……)


(……『5』のついた牌は全部で7枚。『0-5』『1-5』『2-5』『3-5』『4-5』『5-5』『5-6』だ。その内、『0-5』はさっきドゥアルテがなんとか山から引いて切った。『5-5』は最初に、参謀の若造が切った。そして、今、もう1枚『4-5』を切った。……『0-5』『4-5』『5-5』が場に出たという事は、残り4枚はある筈だ。……参謀の手札の残りは4枚、もう引けなくなった山の残りが2枚、合わせて6枚。この6枚中4枚も『5』があるのか!……いや……いやいや、待てよ……)


(……残りの山の両方が『5』の牌だったとしても、参謀の手札には最低2枚は『5』がある事になる! つまり、参謀が最初に持っていた手牌の6枚中最低4枚は『5』の入った牌!……)


(……な、なんだよ! なんなんだよ、この偏りは! 明らかに異常だろう!……)


(……ま、まさか……残りの手牌4枚全部『5』の牌なんて事は、さすがにないよな?……)


 普通なら、同じ数字の入った牌が何枚も手牌にあると受けが狭くなり、様々な場面に対応しにくくなるものだが……

 逆に、その状況を利用する方法があった。

 自分の手牌に同じ数字の牌が多くあるという事は、相手の手牌にその数字がないという事。

 それを活かして、自分の手牌に多くある数字を出し続け、他のプレイヤーが牌を切る事を阻止するのだ。

 実際、今参謀の若者は、『5』がドミノ列の端になるように連続で出し、『5』を1枚も持っていない貴族の三男とドゥアルテは、切る牌がなくて手牌が減らないどころか、山から大量に新たな牌を引いてきて手牌を増やしてしまっていた。


「フン!……もう引く牌がないから、俺はパスだ。」


 そう言って、早々にパスを宣言したドゥアルテが、呆然としている貴族の三男をせかした。


「おい、早く切れよ。」

「……あっ!……ぼ、僕もパスだ。」

「はあ? お前もパスだって?」

「い、いや、それぐらい分かるだろう? 僕がさっきの一巡で出せる牌がなくて山から引いていたのを、君だって見ていた筈だよ?」

「知るか。俺はお前の手牌なんて一々考えて打ってねぇんだよ。」

「ドゥアルテ、君ねぇ……」

「ハイハイー! じゃあ、お二人ともパスという事でー、俺の番ですねー。」


 出せる牌がなく増えた手牌を減らせない焦りと不満で貴族の三男とドゥアルテが口論になりかけるのを妨げるように、参謀の若者が割って入ってきた。

 そして、考えなしに打っているドゥアルテとは対象的に、当然貴族の三男のパスを予想していたらしい迷いのない手つきで……

 自分の手牌をまた1枚、手元のスタンドから抜き出すと、スタッと場に切り出す。


「『5-6』ですー。あー、残念! ボーナスチップならずー!」


 参謀の若者は、先程自分の出した『4-5』の牌に繋がるように『5-6』と並べた。

 これで、ドミノ列の端がようやく『5』ではなくなったが、少なくともストレートに参謀の手牌は減って残り3枚となった。


(……『5-6』!? ま、また『5』の牌だと!?……やっぱりコイツが持ってたのか!『5』を重ねて、僕達の牌を止めやがって!……)


(……い、いや、落ち着け!……最低残り2枚の『5』の牌が、アイツの手牌にある事はさっきから分かっていた。そ、それに、手牌に同じ数字が多ければ、対戦相手の牌をブロックするように打つのは良く使う手だ。何もそんなに驚く事じゃない。……)


(……今は、とにかく少しでも自分の手牌を減らす事を考えるんだ。僕の手牌は『1-1』『2-2』『2-3』『2-6』『3-6』『6-6』に、さっき山から引いた『2-4』『1-2』『1-6』『3-3』がある。これだけあれば、切る牌に困りはしない筈だ。……)


 すると、同じような事を思っているらしいドゥアルテが、ここぞとばかりに『6-4』という大きな数字の牌を切り出してきた。

(……よし、いいぞ!……)

 と、貴族の三男も、『4-2』と繋げるが……


「『2-5』で、また合計15になりましたー! チップ3枚ずつ下さいー!」


 参謀の男が、間髪置かずに『2-5』と繋げ三度ボーナスチップ宣言をした事で、貴族の三男の頭からは、わずに見えたと思った希望の光が消し飛んでいた。


「また『5』の牌だって!? そして、また15でボーナスチップ!?」


 あまりの衝撃に、普段なら心の中で吐くべき言葉が口から出てしまっていた。

 そんな尋常でない貴族の三男の動揺に、参謀の若者は気づいているのかいないのか、ペロッと舌を出していたずらっぽく笑う。


「なーんか、俺、この1戦、メチャクチャついてるみたいですねー!」


 「チッ!」と大きな舌打ちと共に、ドゥアルテがチップをテーブルに放り、「俺はパスだ」と宣言した。

 当然、貴族の三男もボーナスチップを払い、「パス」を宣言する。

 二巡前の段階で二人共に『5』の牌は手牌になく、引く山もなくなっているので、悪い意味で進行は早かった。


 すると……


「じゃあ、『5-1』と。」


 参謀の男は、自分の手牌から迷わずスイッと牌を切り出してきた。


(……また、『5』!? コイツ、これで5枚目の『5』の牌だぞ! 一体どうなって……)


(……い、いや、もし、アイツの最後の手牌まで『5』の牌、つまり『5』の残りの1枚『3-5』だったとすると、この勝負は……)


 貴族の三男の悪い予感をなぞるように、参謀の若者は、最後の1枚を切る順番が来る前に言った。


「ああ、もう、これで、この1戦、俺の勝ちが決まりましたねー!」

「はあ?」


 まだ事情を飲み込めていないドゥアルテが、手牌から『1-4』と切り出したが、もはや、対戦相手のドゥアルテと貴族の三男が何を切ってこようが関係のない事だった。

 もっとも、貴族の三男は、『4』の牌がなく、みたび「パス」をする事になっていたが。


 参謀の若者は、手元のスタンドに1枚だけ残っていた牌を手に取り、一番初めに自分が出した、ダブル牌『5-5』の、列の伸びていないもう片側に、スッと繋げた。

 そして、子供のような無邪気な笑顔で高らかに宣言していた。


「はい、『3-5』でドミノですー! 上がりましたー!」


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「ドミノゲーム」

最初に順番を決め、はじめの人間から左回りに一枚ずつ牌を出していく。

一番早く自分の手牌がなくなった人間の勝ちとなり、そこでゲームが終了する。

他のプレイヤーは、その時手元に残っていた牌の目の合計分のチップを、勝った人間に支払う。

(※作中では、既存のドミノゲームのルールに手を加えたオリジナルのルールとなっています。)

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