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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第六節>嵐の只中
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過去との決別 #65


「今夜は面白い勝負が見られそうですな。私もこちらで拝見しても構いませんか? もちろん、間違ってもお客様方の邪魔はいたしません。」


 鳥の羽で出来た奇妙なマントを羽織ったこの『黄金の穴蔵』のオーナーだと言う男は、挨拶の後、壇上の椅子に座って観戦する事になった。

 元々、赤チップ卓の客の中で、人数の関係でゲームに入れない者は、テーブルから少し離れた場所に置かれた椅子に腰掛けて勝負の成り行きを見守りつつ、自分の出番が来るのを待っていた。

 椅子の近くには、酒やつまみの乗った小さな丸テーブルも置かれ、快適に待ち時間を潰せるように心配りがされていた。

 オーナーは、椅子に座ると、しゃれたレリーフの彫られた金属製のケースを取り出し、中から葉巻を一本摘んで口に咥えた。

 すぐに、先程の従業員の制服を着た老人が燭台を差し出し、火をつけていた。


「じゃ、じゃあ、そろそろ僕達も続きを始めようか。」

「ああ、さっさと始めるぞ。……おい、お前、入れ。」


 ドゥアルテに呼ばれて……

 ついに、赤チップ卓の常連で、テーブルに入らずにいた最後の一人であるもう一人の貴族の男が立ち上がったが、彼は、空いた席を見て、嫌そうに眉間にシワを寄せた。


「入るのは構わないが、その席は勘弁してくれ。げんが悪い。」


 どうやら、つい今し方まで地方の大地主が座っていた席に座るのを嫌厭しているようだった。

 確かに、その席は、材木問屋と大地主の二人が続いて大負けして、壇上から転げ落ちるように去っていった場所だった。

 とかく、ギャンブルを好む者は「運」というものに敏感になり、自分の「運」が少しでも悪くなるような事はしたがらないものだ。


「チッ! 臆病者が!」

「まあまあ、ドゥアルテ殿。彼の気持ちも分かるよ。どうだい、ここは、一度席替えといこいうじゃないか。」


 こうして、裏返したドミノの牌を各自一枚引き、目の数の少ない者から、外ウマの番号に合わせて一番の席、二番の席と、順番に座る事になった。

 ここで、ティオは、三番を引いて、今まで貴族の三男が座っていた席に移動した。

 貴族の三男は、二番を引いて、今まで通りティオの左隣となった。

 自分で言い出した事だったので文句は言わなかったが、やはり今まで負け続けの二番の席に座るのは気分が悪そうな顔をしていた。

 ドゥアルテは、四番を引き、今までティオが座っていた席に移動し、こちらも、ティオの右隣であるという位置関係は変わらなかった。

 最後に、新しく入った貴族の男は、一番の席に座った。


(……ティオ君の、いや、みんなの外ウマに対応する数字が変わった。サインを間違わないようにしないと。……)


 ティオの付き添いであり、彼の出すサインを読み取って外ウマの席に居るボロツにサインを出す役割のチェレンチーも、ティオの後ろに移動した。

 チラとボロツに視線を向けると、(分かった!)という様子で、頭の上で腕で大きな丸を作って見せていた。


「では、始めましょうかー。皆さん、改めてよろしくお願いしますー。」


 ティオがテーブルに集った対戦者達にペコリと一礼して、さっそく牌を切り出し、勝負が再開する。

 賭博場のオーナーは、そんな光景を、ゴブレットに入ったワインを口に運びながら見守り、その側には使用人の老人が影のように静かに控える形となった。



「ドミノ!……またまた俺が勝っちゃいましたねー! どうやら、いい波が来てるみたいですー!」


 ティオは、カチリと、最後の手牌をテーブルの中央に伸びるドミノの列の最後尾に並べ終えて、ニコリと笑った。

 フンフンと鼻歌交じりに、この場に似つかわしくない呑気な調子で終始ティオはドミノを打っていた。

 まるで、子供が地面に石を並べて遊んでいるかのように。


「これで、新しい方が入っての、2マッチ目も終わりですかー。いやー、あっという間ですねー。」


「それにしても、ようやく眠気が引いてきましたよー。ほら、眠気って、波があるじゃないですかー。さっきまでは気を抜くとその高波に意識が持っていかれそうだったんですがー、今はスッキリして、実にいい感じに頭が冴えていますー。これは、次のマッチも勝っちゃいそうだなー。」


 しかし、浮かれているのはティオ一人で、テーブルの空気は今までになく重かった。


 赤チップ卓の常連最後の一人である貴族の男を勝負のテーブルに入れ、席替えをしてからこちらの2マッチ……

 ティオは、はた目にはっきりと分かる程大勝していた。

 そして、ティオ以外の残りの三人は、明らかに点数が沈んでいた。



 ティオが、負け続けていた時は、ドゥアルテが大勝し、貴族の三男が少しプラスになるぐらいに勝ち、ティオが負け、もう一人のプレイヤーである材木問屋の男や地主の男が大敗している構図だった。

 それが、およそ5マッチ続いて、まず最初の2マッチで材木問屋が抜け、代わりに地主の男がテーブルに入って、同時にオケラになっていたティオが最後の1/3の資金を全てチップに替えた。

 次の3マッチで、またまたティオは赤チップ2枚だけ残して負けかけたが、最後の一戦で巻き返し、なんとか首の皮一枚で繋がった形で勝負を続行する権利を得た。

 が、ここで地主の男がチップがつき、自分の持っている土地を担保に店側から大金を借りた。


 ここから、ティオの攻勢がジワジワと始まる。

 ティオが1マッチごとの勝敗では必ず一位になり、入れ替わってドゥアルテは二位に落ちた。

 当然、ドゥアルテの1マッチごとの勝ち分もガクッと減ったが、まだ今までの総得点ではティオに勝っている状態だった。

 一方、貴族の三男は三位になり、マイナスに転落した。

 とは言っても、総得点での負けはまだ微々たるもので、本人も余裕を見せていた。

 そして、地主の男は、金を借りてから4マッチ目の終わりで、赤チップが一枚だけしか残っていないという悲惨な状態になってしまった。

 その後、男は、ティオの誘導もあり、ついに自分の大敗を受け入れて、テーブルを去っていった。



 そんな経過を経て、新しいプレイヤーが入り、席替えもして、仕切り直しのこの2マッチ……

 明らかに、今までとこの場の空気が変わった事を、ティオの後ろに立って勝負をつぶさに見ていたチェレンチーはピリピリと感じていた。


 ティオの打ち回しに、容赦がなくなっていた。

 当然のごとく、新しく入ったばかりの貴族の男からチップを次々吐き出させていたが、同様に、今までずっとプレーしてきたドゥアルテと貴族の三男からもチップを巻き上げだしていた。

 完全にティオの一人勝ちで、他三人はほぼ均等に大敗していた。

 今までの勝ち分があるので、ドゥアルテはまだティオがこのテーブルに入ってから総得点で浮いてはいたが……

 ついに、貴族の三男は、青ざめる程負けが込んだ状態に陥っていた。

 新しく入ったもう一人の貴族の男は、たったの2マッチで、持っていたチップのほとんど全てを失って、震えながらガタンと席を立った。


「……わ、私は、もう抜ける! 今日は、このテーブルで打つのはやめた方がいい気がする!」


 男には、先程持っていた財産の多くを失い精神的にボロボロになってテーブルを去った地主の男の悲惨な姿が目に浮かんでいた事だろう。

 このままでは自分もああなるのではないか、との恐怖に駆られた様子で、「おい!」「待ちたまえよ、君!」とドゥアルテと貴族の三男が止めるのも聞かず、慌ただしくて自分の荷物をまとめ、ろくに挨拶もせずに店の出口に向かって足早に去っていってしまった。


「あららー。三人になっちゃいましたねー。どうしましょうかー? もう入る人も居ないようですしー。困ったなぁー。」


 ティオが、まるで他人事のように、腕を広げて肩をすくめとぼけた顔をする一方で……

 先程入ったばかりの貴族の男が抜けた事で、赤チップ卓の周りにつめかけていた観衆にざわめきが広がっていた。


 さすがに、材木問屋、大地主に続き、早々に三人目の退出者が出るというのは、異常な事態だった。

 この『黄金の穴蔵』でも最も裕福な客層である赤チップ卓の常連が、なりふり構わず勝負を降りて逃げ出す程負けるのは滅多にある事ではなく、それが三人も続くとなると尚更だった。

 普段はほとんど姿を見せないオーナーが様子を見にやって来た事で、ますますテーブルの周囲に客が集まってきていたが……

 今や、店のほとんどの人間が、自分のドミノゲームそっちのけで、赤チップ卓の勝負の行方を固唾をのんで見守っている状況だった。


 その内の大半が、元々こんな賭博場に来るだけあって、ボロツと同じく、見ているだけでは飽き足らず外ウマに賭けだしていた。

 外ウマのカウンターには人がドッと詰めかけ、赤チップ卓のテーブルのある壇上を囲むように並んだ長椅子ももう満員で、立ち見の客が多数出ている。

 ボロツが、頭一つ抜けた巨体でそんな人混みをなんなく掻き分け、せっせと外ウマに賭け続けている様子を確認して、チェレンチーはホッと胸を撫で下していた。


(……それにしても、これだけ勝っているのに、まだティオ君に賭ける人はそんなに多くないんだよね。……)


 確かに、ティオは今日この店に来たばかりの新参者で、かつ、ドミノゲームの初心者だった。

 「ビギナーズラックでたまたま勝っているルーキー」という、ここに来るまでの裸チップ卓や白チップ卓での演出が功を奏していたのもあるだろう。

 また、赤チップ卓に入ったばかりの頃はずっと負け続けていたため、ここはやはり、常連で安定感のあるドゥアルテや貴族の三男が勝つだろうと考える者も多かったに違いない。


 しかし、チェレンチーは、奇妙な状況になっている事に気づいていた。

 外ウマに賭けている者達が、時折何やらとても不思議そうに首を傾げているのだ。


「……うーん。確かにあの傭兵団の若者は、ここの所一番勝ちが多いが、たった2マッチで入ったばかりの男が逃げる程勝っていたのか?」

「ドゥアルテやもう一人だって、傭兵団の若造程じゃないにしても、それなりに勝っていたと思うんだがなぁ。」


 そう、外ウマに賭けている人間には、「どの人間が一番で勝ったか」という事しか伝わっていなかった。

 彼らは、1戦で、あるいは1マッチで、一番に勝つ人間を予想して賭けている。

 その予想の当たり外れで、配当金が貰えて大儲けしたり、逆に賭けた金を全額スってしまったりを繰り返すのみであった。


(……ここが、ティオ君の巧みな所だよなぁ。……)


(……当然、ティオ君の事だから、偶然なんかじゃ絶対ない。これも全部計算の上だろう。……)


(……ティオ君は、傭兵団の資金をボロツ副団長に頼んでずっと外ウマに賭けさせている。そんな状況下で、自分は大勝を続けながらも、外ウマでは、自分に賭ける人間が多くなり過ぎて、ボロツ副団長の儲けが薄くならないようにと、自分が勝つ回数を調節しているんだろうな。……)


 たったチップ一枚の差で勝っても、勝ちは勝ち。

 逆に、何十枚と大差をつけて勝っても、ただの一勝である。

 つまり、ティオは、自分が勝つ時には、他三人からチップを驚く程大量に巻き上げて勝ち……

 反対に、他三人が勝つ時には、自分はほんのわずかなチップしか払っていなかったのだった。


 その結果、勝敗しか分からない外ウマに賭けている人間は、ティオの勝率はさほど驚異的だと感じていなかった。

 しかし、実際に赤チップ卓のテーブルを囲んでいるプレイヤーにとっては、勝敗だけでなく「どれだけの量のチップが動いたか」というのが重要だった。

 同じ二勝二敗でも、10枚勝って30枚負けるのと、30枚勝って10枚負けているのでは大違いだった。

 そのトータルで得たチップの差は、いつもティオがその1マッチの勝者であった事で現れてはいたのだが、内情を知らない外ウマの観客達には、なかなか気づけない事だった。



「さーて、俺もどうしようかなぁ? はじめの方の負け分はバッチリ回収出来たしー、それどころか、二倍に増えたしー、夜もすっかり遅くちゃったしー……」


「って、事で、俺もそろそろ抜けますねー。エヘヘー。」


 今にも零れ落ちそうな程赤チップが積まれた自分の木箱を手に、ボサボサの黒髪を掻いてヘラヘラ笑いながら立ち上がろうとするティオを……

 左の席の貴族の三男と、右の席のドゥアルテが、ほぼ同時にギッと睨みつけて止めていた。


「お、おいおい、傭兵団の参謀君! 勝ち逃げは良くないなぁ! それに、こんな一晩中ドミノを打ち続ける場所で、夜が遅くなったなんて、帰る理由にはならないんだよ!」

「俺達との勝負は、まだ終わっちゃいないぞ! 自分が少し勝ったからって、勝負の途中で都合良く抜けられると思ってるのか?……さっさと座れ! 続きをやるぞ!」


 たっぷり稼いだチップを手にテーブルを去ろうとしたティオは、対照的に一気に手持ちのチップが少なくなり追い詰められた貴族の三男とドゥアルテの(絶対に逃してなるものか!)と言わんばかりの迫力に飲まれて、浮かしていた腰を再び椅子に下ろしていた。

 背を丸めて、キョロキョロと二人の顔を見比べる。


「わ、分かりましたよぅ。お二人にそこまで言われたら、お付き合いする他ないですねー。今夜はとことん勝負しますよー。」


 貴族の三男とドゥアルテは、気の弱そうなティオが自分達に流されたと思い込み、ニヤリと黒い笑みを浮かべていたが……

 実は、ティオには、初めからこの程度の勝ちでせっかく着いた赤チップ卓を抜けるつもりなど更々なかった事を、彼の後ろで背筋を伸ばして静かに立っているチェレンチーは、良く知っていた。


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「チップの交換」

賭博場『黄金の穴蔵』では、ゲームの勝敗で発生する金銭のやり取りや、賭博場内のサービスなどは全てチップで支払う事が決められている。

客は、賭博場で遊ぶ際、まず最初に現金を専用のチップに交換する。

チップの交換や両替は、専用のカウンターに持っていって係りの者に頼む他、赤チップ卓のような場所では、雑用をしている従業員を呼び、代わりにカウンターに持っていかせて替える者も多かった。

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