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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第五節>壇上の死闘
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過去との決別 #58

 

「君! そこの傭兵団の君!」

「……ん……ああ、俺ですか?」

「そうだよ、参謀君。君の番だ。早く切りたまえよ。また君の所で止まっているじゃないか。」

「おっと、これは失礼しました。」


 テーブルに頬杖をついてうつらうつらしていたティオは、左隣の席に座った貴族の三男に急かされてハッと顔を上げると、ワタワタと、場に出ている牌と自分の手牌を確認し、パタリと一枚表向きに倒した。

 それを、不慣れな手つきでドミノの列に繋がるように並べながら、ふわぁとあくびをする。

 そんな様子を、貴族の三男は呆れ果てたような顔で見つめていた。


「……やれやれ、この『赤チップ卓』に座って居眠りをするとは! 君の神経の太さには、驚きを禁じ得ないな。」

「いやぁ、すみませんー! この所金策のためずっと忙しくあちこち駆け回っていたものでしてー。貧乏暇なしと言いますかー。どうやら疲れが出てきてしまったようですー。普段の傭兵団なら、消灯時間も過ぎて、もうみんな眠っている時間ですしねー。」

「子供かよ!……まあ、ドミノの腕も子供レベルのようだがな。……そら、合計『15』だ。チップ3枚オール!」


 右隣のドゥアルテが、ボリボリ頭を掻いて弁解するティオを鼻で笑って、カチリと手牌を繋げると、高らかに宣言した。

 ティオは、「ああー!」と天井を仰いで嘆いてはシャカシャカ両手で頭を掻き回し、元々ボサボサの頭はますます酷い有様になっていた。


「まただー! やっちゃったなぁー! ああ、もう、運がないなぁー!」

「フン! お前に運がない訳じゃない。ただ、下手クソなだけだ。もしくは、俺の強運に勝てないだけだ。」

「ドゥアルテ殿は、久しぶりに調子が良いようだね。まあ、僕も負けてはいないよ。」


 ティオは、ドゥアルテに赤チップを三枚手渡すと、苛立ったように、タンタンタンと人差し指でテーブルを叩いた。


「おい。さっきから、そのムダにテーブルを叩くのをやめろ。うっとうしいんだよ。」

「あ!……す、すみませんー! これは昔からの俺の癖でしてー。ついついやっちゃうんですよねー。」


 ティオはドゥアルテに注意を受けて、ペコペコ頭を下げていた。


 

(……もうすぐ『赤チップ卓』での2マッチ目が終わる。……)


 ティオの後ろで、体の前で手を重ね背を伸ばして大人しく立っていたチェレンチーは、現状を心の中で確認した。


 1マッチは、はじめに牌を切る人間が、一勝負ごとに左にずれ、二周り、つまり、8戦する。

 現在テーブルでは、2マッチ目も、後一戦で終わるという所まできていた。

 ここまで、ドゥアルテが断トツでトップだった。

 二番手は例の貴族の三男で、一番ではないものの、かなり勝っている。

 ティオは三番手ではあるが、負けが込んで、もう木箱にチップがわずかしか残っていない。

 ドベは、材木問屋の男で、彼が一番負け越しており、ティオと材木問屋の男の負け分が、ドゥアルテと貴族の三男に行っているといった状況だった。


(……そ、それにしても、赤チップ1枚が銀貨一枚分の価値かと思うと、ヒヤヒヤしっぱなしだよ! とても生きた心地がしない!……)


 改めて、さっきドゥアルテが取ったボーナスチップで一人赤チップ3枚、合計9枚……現金換算、金貨一枚近い金が一瞬で飛んでいく様を目の当たりにして、ゾクゾクと背筋が寒くなる思いのするチェレンチーだった。


(……ティオ君は、ここまで相当負けている。でも……)


 2マッチ目の7戦目が終わり、最後の一戦にかかろうと、裏返したドミノ牌を皆で良く混ぜて、順番に一枚ずつ取っては、自分の手元のスタンドに立てた所で……

 ティオの指先が、トトト、と素早くテーブルの端を叩くのを、チェレンチーはしっかりと見た。

 チェレンチーは、ティオから送られたサイン通り、さりげなくアゴに手を当てて考える振りをし『3』を示すサインを出した。

 視線をチラと、外ウマに乗っている人達が集っている外野席に巡らすと、待ち構えいたようにボロツと目が合った。

 チェレンチーが『アゴに手を当てた』のを確認したボロツは、すぐにまた、カウンターに金を賭けに行った。


(……ティオ君が出している『サイン』通りに賭けていれば、外ウマの方では、かなり勝っている。……)


 赤チップ卓のプレイヤーには、それぞれ座った席によって番号が決められている。

 外ウマの受付カウンターの奥の壁には、遠くからでも見やすい高い位置に、それぞれの番号が刻まれたボードが設置されていて、ボードの下部には、次の一戦でそのプレイヤーに賭けた時の配当金の割合が、一戦ごとにせわしなく書き出されていた。

 外ウマに賭ける者は、その配当金を参考に、自分が賭けるプレイヤーの番号をカウンター越しに店の従業員に伝える仕組みだった。

 ちなみに、各プレイヤーの番号は、ドゥアルテが『1』で、材木問屋の男が『2』、貴族の三男が『3』、そして、ティオが『4』だった。


 ティオが、自分だけでなく同卓のプレイヤー三人の勝ち負けを自在に操るだけの腕があるのは、今までの素チップ卓や白チップ卓での勝負で実証されている。

 つまり、ティオは、はじめからこの2マッチは勝つつもりはなかったのだろう。

 しかし、一方で、ボロツが、ティオのサイン通りのプレイヤーに外ウマで賭けている。

 そちらの方は、勝率こそ高くなかったが、勝つ時は大穴で10倍、20倍と大きく勝っており、総合的にみるみる金が増えていっている状況だった。

 外ウマで相当儲けが出ている事は、ボロツの興奮して上気した表情からも見て取れた。


(……さすがのティオ君も、毎回は当てられないよね。だから、ボロツ副団長に、保険のために「賭ける金はどんな状況でも、きっちり所持金の半分で!」と言ったんだろうな。それなら、読みを外しても、全財産をスル事はないものね。……)


(……い、いや、まさか……勝率を低く抑えて大穴だけで勝つっていうのも全部計算の内、なんて事はない、よね?……確かに、ボロツ副団長が全戦全勝していたら、目立ち過ぎるけれど。……)


 眠たそうに、また、「ふあぁ」とあくびを漏らすティオの、全く緊張感のない態度を間近に見て……

 彼の計画を知っている筈のチェレンチーでさえ、ティオがドミノを打ちながら、誰が勝つかを勝負が始まる段階で予想し、勝負中も器用にコントロールしているとは、とても思えなかった。

 ティオは、ドミノが下手な初心者の演技を続けていたが、眠いのは本当のようで、そう言えば『白チップ卓』での勝負の後も「退屈で眠い」と漏らしていたのを思い出した。

 目の前のテーブルで繰り広げられるゲームの流れを読み切り、また、さり気なく自分の思う方向に誘導しつつ、同時並行で外ウマの儲けも計算しているというのに……

 全く頭を使っているように見えないどころか、本気で眠そうにしているティオの様子に、実はチェレンチーが、この場に居る誰よりも内心驚いていた。


 

「うわぁー! 負けた負けたー! もう、大負けですよぅー! 見て下さい、このチップー!」


 ティオは2マッチ目が終わって綺麗に赤チップが1枚もなくなった木箱を、同卓の、ドゥアルテをはじめとするプレイヤーに、わざわざ腕を伸ばして見せていた。

 大勝したドゥアルテは、久しぶりの勝ちに興奮している様子で、酒に酔ったような赤い顔に緩んだ目で、ニヤニヤと笑っていた。

 二番手ながら、かなりの勝ちを得た貴族の三男も、気取った仕草で腕組みをしてアゴに手を当て、満足げな表情を浮かべている。


 ただ一人、ティオよりも酷く負けていた材木問屋の男だけが、その雰囲気に入っていけずに黙りこくっていた。

 材木問屋の男は、ティオの後ろでずっとゲームの進行を見ていたチェレンチーがザッと概算した所では、おそらくティオの二倍以上負けていた。

 それは、いくら金持ちでも、青ざめた顔で震えだす心境も分かるというものだった。

「……私は、今日はこれで終いにするよ。……」

 と小さく言い置いて、ガタンと席を立つも、勝っているドゥアルテも貴族の三男も、まるで彼を気にかける様子はなく……

「そうか。じゃあな。」

「また近々よろしくお願いしますよ。フフ。」

 素っ気なく返事をしたり、得意げに笑っているばかりだった。

 材木問屋の男は、そんな薄情な二人を、最後にキッと無言で睨んだのちに、赤い絨毯の敷かれた赤チップ卓専用の壇上から立ち去っていった。

 彼の負けた額の大きさや、仲間達の冷たいあしらいを見て、チェレンチーは(……しばく来そうにないな……)と思った。

 来たとしても、今日の一件は男の中で遺恨を残し、今までのようにドゥアルテ達の仲間の一員として親しげに振る舞う事はなくなる予感がしていた。


(……ティオ君は、今夜のターゲットは兄さんだと言っていた。だから、兄さん以外の人間をとことん追い詰める事はしないつもりなんだろう。……)


(……いや、それでも、さっきの材木問屋の男性は、かなり負けていたんだけどなぁ。あれでも、まだ、生ぬるいのかぁ。……)


 まあ、自分の意思で『黄金の穴蔵』にやって来て、しかも赤チップ卓で遊んでいたのだから、ティオという想定外の化け物がたまたまやって来てしまったとは言っても、この程度の負けは自業自得であるとも思えた。


(……それにしても、ティオ君、兄さんのドミノ友達からも金を巻き上げるだけじゃなくって、なんだか友情にまでヒビを入れているような。……い、いやいや、そっちはさすがに、わざとじゃない、よね。……)


 しかし、またそれも、ティオはきっかけを作ったに過ぎず、これまでのドゥアルテ達の関係がその程度の薄っぺらいものだった事が露呈しただけと言えた。

 窮地に陥った者に手を差し伸べるような事はせず、嘲り笑って突き放す。

(……金の切れ目が縁の切れ目、かぁ。……)

 金回りのいい時は、お互い仲良く笑い合っていても、その本性は、互いの懐に貯め込んだ金を狙って牙を突き立て合う毒蛇であるのが、賭博場の常だ。

 深夜も人工の明かりに照らされてギラギラと賑々しい眠らぬ繁華街の一角、人知れず毎夜地下賭博場で繰り広げられる飢えた獣達の死闘を目の当たりにして、チェレンチーは、その毒気に当てられたように、少し気分が悪くなっていた。


(……まるで、蠱毒だ。……)


 その様は、たくさんの凶暴な生き物を一つの壺に入れ、殺し合いをさせて、最後に生き残ったものが最も邪悪にして凶暴な存在になる事で、呪いに使用出来るようになるという言い伝えを、チェレンチーに連想させた。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、とは言うが、今、そのどう猛な共食い行われている穴に自ら身を投じる危険を冒して、ティオは、傭兵団の資金を稼ぎ出そうとしていた。

 彼が、この場の強烈な瘴気に染まりはしないかと、チェレンチーは、つい心配になったが……


「エヘヘー。すみませーん、チェレンチーさんー。チップ、なくなっちゃいましたー。」


 クルリと振り返って、チェレンチーにまで空の木箱を見せてきたティオは、こんな欲望渦巻く修羅場に全く不似合いな……

 無邪気な少年のような笑みを浮かべていた。



「フン。あっけなかったな。所詮は犯罪者崩れの傭兵団か。チェエレンチーの仲間なら、こんなものだな。」

「まあまあ、ドゥアルテ殿。ここは彼の検討を褒めようじゃないか。ただ、ちょっと、いや、かなりかな? 相手が悪かったね、君。フフ、フフフ。」


 ドゥアルテと貴族の三男は、ひとしきりティオの負けっぷりをあざ笑った後、さっそく彼をテーブルから追い出そうとしてきたが……


「目障りだ。お前は、もう消えろ。遊びは終わりだ。」

「悪いけど、金のない人間を相手にしている程、僕達は暇じゃないんだよ、傭兵団の参謀君。さあ、お帰りはあちらだ。」


「ジャジャジャジャーン! 実は、俺、まだお金はあるんですよー!」

 そう言って、ティオは、ガタンと椅子から立ち上がると、バサッと黒い上着の長い裾をひるがえして、腰に提げていた皮の袋を取り出し、高く掲げて見せた。

 そんなティオの手に握られた金の入った袋に、ギラリと、ドゥアルテ達の視線が集まる。


「まあ、これで本当の本当に最後なんですけどねー。これを使い切っちゃうと、傭兵団の資金がゼロになっちゃうんですがー……このまま帰る訳にはいかないので、ここは、ドーンと勝負しようと思いますー!」


「これ、チップに替えてきてもいいですかー?」

 と、ペコペコ頭を下げながら頼み込むティオに、腕組みをして椅子に踏ん反り返っているドゥアルテも、気取った仕草で頬杖をつく貴族の男も、目だけはギラギラと光らせながら、渋々といったていで了承した。

 まあ、ここまであっさり金を吐き出させている相手だ。

 まだ金があるというのなら、それもまた同様に簡単に奪えると思っていたに違いない。

 そんな、美味しいカモを、誰もみすみす逃したりはしなかった。


「フン。仕方ないな。もう少しだけ付き合ってやるか。」

「うん、まあ、金があると言うなら、話は別だね。夜は長いしね。……待っていてあげるから、さっさとチップに交換してきなよ。」

「ありがとうございますー! 皆さん、お優しいですねー!」


 ドゥアルテ達の本心に全く気づいていない様子で、ニコニコ能天気に笑っているティオを、彼らは完全に舐めきった目で見つめていた。

「おい、今度はお前が代わりに入れよ。」

 そう言って、ドゥアルテが、もう二人居た内の一人、地方の土地持ちの男を、赤チップ卓のテーブルに呼び入れる。

 壇上の、酒やつまみの置かれた丸テーブルのそばの椅子に腰掛けて、ワインの入ったゴブレットを片手に観戦していた大地主の男は、席を立ってやって来ては、先程材木問屋の座っていた場所に着いた。

 彼もまた、ティオという大金を持った初心者相手に美味い汁を吸いたいと思っていたらしく、意気揚々と椅子に腰を下ろしていた。


「すみません、チェレンチーさんー、このお金、チップに交換してきてもらえますかー?」

「わ、分かったよ、ティオ君。」


 ティオは椅子に座ったまま振り返り、まるで世間話をするように、チェレンチーに金の入った袋を手渡していたが……

 それが、今日持ち出した傭兵団用の資金を三等分に分けた最後の一袋と分かっているチェレンチーには、ズシリと重く感じられた。


 ティオがちょいちょいと手招くので顔を近づけると、周りの人間には聞き取れない小さな声で指示された。


「……ここの人達の気は俺が引いておきますので、チップ交換のついでに、チラッとボロツ副団長の様子も見てきて下さい。……」


 チェレンチーは黙ったままコクリとうなずき、ティオはニコリと笑顔で返した。

 そうして、チェレンチーは、ティオから預かった金の入った袋を手に、足早に赤チップ卓のテーブルを離れたのだった。


読んで下さってありがとうございます。

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☆ひとくちメモ☆

「傭兵団の資金」

賭博に使用しているのは、傭兵団の作戦参謀となったティオが、ナザール王国軍部の経理を担当している人物に掛け合って支給してもらった「傭兵団用の資金」である。

それを三等分して袋に入れ、ボロツが二つ、ティオが一つ持ってきていた。

最初の一袋分は、裸チップ卓と白チップ卓でのプレーの種銭となったが、儲かった分も含め店中の人間に酒を奢ってしまったので、全てなくなってしまった。

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