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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第五節>壇上の死闘
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過去との決別 #57

 

「チェレンチーさん、チェレンチーさん。」


 ボロツが現金をチップに交換してくるのを待つ間、同卓の客達が酒を飲んだり談笑したりとくつろいでる中、ティオはふと振り返って、チェレンチーをチョイチョイと手招きした。

 チェレンチーが一歩踏み寄り、しっかりと声を拾えるように少し顔を寄せると、ティオの方からもグイと顔を近づけ、口元を手で覆って囁いてきた。


「……ゲームが始まったら、一戦ごとにサインを出します。……サイン、覚えていますよね?……」

「……あ、ああ、うん! 大丈夫だよ!……」

「……ボロツ副団長には、先程サインの事は伝えておきました。俺が出したサインの番号に、外ウマで賭けてもらいます。……」


 チェレンチーは、先程ボロツがテーブルを離れる際、ティオが彼のマントを引っ張って顔を寄せ、何か伝えていたのを思い出した。

 二人の一番近くにいたチェレンチーでさえ聞き取れなかったので、二人の話の内容を知る者は居ないだろう。


(……なるほど、あの時そんな話をしていたんだ。……と言うか、あのサインって、ティオ君の指示通りに外ウマに賭けるためのものだったのかぁ!……)


 ティオとは仲間であるとは言え、こうして計画が進行するまで、ボロツやチェレンチーでさえもティオの考えの全貌を知らない事も多かった。

 まあ、あらゆる場面を想定し細部に至るまで緻密に練られたティオの計画を、はじめに全て聞かされた所で、二人には全て覚えられるとは到底思えなかったが。

 こうして、場面場面で的確に指示が出される事で問題なく動けるのなら、大人しく駒になっていた方がティオもいろいろとやりやすいだろうと、チェレンチーは考察した。


 ティオに「よろしくお願いしますね」とニコッと微笑まれ、チェレンチーがコクリとうなずいていると……

 先程ティオに絡んできていた貴族の三男が、邪魔するかのように声を掛けてきた。


「ところで、傭兵君。君、ずいぶんと羽振りがいいようだけれど、傭兵っていうのは、そんなに儲かるものなのかい? だったら、僕も傭兵に転向しようかな? ハハ、なんて、冗談さ。金で戦争を請け負うなんて、そんな卑しい職業は、僕は死んでもお断りだね。」

「いやいやー、傭兵の給料はとーっても安いんですよー。……なんと、一週間、銅貨四枚! 食べる物と寝る所はタダとは言え、自分の命をかけて戦うのに、いらくなんでも安過ぎですよねぇ。」


 ティオは、すぐに向き直って、退屈しのぎで始めた男の会話に適当に付き合いだし、チェレンチーはススッと元の位置にさがった。


「ハハ、君らのような、この街の、いや、この世界のゴミの命なんて、銅貨四枚でも高過ぎるんじゃないのかい? むしろ、世の中の人々に迷惑を掛けて生きているんだから、逆に君らから金を貰いたい所だよ。」

「これは面白い事をおっしゃいますねー。迷惑税ってな感じですかねー。」

「迷惑税、それは名案だ! ハハハ!……まあ、あいにくとそういった法はないからね、代わりに、これから僕達が、君らから金を取り立ててやるよ。」


 男の言葉も態度も、相変わらず横柄で見下したものだったが、ティオは一向に気にしていない様子で、ニコニコと愛想良く受け答えていた。

 先程は、この赤チップ卓に着くためにわざと男の怒りを買うような返しをしていたのだろうが、もう目的を果たしたため、波風を立てるような事はしない方針のようだった。


 それにしても、相手が悪意を込めてどんな嫌味を言ってきても、全く腹を立てずヘラヘラ能天気に笑っているティオの神経の太さに、チェレンチーは改めて驚かされていた。

 単純と言うか、真っ直ぐと言うか、ボロツやサラのような人間なら、すぐにカッとなる所だが……

 ティオがこういう場面で怒った所を、チェレンチーは一度も見た事がなかった。

 何を言われても、まるで風に揺れる柳の枝よろしくスルリとかわして、何事もなかったように平常心を保っている。

 あるいは、ティオにとっては、見知らぬ他人の悪口雑言など、本当にそよ風よりも微微たる事象なのかもしれなかった。

 相手の貴族の男は、ティオが大人しくハイハイと受け答えるので、調子に乗って彼をけなすような発言を繰り返していたが……

 チェエレンチーの目には、良く吠える子犬がキャンキャン言っているのを、ティオの方が余裕を持って適当にあしらっているようにしか見えなかった。


「実は、ここだけの話……今日ドミノに使っているお金は、国の軍部から支給された傭兵団用の資金だったりするんですよー。これで武器や防具を買うようにって貰ったお金なんですよねー。アハハハハハハー。」

「な、何? き、君、それは、ひょっとして……資金を使い込んだという事なのかい?」

「あー。そうなっちゃいますかねー、やっぱりー。俺としては、息抜きついでに増えたらいいなー、なんて思ってたんですけどねー。アハハー。さっきまでは、ホントに結構勝ってたんですよー。」


「でも、俺、ドミノは今日が初めてでしてー、ついつい浮かれて、儲けたチップぜーんぶみんなに酒を奢って使っちゃったんですよねー。あーあ、ちょっとぐらい残しておけば良かったなー。」


 軍から支給された資金を博打に注ぎ込み、しかもそれを散財したというのに、あっけらかんと笑い飛ばす全く緊張感の欠けらもないティオの様子に……

 彼を嫌っている筈の貴族の男さえ、驚きと不安を滲ませた目で見ていた。

 ティオは、パンと手を打って、尚も、ハハハハッと笑う。


「ま、でも、また勝って増やせばいい事ですよねー。ここは賭博場なんですしー。これからジャンジャン勝って、さっき使った分も含めて、ドーンと大きく儲けますよー!」

「ハハ……呑気なものだね。どうやら今夜の君は、たまたまついていたんだろう。まあ、ドミノを始めたばかりのド素人でも、ごく稀にそんな事は起こるものさ。」


「しかし、その運もこれまでだ。このテーブルは特別でね。選ばれた者だけが、この席に座り続ける事を許されるんだよ。僕や、彼らのようにね。……この席に座り続けるには、運だけではダメなのさ。この赤チップ卓に相応しい人間だと、この場所に宿る力に認められなければならないんだ。」


「フフ……その資格のない者は、このテーブルに吹く、運命という見えない強風に体をバラバラに切り刻まれて、あっという間に吹き飛ばされるのさ。僕は、そんな人間を今まで何人も見てきたよ。……今夜は誰が地獄の底まで吹き飛ばされるのか、実に楽しみだよ。」

「うわぁ! そんな恐ろしい場所なんですねー、ここはー! 全然知らなかったなぁー!……ではでは、皆さん、くれぐれも気をつけて下さいねー!」

「いやいや、何を言ってるんだ。一番気をつけるべきは、君だろう?」


 ティオの的外れな反応に、赤チップ卓の常連客達は、呆れたようにゲラゲラ笑っていた。



 と、そこへボロツがチップの入った木箱を持って戻ってきた。


 実際は、チップ交換のカウンターで、二つの木箱を貰い、ティオの指示通り、全体の1/3のチップの入った木箱をそのまま一時カウンターに預けて、残り2/3のチップの入ったもう一つの木箱をティオの居る赤チップ卓に持ってきたのだが……

 ティオが貴族の男と話していた事もあり、離れた場所に居るボロツの動向など、誰も気に止めていなかった。

 計画を知っているチェレンチーだけが、ティオの後ろに直立不動で立ったまま、チラと視線を動かして、ボロツの様子をそっと確認していた。


「ほいよ、ティオ。お待ちかねのチップだ。……そんじゃあ、俺はもう行くぜ。」

「あー、ちょっと待って下さい、ボロツ副団長ー!」


 木箱を手渡すと、もう心ここに在らずといった様子でウキウキと外ウマの受付へ行こうとするボロツを、慌ててティオが呼び止める。


「俺が、外ウマで絶対金がなくならない賭け方を教えてあげますよー。」

「『絶対金がなくならない』だって! マジかよ! そんなもんがあったのか!」


 ボロツは当然の事、赤チップ卓のテーブルに集った客達も、ティオの意外な発言に思わず耳を傾ける。

 ティオは、ピンと人差し指を立てて得意げに語った。

「いいですか、良く聞いて下さいね。」


「まず、賭ける時は、必ず所持金の半分までとします。半分は手元に残し、もう半分を賭けます。」


「ここで、勝った場合、配当金の分だけ所持金が増えますよね。そうしたら、その増えた所持金の、また半分を賭けます。……もし負けた場合は、賭けた分の金は戻ってこないので、所持金は減ってしまいますが、その減った所持金の半分を、次の賭けに注ぎ込みます。以下、同様に繰り返していきます。」


「ね! こうすれば、どんなに負けた所で、必ず手元には所持金の半分は残る訳ですよー。だから、賭けるお金は絶対になくならないしー、所持金も絶対にゼロにはならないんですー。どうです? 名案でしょうー?」

「おお! なるほどなぁ! それなら、確かに、金が尽きる事はねぇよなぁ! さっすがは、俺達傭兵団の作戦参謀様だぜぇ!」


 ボロツはポンと手を打って感心しきりといった様子で、ティオもフフンと鼻を高くしていたが……

 周りで聞いていた者達は、チェレンチーをはじめとして、呆れて言葉を失っていた。


(……その方法なら、確かに、決して所持金はゼロにはならないけど……でも、負けた分は確実に減るよねぇ?……)


(……負け続けていったら、100だったものが50になって、50が25になって、25が12.5になって……ゼロにはならなくても、限りなくゼロに近づいていくと思うんだけど?……損失が出る事実は変わらないんじゃないのかなぁ?……)


 しかし、チェレンチーは、他の客とは違って、ティオという人物を良く知っていた。

 こんな子供騙しの計算を、聡明なティオが出来ない筈がない。

 という事は、この「勝っても負けても、その時の全所持金の半額を賭ける」という法則は、何か彼の作戦の一端に違いないとチェレンチーは考えた。


「では、ボロツ副団長ー。必ず今のやり方で賭けて下さいねー。頼みましたよー。」

「おう! 俺に任せとけ! ジャンジャンバリバリ稼いでやるぜ!」


 ボロツは、見事な筋肉のついた腕を掲げて、力こぶをパンと平手で叩いてみせ、意気揚々と立ち去っていった。

 やはり、いかにもならず者風のガタイも良く強面なボロツが居なくなると、赤チップ卓の客達の間に張り詰めていた緊張がフッと解ける。


「そうか、君、そう言えば、さっき、参謀だとか言っていたね。」

「はい! 俺は、傭兵団の作戦参謀をしていますー!」

「ハハハ!……君ごときが参謀とは、傭兵団の質も知れたものだなぁ。ああ、元々犯罪者崩れの半端者の集まりでは仕方がないか。フフフ。」


 ティオとボロツのやり取りを聞いていた貴族の三男が、またティオをせせら笑い、他の客達も、やはり良いカモだと確信した様子で、ニヤニヤいやらしい笑みを浮かべていた。


「さて、では待望のチップも来た事だし、そろそろお喋りはやめにして、ドミノゲームを始めようじゃないか!」


 貴族の男が、バサリと水色のマントを揺らし両手を広げて、芝居がかった仕草で宣言する。

 ティオも、「お待たせしてしまってすみませんー! さっそく始めましょうー!」と朗らかに答えていた。



「それにしても……」


 ティオは、つうっと指先で、赤チップ卓のテーブルの側面を撫でて目を細めた。


「ここのテーブルは、大理石で出来ているんですねぇ。しかも、とても上質な大理石のようですねぇ。」


 チェレンチーは、ティオがそう言い出すまで、あまり赤チップ卓のテーブルについて観察していなかった。

 いよいよ、1点が赤チップ1枚……実質、1点銀貨1枚の、高額賭博場『黄金の穴蔵』でも最高のレートのテーブルに着いた事や……

 すぐそばに、自分を長年に渡って虐げてきた腹違いの兄が居る事で、もう神経が限界まで張り詰めていて、テーブルの材質にまで目が行く余裕がなかったのだった。


 改めて見ると、確かにティオの言う通り、赤チップ卓のテーブルは下部が大理石で出来ていた。

 質の良い大きな白亜の大理石から、掘り出して作られているものだった。

 大理石の家具の中には、いくつかの部分を別々に形成し、最後に組み立てて作るものが多かったが、このテーブルは、足の部分から天板まで全て継ぎ目なく繋がっており、元は一つの大きな石だった事がうかがえた。

 その上に、厚みのある高級木材の板を乗せ、中央に赤い布を敷いて、ドミノゲームがしやすいように仕立てられていた。

 明らかに、この賭博場のために、いや、最高レートの赤チップ卓専用に、たった一つだけ作られた豪華な特注品だった。


 ティオは、磨き抜かれて滑らかな光沢を見せるテーブルの大理石の側面を撫でながら、フフッと思わず、綺麗な形の唇から笑みを零していた。


「こんな良いテーブルでプレー出来るなんて、やっぱり今夜の俺はつているようですねぇ。」


「まるで……このテーブルに触れた人間の、心の奥の奥まで、見えそうな気がします。」


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「ドミノゲーム」

使用するドミノは『0-0』から『6-6』までの全部で28枚。(ダブルシックス)

四人でプレーする場合は、それぞれ手牌5枚から始まり、順番に数字が繋がるように牌を出していき、最初に全ての牌を出し切った者が勝ちとなる。

ゲーム中、ドミノ列の端の目の合計が「5の倍数」になるように牌を出した者は、別途ボーナス得点を貰える。

(※既存のドミノのルールを作中では一部改変しています。)

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