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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第五節>壇上の死闘
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過去との決別 #55


「……傭兵団? アイツら、傭兵団だったのか? この辺りでは見ないツラだと思ってたが……」

「……傭兵団ってあれだろう? 泣く子も黙る凶悪な犯罪者集団! 傭兵団では、毎日のように喧嘩で死人が出てるって聞いだぜ?……」

「……なんか、噂に聞いてたのと、違うよなぁ。……」


 ティオがドゥアルテを含む赤チップ卓の常連客の前で自分達三人が「傭兵団」の人間だと明かした事で、いつの間にか周りに出来ていた人垣に波紋が広がっていた。


「ずいぶんと酷い噂が広まっているようですねー。」

「い、いくらなんでも尾ヒレがつき過ぎだよぅ。みんな仲がいいし、たまに少し揉める事はあっても、死人なんか出る訳ないのに。」


 ティオは苦笑し、チェレンチーは顔を手で覆ってうつむく一方で、ボロツはまた別のささやきに聞き耳を立てていた。


「……お、おい、アイツ、ひょっとして、『ボロツ』じゃねぇか? この辺りじゃあ、『牛おろしのボロツ』って言やぁ、知らないヤツは居ないぜ! 確かに、傭兵団に入ったって、風の噂で聞いた事があったなぁ。……」

「……うおっ! マジだ!……あのでっかい剣を背負ってなかったから、あの『ボロツ』だって気づかなかったぜ!……」


 そんな話をしていたのは、賭博場に雇われている用心棒達だった。

 どうやら、裏社会に生きる者達の中でボロツは相当な有名人であり、その豪快な剣の腕共に名前が知れ渡っているらしかった。


「って! 俺そのものより、俺の愛刀『牛おろし』で俺の事を見分けてたのかよ、アイツら!……ちょっと一発殴ってくるわ。」


 イラッとしてポキポキ指を鳴らし始めるボロツを、チェレンチーとティオは、二人掛かりで慌てて止めた。


「お、落ち着いて下さい、ボロツ副団長!」

「そうですよ、ボロツ副団長ー!……確かに、副団長より、あのムダにバカでかい剣の方が目を引くかもしれませんけど、副団長の凶悪な犯罪者面だって、インパクトじゃ負けていませんってー!」

「チャッピーはともかく……ティオ、テメェは、フォローする気がねぇだろ、ゴラァ!」


 ボロツの体にすがりつくようにして押しとどめていたティオは、ゴツとゲンコツを貰っては、「いてっ!」と大袈裟に騒いで頭をさすっていた。

 ともかくも、賭博場の用心棒達に殴りかかろうとしていたボロツの気はまぎれたようだった。


「へぇ、君達は、あの傭兵団の人達だったのかい。」


 と、その時、赤い絨毯の敷かれた壇上から、鼻に掛かる気取った声が響いてきた。



「やあ、まずは『初めまして』と言うべきかな? 僕は、少し前まで王国正規兵団で部隊長をしていたんだよ。」


 そう言いながら、まるでワルツでも踊るような足取りで壇上中央に歩み出た二十代後半といった男は、胸に手を当て軽くティオ達三人に頭を下げてきた。

 三人も、それを受けて深々と頭を下げる。

 いや、ボロツだけは、のけぞるように胸を反らして立ったままだったので、ティオがマントを引っ張って頭を下げさせたのだったが。


 男は自分に酔っているかのようなや大袈裟な身振り手振りを添えつつ、聞いてもいないのに、自分の名前から、元居た部署から、四十年前の十年戦争で活躍した武勇の誉れ高い貴族の家柄の三男である事などをペラペラと並べ立ててきた。

 確かに、容姿はいかにも貴族的な優男風で悪い方ではない。

 白で統一した衣服に水色のマントというしゃれた爽やかな見た目だった。

 しかし、ナルシストで自信過剰、かつ、人を見下したような言動がどうにも鼻につく。

 チェレンチーは、一見好青年風の彼の周りにベットリと垢に似た何かがこびりついているような印象を受けた。

 彼と比べると、粗末な身なりで大口を開けバカ笑いしている傭兵団の団員達の方が、よほど清々しく感じられた。


 後でティオに聞いた所によると、この貴族の三男坊は、ドゥアルテの賭博仲間の一人だったようだ。

 ティオは、事前にドゥアルテの賭場での人間関係もしっかりと調査済みで、その時ドゥアルテと共に赤チップ卓のテーブルを囲んでいた者は……

 この貴族の三男と、もう一人、こちらも貴族の四男、材木問屋の頭取、地方から頻繁に遊びに来る大地主といった所だったようだ。


「傭兵団の噂は聞いているよ。戦に勝つために、この王国に金で雇われた人間なのだろう? それなのに、こんな場所で遊び呆けているとは、ずいぶんといいご身分じゃないか。やはり、愛国心までは金では買えないようだね。まあ、せいぜい戦場では貰った金にふさわしい戦いぶりを期待しているよ。」

「いやはや、貴族の方々は、王国のために無償で戦っていらっしゃるとか。卑しい身分の俺達にはとても真似の出来ない愛国心を持っておられるのですねぇ。尊敬の念を禁じえません。……しかし、あなた様は、今はもう戦場を離れていらっしゃるようですが?」


 上品な口ぶりに反して嫌味がたっぷりと盛りつけられた貴族の男の言葉に、ティオが一歩前に進み出て、彼に負けない丁寧な口調で応じた。


「ああ、僕は、残念ながら流行り病にかかってしまってね。体調を崩して、仕方なく部隊長の地位を辞したのさ。そうでなければ、今でも前線で憎っくき反乱軍と睨み合っていた事だろうよ。」

「なんと! 流行り病にかかられたのですか! それは不運な!……なるほど、ひと月半程前、王国正規兵の方々が、大量に流行り病に倒れた一件でございましたね。そのため、戦場に赴く兵士の数が大幅に減り、傭兵団が急遽結成される事になったと聞いております。つまり、俺達はあなた様のような方の代わりに、戦場で戦う訳ですね。……ところで、体調はもうよろしいのですか? 夜遅くまでこのような場所に居ては、お体に障るのでは?」

「ハハ! 僕を舐めてもらっては困るな。こう見えて僕は戦士の家系の人間だよ? 流行り病ごときにやられはしないさ。もうすっかり回復しているとも!」

「それは安心いたしました。……しかし、それでは、なぜ、正規兵団に復帰なさらないのですか? 強い愛国心をお持ちなら、体調が良くなれば、すぐまた戦場に舞い戻っられてこの王国のために戦われるものかと思いましたが。まさかこのような場所で、夜通し賭博に耽っているとは、意外な事もあるものですね。」

「……グムッ!……」


 涼しい笑顔を浮かべたティオに、サラリと痛い所突かれ……

 貴族らしい優雅な所作を見せていた男の顔が、一瞬醜悪に歪んでいた。

 が、すぐに、気を取り直したらしく、薄ら笑いと見下す視線と共に、胸を張って言い返してきた。


「戦士には休息も必要なのだよ、君! 分からないかな? 戦ってばかりいては、人としての尊い心が擦り切れてしまうからね。こうして時には息抜きをして英気を養うのも、戦士の仕事の内という訳なのさ!」

「ああ、そのお気持ち、大変良く分かります! 過酷な戦場に赴く戦士にとって、心身の癒しは大切ですものね!……実は、俺達も、あなた様と全く同じ気持ちで今日この場所にやって来たのですよ。お互い国のために戦う戦士として、実に気が合いますね。やはり、王国正規兵の方も、俺達傭兵と考える所は一緒なのですね。」

「なっ!……何を言うか、傭兵風情が! 犯罪者崩れのお前達ごときと、この由緒正しき貴族の僕を同一に語るとは! 無礼極まりない! お前達は、国から金を貰っておきながら、戦いもしないで怠けてばかりいるのだろうが! 穀潰しもいい所だ!」

「いえいえ、いざとなれば、戦場に赴いて命懸けで戦う覚悟は出来ておりますよ。俺達は傭兵ですから、いただいた金の分はしっかりと仕事は致します。……それこそ、愛国心や忠誠心を歌いながら、戦場から遠い場所で優雅に暮らしていらっしゃる貴族の方々より、よほど真剣に働いているのではないでしょうかね?」

「……お、お前は、貴族の大変さがまるで分かっていないようだな! 由緒正しい我が家紋を守るために、僕は毎日神経をすり減らして働いているのだよ!」

「おや、それは意外ですね。貴族の家柄では、まずご長男が家を継ぐための責務を負うのだと思っておりましたが? ご長男に何かあったとしても、次男の方がいらっしゃるでしょう? しかし、あなた様は、自分は三男だと先程おっしゃられました。三男の方に家督相続の機会はまずないと思われますが? だからこそ、王国の正規兵団に入られたのではないのですか? 家督を継がない貴族の次男、三男の方は、他で身を立てる必要があると聞きしました。尚更、早急に正規兵団に復職なさった方がよろしいのではないですか?」

「き、貴様! 卑しい身分で、貴族の僕を笑うのか!? 長子でない息子は家には要らないと、そう言うのか!」


 途中から崩れ始めていた貴族の三男の態度は、ここにきてもう体面を保てない程に荒れていた。

 ティオは、男が戦場を恐れ、流行り病で少しばかり体調を崩した事を理由に職を辞してからフラフラと遊びまわっていた事も、三男という立場で家では肩身の狭い思いをしている事も、しっかりと見抜いていた様子だった。

 どんなに着飾って気取った態度をとってはいても、毎夜賭場に出入りしている時点で、貴族の家ではおそらく厄介者扱いに違いない。


 ティオは、激昂した男の様子に、わざとらしく目を見開いて驚いてみせ、深々と頭を下げて謝罪した。


「何かお気に触る事を言ってしまったようで、大変申し訳ありません! ご覧の通り、あなた様と違い育ちの悪い下賤の人間でございますので、至らぬ所もございましょう。どうかお許し下さいませ。」


「では、これ以上あなた様の気に障るといけませんので、俺達はこの辺で失礼したいと思います。」

「待て!!」


 黒い長衣の裾を閃かせてきびすを返したティオの背に、男の鋭い声が追いかけてきた。

 ティオが困り顔で振り返ると、男は壇上からティオを真っ直ぐに指差して、威圧するように言葉を放った。


「逃げるつもりか、傭兵!?」

「に、逃げるだなんて、そんな、人聞きが悪いですよ。俺達はただ、そろそろ宿舎に帰ろうと思っていた所だったのです。もう十分気分転換は出来ましたからね。」

「ハッ! あれだけこの僕に無礼な態度を取っておいて、タダで帰れると思ったか!」


「さあ、さっさとこっちに来て、勝負をしろ! お前達傭兵団とやらが、救いようのない底辺の人間だという事を思い知らせてくれる!」


 貴族の男は、バサリと水色のマントをひるがし、大きく腕を振ってティオを自分の元へと招いた。


「どうした? 敵前逃亡は軍規違反だと教わらなかったのか? ああ、お前達のようなエセ兵士は、そんな戦士として当たり前の事も知らないか!」

「……」


 ティオは、キンキンとした声でまくし立てる貴族の三男坊の前で、あからさまに怯えたような表情を浮かべた。


「……と、とても、俺達は、そんなレートの高い卓で勝負は出来ません。あなた様の誇りを傷つけるような事を言ってしまったのなら謝ります。ですから、どうか、今日の所はこのまま帰してもらえないでしょうか? これ以上ドミノを続けると、何やら恐ろしい事が起こりそうで怖いのです。」


「賭博には『魔が棲む』と聞きます。もしかすると、たった一晩で人生が変わってしまうような莫大な損害を負う事もあるかもしれません。」


 しかし、男は、ティオの弱気な発言に気を良くして、ますますしつこく彼を卓に誘ってきた。


「今更泣き言は許さないぞ! これは命令だ! お前は、このテーブルで、僕達と勝負をするのだ! もちろん、僕達がいいと言うまでな! その捻じ曲がった根性を、ドミノで叩き直してやる!」

「……どうしても、断る事は出来ないのですね。……」


 ティオは、ギュッと目を閉じ顔を苦悶に歪めて、ハアッと大きな息を吐き出すと……

 ゆっくりと顔を上げて男を見つめ、赤い絨毯の敷かれた壇上に向かって歩き出していた。

 この『黄金の穴蔵』における、最高レートである『赤チップ卓』のテーブルへと。


「なあ、ドゥアルテ、お前も異存はないだろう? お前の所の出来の悪い弟も、この際徹底的に教育し直してやった方がいい。」

「もちろんだ! ちょうど俺もそう思っていた所だ! 俺達みんなで、世間知らずのコイツらに、世の中の厳しさってヤツをしっかりと叩き込んでやろうじゃないか!」


 貴族の三男が芝居がかった身振りで振り返り声を掛けると、先程のティオの言葉で酷く苛立ち、親指の爪をガリガリ噛んでいたドゥアルテは、パッと顔を上げてすぐに賛同してきた。


「あの、ドミノを打つのは俺一人ですよ? チェレンチーさんが打つとしたら、俺がもうどうにも打てないという状況になった後の事です。」


 ティオは、きちんと前置きしたが、ドゥアルテも貴族の男も、もう既に、ティオ自身に対して充分な憎悪を向けており、その点に関しては特に気にしていない様子だった。


「つまり、君を倒せば、ドゥアルテの弟が引っ張り出せるという訳だね。フフ、実に簡単な話じゃないか!」

「お前もあのゴミ虫の仲間なら、同罪だ! 傭兵団ごと捻り潰してやるだけだ!」

「……分かりました。では、まず、俺から、皆さんのお相手をする事にしましょう。」


 ティオはいかにも気乗りがしないといった弱々しい表情で仕方なしにうなずくと、静かに壇上に立ち……

 テーブルの周りに居た赤チップ卓の客が空けた席に、スッと上着の長い裾を整えて腰を下ろした。



「……ウゲッ! ティオの野郎、マジか!……まんまと計算通り『赤チップ卓』での勝負に漕ぎ着けやがったぜ、アイツ!……」


 一部始終を見ていたボロツが、隣に立ったチェレンチーだけに聞こえるように言った。

 ボロツはもはや、感心をすっかり通り越してゲンナリする程呆れていたが、チェレンチーも、これには苦笑する他なかった。

 二人とも、普段のティオの事を良く知っているので……

 ティオが、相手の気持ちを逆撫でるような事を言ったのも、その後急に萎縮したように怯えた態度になったのも……

 全て計算してわざとやった事だと勘づいていた。

 そうして、相手の感情を揺らし、時に怒らせ、時に調子づかせ、自分の望む結果へと誘導するのが、いつものティオのやり口だった。


「……僕の兄も、あの貴族の人も、誰も夢にも思っていないんでしょうね。ティオ君の手の平の上で踊らされているって事に。……」

「……ティオの野郎とだけは、口論したくねぇなぁ。俺は、アイツに口で勝てる気がまるでしないぜ。……」

「……ええ、僕もです。……ティオ君への対抗策としては、サラ団長のやり方が一番正しいんでしょうね。……」

「……サラの?……ああ!『イラッとしたら即殴る』ってか? ハハハ、確かに、それが一番だな!……」

「……ティオ君の話に耳を傾けた時点で、こちらには勝ち目がないですからね。はじめから一切話を聞かないという方法しかないんですよね。……」

「……つーか、口論じゃなくってもよ、ティオ、アイツだけは敵に回したくねぇなって、最近マジで思うぜ。……」

「……同感です。ティオ君が僕達の味方で、本当に良かったです。……」


 苦虫を噛み潰したような表情で顔を見合わせていたボロツとチェレンチーだったが……

 念願の赤チップ卓のテーブル席に座ったティオが、ちょいちょいと手招きして二人を呼んでいるのに気づいた。


「さて、舞台の上に登るとするか! ここからは、俺達もやる事をやるなくちゃだぜ。気張れよ、チャッピー!」

「はい、ボロツ副団長! お互いしっかり役目を果たしましょう!」


 そうして、ボロツとチェレンチーの二人も、ティオに続いて、赤チップ卓のテーブルの設置された上等な赤い絨毯の上に、力強く足を踏み出していった。


読んで下さってありがとうございます。

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☆ひとくちメモ☆

「傭兵団の評判」

王国軍側が内戦を早急に終わらせるため、それまでの経歴を一切を問わずに募集したのが今の傭兵団である。

そのため、犯罪者崩れのゴロツキやならず者が、その日の食い扶持を求めて集まってきている現状である。

当然、王城内でも都の市街においても、評判は極めて悪い。

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