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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第二章 内戦と傭兵 <中編>入団試験
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内戦と傭兵 #7

 

「ヤダ!!」

「そんな事言うなよー、サラー! 一緒に行くって言ったじゃんかー!」

「確かに言ったけどー……でも、やっぱり無理ー! ティオが剣どころかナイフとフォークも持てないなんて知らなかったんだもん! そんな状態で傭兵になれる訳ないでしょー! 一緒に行ったってムダよ、ムダー!」

「そ、そこを、サラの力でなんとかしてもらえないかなーって。」

「私は正義の味方で、弱い人を助けるのが生き甲斐だけど……無理なものは、無理なのー! いい加減、諦めなさいよ、もー! しつっこいなぁ! これ以上私につきまとうと、殴るわよー!」

「ギャー! 許して、サラちゃーん!」


 サラとティオは、食堂を出た所でしばらくギャーギャー騒いでいた。

 ティオがコートのフードをギュッと掴んで必死に訴えてくるので、苛立ったサラがグッと握りしめた拳をあげ、慌ててティオがササッと飛び離れる一幕があった。


「なぁ、お願いだよー、サラー! 一人じゃ心細いから、一緒に行こうってー! 俺とサラの仲じゃんかー!」

「人聞きの悪い事言わないでくれるー? 私とアンタはさっき会ったばっかりだからねー? まるっきり赤の他人なんだからねー!」


 スタスタと背を向けて歩き出したサラの後ろを、ティオはチョロチョロとついてきた。

 サラがバッと振り返って、ググッと拳を握りしめるたび、慌ててヒュッと物陰に隠れるものの、また前に向き直って歩き出すと、コソコソ後を追ってくる。


「サラ、聞いてくれよー。俺だって、頑張ってるんだよー。ここに来るまでに、必死に努力してきたんだよー。長い間、修行だってしてきたんだぜー。」

「……修行……どんな修行?」

「お! 聞く気になった?……それがさー、剣豪と言われていた人物と交流があったんだよー。ほら、俺ボンボンだから、親父のコネでいろんな人物にツテはあるんだよなー。それで、もう歳をとってすっかりお爺ちゃんになってたけど、若い頃は剣豪って有名な人とさー、一年以上……」

「え! 凄い! 剣豪って、メチャクチャ強そうー! いいなー! その人と、どんな修行してたのー?」

「へへ、いいだろうー。……まあ、手紙を送ったり、貰ったり。マメに文通してたなぁ、一年以上。」

「……て、手紙? 文通?……それ、なんの修行になるの?」

「ほら、俺は剣が持てないから、話だけでも聞こうと思ってー。いやぁ、いろいろ聞いたなぁ、元剣豪のお爺さんの冒険譚。一生分は聞いたよー。野を越え山越え海越えてー、世界中を旅しながら、次々現れる強敵と戦うんだよなー。手に汗握る、死闘! 戦いの中でライバルとの間に生まれる熱い友情! これぞ大冒険活劇! はあ、面白かったなぁ!」

「……」

「うん。あれだけいろいろ話を聞いたんだから、俺もきっと強くなってる筈だってー! まあ、剣豪とはいかないまでも、剣聖とか剣神とか呼ばれるレベルにはー……」

「あ、そう。じゃあ、バイバイ。もう二度と私に話しかけてこないでね。」

「えー! ちょ、ちょっと、待ってってばー、サラちゃーん!」

「うるっさい! アンタの話をちょっとでも真面目に聞こうとした私がバカだったわよー!」


 サラは、しつこく追いすがってくるティオをペイッと突き放した。

 そして、ティオが大袈裟に地面に倒れ、シクシク泣き真似をしている姿にフイと背を向け、振り返らずに歩き続けていった。



「着いたー! ここが王城かー! 近くで見るとますますおっきいなー!」


 王都の下町の食堂を出てから四十分以上かかって、サラはやっと王城の前にやって来ていた。

 晴れやかな春の青空を背景にそびえ立つ巨大な白亜の城を、額の上に手をかざして見上げるサラの後ろから、コソコソッと声が聞こえてきた。


「……いやー、サラちゃんがここまで方向音痴だったとはー。誰とは言わないけど『俺! 俺俺俺! この俺ぇ!』の助けがなかったら、とてもここまで辿り着けなかったよねー、ホントホントー。……」


「……いやいや、いいんだよ、別に、お礼なんてさー。俺がサラを助けてたくて勝手にやった事だからー。恩義とか感じなくっても、ゼーンゼンいいんだよー。……」


「……でもさー、一緒に傭兵に志願するぐらいは……」

「……あ?」

「!!」


 サラがクルッと振り返りギロッと鋭い目で睨むと、数メートル程離れて後ろに立っていたティオは、またまた慌てててシュッと曲がり角の向こうに姿を隠していた。



 まあ、実際の所、下町の食堂からこの王城に来るまで、サラは、分かれ道に出るたびことごとく間違った方向に曲がろうとし、その都度、離れて後ろをついて来ていたティオが「……こっちこっち!……」と囁いて訂正してくれたのだった。

 あまりにサラがとんちんかんな方向に行こうとするので、一度は「……王城見えてるのに、なんで間違うんだよ?……」と、呆れたつぶやきが聞こえたりもしたが。

 おそらく、自分一人だったら、この広い王都の城壁の中だけで、軽く数日は迷っていたに違いないとサラも思ってはいた。


(……でも、ティオに感謝するのは、なんか腹立つんだよねー! 絶対イヤー!……)


 サラは、オレンジ色のコートのフードに垂れている長い金色の三つ編みを揺らして、プルプルと首を横に振った。

 ティオの好意を無視する事に、いくばくかの、ほんのちょっぴりの、小指の爪の先程の、罪悪感を覚えないではなかったけれど……

 それよりも、ヤツへの不快感の方が強いサラだった。


(……ティオ?……誰かな、それ? 私の知らない人だよねー!……)


 サラは、氷のような無表情でサッと気分を切り替えると、王城の門の前に立っている衛兵にタッタカと走り寄っていった。



 王城は壁に囲まれた王都の中心の、人工の小高い丘の上にあった。

 周りには貴族の立派な屋敷が立ち並んでいるが、さすがに国王の居城は、その威厳を知らしめるごとく格段に大きく、堅固な高い城壁に守られていた。

 観音開きの鋼の城門の両脇には、全身鎧を着込んだ兵士がそえぞれ槍を片手に立っていた。

 王城の顔となる正面の大門とあって、兵士の鎧も見事な作りだったが、着ている人間はまだ二十歳前といった頼りない若さが兜の下の顔に見て取れた。


「あのー、すみませーん!」

「ム? なんだ、娘。ここから先は、ナザール王城だ。一般人は入る事は出来ないぞ。……さあ、早く向こうへ行け。」

「違うの違うの! 私、用事があってわざわざ来たんだよ……です。えっと、お城で傭兵を募集しているって聞いてー。」

「ハハ。まさか、お前のような小娘が傭兵になりに来たとか言う訳じゃないだろうな?」

「そう、それ! 私、傭兵になりたいんです! 志願しに来ましたー! 傭兵にさせて下さーい!」


 小娘、と言われて、内心ちょっとムカッとしたサラではあったが、ここは明るく元気にアピールした。

 が、若い兵士は、驚きで目を見張った後、プッと吹き出した。

 もう一方の門の端に立っていた、こちらもヒョリとした痩せ型の若い兵士も、そのやりとりを見て歩み寄ってきた。まあ、ほとんど通る者のない門の警護で余程暇だったのだろう。


「なんだなんだ、どうした?」

「それが、聞いてくれよ。この娘が傭兵になりたいと言ってきて。」

「ハハハハハ! それは何の冗談だ?……おい、お嬢ちゃん、バカな事を言ってないで、さっさとお家に帰りな。」


 門番の二人は、どこからどう見ても小柄で華奢な少女であるサラを前に、しばらく面白がって笑っていたが、やがて、歯牙にもかけず追い返してきた。

 サッサッと手を振ってあっちに行けとあしらわれ、サラは、思わずジリジリと後ずさる。


(……ムグググ!……)


 サラは、カアッと真っ赤な顔になって、思わずコートの下に隠した剣のつかに手を伸ばしそうとした。



 サラの容姿を見て、相手がなめてかかってくる事はままあった。

 いや、大体毎回同じような反応をされると言ってもいい。

 それ故サラも、「小娘」として笑われる事にはある程度慣れてはいたが、門番の兵士達の態度がこれでは、いくら主張した所で傭兵にしてもらえそうになかった。


(……どうしようかなー? やっぱりここは、剣の腕を見せつけて、この人達に私の強さを分かってもらうしかないよねー?……)


 コートをバッと跳ね上げて、腰に履いた剣を引き抜こうとした瞬間、サラは、その腕を後ろから誰かにグッと掴まれていた。


「待つんだ、サラちゃん! ここは俺に任せとけー!」

「……ティオ、アンタ、まだ居たの?」


 振り返ったサラは、ニパーッと笑う能天気なティオの顔を見て、ドッと脱力感に襲われていた。

 ティオは、サラがイライラしている内にいつの間にか忍び寄ってきたらしく、気がつくとすぐ後ろに立っていた。

 足音が全くせず気配さえ感じなかったが、まあ、本人が「逃げ足なら誰にも負けないぜ!」などと自慢していたのもあって、サラはあまり深く考えなかった。


「あっち行ってよ、もうー! アンタと一緒に居ると、私まで変な人間だと思われちゃうよー!」

「まあまあまあ! 俺があの人達を説得して、城の中に入れてもらえるようにするからさー。」

「……そ、そんな事、ホントにアンタに出来るの?」

「フッ。俺はサラと違ってこういう事は慣れてるからな。チョチョイのチョイよ。まあ、見てろって。……あ、その代わり! 上手くいったら、今度こそ一緒に傭兵になるって約束してくれよな!」

「え、うーん……わ、分かった。まあ、いいわよ。」

「よし。交渉成立。……じゃあ、ちょっと行ってくる。」


 サラは、半信半疑ながらもコクリと頷いた。

 ティオが口が達者な事は、先程一緒に昼食を食べただけでもう十二分に良く分かったので、ひょっとしたら上手に兵士達を説得してくれるかもしれないと思っていた。

 相変わらずティオと一緒に傭兵になるのは嫌だったが、このままでは自分が傭兵になるという目的が達成出来ない。

 サラにとっては、苦渋の決断だった。



「あのぅー、お忙しい所、ちょーっとスミマセーン。」


 ティオはサラから離れると、トテテテッと門番の兵士達の所へ小走りに寄っていった。

 ティオは長身の背を屈め、ボサボサの黒髪が揺れる程頭をペコペコ下げ、更に両手を前でこすり合わせるという、あからさまに媚びた態度を示していた。


「な、なんだ、貴様は!? 見るからに怪しいヤツめ! 門に近づくな!」

「ええ!? 俺、怪しくなんかないですよー?」


 が、サラの時は、その言動はともかく見た目は愛くるしい美少女であるので、小娘だとバカにしつつも笑っているだけだった兵士が、ティオの姿を見た途端、警戒態勢をとってきた。

 これ以上近づくなとばかりに手にしていた槍を構えられ、ティオはその先端の刃先を目にして「ヒッ!」しゃっくりのような悲鳴をあげる羽目になった。


(……もー! ぜんっぜんダメじゃーん!……っていうか、ティオの見た目が普通じゃないの、すっかり忘れてた。いや、中身ももっと変だけどー。……)


 サラは、ハーッとため息をついて、トコトコと近づいていった。

 すると、兵士はそれに気づき……


「なんだ、小娘。お前達、仲間だったか?」

「そうです!」

「ちっがーう!」

「え? どっちなんだ?」

 ティオとサラが同時に全く逆の意味の言葉を口走ったので、兵士は混乱した様子だった。


 誤解を解こうと不満を口にしかけたサラを、ティオが、その長身のマントの後ろにササッと隠して言った。


「ええ、ええ。実は、俺達、一緒に傭兵になろうって、はるばる田舎から出てきたんです。今、俺達の祖国が大変な事になっているって知って、何か力になれないかと思って。……なー、サラー!……それで、傭兵の志願は王城で受けつけているって聞いて、ここに来たんですが、どうしたらいいんでしょうか?」

「確かに、傭兵の募集はしているが……しかし、ダメだダメだ! お前達のような、チビの小娘とヒョロヒョロ眼鏡では、傭兵など務まる筈がない!」


「……フウム。お前達、みすぼらしいなりをしているが、どうせ寝食に困って傭兵になろうと思いついたのだろう? まあ、そういう理由で傭兵になりたがる風来者も居るが、それでも傭兵となったからには、その義務を果たしてもらわなければならい。つまり、戦に出て戦えない者は、ダメだ!……さあ、帰った帰った!」


 「チビの小娘」と言われて、今にも飛びかかりそうな勢いでフーフー言っている凶暴な野生動物のごときサラを、ティオは必死に後ろに押さえ込むつつ、滑らかに弁を進めた。


「俺達、真剣なんです! 愛するこの国のために、微力ながらも何かしたい気持ちでいっぱいなんです! 傭兵になれたのなら、二人とも死ぬ気で頑張ります! ですから、どうかお願いします! 俺達を傭兵団に入れて下さい!」

「だから、やる気だけでどうにかなるものではないと言っているだろう。それに、俺達にはそんな権限は……」

「お願いします! お願いします! どうかお願いします!……あ! そちらの方も、よろしくお願いします!」


 ティオは、兵士に向かってブンブン頭を振ってお辞儀を繰り返し、ガシッとその手を両手で包むように握りしめた。

 更に、スサササッと、少し離れた所で腕組みをして様子を見守っていたもう一人の兵士にも近づき、同じように頭を下げた後、先程と同じように、ガシッとその男の手を包むように握った。


(……あ!……)


 その時、サラは見た。

 ティオが真剣な面持ちで誠心誠意頼み込む一方で、兵士達の手に、さり気なく銀貨を握らせているのを。



「……おお! こ、これは……」

「……お、おい。どうする?……」


 ティオに袖の下を渡された事に気づいた兵士達は、ティオとサラの二人から少し離れた所で、しばらく何かヒソヒソ話し合っていたが……

 やがて、片方の兵士が、改めて二人に対峙した。


「あー、コホン!……お前達のやる気は、良く分かった。ウム。我が王国のために命がけで戦おうという心がけは立派だと思うぞ。……だが、その……」


 兵士はチラと視線を逸らし、少し口ごもった。

 横柄な様子は変わっていなかったが、ティオに金を握らされたせいで、今まで話も聞かずに追い払おうとしていたものが、急に丁寧な対応になっていた。


「俺達には、傭兵を採用する権限はないのだ。傭兵志願者が来たならば、傭兵団を管理している上級兵の所に連れて行くように言われてはいるがな。傭兵として採用するかどうかは、その管理者が実際に志願者を見て決めるという事らしい。本当に、俺達も詳しくは知らないんだ。」

「そうだったんですね! なるほど、傭兵団を管理している方が他にいらっしゃると!……では、お手数ですが、その方の所まで連れていってはもらえませんか?」

「あー、ウム。志願者は連れて行く決まりになっているからな。連れて行くだけなら構わないが……ただ、行った所で傭兵として採用されるかどうかは、お前達の実力次第というか、必ず傭兵になれるという訳では……」

「分かっています、分かっています! 案内していただけるだけで十分です! ありがとうございます、ありがとうございます! お忙しい所、本当にありがとうございます!」


 ティオは再びペコペコ頭を下げた後、ガシッと両手で兵士の手を握った。

 当然、この時にも、しっかり追加で銀貨を握らせているのを、サラは横目で見ていた。


「衛兵としてのお仕事、いつも大変ですよね。王城の正門を守るのは、とても尊い仕事だと思っています。……お仕事が終わった折には、美味しいお酒でも飲んで、どうか疲れを癒して下さい。」

「そ、そうか?……ウム、ウム。お前達の感謝の気持ちは、ありがたく受け取っておくぞ。」


 若い兵士は神妙な顔でうなずいてはいたが、銀貨をズボンのポケットにしまう時、思わずヘラリと口元が緩んでいた。


「よし、じゃあ城の中へと案内しよう。ついてこい。」

「はい!」



 こうして、無事城に入ることが出来た、サラとティオだったが……

 兵士の後ろについて歩き出してしばらくすると、ティオはサラの方を見て、ニカーッと得意げに笑いかけてきた。

 『どうよ? 上手くいっただろ? 俺ってスゲーだろー?』と言わんばかりのその顔を、思わず反射的に殴りたくなってしまったサラだった。


(……いやいやいや、賄賂じゃん! アンタが凄いんじゃなくって、思いっきりお金の力じゃん!……)


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