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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第四節>黄金の穴蔵
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過去との決別 #51


(……そう言えば、確かにティオ君、前に言ってたなぁ。……)


 チェレンチーは、ティオのとんでもない種明かしを聞いた後、ふと思い出していた。


『……今回賭博場で行う競技はドミノ。賭博の種類の中でも、運の要素はかなり少ないです。となれば、より緻密な戦術を駆使した方が、必然的にトータルで勝つ確率は高くなる。俺は、頭脳戦なら負けませんよ。……』


 その時もおかしいと思っていたチェレンチーだったが、実際にドミノのルールを覚え賭博場でのプレーを目にして、やはり、ティオの語ったように「運の要素はかなり少ない」とは、とても思えなかった。

 本来なら、引いてくる牌によって、勝敗がかなり左右されるものだ。

 そして、何の牌を引いてくるのかは、裏返しにして混ぜた後なので、誰にも分からない。

 それこそ、「運」であり、皆口々に「今日はついてる」「いい牌が来た」「流れに乗っている」などと言う理由である。


 しかし、そのドミノのギャンブルたる所以である「運の要素」を根底から覆す人間が居るとは、このドミノ狂が集う『黄金の穴蔵』でさえ、皆夢にも思わなかっただろう。

 ティオが何も書かれていない裏からでもドミノ牌をはっきり見分けていたとなると……

 いくら手元のスタンドに立てる順番を変えてみたりと小細工を弄しても、対戦者の手牌は全てティオに筒抜けだった訳だ。

 それだけでなく、一番最初に裏返した牌を引いてくる時点で、ティオは自分の欲しい牌を好きに選べた事になる。

 ティオの器用さから言って、妙な手つきになったりもせず、誰に不審な目で見られる事もなく、スルッと好きな牌を手元に揃えていたに違いない。


 この賭博場に来る道すがら語っていたティオの言葉が、チェエレンチー脳裏にまた思い出されていた。


『……確かに「運」はどうにもなりませんが……』


『……でも、やり方によっては、「運」の要素を減らす事は可能です。そして、「運」の要素が減った分は、計算が勝敗を左右する割合が多くなります。ならば、まずは、極限まで「運」の要素を減らせばいい。……』


『……後は、計算や読み合いなら、俺の得意分野です。そうそう負けません。……』


 「全ての牌を裏からでも区別出来る」というだけでなく……

 誰がどの牌をどの順番で切っていくかというゲームの流れを、高い知能によって緻密に計算していたからこそ、ティオはあの勝ち戦の山を築けたのだろうとチェレンチーは考察していた。


(……確かに、全ての牌が分かっていれば、後は頭脳戦だ。頭脳戦でティオ君に勝てる人間は、この場には居ないだろう。……)


 そうして、ティオは、自分の勝ちだけでなく、ゲームに参加した全てのプレイヤーの得点まで操り……

 時には負け分を自分以外の全員に均等に分配し、また、時には一人に集中的に集めるなどして、完全に勝負の流れをコントロールしていたのだった。

 たとえ裏面から何の牌か分かったとしても、ここまで自在にゲームを操れるのは、ティオの並外れた頭脳があってこそ出来た事だろう。

 どのみち、「ティオにしか出来ない」という意味では、チェレンチーの読みは当たっていた。


『……別に「勝つだけ」なら楽なんですよ。単純に「勝つだけ」ならね。……』


『……問題は、「どうやって勝つか」なんですよね。……勝つなら、なるべく穏便に波風を立てずに勝たなくては。……』


『……しかし、それには、いろいろと細かく気を遣わなくてはいけなくて、これが面倒で疲れるんですよー。……』


 おそらく、ティオは「勝つだけ」なら、もっと簡単に、あっという間に、そして大差をつけて勝つ事が出来るのだろう。

 しかし、それでは人目を引き過ぎるため、わざと力を抑えて、対戦者に細やかに気を遣いつつプレーしているというのが実情のようだった。



「えー? 裏側から牌を区別出来なくても勝つ方法ですかー?」


 その後、ティオは、当然のごとく、ボロツに「牌を裏側から見分けるのは無理だから、他の方法を教えろ!」と詰め寄られていた。

 ドミノでの必勝法を教えるはボロツに護衛をしてもらう交換条件でもあったので、ティオは少し腕組みをして考えた後、スラスラと喋った。


「基本的には、『誰が何の牌を持っているかを知る』という方針は変わりません。相手の手牌さえ判明すれば圧倒的に有利に勝負が進められますからね。そこで……」


「まず、自分の手牌は分かりますよね。そこに無い牌が相手の手牌にある可能性がある訳です。次に、場に出た牌を、誰がどの順で出したか覚えていきます。ついでに、牌を場に出した時の相手の挙動も観察して覚えておいた方がいいでしょう。全く悩まずに出したのか、しばらく悩んでから出したのか、悩んだのなら、手牌のどの牌を見ていたのか。また、逆に、どの数字がドミノの列の端になっている時に『出せない』状態だったのかも、当然覚えます。更に、他のプレイヤーの番であっても、場に自分にとって望ましい数字が出た時と、反対に望ましくない数字が出た時では、表情が変わる人間も多いので、それも覚えておきます。そうした事をコツコツと続けていくと、対戦相手がどんな手牌を持っているのかは、おおよそ見当がつく筈です。あ! 更に、勝負を重ねていく内に、それまでのデータの蓄積から、それぞれのプレイヤーの打ち回しの個性もはっきりしてくるので……」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待て待て、ティオ! あれもこれも、覚えろ覚えろ覚えろって、覚える事多過ぎだろ! んな面倒な事、一々やってらんねぇよ! つーか、みんなあんなポンポン牌を切ってんのに、最初から最後まで全部なんて覚えられるかっつーの!」

「えー? これでもダメなんですかー?」


 ボロツも苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、ティオはティオで珍しく眉間にシワを寄せて「うーん」と悩んでいた。


 ティオが言っていたのは、チェレンチーが今まで彼の後ろでドミノ競技を見てきて考えた攻略法をもっと細かくした内容だった。

 「言うは易し行うは難し」で、チェレンチーにもその論理は理解出来るものの、実際にやるとなったら恐らく無理だろうと思われる代物だった。

 そもそも、ティオの話は、彼のズバ抜けた記憶力や観察力が前提となっているので、普通の人間にはあまり参考にならない。

 もちろん、ティオにとっては「ちょっと面倒くさいけれど、やろうと思えば簡単に出来る」類のものなのだろうが。


「ボロツさん、ティオ君の言っているのは正攻法だと僕も思いますが、それが実際のゲームで出来るかどうかはまた別ですよ。やっぱり、ティオ君には楽に出来る事でも、僕達には難し過ぎます。」


 チェレンチーは、会話がこう着状態になっている二人に声を掛けたが、それまで真面目な顔で考え込んでいたボロツが、パッと顔を上げて聞いてきた。


「なあ、チャッピー。さっきからずっと考えてたんだが……ドミノの牌ってのは、全部で28個なのか? 俺は、今まで全然知らなかったぜ。」

「え、ええっ!? そ、そこから説明しないといけないレベルなんですか?」

「ハァ。ボロツさんは、もう金輪際ドミノはしない方がいいと思いますよー。時間と労力と金のムダですー。」

「う、うるせぇ! 俺はギャンブルが好きなんだよ!」


 ボロツの頭の中が、ティオが攻略法を伝授する以前の問題である事が明らかになり……

 ティオとチェレンチーは、「これはダメだ」とばかりに、二人揃って肩をすくめて首を横に振っていた。



「さて、そろそろ今夜のメインイベント、『赤チップ卓』での勝負にかかりましょう。」


 ティオは、自分も含めボロツとチェレンチーがヤギのミルクを飲み終えるのを待って、近くを通りかかった男性従業員を呼び止め、空のジョッキを片づけてもらった。


「『赤チップ卓』って、さっきの『白チップ卓』の十倍のレートだよね? つ、つまり、1点が、銀貨一枚って事だよね?……ああ、もう、なんか、考えただけで胃が痛くなってきたよ!」

「いよいよ大詰めの大一番か! そりゃあいいが、ティオよう。あのテーブルは、今日来たばっかりの新入りが飛び入りで打てるような場所じゃねぇんじゃねぇのか? 白チップ卓だって、空いている席に入れてもらうのに随分苦労してたよなぁ?」


 既に真っ青な顔で腹を押さえているチェレンチーに対し、さすがに賭博慣れしているボロツは、少し興奮している程度で、スバリと問題点を指摘してきた。

 しかし、相変わらずティオには、一点の動揺もなかった。

 要するに、ここまでの『黄金の穴蔵』での展開は、ティオがプレーしてきたドミノゲームのごとく、最初から全て彼の計算通りに進んでいるという事なのだろう。


「『赤チップ卓』で打つ事が、俺の最終目的ではないですよ。大詰めの一番は、もう少し先です。」


 「ああん? どういうこっちゃ?」と怪訝な顔をするボロツに、「まあ、お楽しみに。」とだけ答えて、ティオは、隣の椅子に座っているチェエレンチーの腕にそっと触れ、青ざめてうつむいている顔を覗き込んできた。


「大丈夫ですか、チェレンチーさん?」


「これから俺は、宣言通り、ドゥアルテ家当主に標的を定めます。」


「その事で、あなたの存在を利用するつもりですし、あなたには辛い思いをさせてしまうかもしれません。」

「……だ……大丈夫、だよ、ティオ君。」


 チェレンチーは、いっときグッと強く唇を噛んだ後、スウ、ハア、と深呼吸してから、ゆっくりと顔を上げた。

 そして、目の前にある、優しくも鮮烈な緑色の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 ギュッと、膝の上で両の拳を握りしめる。


「僕は、ここに来ると決めた時、ちゃんと覚悟をしてきた。」


「僕がここに居る事で、君の助けになるのなら、いくらでも利用して構わないよ。どうか、遠慮はしないでほしい。僕には気を遣わなくていいからね。」


「僕は、ティオ君の力になりたい。」


 そんなチェレンチーの強い決意が伝わった様子で、ティオはゆっくりと瞼を閉じ、そして、またゆっくりと開いた。

 その瞳には、チェエレンチー後押しを受け、もう一欠けらの迷いもなくなっていた。


「ありがとうございます、チェレンチーさん。分かりました。」


「さあ、では、いよいよ、俺達二人で、ドゥアルテ家当主を丸裸にしてやりましょう!」


 ティオの、晴れやかなまでの無邪気な笑顔を間近に見て、チェレンチーも、ぎこちなく笑みを返した。

 まだ、緊張のせいで、微かに体が震え、気持ちの悪い汗が背中を流れていく感覚を覚えるが……


(……これは、恐怖じゃない。……そうだ、武者震いってヤツだ。……)


 自分で自分を鼓舞すると、チェレンチーは、スックと椅子から立ち上がった。


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「チェレンチーの腹違いの兄」

チェレンチーは、ナザール王国有数の大商人ドゥアルテ家の先代当主の非嫡出子である。

チェレンチーには十歳離れた腹違いの兄が居り、先代当主である父親は、兄に家を継がせたがっていた。

しかし、あまりにも兄が商人としての資質を欠いていたため、チェレンチーを引き取って彼の補佐とするべく厳しく教育していた。

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