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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第四節>黄金の穴蔵
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過去との決別 #50


「チェレンチーさん、喉が乾いてませんか? 何か飲みましょう。ずっと立ったままで疲れたんじゃないですか?」

「いやぁ、立ったままって言っても、見ているだけだったから、それ程疲れてはいないよ。ティオ君の方が、ずっと勝負続きだったから疲れてるんじゃないのかい?」

「俺は大丈夫ですよ。……まあ、あまりにも退屈で、たまに襲ってくる眠気と戦うのが、一番大変でしたかねぇ。睡魔程の強敵はありませんよね。」

「ね、眠くなる程退屈だったの?」


 白チップ卓の並ぶ場所を離れたティオとチェレンチー、そしてボロツの三人は、一旦休息をとった。

 壁際に点々と小さな丸テーブルが並び、そのテーブルの周りに数脚の椅子が置かれたそこは、ちょっとした飲食スペースとなっていて、ゲームの合間に酒を買って喉を潤す者達が姿があった。

 三人も、空いていたテーブルの周りの椅子にそれぞれ腰をかける。

 隣に座ったチェエレンチーの方ばかり見て話しかけているティオに、ボロツが小さな三白眼を不満げにしかめた。


「おい、コラ、ティオ! なんで俺様の心配はしねぇんだよ?」

「ああ、ボロツさんもお疲れ様です。……いやぁ、だって、ボロツさんは全然平気そうだったので。」

「確かに、俺は、たかが二時間立ってたぐらいじゃ、どうって事ねぇけどよ。でも、喉は乾いてんだよ。」

「分かりました分かりました。必要経費で落とすので、何か買って飲んでもいいですよ。」

「ヨッシャーッ! じゃあ、とりあえずビー……」

「ビールはなしです! 酒は目的を達成するまで禁止です! 集中力が落ちます!」

「はあ? こんな場所に酒以外にどんな飲み物があるってんだよ?」


 勢い込んで立ち上がろうとするボロツを、ティオは素早く服の裾を掴んで押しとどめ、キッと睨みつけた。


 その後、ティオは、チェレンチーとボロツを席に残したまま、飲み物や軽食を売っているカウンターに行って、何やら若い女性の従業員と話していた。

 程なく、大きなジョッキを三つ、器用に手に持って戻ってきた。


「ヤ、ヤギのミルクだぁ? 大の男が飲むもんじゃねぇだろうがよ!」

「え? 美味しいですよ? 牛乳とはまた違った味わいがあって。」

「プハァ! 濃厚だね! ちょっと臭いが独特だけど、これはこれでクセになりそうだね!」

「って、もう飲んでんのかよ!」


 チェレンチーが、受け取ったジョッキを両手で抱え込むようにして口の周りを白くしながらヤギのミルクを飲んでいるのを見て、ボロツも不承不承ながらも飲み始めた。

 大の男が三人揃ってヤギのミルクを飲んでいる光景に、先程ティオにジョッキを渡していたカウンターの奥の従業員の女性が、何やら微笑ましげな目を向けており、ボロツはいかつい肩をすくめて少し頬を赤くしていた。


「さて、先程の白チップ卓での儲けですが……」


 ティオは、半分程飲んだジョッキを一旦、椅子の前に設置せれている丸テーブルに置き、チェレンチーが膝に乗せていたチップの入った木箱を受け取った。

 ティオが白チップ卓で勝負を続けている途中、何度かチェレンチーとボロツが溢れそうになっている白チップを両替に行っていたので、今は赤チップも混ざっている。


「ザッと、プラス1100点弱といった所ですかね。」

「1100点! あ、改めて考えると、凄い額だよね!……1点が白チップ1枚のレートだったから、赤チップにすると約110枚!……実際の貨幣に換算すると、銀貨百十枚だよ! 金貨なら十一枚だ!」

「さ、さすが、レートの高いテーブルは額が違うなぁ! 裸チップ卓で稼いだ銀貨八枚分がちっぽけに見えるぜ!」


 チェレンチーとボロツは、わずか二時間程で金貨十一枚も荒稼ぎ出来た事に興奮していた。

 確かに、真面目にコツコツ働くのがバカバカしく思える程の儲けだった。

 短時間でこれ程の大金が手に入るというのならば、ギャンブルにのめり込む人間が居るのもおかしくはない。

 ただし、それは、ティオ並の凄腕か、もしくは、奇跡のような強運で勝ち続けられればの話で、負けた時には反対に、あっという間に大金が飛んでいくという大きなリスクもはらんでいるのだったが……

 とかく賭博に夢中になる輩は、勝った時の夢のようなゴールドラッシュしか想定していないものだ。


「はぁ。やっぱり全然ダメですねぇ。赤チップ卓で勝負しない事には、話になりませんね。」


 ティオ一人が、チェレンチーに木箱を返して、再びジョキを手に取り、心底つまらなそうにつぶやいていた。

 そんなティオを、チェレンチーとボロツは、思わず目を見開いて見つめる。


「ティオ君がお金の事で浮かれてる所、僕、一度も見た事ないよ。一体どれぐらいの額なら浮き足立つんだい?」

「ティオ、お前、やっぱり、心がどっか死んでんじゃねぇのか? こんな大金を前に、なんだよ、その不満そうな面はよぅ!」


 ティオは、ゴクゴクとヤギのミルクを飲んだ後、トンと丸テーブルに置いてそっけなく言った。


「いや、だって、全然目標金額に足りてませんしね。」

「お、お前、どんだけ稼ごうと思ってんだよ?」

「ああ、ボロツさんにはまだ具体的な話はしてませんでしたっけ。……そうですねぇ、この都に中庭のついた二階建ての家が建てられるぐらい、ですかね。」

「い、家!? はあぁ? そんなもんギャンブルで建てらる訳ねぇだろうがよ! しかもたったの一晩でかよ! 生まれてこの方、そんな話聞いた事ないぜ!」

「家というのは単なる例えですよ。実はどうしても欲しいものがあるんですが、それがかなり高額なので、必死に資金を稼いでいるんです。」


「まあ、最初から、裸チップ卓と白チップ卓の儲けは勘定に入れていなかったからいいんですけれどね。この『黄金の穴蔵』で一定時間以上プレーして勝ち続けるのが重要だった訳ですから。もう、その第一段階の目的は達成しました。」


 ティオは、天井で何十本ものロウソクを灯したシャンデリアが輝き、人語とジャラジャラとドミノ牌を混ぜる音が満ちる、そんな独特な賭場の光景を、分厚い眼鏡のレンズの奥から、緑色の目を細めて見つめていた。

 その視線は、静かに狙いを定めるごとく、十数メートル先の、一段高くなった赤チップ卓テーブルに真っ直ぐにそそがれていた。


「少し休憩したら、第二段階にかかりましょう。」



「ところで、ティオよぅ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇのか?」

「何をですか?」

「とぼけんなよ! ドミノで勝つ方法だよ! 俺様に護衛させる条件だっただろうが!」


 ボロツは、文句を言っていた割に、既に二杯目のヤギのミルクをグイグイ飲みながら、ドンと丸テーブルを叩いて主張してきた。


 ティオは、今晩、歓楽街の賭博場という物騒な場所にやって来る際、ボロツに自分の護衛を頼んでいた。

 後になって、チェレンチーも同行する事が決まったのだが、どの道ティオとチェレンチーの二人では、この辺りをうろついている裏社会に属する男達に舐められるのがオチである。

 そこに、大柄で筋骨隆々たるボロツがついていれば、何か問題が起こった時の用心棒となるのはもちろんの事、彼のいかにも強そうな見た目を恐れて物騒な輩がムダに近寄ってくる事もなくなり、いい抑止力となる。

 しかし、ボロツも、ただ人助けのためだけにティオの頼みを聞いたのではなかった。

 ボロツにはボロツの損得勘定があり、「ドミノの必勝法を教える」「必ず賭博場で儲けさせる」という二つが、護衛の依頼を受ける交換条件だった。


 まだ依頼は完遂していなかったが、実際に目の前でティオが面白いように勝ちを重ねていくのを見て、ボロツはずっとウズウズしていた。

 「ドミノをするのは初めてですが、俺は必ず勝ちますよ。」と豪語するティオを嘘くさいと思いながらも、ギャンブル好きの性分から興味を抑えきれずに話に乗った所、蓋を開けてみると、ティオは本当に大勝してしまっていた。

 ボロツは、早く種明かしをしろとばかりに、グイと身を乗り出してティオに顔を近づけてきた。

 そんなボロツに対し、ティオは、暑苦しそうに眉間にうっすらとシワを寄せて体を引きながら、淡々と口にした。


「そんな大した事はしていませんよ。誰にでも出来る簡単なものです。」

「ほう! じゃあ、俺にも当然出来るんだよなぁ! 俺も、お前みたいに、ジャンジャンバリバリ稼げるってこったよなぁ!」


 その時、ピーンと何か閃いたような様子で、両手でヤギのミルクの入ったジョッキを抱えながらチビチビやっていたチェレンチーが、二人の会話に入ってきた。


「あ! ダメです、ボロツさん! 聞かない方がいいですよ!」

「ああん? なんでだよ、チャッピー?」

「ティオ君はああ言ってますけど、たぶん、これ、『ティオ君にしか出来ないヤツ』です! 僕達には無理だと思います!」


「そんな事ありませんってー。本当に簡単なんですからー。」

 と、ティオは言って、手にしていたジョッキを一旦コトリと丸テーブルの上に置き、説明を始めた。


「この賭博場で行われているゲームで使われるドミノ牌は、たったの28枚です。だから、それを全部覚えてしまえばいいんですよ。ひと勝負する内に簡単に覚えられるでしょう?」

「お、覚える? 覚えるってなんだよ? 全部って?」

「全部は全部ですよ。それさえしてしまえば、誰がどの牌を持っているのか一目瞭然でしょう? 後はもう、理論的に考えていきさえすれば、他プレイヤーの切る牌をほぼ全て予測出来る筈です。……まあ、たまに、論理的に考えない人間も居るので、予測が外れる事もありますけれどね。この『黄金の穴蔵』に来るような人間はドミノを打ち慣れているので、まず読み通りに動いてくれます。」

「……」


 そこで、ピキッとボロツは固まった。

 一緒に聞いていたチェレンチーも、ティオの言っている事が理解出来ず、真顔で静止していた。

 ややあって、ボロツが気を取り直して聞き返す。


「……い、いやいや、しっかりしてくれよ、ティオ。ゲーム中は、相手の手牌が何かなんて分かる訳ねぇだろ? 最初に全部裏返してしっかり混ぜてから引いてくるんだからよう。手牌が何か分からないように、相手側に裏を向けて手元に立ててるんだしな。」

「いや、分かるでしょう? 裏から見た所で、どれがどの牌か、簡単に区別出来るじゃないですか。」

「は、はあぁ!?」


 ボロツは声をひっくり返し、同時にチェレンチーは口に含んでいたヤギのミルクをブッと吹き出していた。


「だから、一番最初に、全部のドミノ牌の表と裏を覚えればいいんですってば。」

「い、いやいやいやいやいや! 表はともかく、裏なんか覚えられる訳ねぇだろうがよ! う、裏って、何にも描かれてねぇんだぞ!」

「ああ、まあ、そうですけどー……ここの賭博場で使われているのは、全て木製の牌ですからねぇ。良く見れば、一つ一つ木目の入り方や色合いが違うじゃないですか。自然のものは、一つとして同じものはないですからね。」

「……う、裏を覚えるって、お前……」


 確かに、この『黄金の穴蔵』で使用されているドミノ牌は、ティオが言うように皆木製だった。

 とは言え、裏側から見て、すぐにどの牌か分かるようでは勝負になる筈がない。

 当然、ドミノに使われる木は際立った特徴のない真っ直ぐな幹の部分で、どれも寸分の狂いもなく切り出され、その上念入りにヤスリが掛けられていた。

 ティオが主張する、木目や色合いの違いなど、全く感じられない代物だった。

 廉価品のドミノ牌や、長年使われてきて、傷がついたり、欠けたり、汚れて色が変わったりなどすれば、少しは判別がつくかもしれなかったが、そんな牌が都一の賭博場である『黄金の穴蔵』で使用される事はない。

 劣化したものはすぐに真新しいものと交換されており、店にあるのは、どれも見分けのつかない綺麗な牌ばかりだった。


 ティオの言葉がとても信じられなかったらしいボロツは、その後、本当にティオがドミノ牌を裏から見て分かるのかどうか試してみたが……


「右から、『0-3』『1-5』『2-3』『4-4』『5-6』ですね。」


 ティオは、一番近くのテーブルで、こちらからは手牌の見えない位置に座っていた男の手元の牌をスラスラと答えた。

 ボロツとチェレンチーは固唾を飲んでゲームの進行を見守ったが、やがて場に切り出されて牌の表が明らかになり、ティオの言った数字が全て合っていた事が判明した。


 ティオは、ニコッと、子供のような無邪気な笑みを満面に浮かべて言った。


「ね、簡単でしょう?」

「か、簡単な訳、あるかぁー! ボケェーッ!!」


 思わずガタンと椅子を蹴って立ち上がり怒鳴ったボロツに、ティオがグンとマントを引っ張り、その隣でチェレンチーは「シー!」と言いながら口の前に指を立てた。

 ジロッといっとき周囲の客から視線が集まるも、三人がペコペコ頭を下げている内に、スウッとまた各々のゲームに神経が戻っていく。

 皆、見慣れない若者達より自分のゲームの行方に興味が向いているのは当然だった。

 ボロツは、今度は声を抑えて、改めて言った。


「ドミノを裏側から見分けるなんて、人間に出来る訳ねぇだろう!」

「えー? そうですかー?……うーん、サラは出来ると思うけどなぁ。まあ、アイツは、見分けられても覚えられないだろうしー、論理的な先読みも出来ないだろうからー、結局、意味ないでしょうけどねー。アハハー。」

「バッカ! お前、サラを『人間』扱いすんじぇねぇよ!……サラはなぁ、確かに、『本当に人間か?』ってぐらい、綺麗で可愛いけどなぁ、中身は、別の意味でもっと『本当に人間か?』って感じだろうがよぅ!」

「わー、知らなかったなぁ。ボロツさんって、サラの事そんな風に思ってたんですねー。」

「ウゲゴッ!……い、今のは、間違った! ナシナシ!……おい、コラ、ティオ、サラに告げ口すんじゃねぇぞ!」


 チェレンチーは、そんなティオとボロツのやりとりを横目で見ながら……

(……まあ、確かに、サラ団長を基準に考えるのは、間違ってるよなぁ。……)

 と思い、一人黙ったまま、独特な味わいのヤギのミルクを、コクリとまた一口飲み込んでいた。


読んで下さってありがとうございます。

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☆ひとくちメモ☆

「ナザール王都の飲み物」

ナザール王国の王都周辺は肥沃な平原が広がっており、そのため、都には、農作物、酪農製品、食用の家畜の肉などが豊富に流通していた。

また、王都の各所には井戸が掘られ、飲用水はそこから汲まれていた。

庶民の嗜好品としてビールが良く飲まれており、料理と共に楽しむ者が多かった。

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