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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第四節>黄金の穴蔵
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過去との決別 #48


(……『裸チップ卓』は、1点が裸チップ1枚のレートだった。次の『白チップ卓』は、1点が白チップ1枚のレートだ。……)


(……裸チップ10枚で白チップ1枚と交換、という事は……一気にレートが十倍に!……)


(……白チップ1枚が大体銅貨十枚の価値にあたるから、白チップ卓での10点の負けは、銀貨1枚の負けになる! さっき稼いだ銀貨八枚分のチップなんて、下手をしたら、あっという間に吹き飛ぶぞ!……)


 金銭感覚の鋭いチェレンチーにとって、裸チップ卓でもヒヤヒヤしたものだったが、その十倍のレートの白チップ卓でティオが打つとなると、もはや生きた心地がしなかった。

 もう、いっその事、ティオが計画を変更して、少しばかり増えた資金を換金し、「城に帰りましょう」と言ってくれないかと、ありえない願望をいだいた程だった。


 しかし、現実のティオは、いそいそとテーブルの中央に白い布の敷かれた『白チップ卓』の並ぶ場所に移動し、いつもの緊張感のない笑顔で「このテーブルに入れてもらえませんかー?」と声を掛けて回っていた。


 ところが、幸か不幸か、なかなかティオを入れてくれるテーブルは見つからなかった。


 その理由は、しばらく白チップ卓の様子を観察していると、チェレンチーには自然と分かった。

 白チップ卓に座る人間は、明らからに、裸チップ卓で遊ぶ人間と客層が違うのだ。


 裸チップ卓の客は、都の一般庶民といった感じだった。

 おそらく稼ぎの大半を賭博につぎ込んでいるような人種なのだろうが、先程の大工のように、ごく普通の都の住人である。

 都では中の下といった暮らし向きの者達で構成されていた。

 

 しかし、白チップ卓の客は、もうワンランク上の階層の者達ばかりだ。

 大貴族や資産家という程ではないものの、都に住む市民の中では、中の上から上の下といった辺りの人間であるようだった。

 同じ大工でも、何人もの見習いを抱えて仕切る親方だったり、流行りの食堂のオーナーだったり、そういった「人を使う」立場で大きく稼いでいる者達だった。

 そういった資金力の違いを、チェレンチーは、彼らの服装や身につけている装飾品から簡単に推し量る事が出来た。

 また、下級貴族らしい見た目と立ち居振る舞いの者も散見された。

 改めて考えてみると、裸チップ卓の十倍のレートである白チップ卓で夜通し遊ぶような人種なのだから、当然、裸チップ卓の十倍の金を持っている人間の集まりという訳だ。


 彼ら上級市民ともいうべき裕福な階層の者は、都の住人の大多数を占める中流や下流の階層の一般市民を、どこか見下している所があった。

 そのため、ティオのような、ボサボサの髪に一見地味で質素な身なりの人間がいくら熱心に話しかけた所で、賭博の仲間に入れようとはしないのだった。

 ティオが、実際に白チップ卓で遊ぶのに十分なチップを所持していても、パッと彼の外見を見て、シッシッと手を振って追い払い、まともに取り合ってくれなかった。



「……これは、困りましたねぇ。」


 さすがのティオも、こういった差別意識がある事は予想していなかったらしく、腕組みをして考え込んでいた。


 が、白チップ卓の並ぶある一点に視線を動かしたかと思うと、カッと目を見開いていた。

 そして、次の瞬間には、シュバッと音も出さずに素早く、その視線の先に移動していた。

 そこは、壁際に置かれた白チップ卓の一つで、今まさに、1マッチ終わった所のようだった。


「あ、ああ、あの! こ、こんばんは! 良い夜ですね! ちょ、ちょっとだけ、お話ししてもいいでしょうか?」


 ティオが興奮と緊張で頬を上気させながら話しかけたのは、どこかの小金持ちの中年男だった。

 チェレンチーから見て、その男は、小柄でブクブクと太った不男で、服の趣味も悪く、なぜティオがその男を選んで話しかけたのか全く理由が分からなかった。

 しかも、ティオは、まるで恋する乙女のごとく、夢見心地でパアッと顔を輝かせていた。


「……な、なんだ、お前は? 私は今忙しいのだ、あっちに行け!」


 男は、どこまでがアゴでどこまでが首か分からない顔をねじって鬱陶しそうに振り返ったが、ティオは男の言葉を無視して、バッとその場に跪き、男の手をうやうやしく両手で握りしめていた。


「とても美しい宝石……ゴホンゴホン!……素晴らしい指輪をしていらっしゃいますね!」

「な、なんのつもりだ? な、何をする?」


 唐突かつ積極的なティオの接近に目を白黒させて驚く男を尻目に、ティオは空咳をして言葉を正したのち、堰を切ったような勢いでペラペラと言葉を紡ぎ出していた。


「これはこれは、なんと見事なバイカラートルマリンでしょう! トルマリンは、色の豊富な事で有名な宝石ですが、中でも紫がかった赤色と、深い青緑色は特に美しいとされています。その二色がこの一つの宝石の中に同居しているとは、まさに奇跡! しかも、どちらか一色に偏る事なく、ちょうど中央で綺麗に色が分かれている! 更に、10ctを超える大きさでありながら、肉眼では見えない程の小さな内包物や傷しかない、本当に見事な一石です! 色合い、輝き、照り、どれを取っても間違いなく一級品ですね!……ハァ! こんな素晴らしいバイカラートルマリンに出会えるとは、なんという幸運でしょう! 眼福の至りです!」

「ムムッ! 君はこの宝石の素晴らしさが分かるのか! フフン、なかなか見る目があるじゃないか!」


 男の潰れた芋虫を思わせるブヨブヨの指に輝く大きな宝石をあしらった指輪にジイッと見入り、胸に手を当てて感じ入っている風のティオを見て、男はかなり気を良くしたようだった。


 チェレンチーも、足早に寄っていって、男のしている指輪を見たが……

 そこにはめ込まれているのは、直方体の形状の、ちょうど中央で赤紫と青緑に色が分かれている不思議な宝石であった。

 一通り宝飾品にも見識のあるチェレンチーでも、初めて見る種類の宝石だった。

(……ティオ君は、宝石にも詳しいのかぁ。……)

 ティオは、あまり、芸術方面や、美術、工芸といったものには興味がないと思っていたチェレンチーは意外に感じたが、まあ、博識なティオの事なので、知識があったとしても不思議はないと、サラリと受け入れてしまっていた。


(……なるほど! 分かったぞ!……)


 そして、チェレンチーは、ピカッと閃いた。


(……ティオ君は、この男の趣味を褒める事で、機嫌を良くさせて、この卓のゲームになんとか入り込もうという算段なんだね!……)


(……確かに、指輪だけでなく、この男の着ている服や身につけている装飾品は、どれも奇抜なものばかりだ。正直、とても趣味がいいとは言えないけれど。……でも! こういう人物は、自分のファッションに強いこだわりがあるんだ。そして、普段はあまりその奇抜なファッションセンスに賛同されず、褒められる事に飢えている場合が多い。だから、そこを上手く突いていけば、男の機嫌は良くなる筈!……さすがは、ティオ君!……)


 実際は、宝石マニアなティオは、たまたま男のしていた指輪にあしらわれた貴重な宝石に目がくらんだだけだったのだが、ここに、チェレンチーによる幸運な誤解が発生していた。

 そして、チェレンチーは、商人魂を発揮して、ティオの後押しをする行動をとっていた。


「こ、こちらの! マントに仕立てられた毛皮も、大変素晴らしい逸品ですね!」


 多少緊張で声が上ずったものの、チェレンチーに気づいて振り向いた男に、ここぞとばかりに畳みかける。


「これは、ナザール王国より遥か南方の亜熱帯の森に住む『虎』という生物の毛皮ではありませんか? 虎は、橙色に黒い縞模様の独特で鮮やかな被毛を持つと聞きます。しかし、大変獰猛な生物で、仕留めるのは非常に困難だとか。そのため、虎の毛皮は高値で取引され、なかなか市場で見る事はありません。しかも、ここまで大きな一枚皮という事は、相当立派な雄の虎だったのではないですか? これは大変珍しく、また貴重な逸品ですね!」


「それに加えて、お召しになっているベストも実に凝っていますね!……こちらは、同じく亜熱帯の沼地に住むという、『ワニ』の皮をなめして作ったものではありませんか? ワニもまた、虎に負けず劣らず獰猛で、捕らえるがとても難しいと聞きます。おかげで、こちらも、とても貴重で高価なものだとか。そんなワニ皮を贅沢に用いてベストに仕上げるとは、実に洒落たセンスですね! 独特な美意識に驚かされるばかりです!……いやぁ、このナザール王都の貴族でも、このような洒脱な衣装を身にまとっている人間は居ない事でしょう!」


 太った男は、商家で見習いとして培ったチェエレンチーの見識に、「ほお!」と感嘆の声をあげ、肉の垂れた瞼を開いて目を見張っていた。


「はぁ。確かに、こりゃ見た事ねぇな。良く知らねぇが、高いものなのかぁ。……でもよぅ、趣味は相当悪い……んぐがぐっ!」


 遅れてのっそりやってきたボロツが、ボリボリ腹を掻きながら正直な感想を漏らそうとした所を……

 チェレンチーは、スパーン! と素早くボロツの口に手を当てて押しとどめていた。

 まあ、こんないかつい見た目ではあるが、実はボロツの美的センスはなかなかのものがあり、彼の言わんとしている事は間違っておらず、むしろチェレンチー個人としては大きくうなずいて同意したい気持ちではあったのだが。

 しかし、今は「お客様」の前だ。

 「お客様」の強いこだわりのある趣味をけなして機嫌を損ねる事は、絶対にしてはいけない事だった。


 そんな、チェエレンチーの必死の頑張りもあってか、男はすっかり上機嫌になり、肉のだぶついたアゴをタプタプ揺らしながら、満面の笑顔で言った。


「ほうほう! 君達は、庶民の割に見る目があるようだな! なかなか見所がある者達じゃないか!」


「実は私は、行商を営んでいる者でね。特に南方の貴重な商品を多数、このナザールの都に卸しているのだよ。……しかし、この都の者達ときたら、私の持ち込む商品の価値を理解出来る者が少なくて困る。見た事もないものだからと嫌厭して、『気味が悪い』『下品だ』『こんな変なものに大金をはたきたくない』と言い出す始末だ。……だが、君達は、この独特な情緒が良く分かっているようだな! この宝石や毛皮の価値を正確に言い当てるとは、正直驚かされたぞ!」


「フン。まあ、いいだろう。……席に座りたまえ。ドミノの相手をしようじゃないか。だがしかし、君達の手持ちの金が尽きたら、早々に立ち去ってもらうぞ。」


 太った行商の男は、ナマズのような口ヒゲを指でしごきながら、空いている席をアゴで指し示した。


「いいんですか! ありがとうございます!」

「ああ、心から感謝いたします! お大尽様!」


 ティオとチェレンチーは、ペコペコ何度も頭を下げて、男の厚意をありがたく受け入れた。


 ティオは、サッとチェレンチーに顔を寄せ、他の者達には聞こえない小声で囁いた。


「……まさか、あの男を誉めそやして機嫌を良くして取り入るとは、さすがは大商会で長く商人の修行を積んできたチェレンチーさんですねぇ! 見事なお手並みです! 俺には、そんな事思いつきもしませんでしたよ!……」

「……ええ?……」


 どうやら本心から感心している様子のティオを前に、チェレンチーはポカンとする羽目になった。

(……あ、あれー? そ、そういう作戦じゃなかったのかい、ティオ君?……)

 ティオが、時々正気を失って盗みを働いてしまう程の宝石好きである事を全く知らないチェレンチーには、何がなんだか分からない状況だったが……

(……ま、まぁ、「終わり良ければ全て良し」だよね?……)

 ハハ、と引きつった笑いを唇の端に浮かべて、強引に自分を納得させていた。


 こうして、苦労はあったものの、なんとか白チップ卓での参戦権を手に入れた一行だった。


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「バイカラートルマリン」

一つの宝石に二つの色が入ったトルマリンはバイカラートルマリンと呼ばれている。

トルマリンは内容物の違いによって様々な色彩を持つ宝石で、特に赤系統と青緑系統のものが人気が高く価値も高い。

行商の男の指輪にはめ込まれていたトルマリンは、中央でこの赤と青に色がはっきりと分かれており、そのどちらもとても美しいという、宝石好きのティオにはたまらない一品だった。

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