過去との決別 #47
「さてと、じゃあ、俺は、一旦休んでから別のテーブルに移ります。みなさん、いろいろ教えて下さって、本当にありがとうございました。」
3マッチ目が終わると、ティオは同卓の者達に丁寧に頭を下げて席から立ち上がった。
大工の男をはじめとして、一同は、ティオがこれでゲームを抜ける事にこぞって不満の声を上げたが……
「なんだよ、俺はまだやれるぜ! 金は残ってんだ!」
「勝ち逃げかよ! ルーキー!」
「今度こそ、勝ってやろうと思ってたのによぅ!」
ティオは、ニコッと愛想良く笑ってこれを軽く受け流し、チェレンチーとボロツを引き連れてその卓を離れたのだった。
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結局、ボロツによる思わぬ大量失点があったものの、3マッチ目が終わる頃には、ティオがきっちりと帳尻を合わせ、先程までと同じく、均等に対戦者三人からチップを巻き上げて一人勝ちしていた。
「もうちょっとあのテーブルで打ってても良かったんじゃねぇのか? まだアイツらやる気満々だっただろ? 金も持ってるみてぇだったしよ。勝てる流れなら、そのまま続けた方がいいだろう?」
後ろ髪を引かれるように振り返って見ているボロツに、ティオはピシャリと言った。
「ダメです。確かに、あの人達の懐にはまだ余裕があって、彼ら相手なら簡単に勝てますが、これ以上あのテーブルで勝つのは悪手です。」
「長くこの賭場で波風を立てずに勝ち続けるには、相手をギリギリまで追い詰めてはいけません。『まだ、余裕がある』『もう少し続ければ、こっちが勝てる』そう相手が思っている辺りでやめなくては。」
「全員の懐が空になるまで金を巻き上げる事は簡単です。でも、それは、彼らに強い絶望感と不快感と敵意植えつけてしまいます。……ほら、執政者が民草から税金を取る時に良く言うでしょう?『生かさず殺さず』ってね。」
「それに、彼らがここで所持金を全額スらずに店に残ってくれれば、後々俺達の役に立ってくれるかもしれませんよ。」
「ああん? 役に立つってどういうこったよ?」というボロツの問いには、ティオは笑って答えず、裸チップでいっぱいになった手元の木箱を見つめて言った。
「まあ、こんな大きな賭博場なんですから、カモは他にいくらでも居るでしょう。……チップが零れそうなので、俺、ちょっと両替してきますね。二人はここで待っていて下さい。」
そして、一人さっさとチップ交換のカンターへと向かっていってしまった。
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「カーッ! アイツ、思いっきり『カモ』とか言いやがったよ! 調子に乗り過ぎじゃねぇのか、おい!」
「アハハ。ティオ君にとっては、赤子の手をひねるようなものなんでしょうね。実際、ボロツさんがあんなに足を引っ張ったのに、宣言通り大勝してたじゃないですか。」
「グッ!……チャッピー、お前、割と根に持つヤツだなぁ。」
木箱にこんもりとチップが積み上がる程一人圧勝したにも関わらず、嬉しそうな顔一つせず、舞い上がったりも当然せず、いつもの冷静な態度を崩す事のないティオの様子に、ボロツは呆れたようなムッとしたような表情を浮かべていたが……
チェレンチーと二人きりになると、フッと声のトーンを落として、少し真面目な口調で話しかけてきた。
「……さっきは驚いたぜ。ティオのヤツ、あんな顔も出来るんだな。いっつもすました顔してやがるから、感情が死んでるのかと思ってたぜ。」
「ああ、ティオ君が照れ屋だって話ですか?……確かに、ティオ君は、大人顔負けに頭がいいですからね。弁も立つし、度胸もある。いつも冷静沈着で、何があっても岩のようにビクともしない雰囲気がありますよね。」
チェレンチーも一通り同意はしたが、大事な私見をつけ加えるのを忘れなかった。
「でも、ティオ君は、まだ十八歳の青年です。ボロツさんや僕に比べて、ずっと年下なんです。僕も時々、ティオ君の有能さから、彼の実際の年齢を忘れそうになりますけれど……」
「でも、たまに、歳相応の顔を見せる事もありますよ。ティオ君の言動は、確かにいつも理路整然としてますが、実は、子供っぽい所や、無垢で素直な所もちゃんとあるんですよ。」
そんなチェエレンチー言葉に、ボロツは「良く見てんなぁ」と感心したのち、チッと気に入らなそうに舌打ちした。
「ティオ、あのボケが。もうちょっと、そういう所を俺様や周りの人間にも見せろってんだよ。ったく。」
「ティオがスゲーヤツだってのは、俺もみんなももうよーく知ってるが、アイツは、どうも、自分がなんでも出来るからって、一人であれこれ背負い込み過ぎる所がある気がするぜ。周りになんにも言わずに、全部自分一人で抱え込もうとしてねぇか?……ほら、忙しいと飯だって食わずに走り回ってるしよ。なーんか、危なっかしくて見てられねぇ気分になるんだよなぁ。」
「まあ、俺みてぇな頭の出来の悪い人間が、アイツの抱えてる問題をどうこう出来るとも思えねぇけどよ。だけどなぁ、もうちょっと、周りに頼ってもいいじゃねぇかよ。つーか、頼れよ、サラの次に年下なんだからよぅ。仮にも傭兵団の仲間だろうが。俺は、ヤツよりずっと年上だし、副団長だってのに、格好がつかねぇんだよ。」
そんな一見愚痴のようなボロツの話を聞いている内に、チェレンチーは、驚きで口をポカンと開けていた。
「……ボロツさんって、サラ団長……サラさんの事もあって、ティオ君の事は嫌っているのかと思ってました。……でも、全然そんな事なかったんですね! ティオ君の事をちゃんと見ていて、心配してくれていたんですね!」
「ああん?……確かに、ティオの野郎が仕事の話をするだのなんだのとサラとベタベタしてんのは気に食わねぇよ。つーか、一緒の部屋で寝起きしてやがるしよう。まあ、俺は、あの二人が付き合うなんてのは、まだまだ全然認めてないけどなぁ!……だが! その程度で、ティオの野郎に腹を立てる程、俺は器の小せぇ男じゃねぇぞ、チャッピー! ティオの野郎を見てると、そのスカしたツラを思いっきりぶん殴ってやりたくなるってだけだぜ!」
「……いや、それ、十分腹立ててますよね?」
「分かってねぇなあ、チャッピー。俺がマジでイラついてんのは、ティオの野郎が、俺達に対して、どっか距離を置いてるとこなんだよ。」
ボロツは、筋肉隆々たる太い腕をガッシリと組み、小さな三白眼をしかめた。
「ティオ……アイツは、なんつーか、ヘラヘラしてるか、クソ冷たい澄ました顔をしてるか、どっちかだろう? どっちにしても、俺達に本心を見せやがらねぇ。」
「こっちは、一応傭兵団の仲間だからな、マジな気持ちで向き合ってるって言うのによう。ムカつく態度だと思わねぇか?」
チェレンチーは、思いがけない程ボロツがティオの事をしっかりと理解していた事を知って、ますます驚いた。
しかし、慌てて、いかにもチェレンチーらしいフォローを入れた。
「ティオ君にも、いろいろあるんだと思いますよ。心の中に、誰にも踏み込まれたくない場所って、誰にでもあるじゃないですか。例えば、思い出したくないような、辛い過去とか。」
「僕も、ティオ君が今までどんな人生を生きてきたのか、良く知りません。彼は、あまり自分の事を話そうとしませんから。……そんな、ティオ君の話したくない事を、無神経に根掘り葉掘り聞き出す訳にはいかないでしょう? 彼の心に、ズカズカ土足で踏み込むような事は、僕はしたくないです。もちろん、ティオ君本人が自分からすすんで話してくれるようなら、喜んで耳を傾けるつもりですけれどね。」
「それに……確かに、ティオ君は、どこか他人に対して距離を置いている所はありますけど、傭兵団の仕事は誰よりも熱心にこなしているでしょう? 正直、ティオ君の才覚と頑張りがなかったら、今の傭兵団の状態はなかったでしょうし、これからだって、ティオ君なしに上手く回っていくとはとても思えません。」
「ティオ君は、しっかりと自分の義務を果たしています。それ以上の事を望むのは、贅沢ってものなんじゃないですかね?」
「僕だって、ティオ君がもっと僕達を頼ってくれたらとか、心を開いてくれたらとか、思う事はままありますけれども。やっぱり、無理強いはしたくないです。」
チェレンチーの、その童顔の見た目に似合わない思慮深い言葉をずっと黙って聞いていたボロツは、腕組みをしたまま、「ムムゥ……」と唸った。
「俺だってなぁ、ティオの野郎が傭兵団のために真剣に頑張ってるっつーのはよーく分かってるよ。べ、別にアイツの事を嫌ってる訳でもねぇし、本当はちゃんと認めるっての。でもよぅ、なんか、こう……あーもー! 面倒くせぇなぁ! 俺は、回りくどい事は苦手なんだよ!……とにかく、一人であんまり背負い過ぎるなってこったよ! 周りを頼れよ! 困った事があったら、ドーンと俺に相談してこい! そう言いてぇんだよ!」
「ティオ君は、聡い人ですからね。ボロツさんの気持ちは、良く分かっていると思いますよ。口に出さないだけで。」
チェレンチーは、自分以外にも、ティオの事を本気で気にかけ心配している人間が居る事を知って、とても嬉しい気持ちになっていた。
(……ティオ君は、知力や技術をはじめとした能力全般において、僕達より遥かに上だ。……)
(……今日だって、この『黄金の穴蔵』で資金を増やす計画では、下調べから作戦の決定、実際の対戦まで、ティオ君は一人でほぼ全てやっている。僕達は、ただ彼についてきて見守っているだけって感じだ。……)
(……そんなティオ君に対して、僕らが出来る事は、何もないのかもしれない。……それでも……)
(……僕の力が、少しでも彼の助けになれたらと、思わないではいられない。……)
ギュッと両の拳を体の横で握りしめて、チェレンチーは思っていた。
そして、フッといつもの優しい笑顔を浮かべると、隣に立っているボロツを見上げて言った。
「ボロツさん。ここは、大人として、ティオ君を見守りましょうよ。もし、ティオ君が困っていたら、いつでも助けられるように。」
「大人として?……ああ、そうだな。ああいう危なっかしいクソガキには、俺達みてぇなしっかりした大人がついててやらねぇとなぁ。……うん、まあ、ティオの野郎がマジでヤバイ時には、俺様が助けてやっても構わないぜ! 大人として、人生の大先輩として、当然の事だからよぅ!」
「フフ、フフフ!」
「な、なんだよ、チャッピー? 何笑ってやがるんだよ?」
「いえ。ボロツさんも大概素直じゃないなぁと思って。ティオ君に負けず劣らず、照れ屋なんですね。」
「あ、ああん?」
「僕は、ボロツさんと違って正直者なので、堂々と言えますよ。『僕は、ティオ君が大好きだ』って。『ティオ君が困っていたら、力になりたい』って。……ボロツさんは、こんなふうに素直になれないんですよね?」
「な!……そ! そんな事は……お、俺だってなぁ!」
「あ! ティオ君が呼んでいますよ! どうやら、今度はあっちのテーブルに入るみたいです。早く行きましょう!」
「あ、ちょ、ちょっと待てよ、チャッピー、コラ! まだ話の途中だろうがよぅ!」
両替を終えたティオがニコニコ笑って手を振っているのを見つけて、チェレンチーはスタスタと歩き出し……
ボロツも、慌てて後を追って、ドスドスと大股で歩いていった。
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ティオは二つ目の裸チップ卓で対戦者三人と打ち、2マッチしたのち、またテーブルを離れた。
もちろん、相手の所持金を残してなるべく穏便に勝ってはいたが、先程のテーブルよりも1マッチで他プレイヤーから巻き上げるチップの数は増えていた。
凡ミスで負けたり「マギンズ」を食らったりといった初心者らしいプレーを見せつつも、勝つ時は、他のプレイヤーが手持ちの牌を多数残している状態で一人だけサクッと牌を出し切って上がっていた。
その上がりの早さに皆ついていけず、驚きを隠せないようだったが……
「なんだぁ、そのバカヅキはぁ!」
「この眼鏡のルーキー、波の乗せると手に負えないぞ!」
それはあくまで、掴んだ牌がたまたま良かったのだと思われており、誰も、ティオが意図してそうする事の出来る凄まじい腕のプレイヤーだとは夢にも考えていない様子だった。
ティオ自身も、例のヘラヘラした緊張感の欠けらもない顔で、ボサボサの頭を掻きながら……
「いやー、ついてましたー! ちょうどいい牌が来てくれてー!」
などと言っては、対戦者達の認識を積極的に狂わせていた。
チェレンチーは、一旦ここまでの戦果を計算してみた。
「えーっと、大体一時間半で、5マッチして、その結果……裸チップ、約800枚強! 換金する時の手数料を抜いても、実際の貨幣に換算して、大体銀貨八枚分稼いだって事になりますね!」
「マジか! 改めてスゲーな! たった一時間半で、銀貨八枚かよ!」
「都の中流家庭の半月分の収入にあたりますよ! 田舎の町だったら、家族四人でも一ヶ月は食べていける金額です!」
チェレンチーとボロツが木箱に貯まったチップを見て興奮気味に会話を交わす横で、ティオは一人だけ不満をあらわにした表情を浮かべていた。
「チッ……しけてますね。やっぱりこんなんじゃ、全然ダメですね。」
「え?……い、いやいや、十分凄いよ、ティオ君! ずっと勝ち続けているってだけでも、驚きだよ! ま、まだ夜も浅いし、この調子でお金を増やしていけばいいんじゃないかな!」
「そ、そうだぜ! 賭場に来て所持金が減らずに増えるなんて、俺は初めてだぜ!」
まあ、最底辺のギャンブラーであるボロツの感想はともかくとして、チェレンチーも必死にフォローしたが、ティオの凍ったような冷たい表情は微動だにしなかった。
「やはり、もっとレートの高いテーブルで打たなければ。こんなペースでは、夜が明けるまで打っても目標金額には到底届きませんからね。」
「もう、『裸チップ卓』は充分でしょう。さっさと、次の卓に移動しましょう。……次は、1点につき白チップ1枚のレートの『白チップ卓』です。」
そう言って、ヒラリと黒い長衣の裾を翻すと、足早に歩き出していた。
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☆ひとくちメモ☆
「ボロツの賭博好き」
傭兵団では副団長を務め、自由奔放なサラをサポートして団員達をまとめ上げている良きリーダーであるボロツだが、実はかなりのギャンブル狂である。
確かな剣の腕を持ちながら、ほとんど金の蓄えがないのは、入ってきた金をすぐにギャンブルで使ってしまっているからだった。
しかし、下手の横好きで、ギャンブルの腕の方はとてもいいとは言えない。




