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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第四節>黄金の穴蔵
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過去との決別 #46


(……そ、それにしても、みんな打つのが早いなぁ。これじゃあ、誰がなんの牌を打ったのか、覚えていられないよ。……)


 チェレンチーは、なるべく対戦者の手牌を「読む」事に慣れようと必死に卓上に伸びるドミノの列を目で追っていたが……

 『黄金の穴蔵』に来るような客は皆日常的にドミノゲームをしている熟練者ばかりのため、牌の流れが速過ぎて、記憶するのが非常に困難だった。

 一勝負終えた時にドミノを裏返して混ぜるのも、そこから牌を取って自分の前に並べるのも、順番が回ってきて手牌から牌を切り出すのも、皆慣れた手つきで、ムダなく素早くこなしていた。


(……ティオ君も、良くこんな早い展開についていけるよね。……って、んん!?……)


 タン、タンとリズム良く牌を切り出していく対戦者達を困らせる事なく、スムーズに牌を打ち続けているティオの様子を感心しながら眺めていたチェレンチーだったが……

 ハッと、ある重要な事に気がついた。


「……ティ、ティティ、ティオ君! ティオ君、ちょっと!」

「え? ど、どうしたんですか、チェレンチーさん?」

「は、話したい事があるんだけど! い、急ぎで!」

「え、ちょ、ちょっと待って下さい。もう少しで終わりますから。」


 必死の形相で肩を叩いてきたチェレンチーを振り返って、ティオは少し驚いた様子だったが……

 前に向き直ると、一枚手元に残っていた牌を、ピタリと、テーブルの中央に出来ていたドミノ牌の列の終わりに繋げて、「ドミノ」と宣言した。

 「早ぇ!」「またやられた!」「相変わらずバカヅキかよ!」と、他プレイヤー達が嘆く中、「すみません、少し席を外します。」と言って、立ち上がる。

 ティオは、同卓の者達に話の内容が聞こえないよう、チェレンチーと二人、人気のない壁の辺りまで離れた。

 待ちかねたように、チェレンチーは、ポカンとしているティオに言い募った。


「ティ、ティオ君、あれは、マズイよ!」

「え? マ、マズイ? ど、どれがですか?」

「ティオ君、きみ、しばらくは初心者っぽくゲームを進めていくって言っていたよね?」

「ええ、はい。……え? 俺、ちゃんと負けたり、ミスしたりしてましたよね?」

「う、うん。それは僕も見ていたよ。……で、でも、ティオ君の打ち方は、どう見てもおかしいから! 初心者は絶対あんな事はしないよ! いや、ティオ君は、本当に初心者なんだけれどもね!」


 チェレンチーは自分でも喋っている内に頭が混乱してきて、灰金色の巻き毛を両手でワシャワシャ掻きむしったのち……

 なんとかティオに状況を説明しようと、身振り手振りで話し出した。


「ティオ君、きみは、右端から順々に牌を切っていってるよね?」

「あ、はい、そうですね。」


 チェレンチーがまず気になったのは、ティオの牌の扱い方だった。

 牌の持ち方、そして、手牌から切り出してテーブル中央の列に並べる仕草が、あまりにもムダなく綺麗だった。

 熟練の同卓者達はともかく、今日初めてドミノ牌に触れた筈のティオが、慣れた手つきでスイスイ牌を扱うのは不自然過ぎた。

 実際ティオは本当に初心者なのだが、器用さが突き抜けているために、あっという間に慣れてしまい、本人も気づかぬ内に熟練者と同様のキレの良い動きになっていたのだろう。


 そして、チェレンチーが最も違和感を感じたのは、ティオの手牌の並びだった。


 ティオは、他のプレイヤーと同じく、ゲーム開始時に、全て裏にして良くシャッフルされた牌を、順番に一枚ずつ引き、手元の木のスタンドに立てている。

 ここまでは、いい。


 その後、プレイヤーは、自分の手牌を改めて眺め回して、位置を入れ替える者も居れば、取ってきたままの者も居る。

 おそらく、位置を入れ替えている者は、同じ数字が書かれた牌を分かりやすく近くに寄せているのだろう。

 もしくは、左端を「0」に近い小さな数字、右端を「6」に近い大きな数字と順番に並べている可能性もあった。

 もちろん、人によっては、右端と左端の役割が逆の場合もあるだろう。

 綺麗に並べ過ぎると、パッと手牌を把握出来るという利点と共に、対戦者からも手牌を読まれやすくなる危険性があるため、一戦ごとにランダムで右端と左端の役割を入れ替えている、という事も考えられる。

 取ってきた手牌を何も入れ替えないままの者は、面倒くさがりという訳ではなく、他者に手牌を読まれないための対策をしているのかもしれなかった。


 問題は、ティオの場合だが……

 ティオは、取ってきた牌が5枚全て揃った所で、チャッチャッと素早く牌を並べ替えていた。

 しかし、その並びは、数字の大きさや種類がバラバラで一見規則性が見えなかった。

 ところが、牌を打ち始めると、ティオはほぼ間違いなく、右端から順々に牌を切り出していっていた。


 プレイヤーの中には、自分の順番が回ってくるまでの間、手持ち無沙汰なのか、手牌をいじっている者が居る。

 それは、気になっている牌だったり、早く切ってしまいたい牌だったりするのかもしれない。

 あるいは、ただの手癖で、右利きの者は手牌の並びの一番右端の杯を一枚手に持ってトントンとテーブルを叩いていたりもするのだろう。

 しかし、実際自分の順番が回ってきた時に、手にしていた牌をそのまま場に出せる事はあまりなく、持っていた牌を木のスタンドに戻して、別の牌に持ち替えて切り出していた。


 ところがである。

 これが、ティオの場合、最初に並べた右端の牌から、ほぼ必ず切っていっていた。

 そのため、毎回どの牌を切るか悩むような様子は一切ない。

 前の順番のプレイヤーが切り終えると、「マギンズ」がなければ、即座に流れるようなムダのない手つきで自分の手牌を場に切り捨てていく。

 酷い時には、切ったすぐ後に、もう次に切る牌を手に持っている事もあり、再び自分の番が回ってくると、そのまま持っていた牌を場に出していた。


「左端から切っていった方が良かったですかね?」

「そ、そういう問題じゃないんだよねぇ!」


 全く分かっていなさそうな様子でキョトンとした表情を浮かべるティオを前に、チェレンチーは頭を抱えた。


 ティオが、ゲームのはじめに取ってきた牌を並べ直し、その並び順通りに切り出していっているという事は……

 つまり、彼は、全員が牌を取り終わった時点で、ゲームの終わりまでの牌の流れを完全に読み切っている、という事なのだ。

 だからこそ、自分がどの牌をどの順番で出すか分かっており、切り出す順に右から並べて、一切悩む事なくそのまま右から淡々と切っていっていた訳だ。


(……ゲーム開始時に、終わりまでの流れを完璧に読み切るなんて、とても初心者にやれる事じゃない!……)


(……と言うか、たぶん、熟練者だって、そんな事出来やしない! ある程度は分かったとしても、それはとてもぼんやりとしたものだろう。おそらく、ゲーム全体の1/5だって読みきれない!……)


(……でも! 僕の見た所、ティオ君は九割九分以上の確率で、流れを読み切っている! どう考えても異常だよ!……)


 ティオがどうやって牌を配り終えた時点で既にゲーム終了までの流れを読んでいるのかは、チェレンチーには想像もつかなかった。

 しかし、彼がなんらかの方法でそれを成し得ているのは間違いなかった。

 おそらく、他のプレイヤーは、多少ティオの牌を捌く手つきが良い事に違和感を覚えたり、また、いつも手牌を右側から切り出しているのに気づいたとしても……

 まさか、彼が、開始時に既に完全にゲームを読み切っているとは夢にも思わないだろう。

 これは、チェレンチーが、ティオの真後ろで彼の手牌を見る事が出来たからだけでなく、チェエレンチーの持つ優れた観察眼があってこそ気づけた事だったに違いない。

 また、作戦参謀補佐として、誰よりも身近でティオの浮世離れした才気をつぶさに見てきたチェレンチーであったために、ティオの非常識なまでの戦法に考えが及んだとも言える。

 しかし、このままの状態でティオが打ち続けていては、いつかは他のプレイヤーに気づかれる可能性もあった。


 チェレンチーは、一生懸命ティオに、彼のプレーの異常さを説明した。

 ティオは、腕組みをして真剣な表情でうんうんとうなずきながら聞き、どうやらチェエレンチーの訴えを理解してくれたようだった。


「な、なるほど! それは、全然思いつかなかったです! さすがはチェレンチーさん、目のつけ所が違いますね!」

「い、いや、僕は至って普通だからね! ティオ君がおかしいだけだからねぇ!」


 思わず「これだから、天才は困るよ! 自分が天才だって自覚が全然ないんだから!」と、愚痴りたくなったチェレンチーだったが、そこはグッと唇を結んでなんとかこらえたのだった。


「あ!」

 と、ティオがチラとチェエレンチーの頭越しに顔を傾けて遠くを見やったので、チェレンチーも彼の視線を追うように振り返り……

「うわあぁぁー!」

 裏返った悲鳴を上げていた。


 二人の視線の先には、先程ティオが座っていた席に腰をおろしてドミノ牌を手にしているボロツの姿があった。



「わ、悪りぃ悪りぃ! 同じ席のヤツらをいつまでも待たせんのもマズイかと思ってよ。ティオのヤツが帰ってくるまで、ちょこっと代打ちしてたんだよ。」


 ティオとチェレンチーは慌てて駆けつけたものの、時既に遅く、ひと勝負終わってしまった後だった。

 ボロツは、刺青だらけのスキンヘッドをボリボリ掻きながら、ナハハと苦笑いして誤魔化そうとしたが、バン! と、チェレンチーがテーブルを叩いたので、ビクッと真顔になる。

 普段は、童顔に人の良さそうな笑みを絶やす事のないチェレンチーが、氷のような冷たい眼差しで睨みつけてくるのを見て……

 一回り以上ガタイのいいボロツが、申し訳なさげに首をすくめていた。


「ボロツさん! 今日は打たないって、そういう約束でしたよね? ドミノをするのはティオ君だけって、はじめに決めてましたよね?」

「だ、だから、悪かったって言ってんじゃないかよぅ。だ、大体ティオの野郎が、大事な勝負の途中で席を外すのがいけねぇだろう? みんな待ってんだからよう。」

「いやぁ、それにしても、これはまた派手に負けましたねー。」


 ティオも、ひょいとボロツの後ろから顔をのぞかせ、手元に残った牌を見て声を上げた。


「もうー、酷いですよ、ボロツさんー! 俺、あんなに頑張ってたのにー!」

「ああ、ホントだ!『4-5』『5-6』『6-6』って、合計32点も失点するなんてー! 負けるにしても、なんでこんなに派手に負けるんですかー! たったあれだけの時間でこれだけ負けるって、むしろ才能ですよ! って言うか、なんで大きい数字の牌をさっさと切らないんですかー!『6-6』なんて、真っ先に切るべきでしょうー?」


 チェレンチーは、テーブルの中央に残ったドミノ牌の列を見て、ボロツが出せた筈の「6」の目が並べられている部分を指差し「ここ、ここ!」と指摘した。

 いつもは向かう所怖いものなしといった顔で肩で風を切って歩いているボロツも、チェレンチーに正論で責められ、巨体の背を丸めて小さくなっていた。


「……いやぁ、そのぅ、ティオの野郎がバカヅキだったから、この席に座れば、その流れが俺にも来るかと思ってよぅ。せっかく、都一の賭場に来たんだぜ。俺だって一回ぐらい勝ちたかったんだよぅ。……」

「それで負けてたら意味ないですよね? ここまでのティオ君の努力を、一体なんだと思ってるんですか? これは、大事なお金なんですよ! チップ一枚だってムダに出来ないって言うのに!」

「ホントホントー。もう、ボロツさんには、ガッカリですよー。いくら自分もドミノがやりたいからって、俺になんの断りもなくー。」

「……ううっ!……マ、マジで悪かったと思ってるよ! もう、二度とこんな事しねぇからよぅ!……」

「当然です! とりあえず、ティオ君に謝って下さい!……ついでに、これを機会にきっぱりギャンブルから足を洗った方がいいんじゃないですか? どうせ、ボロツさんじゃ勝てないんですからね!」


 いつもは温厚なチェレンチーにビシビシときつい言葉を浴びせられ、「ううう……」と力ない唸り声を上げつつ、ボロツは塩を掛けられたナメクジのように萎れていた。

 商人気質のチェレンチーが、こと金銭が関わる事になるとここまで厳格な態度に変わる事を、ボロツは思いがけず初めて知る羽目になった。


「……あー、その、ティオ、俺のせいで悪かったな。」

「ダメですー。許しませんー。」


 パン! と顔の前で手を合わせて頭を下げるボロツに、ティオは不機嫌そうな顔で答えていたが……

「おーい、そろそろ次の勝負を始めようぜ!」

 と、同卓の大工の男にせかされて、慌てて立ち上がったボロツの代わりに席に着いた。


 大工の男を含め、他の対戦者達は一様にニヤニヤ笑っていた。

 今まで一人勝ちを決め込んでいたティオが、ちょっと目を離して話し込んでいた隙に、下手クソな仲間を上手く卓に誘って大負けさせたのだ。

 正々堂々とは言い難かったが、一矢報いた気分だったのだろう。

 それに、所詮、『黄金の穴蔵』に入り浸るような、骨の髄までギャンブルに浸かり切った者達だ。

 一見気さくで親切に見えても、その本性は、隙あらば噛みつく毒蛇どもである。


「ティオ、あのぅ、俺はよぅ……」


 再び、そんな毒蛇達に真っ向から向き合う事になったティオの背に、ボロツは足を引っ張ってしまった申し訳なさから、思わず声を掛けかけたが……

 ティオは、「もう次の試合が始まるので、静かにお願いします。」と背中を向けたまま淡々と言った。


 しかし、ボロツが、ガックリと肩を落として黙り込んでいると……

 素早くクルリと振り返って、グイッとボロツの腕を引き、顔を近づけ、他の対戦者達には聞こえないように小声で囁いた。


「……別に怒っていませんよ。これぐらいの失点、すぐに取り返せます。ですから、あまり気にしないで下さい。……」


 そう言って、ボロツとチェレンチーにだけ見える角度で、ニコッと笑ってみせた。

 その、いたずら好きの無邪気な少年のようなティオの笑顔を見て、ボロツとチェエレンチーの二人は、彼が先程まで不機嫌そうな態度をとっていたのは演技だったのだと気づいた。

 対戦者達の手前、ボロツが大負けをした事でショックを受けているていを装っていただけだったらしい。

 本心では、ボロツが失った30枚余のチップの事など、些細な事だと初めから思っていたようだ。


 そうして、ティオは、すぐにパッと前に向き直ると、再び唇を尖らせて……

「せっかくいい波が来てたのにー、運が落ちてないといいなー。」

 などと言いながら、何事もなかったように、裏返しになった牌をジャラジャラと混ぜ出していた。



「……やっべ……」


 しばらく小さな三白眼を見開いたまま驚きで固まっていたボロツだったが、ハッと我に返ると、パシッと、開きっぱなしだった自分の口を手で覆った。

 そして、ポロリと、思わずつぶやきを零した。


「……一瞬、ティオの野郎がメチャクチャカッコ良く見えちまったぜ!……」

「ティオ君は、いつも凄くカッコいいですよ!……後、さっきの一件は、ティオ君が許しても、僕は許しませんからね!」


 ボロツのつぶやきを耳ざとく拾ったチェレンチーが、すかさず言い返していた。

 ティオは、先程までと同じく淡々と牌を打っているように見えたが……

 チラッと振り返って、二人を睨んできた。


「……聞こえてますよ! 後ろで変な事を話すのはやめて下さい!……」


 すぐにまた、前に向き直って、タン、と牌を切り出す。

 が、一瞬見せたその顔がうっすらと赤くなっていた事に気づいて、ボロツは、またまた目を見開き驚いていた。

 ティオの後ろ姿を指差しながら、隣のチェレンチーに話しかける。


「お、おい、チャッピー! 見たかよ、今の! あの冷血漢が赤くなってたぜ!」

「おや、ボロツさんは初めて見るんですか? 僕は何度か見た事がありますよ。フフフ。……ティオ君って、実は結構恥ずかしがり屋さんなんですよね。」

「マジかよ! 知らなかったぜ!」


 ティオは、タン! と珍しく少し強打した牌を、スチャッと列に繋げながら、再び二人を振り返って注意したが……


「だから、全部聞こえてるって言ってるでしょう! やめて下さいよ!」


 その顔はもっとはっきりと赤くなっており、ボロツとチェレンチーの二人は、目を見合わせて、微笑ましげににやけていた。


読んで下さってありがとうございます。

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☆ひとくちメモ☆

「三人の年齢」

ナザール王都一の賭博場である「黄金の穴蔵」にやって来た、ティオとチェレンチーとボロツの三人。

三人の中で、チェレンチーが、見た目によらず実は27歳と最年長である。

ボロツは、逆に、強面のせいで年かさに見られるが、まだ25歳であり、ティオは三人の中で一番若く、18歳である。

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