過去との決別 #44
「いいか、初心者の兄ちゃん。まずは、ドミノを全部裏にひっくり返して良く混ぜるんだ。どれがどの牌か分からないようにな。」
「そんで、次に順番を決める。……各自、牌を一枚ずつ引いて、書かれてる数字の目の合計が一番大きいヤツからスタートだ。」
左隣の席に座った若い大工の男が、キョロキョロ卓の上を見回しているティオに、あれこれと親切に指示を出してくれた。
「よし、決まったな。俺が引いた牌の目の合計が一番大きかったから、俺からスタートだぜ。」
「順番が決まったら、もう一度牌を全部裏返して、良く混ぜる。」
「そして、俺から順番に、一枚ずつ牌を引いていく。」
「ドミノは、牌を引くのも切るのも左回りだぜ。俺が一番って事は、俺の右隣に座ってる兄ちゃんは、二番目に引いたり切ったりするってこったな。」
「四人だから、一人五枚ずつ引く。三人の時は、一人六枚。二人だと一人七枚。……これが、自分の牌だ。手牌ってヤツだな。」
「おっと、その牌は他の人間には絶対見せるなよ。まあ、連れのヤツらには見せてもいいけどよ。……自分の前に細長い木の角棒があるだろう? そこに溝がついてるよな。手牌は、そこに立てるんだぜ。立てといた方が見やすいだろう?」
大工の男に教えられるまま、ティオも他の同卓の者に習って、伏せられた牌の中から、順番に自分の牌を取り、一つ一つ、手前の木の溝に、表の数字が他のプレイヤーからは見えない方向で差し込んで立てていった。
「よし! 全員牌を取り終わったら、いよいよ勝負開始だぜ!」
皆が取った牌を手元の角棒に立て終わると、大工の男は明るく笑って、景気をつけるようにパンと大きく手を叩いた。
「さっき決まった通り、俺が最初だ。牌を取るのも切るのもな。」
「俺から、左回りに順番に一つずつ牌を出していって、誰かが全部自分の牌を出し終わったら、そこで一勝負は終わりだ。」
「最初に牌を取ったり切ったりする人間は、一勝負ごと左回りに一人ずつずれていって、二周する。つまり八戦する訳だ。それが、『1マッチ』だな。」
「じゃあ、さっそく、勝負勝負! 何事も習うより慣れろってね! 俺んとこの親方も良くそう言ってるぜ!」
大工の男は、タン! と力強く最初の牌を卓の中央に置いた。
□
(……ドミノの牌は、全部で28枚だったよね。……)
チェレンチーは、卓の進行を追いながら、事前にザッと覚えてきたルールを脳内でなぞっていった。
ドミノの牌の表には、サイコロの目を二つくっつけたような模様が描かれている。
ただし、サイコロと違って、『0』という数字が含まれる。
ドミノの牌には、『0』から『6』までの数字の組み合わせが、一種類につき一枚だけある。
つまり『0-0』から始まって『6-6』までの28種類、よって全部で28枚だ。
ドミノ牌には表と裏はあるが上下の区別はない。
そのため『2-3』と『3-2』は、同じものであり、一枚しかないという訳だ。
詳しく言うと……
『0-0』『0-1』『0-2』『0-3』『0-4』『0-5』『0-6』『1-1』『1-2』『1-3』『1-4』『1-5』『1-6』『2-2』『2-3』『2-4』『2-5』『2-6』『3-3』『3-4』『3-5』『3-6』『4-4』『4-5』『4-6』『5-5』『5-6』『6-6』
という合計28枚の牌があるのだった。
まずこの牌を、四人でプレーする場合、裏返しにしてどれがどの牌か見えない状態で、5枚ずつ取る。
これが自分の手牌となる。
8枚の余った牌は、裏返しのまま邪魔にならないようによけておく。
□
「ほらよ、俺からまず牌を出したぜ。……ああ、そうそう、最初のヤツは、なんでも好きな牌を出していいんだぜ。」
「で、俺は今『3-4』を出したから、次の番の兄ちゃんは、これに繋がる牌を出さなきゃならない。『3』か『4』がついてる牌があるか?」
「え? ない? ありゃりゃ、しょっぱなからついてねぇなぁ。そんな時は、余った分の牌から一枚引くんだぜ。……え? まだない? じゃあ、もう一枚引いてくれ。出せる牌が出るまで引くんだよ。でも、余った牌が残り二枚になったら、もう引けないぜ。そん時は『パス』するんだ。」
「おっと、繋げられそうな牌が引けたみてぇだな。じゃあ、さっそく繋がるように並べてくれ。そうそう、同じ数字同士をくっつけて列になるよう真っ直ぐに並べるんだぜ。……なるほど、『4-5』な。」
「後はこれを順番に続けていって、一番最初に手牌が全部なくなったヤツが『ドミノ!』つって、上がりだ。その一戦の勝者って訳だ。」
「そんで、他の負けた三人は、勝負が終わった時手元に残った牌の目の合計の点数を勝ったヤツに払う決まりだ。」
しばらく、タン、タンと、左回りに次々牌を出して並べていく音が卓の上で鳴っていた。
が、やがて、大工の男が、最後の杯を、タン! と勢い良く並べると共に「ドミノ!」と宣言して、勝負は終わった。
「よし! 俺の勝ちだな! まずは一勝!……ほいほい、みんなチップをくれよ!」
「初心者の兄ちゃんはどうだった? あーあー、ずいぶん牌が残っちまったなぁ。最初に三枚も引いたのがまずかったよなぁ。で、牌の目は『0-0』『1-2』『2-5』で合計10点だな。チップ10枚を俺に払う、と。……な、簡単だろ?」
ティオが若い大工の男に裸チップ10枚を払っているのを見て、チェレンチーはつい冷や汗が流れた。
ほんの五、六分で銅貨10枚分の金が飛んだ事になる。
銅貨一枚で大体パンが一つ買えると考えると、一番レートの低い裸チップ卓でもバカにならない出費だ。
(……い、いやいや! 今はそんな感覚は忘れよう! 動揺せずに、勝負の成り行きに集中するんだ。……)
チェレンチーはプルプルと顔を左右に振って、再び卓上に視線を貼りつけた。
□
(……ドミノのルールは、確かにシンプルだ。……)
出された牌の目に繋がるように自分の牌を出していく。
『3-4』の牌なら、『0-3』や『4-6』といった感じだ。
列はどんどん長くなるので、テーブルの端まで行って並べられなくなったら、繋げる牌の同じ目を垂直にくっつけ90度に列を曲げるが、これは便宜上のもので、真っ直ぐに並べるのと変わらない。
基本は子供でも出来る数字合わせだ。
ただ、少し気をつける点がある。
『ダブル牌』と呼ばれる牌の扱いだ。
『ダブル牌』と言うのは、『0-0』『1-1』『2-2』『3-3』『4-4』『5-5』『6-6』の6枚の牌の事で、牌の両端が同じ数字で出来ている。
「おっと、兄ちゃん!『ダブル牌』は横にして並べるんだぜ。そうそう。」
「そんで、最初のダブル牌は『分岐』するんだ。つまり、その端にそれぞれ新しい牌を繋げていけるってこった。」
『ダブル牌』は、並べる時、ドミノの列に対して必ず垂直にくっつけるように置く。
そして、一番最初に出た『ダブル牌』の端には、今までの列と同様に同じ数字なら牌を繋げて並べる事が出来る。
つまり、ドミノの列には、最高で四つの端が出来るという訳だ。
これは最初に出た『ダブル牌』にだけ適応される事で、その後の『ダブル牌』は、ただ横向きに並べるだけである。
端が増えれば、それだけ手牌を出すチャンスが増える事になるのだが……
ここで一つ、この『黄金の穴蔵』で行われているドミノ競技には、忘れてはならないルールがあった。
「おっと! 合計5だな! 全員チップ1枚ずつくれよな!」
「ああ、そっかそっか。兄ちゃんは知らなかったか。……端っこの目の合計が5の倍数になるように並べたら、『ボーナスチップ』が他のプレイヤーから貰えるんだよ。5点でチップ一枚、10点でチップ2枚、ってな感じだな。まあ、ご祝儀みたいなもんだ。……でも、これが、結構バカにならないんだぜ。だから、兄ちゃんも5の倍数になるように、積極的に並べてった方がいいぜ。」
「ただし、気をつけろよ。」
ティオがパチリと『5-5』の牌を横にして繋げた。
それまでは『0-2』『2-6』『6-4』『4-5』と繋がっていた。
『4-5』の牌が、先程大工の男が出したもので、これで、列の端が『0』と『5』になり、足して「5」になったので、ボーナスチップを他のプレイヤーから一枚ずつ貰った。
ティオは、その『4-5』の次に『5-5』の牌を並べたのだったが……
ティオが、黙ってその牌から手を離し、数秒すると、待ち構えたように大工の男が勢い良く叫んだ。
「ほい、出た!『マギンズ 』だ!」
「今、兄ちゃんが『5-5』を出したから、再び端っこは5の倍数になったんだよ。……端っこのダブル牌は、両端の数を足すルールだ。つまり『0』足す『5』足す『5』で合計10だな。」
「ところがだ、兄ちゃんは、端っこの目の合計が10になったのを宣言しなかった。気づかなかったんだろ? まあ、初心者には良くあるこった。」
「だが! 宣言し忘れて、他のプレイヤーに『マギンズ』と言われると、逆に他のプレイヤーにチップを払わなきゃならなくなるんだぜ。……兄ちゃんの場合は、10点だから、それぞれにチップ2枚ずつ払いな。」
ティオが、慌てて卓の皆に2枚ずつチップを払うと、大工の男は「まいどあり!」と言ってニヤリと笑った。
ちなみに「マギンズ 」と言うのは「マヌケ」とか「バカ」といった意味である。
「『宣言のし忘れ』には十分気をつけろよ、兄ちゃん。並べた牌から手を離して、三秒以内に宣言しないと『マギンズ 』されちまうぜ!……ハハ、手痛い出費だったが、いい勉強になったろ?」
「ああ、そうそう、ちなみにさっきの『5-5』のダブル牌は、次の牌がくっつくともう端っことして数えねぇからな。」
「ただし、最初に出たダブル牌は『分岐』するって言っただろ? 兄ちゃんが出したのは、最初のダブル牌だから、コイツは分岐するんだぜ。……一番最初は、真ん中に一枚繋げる。『5-3』が出たな。これで端っこの目は『0』と『3』だ。」
「お次は……おっと、ちょうど良く『5-1』を出してくれたな。コイツは、ダブル牌の分岐に並べる。これで、端っこは『0』と『3』と『1』になった訳だ。ダブル牌の分岐は、牌がくっついてはじめて端っこ扱いになるんだぜ。ちょっとここんとこだけ難しいよな。まあ、すぐに慣れるって。」
「そしてそして……待ってました! 俺が、ここで残った『5-5』牌の端っこに『5-6』を出してぇ……『0』と『3』と『1』と『6』で合計10だ! チップ2枚オール!」
大工の男は、他の全員から2枚ずつチップを貰って、「今日はついてるぜ!」とホクホク顔で笑っていた。
「2枚オール」というのは「全員2枚ずつ」という意味である。
(……なるほど。ドミノの列は、最高で四つの端が出来るから、合計する目の数も四つまで増えるって事かぁ。これは、確かに、慣れるまでパッと数えるのが難しいなぁ。……)
チェレンチーは、『5-5』牌の四方に牌が繋がって十字に並べられた状態をジッと見つめながら、ムムッと眉をひそめた。
確かに、大工の男はルールの複雑な部分も丁寧に教えてくれたが……
事前に「マギンズ 」の事は言ってはくれなかった。
その辺りは、ただの親切な人間ではなく、さすがに『黄金の穴蔵』に来るようなギャンブラーという事なのだろう。
□
チェレンチーは、もう一度、ボーナスチップのルールを頭の中で復唱してみた。
まず、端の目の合計が「5の倍数」になるように牌を出した時、他のプレイヤーからチップが貰える。
合計5なら一枚ずつ、合計10なら2枚ずつ、といった要領だ。
しかし、端の目が5の倍数になるように牌を置いた時、宣言せずにいると他のプレイヤーから「マギンズ 」と指摘され、逆にチップを払わなければならなくなる。
「マギンズ 」の指摘が出来るのは、出した人間が牌から手を離して大体三秒後から、という事らしい。
ここで少し複雑なのが、ダブル牌の扱いだ。
ダブル牌は並べる時、必ず列に直交するように置かれるが、このダブル牌が列の端にある時、その両端の数字を足す。
「1-1」なら「2」と数え、「2-2」なら「4」と数える、といった具合だ。
例えば「1-5」「5-4」「4-4」と列が繋がっているのならば、端の目は「1」と「4」と「4」で合計9となる。
しかし、ダブル牌に次の牌が繋がったのなら、もう端としては数えない。
「1-5」「5-4」「4-4」「4-6」と繋がったら、端の目は「1」と「6」で合計7となる。
ただし、最初に置かれたダブル牌は『分岐』する。
「4-4」の牌にもう一つ「4-2」と牌が繋げて置かれたとすると、端の目は一つ増えて、「1」と「6」と「2」で合計9となる。
ここで、ダブル牌の分岐の片方に牌が置かれた訳だが、端の目として数えられるのは、牌が繋がった片方分だけだ。
しかし、「4-4」のダブル牌の分岐に、更に「4-1」と牌が繋げられると、端の目はもう一つ増えて四つになり、「1」と「6」と「2」と「1」で合計10となって、「ボーナスチップ宣言」によりチップが他のプレイヤーから2枚ずつ貰えるという訳だった。
このダブル牌の扱いが少々複雑だが、『黄金の穴蔵』に来るような人間は、自分の指を数えるごとくにたやすく数えられる違いない。
それだけ、多くの場数を踏んで慣れている猛者達ばかりだった。
□
(……そ、それにしても、みるみるチップが減っていくなぁ。……さっきの大工の男へのボーナスチップで、1枚。「マギンズ 」されて、全員に2枚ずつ払ったから、合計6枚。そして、また大工の男が10点を出して、2枚。……全部で9枚! あっという間の出来事だよ! ちょっと気を抜いてミスしたら、すぐにチップがなくなりそうだ!……)
チェレンチーが内心ヒヤヒヤしながら見ていたのに気づいたのか、ティオがチラッと後ろを振り返った。
そんなティオの顔は……
まるでいたずら好きな子供のように、天真爛漫に笑っていた。
すぐに、またスイッと前に向き直ってしまったが。
(……あ!……)
とチェレンチーはその笑顔を見て気がついた。
(……ティオ君は、全部分かってやってたのか。……ま、まあ、当たり前だよね。ここに来る前にしっかりルールは覚えたって言ってたし。さっき「マギンズ 」されたのも、わざとかぁ。ハハ。……)
おそらく、チェレンチーがソワソワしている気配を察して、安心させようと、振り向いて笑いかけたのだろう。
チェレンチーは、そんなティオの頼もしさに感心するやら、見ているだけなのにすぐ動揺してしまう自分が情けないやらで、少し赤くなった頰をポリポリと掻いた。
(……ティオ君には、本当に敵わないなぁ。……)
十歳近く年下のティオに気遣われ、チェレンチーは改めて思った。
(……とにかく今は、ティオ君に任せるしかない。……)
(……僕は、ティオ君に余計な気遣いをさせないように、彼を信じて見守る事だけに徹しよう。……)
□
「丁寧に教えて下さって、ありがとうございます。おかげで、大体感じが掴めてきましたよー。」
「おお、良かったな、兄ちゃん。……ええと、ひい、ふう、みい……うーん。結構勝ったつもりだったが、いつの間にかチップが減っちまったなぁ。」
やがて、左回りにスタートの順番が二巡して、1マッチ目が終わった。
皆、自分の木箱の中のチップの数を改めて確認していたが、大工の男と同じく、気づかぬ内にするりと減ったチップを見て不審そうに首を傾げていた。
当然、全員のチップが減った分は全て……ティオの箱に集まっていた。
「ルーキーの兄ちゃんはどうだったんだ?……おりょ? スゲーチップが増えてんじゃねぇかよ! い、一体いつの間に勝ったんだ?……あ、いや、思い出したら、良く上がってたな、お前。……や、やるじゃねぇかよ! おい!」
「エヘヘヘヘ! 嬉しいですー! いろいろ教えてもらったおかげですねー!」
「ビギナーズラックってヤツか。たまげたなぁ。……でも、ラッキーはそうそう続かないぜ! ドミノってのは、運だけじゃなく、頭も使うゲームだからな。」
「じゃあ、もう1マッチしませんかー? 俺、今日は凄くついてるみたいなんでー!」
「お! さっそく調子に乗ってやがるな! 望むところだ! 今度は全力でひねってやるから、覚悟しろよ! この『黄金の穴蔵』の厳しさってもんを教えてやるぜ!」
そうして、皆でジャラジャラと裏返したドミノ牌を掻き混ぜだして、2マッチ目が始まった。
無言で後ろに立っているチェレンチーは、「ルーキーがビギナーズラックで勝ちまくる」というティオの計画が着実に進行しているのを実感していた。
読んで下さってありがとうございます。
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☆ひとくちメモ☆
「ドミノ賭博」
ナザール王都の賭博場ではドミノゲームが最も盛んだった。
ドミノの牌には、表側にサイコロの目を二つ繋げたような数字が書かれており、同じ数字の端を繋げるように置いていくのがゲームの基本である。
シンプルなルールだが、対戦者の手配を読んだりといった戦略性もある。
※作中では「マギンズ」というドミノの遊び方に手を加えた独自のルールになっています。




