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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第二章 内戦と傭兵 <中編>入団試験
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内戦と傭兵 #6


「えええぇぇーー!?」

 サラがすっとんきょうな大声をあげたのは言うまでもなかった。


「よし。話は決まったな。じゃあ、さっさと行こうぜ、サラ。……確か、傭兵の募集は王城でしてる筈だ。王城に向かおう。」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってよー、ティオー!」


 一人スッキリした顔でガタンと席を立ち、歩き出そうとするティオに、サラは慌てて追いすがって、紺色のマントをはしっと掴んだ。


「な、なんでアンタまで傭兵になろうとしてんのよー!? さっきまでさんざん私の事『傭兵に向いてない!』って言ってたけどー、アンタの方が百倍、ううん、千倍は向いてないんだからねー!」

「サラ、実はお前には言ってなかったんだが……」

「え? な、何よ?」

「俺も、傭兵になろうと思ってこの王都に来たんだよ。」

「う、う、嘘だぁー!! 絶対嘘ー!」


「アンタ、ついさっきまで、戦争は凄く嫌なものだとか、傭兵になるヤツの気が知れないとか、何度も言ってたよねー!? メチャクチャ否定してたじゃーん!……ホ、ホントは、ただ月見の塔を見に来た観光客なんでしょー? そうなんでしょー?」

「いや、俺は、本気だぜ、サラ!」


 ティオは、ハッキリキッパリそう断言すると、腰に片手を当て、もう片手でビシッと明後日の方向を指差した。


「俺は、確かにボンボンだ。生まれてこの方、なんの苦労もなく育ってきた人間だ。毎日好きなだけ食べ、好きなだけ眠って、好きなだけ遊ぶ。誰もが羨む何不自由ない生活!」


「だが、しかーし! 俺ももう、十八歳だ!『本当にこのまま一生ダラダラぬるま湯の中で過ごしていっていいのか?』そんな疑問が、男なら自然と湧いてくるってもんだ。」


「そこで、俺は思いついたんだよ。『そうだ、旅に出よう!』ってな。『今とは違う厳しい環境に身を置く事で、これまでの自分を見つめ直し、男として、一段上のたくましさを身につけるんだ!』って。」


「そう、これは、俺が真の男となるために必要不可欠な試練なんだよ!」


「……なーんか嘘臭いんんだよねー。適当に思いつきで喋ってない、ティオ?」

「ハハハ! そんな事ある訳ないだろう? この正直者を絵に描いたような俺に限って!」


 サラは、ジトーッと疑わしそうな目でティオを見つめたが、ティオは相当面の皮が厚いらしく、何事もなかったように涼しい顔をしていた。


「……まあねー、百歩譲って、『自分を鍛えるために旅に出た』まではいいとしてー、どうしてそこから『傭兵になる!』って話になるのよー? それ、絶対今思いついたヤツだよねー?……って言うか、ティオって自分の事『平和主義者』だとか言ってなかったっけー?『暴力反対』とかってー。」

「ああ、俺は戦うのは大っ嫌いだぜ! 暴力反対の平和主義が俺の誇りだ!」

「だから、それでどうやって傭兵になるのよー!?」

「サラは、傭兵になって戦場に出ても、絶対人は殺さないつもりだって言ったよな?『不殺』を貫くって。」

「う、うん。言ったけどー。」

「だったら俺は『絶対暴力は振るわない。絶対戦わない。』この『非暴力、非戦闘』の志を貫いてみせるぜー!」

「傭兵で戦わないって、それ、ただのタダ飯食らいだよねー? 殺さないのはなんとかなるとしてもー、戦わないのは、どう考えても無理だからー!」

「いざとなったら、一緒に逃げような、サラ! 逃げ足なら、俺に任せとけ!」

「逃げないわよー、バカー!」


 ムキーッと顔を真っ赤にしたサラにポカスカ背中を叩かれ、ティオは結構本気で「痛い痛い! やめて、サラ!」と叫んでいた。



「……だって、しょうがないだろう?」

 ティオは、芝居掛かった仕草で、サラからスッと視線を外すと、辛そうに眉根を寄せた。


「俺だって、本当は傭兵になんかなりたくないんだ。」

「やっぱりなりたくないんじゃない!」

「でも、サラが傭兵になるって聞いちまったら、お前を一人で行かせる訳にはいかないって思ったんだよ。サラの事は、俺が守ってやらなきゃってさ。」

「要らなーい! ティオに守ってもらわなくっても、私一人で全然平気だもんー!」

「俺も男だ。サラみたいな、世間知らずのガキ……じゃなくって、考えなしのバカ……でもなくて、えーと、えーっと……そう!」


 ティオは、パチンと指を鳴らすと、その指でビッとサラを指し示し、バチコーンとウィンクしてみせた。

 が、そのキザな仕草の似合わなさに、サラは一瞬吐き気を催した程だった。


「サラガ、アマリニモカワイイカラー、オレ、チョウシンパイナンダヨネー。」

「え? え? 私が可愛い? 私って、やっぱり超可愛い?……エヘヘー、だよねー。私も時々自分の可愛さが怖くなっちゃうんだー。」

「ダカラ、イッショニイコウゼ、サラー。セカイイチノビショウジョ、サラー。」

「ヘヘヘヘヘー。しょうがないなぁ、もう。そんなに可愛い私と一緒に居たいのー? じゃあ、一緒に行ってもいいけどー、でも、私、死んでもティオの事好きになったりとかしないからー、そういう期待は一切しないでねー。」

「……ちょろい。……」

「え? 何?」

「いや、なんでも。……いやぁ、サラが納得してくれて良かったよ。」


 ティオのセリフは明らかに棒読みだったが、サラは「可愛い」と言われたせいで、全く気にしていなかった。

 両手でほっぺたを押さえて上機嫌でニコニコ笑っているサラを、ティオは感情が死んだような真顔でしばらく見つめていた。



 こうして、何やらうやむやの内に、サラはティオと一緒に傭兵になるため王城に向かう事になったのだったが……


「じゃあ、俺、先に下に行って食事の代金を払ってくるよ。」

「あ、ねえ、ちょっと待って。ティオって、剣持ってないの?」


 傭兵に志願しに行くと決まったのに、ティオが武器らしきものを全く持っていなさそうな様子に、サラは心配して首を傾げた。

 裾のほつれ出したボロボロの紺のマントを羽織っているせいで、中に着ている服や持ち物が良く分からず、くるくるティオの周りを回ってジロジロ見つめる。


 ティオは「剣」という言葉がサラの口から出た時に、一瞬ピクリと頰を強張らせたが、すぐにハッと鼻で笑い飛ばしてきた。


「平和主義者の俺が、け、剣なんか持ってる訳ないだろ。俺には、武器は要らないんだよ。本物の男ってのは、誠実で真っ直ぐな熱いハートさえあればいいだよ!」

「ティオのハートって、誠実でも真っ直ぐでも熱くもない気がするけどー?」


「えー、でも、本当になんにも武器持ってないのー? 私だったら、剣を使わなくても拳で大体のものは砕けるけどー、ティオは弱いからそういう訳にはいかないでしょー? 本当にそんなんで傭兵になれるのー?」

「まあ、なんとかなるって。さ、時間がもったいないから、とっとと行こうぜ。」

「……」

 ティオはいつもの調子で軽く笑い飛ばしたが、サラは思わず立ち止まって、うーんと珍しく考え込んでいた。



 サラのティオへの好感度は相変わらず地を這っていて、本当は王城に一緒に行きたくないと思っていたが、それはそれ。

 もう、一度オッケーしてしまったし、約束を破るのはサラの正義に反する。

 それに、仮にも自分の事を「サラって、超可愛い! 世界一可愛い! 好き好き大好きー!」とまで言ってくれた人間をむげにするのは悪いと思ったのだった。


 サラは、ふと、いい事を思いついて、着ているコートをめくった。

 そこに、普段はコートに隠すように持っている二振りの剣が現れる。

 ごく一般的なロングソードと、それに比べると長さは短く反り返った刃を持つ少し特徴のある片刃の短剣の二つ。

 サラは、両方鞘に収めた状態で革のベルトを腰に巻いて携帯していたが、その一方、片刃の短剣をベルトから外すと、鞘をつけたまま、ティオの背中に向かって差し出した。


「ねえ。これ、貸してあげるよ、ティオ。」

「え? 何?」


 ちょうどサラに背を向ける格好で、財布から食事代の貨幣を取り出していたティオは、クルリと振り返ってサラを見て……


「ぎ……ぎゃああぁぁぁーー!! け、剣! 刃物ぉ!!」


 喉がひっくり返りそうなけたたましい叫び声をあげた。

 シュバッと、その瞬間、サラの目の前からティオの姿が消え去った。



「うわあぁぁぁーー!! 怖いよー怖いよー!! 剣怖いよー! 刃物怖いよー! あああぁぁぁーー!!」

「ティオ!?」


 サラは、いきなりどこかに消えたティオを慌ててキョロキョロ辺りを見回して探し、すぐに、空いたテーブルの下で頭を抱えてうずくまっている姿を発見した。

 顔色は真っ青で、185cmを超える長身を小さく丸めてガタガタ震えていた。


「……ティ、ティオ?」

「……あ!……サ、サラ、えっと、こ、これは……」


 サラが歩み寄ってゆくと、ようやくハッと我に返った様子で、なんとか平静を取り繕うとしていたが、ゴン! と立ち上がる時に、思いっきりテーブルに頭をぶつけていた。


「サ、サササ、サラ! ダ、ダメじゃないか、そういう危ないものをいきなり取り出したりしたら! ビックリするだろう、まったく!」

「ちゃんと鞘に入ってるから、危なくないよー? ティオも傭兵になるつもりなら、使えなくっても剣の一本ぐらい持ってた方がいいでしょうー?……はい、貸してあげる。後でちゃんと返してね、凄く大事な剣だから。」

「ヒィッ!!……い、いやいや、いいよいいよ! 俺は、そんな、ホント、要らないから! だ、大事な剣なんだろ? サラが持ってた方がいいって!」

「えー、でもー、さすがに丸腰なのはマズくないー?」

「ヒッ!……は、早くしまって! そ、そんな危ないもの、隠してくれよ、サラ!」

「……」


 サラがずいっと鞘に収めたままの片刃の短剣を近づけるたびに、ティオはしゃっくりでもあげるかのように、短く悲鳴をあげ、明らかにビクッと体をこわばらせていた。

 頰を引きつらせ、顔面蒼白になって、ピョンッと飛び跳ねては、ササッと距離をあけるように後ずさる。

 サラは、そんなティオの様子を、ジーッと冷めた表情で見つめていた。



「分かった。じゃあ、これはしまっとくね。」

「う、うんうん!」


 サラが、フッと息を吐きながら、バサッとコートの裾を翻して、再び革のベルトに短剣を収めると、ティオはようやくホッとしたように胸を撫で下していた。

 そして、先程中断した、食事の代金を数える作業に戻っていった。

 そんな、ティオの隙を、サラは見逃さなかった。



 サラの脳裏に、先程の食事中の光景が思い出されていた。


(……ずーっと、なんか変だと思ってたんだよねー。……)


 ティオは、食事の間、必ず両手に木のスプーンを持っていた。

 テーブルの上にはナイフとフォークも用意されていたというのに、さりげなく下に敷かれていたナプキンで包むようにして、自分の視界の届かない位置に押しやっていた。

 サラが、ナイフやフォークを使わないのを不便じゃないのかと気を使い、自分のそばに置かれていた未使用の食事用ナイフを差し出すと……

 ティオは、先程サラが短剣を渡そうとした時と同じように「ヒッ!」と悲鳴をあげて、慌てて視線を逸らした。

 もちろん、大きな肉の塊を切り分けるために大皿についてきていた大きめの鋭い刃を持つナイフも全く無視して、両手のスプーンのみで器用に肉を取り分けて食べていた。


(……いくら暴力が嫌いだとか平和主義だとか言っても、一人で旅してたら、護身用にナイフの一つも持ってるもんでしょー?……)


 今までのティオの言動から、考え得る答えは、もはや一つしかなかった。



 サラは、食事中の他の客のテーブルに素早く近づくと、まだ使われていなかったナイフとフォークをバッと手に取った。

 そして、そのナイフの方を、ほいっとティオの背中に向かって投げた。


「ティオ、パース!」

「ん? パース。……って、ふんぎゃあぁぁーー!!」


 反射的に、くるっと振り返ってパシッと受け取ってしまったティオだったが、自分が手に握っているものがナイフだと知ると、即座にポイッと放り出していた。


「あああぁぁーー!! 刃物!! 刃物怖いよぉー!!」


 そして、バッとその場にしゃがみ込み、頭を抱えて再びブルブル震えていた。

 恐怖ですっかり我を忘れているティオに、サラはトコトコと歩み寄ると、ポンと肩を叩く。


「ティオ。」

「……あ! サ、サラ! あ、あの、あの……」


 ティオはビクッと長身の体を揺らしてサラを振り返ったが、そこに、サラは間髪置かず、もう一つ手に持っていたフォークを、ギラリとかざした。


「嫌あぁぁーー!! 刃物怖いぃーー!!」


 またしても、ティオは真っ青な顔になり、全身の毛を逆立てる勢いで恐怖に恐れおののく事になった。



「なるほどなるほどー。ティオは、『剣』っていうか、刃物が怖いのねー。」


 サラは腕組みをしてウンウンと頷いた。

 予想していた通りの結果が出た訳である。

 まあ、食事用のナイフはともかくフォークまでも怖がるとはさすがに予想外だったが。

 (フォークって、刃物なのー?)とは思ったものの、それはさておき……

 どうやらティオが、相当酷い、重度の刃物恐怖症を患っている事実が、ここに明らかになったのだった。


「刃物が怖いって……それで、どうやって傭兵になるつもりなのよ、バカー!!」


 サラの心の底からの叫びが、うららかな春の日差しを浴びる食堂の屋上に響き渡った。


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