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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第四節>黄金の穴蔵
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過去との決別 #42

 

「そして、第三の理由。……これも大事な事です。」


 ティオは、ピッと顔の前に片手の指を三本立てて言った。


「賭博場側の利益を回収するためです。」


 ナザール王国において、賭博は法律で禁止されてはいない。

 その代わりとして、賭博場の運営や賭博で得た金には高い税率が課せられている。

 そのため、賭博場側では、まず、国に収める税金分の金を回収しなければならず、加えて儲けも出さなければならない。

 『黄金の穴蔵』では、飲食物の販売などもしており、その値段は外の普通の酒場や食堂に比べて割高ではあるが、そこから出る儲けは微々たるものだ。

 これだけ立派な賭博場を維持管理していくには、何かあった時の抑止力である用心棒や、様々な作業をする一般従業員などの人件費を含め、かなりの儲けを出す必要があった。

 では、それをどうしているかと言うと……


「チップは、現金から交換する時は、貨幣価値に見合った量が貰えます。……例えば、銀貨100枚なら、赤チップ100枚ですね。」


「ところが……チップを現金に換える時には、赤チップ100枚で銀貨100枚にはならないんです。チップから現金への交換には、手数料がかかります。そのため、赤チップ125枚で銀貨100枚と交換になります。」


 ティオの言葉を聞いたチェレンチーは、ヒュッと息を飲み、次の瞬間ドッと冷や汗が出てきた。


「……うっ!……つ、つまり、現金化する時には手数料として20%ものチップを賭博場に持っていかれるって事だね?」

「そうです。その手数料として引かれる20%に、賭博場の使用料、チップ交換の手数料、賭博での儲けに掛かる税金など、諸々の経費が含まれているという訳です。」

「……じゃ、じゃあ、僕達のように賭博をする側、客は、最低でも手数料の20%分は勝たないと、マイナスになってしまうんだね?……け、結構リスクが高いと思うんだけど。……」

「まあ、仕方ありませんよ。この店だって、慈善事業ではないですからね。国には高い税金を納めなければいけませんし、その上で儲けも出さなければいけない。と言うか、ギャンブルにおいて、胴元が一番儲かるのは当たり前の事です。……まあ、こちらとしては、こうして安全かつスムーズにギャンブルが出来る場を提供してもらっている訳ですから、ここは大人しく必要経費と割り切りましょう。」


「実際、この『黄金の穴蔵』は、この都で最も信頼のおける賭博場です。そして、最も高いレートでゲームの出来る店でもある。また、利用客も多いので、ここに来れば、まず相手に困る事なくいつでもゲームが可能です。」


「つまり、ギャンブルで一発当てようと思ったら、この店が一番いいという事ですね。」


「この盛況振りからも、ギャンブルを求める人達にこの店がいかに必要とされているか分かるでしょう?」

 と、ティオに言われ、店にほぼ満席の状態で詰めかけている人々のドミノ賭博に熱狂する姿を改めて見て……

 ここが一種異常な、狂気とも言うべき空気に包まれた場所である事を、身に染みて思い知るチェレンチーだった。

 「それに……」と、ティオは、チェレンチーの恐怖に輪を掛けるようにつけ加えた。


「ギャンブルに夢中になっている人間にとっては、20%の手数料なんて、どうって事ないんですよー。もっともっと勝てばいいだけだと思っていますからねー。」

「しょ、正気じゃないよ!……こ、こんな事を言ったら悪いけど、こんな場所に足繁く通う人達は、ぼ、僕には、頭のネジが飛んでいるとしか思えないよ!……」

「それが普通の感覚だと思います。チェレンチーさんは、今日限り、賭博場には近づかない方がいいでしょう。」

「……ぼ、僕も、心からそう思うよ!……」


 ティオは、賭博場の仕組みもギャンブルに狂う人間のさがも良く良く理解しているようだったが……

 それでも、いつもと何ら変わらない飄々とした笑顔を浮かべていた。

 一方でチェレンチーは、つくづく自分の性格にはギャンブルは合わないのだと痛感していた。

 自分のこの先の人生が、こんなふうに、崖の突端で呑気にダンスを踊るような、狂気と恐怖に縁のない穏やかなものである事を、心の中で真剣に祈っていた。


「おう、二人とも待たせたな! さっきの金、全部チップに交換してもらったぜ!」


 と、そこにボロツが、チップの詰まった木箱を持って戻ってきた。

 チェレンチーは、今まで必死になって傭兵団の経費を切り詰めて貯めた小金や、また、何日にも渡って国の軍部と交渉してやっと支払われた貴重な資金が、一瞬にして木の円盤の群れに変わったのを見て……

 背筋がゾッと寒くなり、ダラダラと冷や汗が出てきて止まらなかった。


(……こ、これを元の金額のまま持ち帰るのには、必ず手数料の20%以上勝たなきゃいけないのか!……ど、どうしよう! も、もう、ここまで来たら、引き返せないぞ!……)


 そんなチェレンチーの横で、ティオが、先程話した「現金に戻す時は20%の手数料が引かれる」という法則をボロツに説明していた。

 ボロツは、フンフンと軽く流して聞いていたが、一応理解はした様子だった。


「ま! 要するに、それ以上に勝ちゃあいいってこったろ! 楽勝じゃねぇか! ガハハハハハッ!」


 興奮気味に笑い飛ばすボロツを視線で示して、ティオがチェレンチーに言った。


「ね、20%の手数料なんて、全然気にしていないでしょう?」

「……」


 チェレンチーは、引きつった顔で固まったまま、何も言葉が出なかった。



「では、ドミノを始めましょう!」


 ティオは、所持金の約1/3をチップに変えた所で、賭博競技の行われているテーブルを見渡した。


「まずは、どのテーブルで遊ぶかを決めないといけませんね。」


「と言っても、どれでも好きなテーブルにつける訳ではありません。全て四人掛けのテーブルですが、当然満席の所は入れません。でも、それ以上に……」


「今晩初めてこの『黄金の穴蔵』に来た初心者の俺達は、一番レートの低いテーブルから始めるのが、この賭博場での礼儀作法というものです。」


「レート?」

 と、ボロツから受け取った木箱とその中のチップを見ていたチェレンチーが顔を上げた。


 木箱は中に仕切りがしてあって、そこに種類ごとに分けられたチップが綺麗に収められていた。

 何枚か摘み出し、裏返したりなどして見てみたが、貨幣を模した小さな木の円盤は、見事に大きさが均一で、円の形も整っている。

 表面には丁寧にヤスリが掛けられており、そこに白、赤、黒、といった塗料が満遍なく塗られていた。

 中には、使用される内に磨耗して僅かに塗料が剥がれているものもあったが、あまりボロボロになる前に新しいものと入れ替えられているらしく、全体的に状態は悪くなかった。

 そして、全てのチップの中央には、洞窟のような絵柄と、その中に『黄金の穴蔵』という装飾的に描かれた文字が、焼きごてによって刻まれていた。

 それは、チップがこの賭場独自のものである事の印であり、同時に、チップの偽造を難しくする仕組みでもあるらしかった。


「レートによって、三種類のテーブルがあるんですよ。」


「入り口から奥に向かって、だんだんとレートが高くなっていきます。」


「この入り口に近い辺りは、一番レートの低い『裸チップ1点』のレートで遊ぶテーブルです。通称『裸チップ卓』あるいは『素チップ卓』、省略して『裸卓』などと呼ばれています。……しかし、一番レートが低いと言っても、一回の勝負で簡単に10点前後勝ったり負けたりしますからねぇ。一般的なレートと比べると十分高いですよ。さすがは『黄金の穴蔵』と言った所でしょうか。」


「その奥が、『白チップ1点』の『白チップ卓』ですね。……あ! テーブルのレートは、テーブルの中央に敷かれている布の色を見ればすぐ分かります。『裸チップ卓』には茶色の布が、『白チップ卓』には白い布が敷かれていますからね。」


 チェレンチーとボロツは、ティオの説明に従って、視線を賭博場の奥に向かって動かした。

 確かに、テーブルの上に敷かれた布が、途中で茶色から白へと変わっている。

 しかし、その割合は半々という訳ではなく、茶色と白の割合は大体3対1といった所だった。

 やはり、高額のレートになると裕福な境遇の人間しか遊ぶ者が居ないのだろう。

 白チップ1枚が銅貨10枚の価値と同等となると、『白チップ卓』のテーブルについているのは必然的に中流階級以上の人間となり、確かに、着崩してはいるものの皆しっかりとした身なりをしていた。


 だが、ここ『黄金の穴蔵』には、更にレートの高いテーブルがあると言う。


「一番奥にたった一つだけある、あれが『赤チップ1点』という、この賭博場で最も高額なレートで競技が行われる『赤チップ卓』です。」


 ティオが指差した先を目で追うと、そこには明らかに異質な空間が広がっていた。

 賭博場の再奥の一角は、まるで舞台のように一段高くなっており、高級感のある真っ赤な絨毯が敷かれていた。

 その中央に、テーブルがポツンと一つ置かれている。

 更に奇妙なのは、その『赤チップ卓』のテーブルを囲むように、周りにぐるりと何列かに渡って長椅子が置かれている事だった。

 しかも、ドミノ競技をせずにその長椅子に座っている人間がかなり居て、皆中央の『赤チップ卓』を食い入るように見つめていた。

 中には熱狂し過ぎて、何か叫んだり、拳を突き上げたりして、従業員に注意を受ける者も見受けられた。


「あの人達は、一体何を?」

「外ウマだな。」

 

 チェレンチーの隣で腕組みをして様子をうかがっていたボロツが言った。

 「外ウマ?」と、聞きなれない賭博用語にチェレンチーが眉をしかめる。

「ボロツさんの言う通りです。」

 と、ティオが笑顔で補足した。


「あの『赤チップ卓』は、外ウマに乗れる制度があるんですよ。この賭博場に来ている客は、自分で打つのももちろんですが、ああやって、外ウマに乗って楽しむ人も居るんです。」


「ああ、『外ウマ』と言うのは、自分が参加していない競技で、誰が勝つか賭ける事を言います。……あの人達は、『赤チップ卓』で勝負しているプレイヤーの誰が勝つかにチップを賭けているんです。特に、有名なプレイヤーの出る対戦や、大金の賭かった大一番は、外ウマとして参加する人も多くなり、大変盛り上がるという話です。」


「外ウマの制度を簡単に説明すると……外ウマに参加する人間の中で、あるプレイヤーに対して賭ける人の割合が少なければ少ない程、当たった時の配当金の倍率が上がります。が、逆にたくさんの人が賭けると倍率は下がって、たとえ当たったとしても配当金が減り儲けは薄くなります。……例えば、白チップを一枚、倍率4.5倍のプレイヤーに賭けたとします。そのプレイヤーが勝つと、白チップ4枚、裸チップ5枚が配当として貰える、といった具合です。……まあ、いかにも勝ちそうなプレイヤーに賭けて手堅くいくのも、ドーンと一発当てるために大穴を狙うのも自由、という事ですね。」


「外ウマの倍率や配当金は、賭博場の方でしっかりと管理されています。もちろん、誰が勝っても必ず賭博場に利益が出るように、倍率はきちんと計算されて設定されています。胴元が必ず儲かる法則は、ここでも一緒です。」


 ティオの説明を聞いて、改めて赤チップ卓のある一角を見遣ると、壁際にカウンターが設置され、外ウマ専門らしき従業員が忙しく立ち働いていた。

 勝負が始まる前に、素早く配当の倍率が計算され、後ろの壁に取りつけられた石版にろう石によって書き出される。

 すると、外ウマに参加したい人々がカンターに殺到し、賭ける分のチップを渡して代わりに番号の書かれた木札を貰っていた。

 木札の番号と誰にいくら賭けたかは、カウンターの奥で数人の従業員により台帳に記入され、勝負が終わると、木札を見せる事で台帳に書かれた賭け金に倍率が乗った分のチップが支払われる、といった仕組みのようだった。

 当然ながら、賭けたプレイヤーが勝たなければ、賭けた金はそのまま失われ、賭博場の儲けになる。

 番号の書かれた木札は、外ウマに参加している限り、同じものを一人が持ち、賭けをやめて退出する時にカウンターに返すらしかった。


 ギャンブル自体に恐怖と嫌悪感はあるものの、制度としては良く整えられているとチェレンチーは感心していた。


「まあ、ザッとこんな所ですか。」

 

 ティオは大まかな説明を終えると、ボロツとチェレンチーの二人に向き直り、はっきりと言った。


「今日の俺達、というか、打つのは俺だけですが、最終目的は、あの『赤チップ卓』で勝負をする事です。」


「一晩で大きく稼ぐには、最高レートで打つのがいいに決まっていますからね。」


「それに、あの『赤チップ卓』に行けば、外ウマで賭ける事が出来るようになりますしね。……ボロツさんは、約束通り、今日は自分では打たずに外ウマだけにして下さいよ。俺が『赤チップ卓』で打ち出したら、俺に賭ければ、間違いなく勝てますから。」

「絶対に大儲けさせるってぇのは、その事だったのかよ。」


 ボロツはティオの言葉に、納得半分驚き半分といった反応を見せていた。


「それにしても、お前、スゲェ自信家だな、ティオ。『間違いなく勝てる』なんて、大風呂敷広げちまっていいのかよ? これはギャンブルだぜ? 絶対なんてありえねぇんじゃねぇのか?」

「俺は『確実』だと考えられる事しか言いませんよ。別に自信家な訳ではありません。客観的に見て事実を言っているだけです。極めて現実主義的な考えだと思います。」

「いや、だから、その妙に冷静に断言出来る自信はどこから出てくるんだっての。」

「自信ではなくて、確信です。」


 ボロツは、ティオの話がにわかには信じられない様子で、眉間にシワを寄せて睨むようにティオを見つめ、一方でティオは、相変わらず、特に気負った様子もなく飄々と答えていた。


 そばで二人のやりとりを聞いていたチェレンチーは、ハハと笑って苦笑していた。


(……おそらく、ティオ君には、自分が確実に勝つ算段がついているんだろう。……)


 チェレンチーは、ボロツとは違って、「必ず勝つ」と言ったティオの言葉を信じていた。

 もちろん、その詳しい方法までは、全く想像がつかなかったが。

 それは、作戦参謀補佐として、誰よりも近くでティオの言動を見てきた事から生まれた彼に対する強い信頼でもあったが……


(……ティオ君は、「やる」と言ったら、必ず「やる」人間だ。それは、今晩もきっとそうに違いない。……)


 それは、もはや、論理的な判断を超えた、一種勘のようなものだった。

 そして、「勘」という、曖昧で根拠のないものでありながら……

 絶対的に定められた命運のようにも感じられていた。


読んで下さってありがとうございます。

ブクマ、評価、感想、いいね等貰えたら嬉しいです。

とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「王都の貨幣価値」

銅貨の1/10の価値である小銅貨一枚で、大体、長さ15cm程の黒パンが一つ買える。

銀貨一枚は銅貨十枚分の価値があり、金貨一枚は銀貨十枚分の価値がある。

ナザール王国の王都ではあるが、国自体が大陸の端にある小国のため、他の大国に比べると物価はかなり安い。

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