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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第三節>新たな役割
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過去との決別 #35


「ところで、チェレンチーさん、昨日の夕方、あなたに預かってもらったお金の事なんですが……」

「あ!……そ、そう言えば、僕が預かったままだったね! す、すぐにティオ君に返すよ!」

「あ、いえいえ。そのまま持っていて下さいと言おうと思っていたんです。」

「え?」


 ティオは、また、マントの下に身につけている荷物から、小さな紙片を取り出すと、サラサラとそこに素早く何かを書き出してチェレンチーに手渡してきた。


「今日これから第一回目の『会議』を開く訳ですが、それが終わったら、全団員新しい部屋割りに移動してもらい、その後、食堂で席順通りに座って朝食を取る予定です。訓練の方は、今日の所は戦闘訓練は行わず、軍隊の基本行動を覚える事に終始すると思います。その指導は、俺が直接する他ありません。なので、俺は今日はこの後ずっと予定が詰まっていて、自由がきかないんですよね。」


「そこで、チェレンチーさんには、朝食を済ませた後、俺の代わりに城下町の鍛冶屋街まで行ってきてほしいんです。何しろ、武具の作成には時間がかかりますからね。早ければ早い方がいいでしょう。もちろんあちこちから、中古品も含めて出来合いのものも搔き集めるつもりではいますが、肝心な所は希望通りの新しい武具を揃えたいので、やはり注文するのが確実です。……ああ、安心して下さい。今回はちゃんとハンスさんに許可を取りますから。」


「ここに、注文したい武器防具をザッと書き出しておきました。状況によってまた増えるかも知れませんが。とりあえず、最低限これだけ、早急に鍛冶屋に注文して作成に取り掛かってもらいたいんです。」


 ティオから受け取ったメモに視線を落とすと、本人は「ザッと」と言っていたが、かなり細かく武器防具の数や種類、素材や形状が記載されていた。

 更に、紙の裏には、簡易な鍛冶屋街の地図と、目星をつけているらしい店の名称が記されていた。


「いくつか目ぼしい鍛冶屋をメモしておきました。これだけの武器防具を二週間以内に全て揃えるとなると、それなりの規模の鍛冶屋を当たり、かつ何軒か掛け持ちしないと無理でしょう。幸い、王都には鍛冶屋が多いので、なんとかなると思います。」


「しかし、問題は、やはり金銭面でして……武具を購入したり注文したりするには、当然資金が必要です。しかも、注文する分に関しては、今回はかなり急ぎの仕事になるので、料金の割増も必要になる事でしょう。俺も、傭兵団の新しい組織体系が安定し次第、金策に回る予定です。いくつか考えがありますから、なんとか期日内に必要な金額は揃えられると思います。」


「ですが、同じ品質なら、安いに越した事はありません。傭兵団の運営で必要になるのは、何も武具だけではありませんしね。」


「という訳で、チェエンチーさんに、今日中に城下町の鍛冶屋を回って、大体でいいので、そこに書いた武具製作のめどをつけてきてほしいのです。出来れば何軒かあいみつをとってもらえると嬉しいです。大変な案件だとは思いますが、チェレンチーさんなら出来ると考えて、是非お願いしたいのです。」

「……ええと……一定の品質以上で、期日内に確実に納品出来て、そして、なるべく安く、だね。わ、分かったよ。頑張って交渉してみるよ。」

「助かります!……いやあ、本当に、チェレンチーさんが元商家の人で良かったですよ。必要物資の仕入れに関しては、チェレンチーさんに頼れますからねぇ。……ああ、もちろん、チェレンチーさんに任せっきりなんて事にはしないつもりなので、安心して下さい。俺も、手が空いている時は、極力自分で動くようにします。チェレンチーさんも、何か不明な点や困った事があれば、いつでも遠慮なく言ってきて下さいね。」


 ティオは、チェレンチーが力強くコクリとうなずいたのを見て、ホッとした様子で、机の上に置いていたインク瓶や羽ペンを素早く片づけ、ガタンと椅子を引いて席を立った。


「そこで、例の、俺が昨日の夕方預けた金の話に戻るのですが……あれは、今回の武具発注用の資金にするつもりです。なので、そのままチェレンチーさんが預かっていて下さい。」

「え!……い、いいのかい? だって、あれは、ティオ君の私財だろう?」

「ハハ、いいんですよ。どうせあぶく銭ですから。食べて眠るだけなら、傭兵団に居る限り事欠きませんし、その内給料も出ますからね。まあ、雀の涙程ですけど。」


「俺は、今後、資金調達に回るつもりではいますが、それまで待っていては、武具作成の開始に遅過ぎます。そこで、あの金を使って、なるべく早く鍛冶屋に手付を打ってしまいたいんです。なんとか足りると思います。」


 ティオは腕組みをして……

「いやぁ、あの時、所持金を全額チェレンチーさんに預けておいて正解でしたねぇ。またまた俺の嫌な方の勘が当たっちゃったなぁ。」

 と、苦笑いを浮かべつつ独り言のようにつぶやいていた。


「では! 俺はそろそろ会議参加者を起こしに行ってきます! 団長のサラの名前で招集をかけるので、皆、程なくこの会議室に集まってくるでしょう。チェレンチーさんも、掃除用具を片づけて、会議の用意をしておいて下さい。」


 ニッコリと笑顔でそう言うと、ティオは、バサリと色あせた紺色のマントをひるがえし、急ぎ足で会議室を去っていった。

 チェレンチーは、そんなティオの後ろ姿を見送った後、ハッと我に返って、ワタワタと雑巾や水桶、箒などを片づけだした。


「……す、凄いなぁ、ティオ君。ちゃんとやる気を出すと、人の十倍は働くなぁ。……」


 まだ日の昇らぬ暗い内にチェレンチーを起こしに来てから……

 食堂のテーブルと椅子の位置を新しく揃え、会議室を片づけて、傭兵団の名簿、部屋割り、食堂の席順を書いたものを作成、チェレンチーに武具の発注の指示を出し、会議に参加する幹部を呼びにいく……

 考えただけでめまぐるしくて、チェレンチーはティオの行動を追うのに必死だった。


 実は、チェレンチーを起こしに来る前に、ティオは、兵舎の中庭に有り合わせの石を並べて日時計を既に製作済みであった事を、チェエレンチーは後から知って更に驚いた。

 それ以前、まだ深夜と言える時間帯に、こっそり城門の前に、王宮の奥の宝物庫から盗み出した宝飾品を置きにいっていた事は、さすがに、チェレンチーは知るよしもなかったが。



「では、これから、ナザール王国傭兵団、第一回作戦会議を始めたいと思います。皆さん、よろしくお願いします。」


 こうして、ティオが作戦参謀となり、傭兵団に大きな変革が進められていく事となった。


 当初、規範に厳しい軍隊生活を知らないゴロツキ上がりの傭兵達から不満が上がる場面もあったが、それもいっときの事で、やがて皆、ティオの敷いた新体制に慣れていき……

 短期間で、見違えるように、高度な作戦行動にも応えうる軍隊に急成長していったのだった。



 チェエンチーをはじめ、皆後から知った事だが、どうやらティオにはたった二ヶ月程だが軍隊経験があったらしい。

 どういう経緯でどこの軍隊に居たのかは分からないが、かなりしっかりと組織された軍隊だったらしく、傭兵団の改革は、その時の経験に則って行ったのだとティオ本人は語っていた。

 とは言え、いくら経験があるからと言って、しかも二ヶ月足らずの期間の体験で、誰しもがここまで理想的な軍隊組織を整えられる筈はない。

 明らかに、新体制の成功は、ティオの采配の妙による所が大きかった。


 チェレンチーは、戦に関しては完全に門外漢であったが、ティオに作戦参謀としての高い適性がある事は十二分に感じられた。

 当初学術的な方面だけかと思っていたティオの資質は、今や、戦術面にも経済面にも秀でている事が明らかになった。

 いや、高い知性と豊富な知識、更に、驚異的な情報収集、情報分析能力も併せ持つティオは、その元々の能力の高さから、ほとんど全ての局面で、飛び抜けて優れた功績を叩き出せるだろうと、チェレンチーは考察した。

 刃物恐怖症がネックになって実戦だけは出来なかったが、その他ではオールラウンダーであると言うべきであろう。


(……僕は、戦闘では全く役に立たないからなぁ。他の部分でこの傭兵団に、ティオ君に、貢献出来るよう精一杯頑張ろう!……)


 そしてまた、ティオが作戦参謀になった事で、チェレンチーの日常も一変する事となった。


 ティオは、最初の内は自ら先頭に立って、それまで規律の緩かった傭兵団に、軍隊式の行動様式を叩き込んでいった。

 集合した時の整列の仕方、点呼の取り方、足並みをそろえた行進、などなど。

 それが身につくと、小隊ごとの特色に合わせた訓練方法を、各隊を回って指導していった。

 やがて、それもなんとか回り始めると、その日の訓練内容を小隊長に指示し、時折様子を見回りに来るだけになって……

 自分は城下町まで物資調達の交渉に行ったり、情報収集をしたりと、忙しく駆け回るようになった。


 おそらく、傭兵団のほとんどの人間が知っている作戦参謀のティオは……

 訓練場にフラリと現れて、しばらく各隊の訓練の様子を眺めたのち、小隊長に「出足が若干遅れ気味ですね。もうワンテンポ早めに、最初の一歩の踏み切りを意識して練習してみて下さい。」といった的確な助言を施していく姿だったろう。

 もちろん、そういった指示は、朝夕の幹部会議でも、ティオから小隊長にもれなく伝えられていた。


 毎日ティオは各小隊用に、前日の成果を受けて新しく訓練メニューを立て、それを書面にしてチェレンチーに渡していた。

 ティオが訓練場を離れている時、小隊長達は、何か訓練内容で不明な点があった場合チェレンチーに聞くようにティオから言われており、チェレンチーはそのたびティオの書いた書面を確認して答えていた。


 他にもチェレンチーは、傭兵団の名簿や部屋割り、食堂の席順の書かれた紙を常に携帯し、迷った団員に尋ねられた際はすぐ対応出来るようにしていた。

 ティオから携帯用の日時計も受け取って、そちらも腰に提げ、ティオの居ない時は、傭兵団全体に時間を伝える役目も果たしていた。


「チャッピー、昼休みが終わるまで、後どんぐらいある?」

「今日の槍部隊の訓練課題、もう一度確認してもいいか?」

「訓練用の剣が折れちまったんだか、どうしたらいいかなぁ?」


 チェレンチーは、一日に何度も、多くの団員から声を掛けられ、質問され、頼りにされるようになった。


 そんな日々が続く内に、それまでは「傭兵団で一番の役立たず」として最も下に見られて、掃除や洗濯といった様々な雑用を押しつけられる事も多かったチェレンチーが、団員達に一目置かれるようになっていった。

 作戦参謀となったティオの発言力が傭兵団の中で急激に上がった事に伴って、彼の補佐をするチェレンチーの地位まで、意図せず向上した構図だった。


 掃除は、毎日決まった時間に各自自分の使う場所を綺麗にするよう新しく規則が定められ、汚れている箇所が見つかると、班や小隊ごとに注意され、時に罰則として、長距離走や腕立てが課される事もあった。

 洗濯も同じく、自分の物は自分で洗う決まりになった。

 今までティオと二人でしていた訓練場の整備や用具倉庫の整頓も、小隊ごとに日替わりで担当するようになった。


 もはや、チェレンチーがそれまで行なっていた雑用は、する必要のないものとなり果てた。

「チェレンチーさんがそんな事に時間を割くのは、もったいないですよ。」

 と、ティオに言われたが、そんなティオから、代わりにもっと重要な仕事を山のように与えられる事になったチェレンチーだった。



 団員達が、訓練場でそれぞれの課題に必死に取り組んでいる日中、ティオとチェレンチーは必ずどちらかが訓練場に居るようにしていた。

 毎日の課題を決めているティオ本人か、その内容を記した書類を持つチェレンチーのどちらかが居ないと、兵士達に訓練内容で迷いが生じた際、支障をきたしてしまうためだった。


 ティオが訓練場を見て回っている時は、チェレンチーが城下町に出掛けて、物資の調達や金銭の支払いを行い……

 逆にチェレンチーが訓練場に居る時は、ティオが傭兵団を離れて、資金調達や情報収集に忙しく走り回っている、といった具合だった。


 おそらく、多くの団員達が見ているティオの姿は、彼の行動のごく一部だったに違いない。

 団長のサラや、副団長のボロツ、監視役の王国正規兵のハンス、そして各小隊長達は、幹部会議でバッサバッサと問題を片づけ議事進行していくティオの冷静かつ理知的な姿を目の当たりにしているため、ティオへの印象はガラリと変わり、信頼は厚くなっていっていたが。


 しかし、それでも、ティオが傭兵団のために動いていた膨大な仕事の全貌を知るのは、彼を補佐していたチェレンチーだけだったろう。


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「ティオの軍隊経験」

ほんの二ヶ月程だが、どこかの軍隊に居た経験があるらしい事が、ティオ本人の口から語られている。

しかし、口ぶりからして、それはティオが望んだものではなかったようだ。

平和主義者を自称し、また極度の刃物恐怖症であるティオの事なので、嫌々だったのは容易に想像が出来る。

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