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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第三節>新たな役割
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過去との決別 #34


「……よ、傭兵団の、名簿?」

「ああ、簡単に説明しておいた方がいいですよね。詳しくは、この後の会議で話す予定ではありますが。」


 そう言って、ティオは、書きあがったばかりの「傭兵団の名簿」なるものを指し示しながら、やや早口に説明していった。


「今、この傭兵団には347人の人間が在籍しています。ここから、団長のサラ、副団長のボロツさん、それから、作戦参謀になる俺と、俺の手伝いをしてもらう、作戦参謀補佐のチェレンチーさんの四人を抜くと、343人となります。」


「まずは、この343人を八つの小隊に分けようと思います。小隊には、それぞれ隊長を置き、その小隊長八人と、サラ、ボロツさん、俺、チェレンチーさん、そして、ハンスさんにも加わってもらうつもりですが、合計十三人が、これから行われる会議の参加者となります。いわゆる幹部会議ですね。そして、この会議は、これから定例として毎日朝と夜に必ず行なっていくつもりです。」


「また、八つの小隊は、更に基本五人一組の班に分けていきます。班にはそれぞれ班長を置き、班長が班員をまとめ、その班長達を小隊長がまとめ、小隊長達をサラやボロツさんがまとめるといった形態になります。」

「……な、なるほど。少人数に分けた方が、統制がとりやすくなるよね。それから、指揮系統を明確に一本化する訳だね。」

「その通りです。部屋割りや食堂の席順も、小隊や班ごとで集まるようにしておきました。自分の班や小隊に所属意識を持ってもらうためです。」


 ティオの構想は、チェレンチーにも理解のいくものだった。

 それは、チェレンチーが、ドゥアルテ家に居た時に似たような経験をしていたためだった。


 ドゥアルテ商会は、従業員を百人以上抱える大商会だ。

 当然、その百人は、皆勝手にバラバラな状態で働いている訳ではない。

 商品の仕入れ、倉庫管理や店舗への品出し、実店舗での接客など、仕事内容によって班のような状態で分かれており、それぞれに責任者が居た。

 その責任者をまとめて現在の状況を把握するのが番頭達の役割で、更に、その番頭達をまとめる大番頭が居た。

 商会の当主であるチェレンチーの父は、基本一人一人の従業員を相手にする事はなく、指示を伝えるのは主に番頭達であり、少なくとも、各部署の責任者でなければ話をする事も聞く事もなかった。


 大人数の組織を運営していくには、目の行き届く少人数に分割するのは必須であり、また、その分割した一つ一つをまとめ上げ、全体を把握するしくみが必要だった。

 ドゥアルテ商会において、従業員達が各々の部署に分かれ、その各部署には責任者が居たように……

 商会よりも多くの人間が所属するこの傭兵団を組織的に機能させようとするならば、当然、少人数のグループへの分割と各グループの管理者が必要となってくる事だろう。

 また、班から小隊、小隊から副団長、団長へと、スムーズに情報伝達が出来る。

 逆に、団長から、各団員への命令や指示も、同じ流れで素早く確実に伝えられる。

 この、ティオの構想した傭兵団の新体系は非常に機能的だと、チェレンチーは考えた。



 ただ、どうしても疑問が湧いてくるのは……

 ティオが一体どういう基準でもって、この三百五十人近い大所帯の傭兵団を、それぞれの班と小隊に分けたのかという事だ。

 ドゥアルテ商会では、商売の拡大と共に必要に応じて少しずつ従業員が増えていき、各人の能力によって、他の部署に移される事もあれば、責任者へと抜擢される事もあった。

 しかし、それには、数ヶ月から半年といった一定の期間、新人の様子を見る必要があり、昇進するには更に、数年から十年以上もの長い年月に渡っての経験と実績が必要だった。


 けれど、ティオは、傭兵団にやって来て六日目の朝に、これを迷う事なく素早く整然と取り決めてしまった。

 チェレンチーは自分の前に差し出されたテーブルの上の名簿に目を走らせてみたが、まず小隊長として名前の上がっている者は、大体見知った人物だった。

 いつもボロツを取り巻いている、この傭兵団でも剣の腕が立ち性格も社交的で目立つ者達なので、団員達にも彼らの事は良く知られているに違いない。

 しかし、班長や、ただの一般兵士となると、三百五十人弱もの顔と名前は途端に一致しなくなる。

 それでも、商家で鍛えられたチェレンチーの人物を記憶する能力は、他の団員よりも遥かに優れており、傭兵団に入ってからのこの約半月の間に、特別な興味はなくとも、自然と、半数以上の人間の顔と名前は記憶済みだった。


(……いや、でも、僕も、さすがに全員は覚えていない。それに、班や小隊に分けるのは良いけれど、各人の能力を考慮せずにただ単に数で割り振っただけでは、上手く回らないんじゃないのかな?……)


(……ま、まさか……ティオ君は、もう既に、傭兵団全員の名前と顔だけじゃなく……能力的なものまで全て把握している、とかじゃないよね?……)


 しかし、実際に、ティオが差し出して来た名簿には、一小隊約四十人強として、合計三百五十人近い人名がズラリと並んでいた。

 それが、本当に傭兵団の総員の名前であるのかどうかは、まだ全員の名前を覚えていないチェレンチーには確認のしようがなかった。


 そんな、疑問や不安が顔に出ていたのか、ジッと名簿を見つめるチェレンチーの横顔をのぞき込むようにして、ティオが尋ねてきた。


「何か気になる部分はありますか、チェレンチーさん?」

「……あ、え、ええと……こ、この、小隊とか、班は、どうやって分けたのかなぁと思って。」

「ああ、それはですねぇ……」


 ティオは、全く悩む様子も見せず、ハキハキと答えていった。


「まず各人の能力を、剣の腕、体力、腕力、俊敏性、などなどの要素を総合して評価をつけました。……具体的に言うと、サラはちょっと規格外なので『特S』で、ボロツ副団長は『S』ですね。その他、小隊長の人選は、『A+』『A』『A-』この辺りの、高い能力値を持った方にしました。ここは傭兵団ですからねぇ。ある程度強くないと、団員達も言う事を聞きません。なので、実戦での戦闘力を第一に選びましたが、もちろん、統率力の高さも考慮しています。」


「後は、八つの小隊で戦力が偏らないよう、『B+』『B』『B-』『C+』『C』『C-』『D以下』の評価に従って均等に分けています。班長の人選や班編成も同じ要領ですね。まあ、弓部隊や重装部隊のように、部隊の性質によっては器用さや体力特化で選んだ面もありますが。」


「あ、そうそう! 軍隊とはいっても人間の集まりですから、性格的に合う合わないはあると思います。そういう面もなるべく考慮しました。顔を合わせただけで喧嘩になるような仲の悪い人達は、別の隊や別の班に離してあります。逆に、仲の良い人間と一緒に居る事で力を発揮出来るような人達は、同じ隊や同じ班にしていますよ。」


「どうでしょうね、こんな感じで? チェレンチーさんから見て、ここは改善した方がいいという所があれば、遠慮なく言って下さい。」

 と、真っ直ぐな瞳でティオに問いかけられたものの、チェレンチーは一言も返す事が出来なかった。


(……ティ、ティオ君は……やはり、もう、傭兵団全員の顔と名前どころか、能力や性格、人間関係に至るまで、完全に把握している!……)


 しかも、驚くべきは、ティオがこの傭兵団の「作戦参謀」に決まったのは、昨日の深夜であるという事だった。

 それまで、たったの五日。

 その五日間の彼の動向について、ティオと良く行動を共にしていたチェレンチーは、おそらく他の団員の誰よりも詳しかっただろうが……

 ティオが、特にジロジロと傭兵団の団員達を観察したり、メモをとったりしている様子は全く見られなかった。

 それも当たり前で、ティオは、昨日の午後、チェレンチーを誘って訓練を抜け出し城下町に遊びに行く程に、あまりやる気もなくダラダラと過ごしており、ティオ本人も、自分が半日後に作戦参謀となるなどとは思いもしなかったのだろう。


 つまり、ティオがこれまでに得ていた団員達の詳細な情報は、彼が特に意図せず収集していたものだという事になる。

 ティオにとって、それは、まるで息を吸って吐くように自然な行為なのだろう。

 普通の人間が、必死に意識して頭を使い、筆記という手段に頼って、それでも覚えきれないであろう膨大な情報を……

 ティオは、子供が目の前の皿に置かれたパンの数を数えるがごとく、いとも簡単に記憶していた。

 今回は、その情報が必要に応じて明文化されたため、チェレンチーも、こうしてティオの持つ情報の一端を知る事が出来たが……

 おそらく、ティオは、特に必要がなくとも、普段から当たり前のように、彼の周囲の人間や物事を、驚く程詳細に鮮明に、吸収し、記憶し続けているのだろう。


(……なんて優れた情報収集能力! また、情報分析能力だろう! 乾いた砂が水が吸うようだとは、こういう事を言うんだろうな! そして、その砂は、以前本で読んだ砂漠のように無尽蔵だ!……)


 ティオの学術的な才能には常々舌を巻き、「天才」であると確信していたチェレンチーだったが……

 ここまでくると、さすがに、ゾワッと全身が泡立つような感覚を覚えた。


(……化け物……)


 それは、あまりにも自分とはかけ離れた、常軌を逸した存在に対する、恐れの感情だった。

 生物が皆持っている、生存本能的な、生理的な……うっすらと嫌悪さえ混じった恐怖の感覚だった。


 が、チェレンチーは、聡明な中にどこか少年のような純粋な心を感じさせるティオの美しい緑色の瞳を見て、ハッと我に返った。


(……ぼ、僕は、今、なんて事を思ったんだ! こんな事を考えてしまって、ティオ君に申し訳ない!……)


 チェレンチーは、その真面目で優しい性格から、一瞬でもティオを怪物のように恐れた事に罪悪感を覚えたが……

 それは、彼の意思というよりも、生物としての反射的な警戒心であり、その事でチェレンチーを責める者は誰も居なかっただろう。


「……ぼ、僕には、良く分からないよ。戦に関しては、ズブの素人だからね。そ、それに、ティオ君は作戦参謀だ。ティオ君が決めた事に、僕は従うよ。」

「そうですか。……でも、何か気づいた事があったら、いつでも言って下さいね。自分以外の人の視点は、とても参考になりますから。チェレンチーさんがついていてくれるなら、俺も心強いです。」

「ティ、ティオ君の期待に添えるよう、僕も頑張るよ。」

「じゃあ、とりあえずはこの編成で行くとして、様子を見て改善が必要な所は後で手を入れる事にしましょう。とは言っても、変更はなるべく早く済ませた方がいいでしょうね。小隊や班でメンバーが固まってきてしまうと、人事の移動は混乱を招きますからね。」


 ティオは一仕事終えたと言った様子で、フウッと軽く息を吐くと、チェレンチーの前に並べていた三枚の紙を、手早くクルクルと筒状にまとめた。

 そうして、丈夫な紐でしっかりと縛り、チェレンチーに手渡してきた。


「では、さっきも言ったように、これはチェレンチーさんが持っていて下さい。」


「新体制に慣れるまで、自分がどこの隊のどこの班なのか、部屋割りや食堂の席の位置なども分からなくなる者が居る事でしょう。そういう事態が起こった時は、俺かチェレンチーさんに聞くように言っておきますので、これを見て都度教えるようにして下さい。……そうですね、いつでもすぐに見られるよう、腰に提げて持ち歩いてもらえますか?」

「りょ、了解したよ。……で、でも……」


 チェレンチーはティオから受け取った三つの書簡を、ためらいを含んだ眼差しで見つめながら尋ねた。


「これを僕が持っていたら、ティオ君は困らないのかい? 名簿も部屋割りも食堂の配置も、それぞれこれ一枚だけなんだろう?」

「ああ、それなら大丈夫です。」


 ティオは、無邪気な笑顔で至極サラリと言い切った。


「俺は覚えていますので。」

「……そ、そうなんだ。じゃあ、平気だね。」


 チェレンチーには、もはやティオの言葉を疑う気持ちは欠けらもなかった。

 三百五十人近い傭兵団員全員の情報を把握し、適切な編成を瞬時に行ったティオの事だ。

 その内容を一分も漏らす事なく覚えていてもなんら不思議はない、とチェレンチーは思っていた。


 チェレンチーは、未だ頭を殴られたような衝撃の中で半ば呆然としつつも、ティオから受け取った三巻の書状を、紐で自分のズボンに固定した。


(……本物の「天才」ってものは、なんて言うか、こう……)


(……「怖い」ものなんだなぁ。……初めて知ったよ。……)



 結局、その時ティオが決めた傭兵団の新編成は、変更を加える必要があるような大きな問題を起こす事もなく、順調に団員達の中に根づいていった。

 のちに、ピピン兄弟が流行り病にかかって戦闘要員から外れた事で、所属していた隊を抜けたのが、唯一の移動となった。

 ティオの的確な組織化は、副団長のボロツも素直に感心し、また、ティオよりもずっと年かさの軍人であるハンスやジラールからも高い評価を得る事になった。


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「傭兵団の幹部」

ティオが傭兵団の作戦参謀となった際、幹部は朝と夜の会議に召集されるようになった。

団長のサラ、副団長のボロツ、作戦参謀のティオ、そして、ジラールをはじめとする全八小隊の小隊長達が幹部となった。

作戦参謀補佐のチェレンチーと、傭兵団の監視役である王国正規兵のハンスは、幹部ではないが、会議には毎回参加している。

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