内戦と傭兵 #5
「正直俺は、月見の塔攻略のために傭兵を搔き集めるのは、悪手だと思ってる。」
いつもどこか他人事のように淡々としているティオには珍しく、苦々しげな表情を隠す事なく浮かべていた。
「あの難攻不落の月見の塔を落とすには、綿密に戦略を立て、良く訓練され統率のとれた軍を的確に動かす必要がある。」
「それなのに、今、国王側がやろうとしているのは、安い金に飛びついてくるようなゴロツキまがいの傭兵を大量に投入して、特に作戦もなく人海戦術で押し切ろうというヤツだ。最善策とは全くの正反対だ。……戦に勝てないとなった時、質より量でとにかく数を増やせばなんとかなると考えるのは、あまりに浅はかだ。」
「四十年前、周辺諸国を次々打ち倒して、この平野に泰平を築いた経験はどこに行ったやら、だな。長い間戦がなくて、すっかり平和ボケしちまったか。」
ティオは、フウッと大きくため息を吐くと、強い口調で更に断言した。
「ここから先の戦は、相当な修羅場になる。」
「そして、その矢面に立たされるのは、ナザール王国にとって死んだ所で痛くも痒くもない、金で雇ったゴロツキの寄せ集め、傭兵団だ。」
「サラには、本当にその事が分かってるのか?」
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「息子である王子を殺したくなくて、長らく反乱軍の立てこもった遺跡を遠巻きに包囲するだけだった国王も、ついに重い腰を上げた。今は一刻も早く戦を終わらせるため、かなり強引な手段でも月見の塔を落とす構えだ。そうしない事には、貴族達からの激しい突き上げで、自分の国王としての地位さえ危うくなるからな。」
「そこで、国王は、身分、年齢、経歴、賞罰を問わず、大慌てで広く傭兵を集めだした。傭兵を募集し始めたのには、さっき話したが、国王軍の兵士が大量に流行り病で倒れて戦力を失った穴埋めの意味もある。」
「しかし、こんな状況で安い報奨金目当てに集まってくるヤツらなんて、兵士としての質は下の下だ。普段から公募している正規兵の審査には落ちるような輩な訳だからな。」
「普通の仕事に就く事の出来ない、世間のはぐれもの。その性格にも行動にも、一般的な社会生活を送れないような問題を抱えてるヤツらばっかりだ。中には、過去犯罪を犯した者達も混ざっているだろう。ゴロツキやチンピラ、スリに盗賊、あるいは殺人犯も居るかも知れない。良くて、職業傭兵として、戦さ場から戦さ場を渡り歩いてる戦闘狂ってとこか。」
「そんな、戦死した所で誰も悲しまないような、むしろ世の中の癌が減ってくれたと喜びそうなヤツらを集めて、国王軍は一番危険な役目を押しつける気だ。当然、多くの血が流れる事になるだろうな。……しかし、まあ、それが傭兵ってものでもある。所詮は、戦場で安く使い捨てられる命だ。」
「つまり、この国の傭兵は、こじれにこじれてどうにもならなくなった内戦を力づくで終わらせるために集められた、生け贄みたいなもんなんだよ。上にあごでこき使われて、戦争の最後の一番厄介な始末を全部押しつけられる事になる。」
「俺には、お偉いさんの尻拭いのために、はした金で自分の命を捨てに行くヤツの気が知れないね。」
「それでも、戦争は早く終わらせた方がいいでしょ。」
サラは、ポツリと言った。
それまで、サラはティオの話を黙って大人しく聞いていた。
正直、サラの頭では、ティオの話は三分の一も理解出来なかったが、彼が真剣に語っているのに耳を傾けないのは不誠実だと思ったからだった。
けれど、頭が良く、計算高く、保身のための危機管理能力に優れたティオの話を、はじめから終わりまで真面目に聞いた後でも、サラの心には、さざ波一つ立ってはいなかった。
テーブルを挟んで真正面からティオを見つめるサラの水色の大きな瞳は、一欠けらの迷いも汚れもなく澄み渡っていた。
サラは、ニカッと太陽のように明るく笑って言った。
「だったら、私は傭兵になって、少しでも早く戦争が終わるように頑張るよ!」
□
「バカッ! サラ、お前、俺の話ちゃんと聞いてたのかよ!?」
全く動じないサラのあっけらかんとした答えを聞いて、ティオは今までになく感情をあらわにした。
バン! とテーブルを叩き声を荒げる。
「聞いてたよー。傭兵が強かったら、戦争が早く終わるんだよねー? 大丈夫、私凄ーく強いからー!」
「泥沼の戦いになるって言ったろ? あんな鉄壁の要塞を、バカの一つ覚えみたいに、なんの策もなく、寄せ集めの傭兵で攻めたって、落ちる訳ねぇんだよ! 死んだらどうすんだ、アホ!」
「絶対死なないもん! だって、私超強いもん!」
「あーもうー! これだから、脳みそまで筋肉が詰まってるバカは嫌なんだよ!『やる気』だとか『努力』だとか、最終的には『強さ』でなんでも解決出来ると思ってやがる! 世の中そんな単純じゃねぇっつってんだろうがー!」
ティオは、元々ボサボサの黒髪を、両手でワシャワシャ掻き毟った。
「いいか、サラ! 戦争はいつかは必ず終わるんだよ! それは、サラが傭兵として戦争に参加しようがしまいが、変わらない!」
ティオはテーブルに身を乗り出して、ビッとサラに人差し指を突きつけながら、早口に語った。
「誰が始めようが、どれだけかかろうが、必ず戦争には終わりが来る! 絶対だ!」
「だから、サラ、お前はこんな下らない内輪揉めから始まった戦争なんか、知らん振りでほっときゃいいんだよ! サラは、別にこの国に特に思い入れがあるとか、国王に何か恩があるとか、そういうんじゃないんだろう?」
「だったら、余計な事に首を突っ込むな! ムダに危ない橋を渡るな!」
「こんなバカげた戦争、始めたヤツらに全部責任取らせて、この国の人間だけで、きっちりケリをつけさせればいいんだよ! 金につられて自分の命を安売りする傭兵のアホも知った事か! そんなヤツら、死んでも自業自得なんだよ!」
ティオは、ドサッと椅子に腰を下ろすと、腕を組み直し、改めてサラを睨むように見つめてきた。
「……サラは、今まで、人を殺した事、ないだろう?」
「え?……ある訳ないじゃない! 当然でしょ! 私は正義の味方なんだからねー! 悪い事は絶対にしないもんねー!」
「正義とか悪とか、そんなもの戦争には関係ねぇんだよ。」
「どんなご立派な大義名分を掲げても、譲れない正義や主義主張があったとしても……やる事は、人と人との殺し合いだ! 戦争に勝つって事は、相手より多くの敵を、人間を、殺すって事だ! 綺麗事じゃ済まされねぇんだよ!」
「……うぐっ!……」
「サラは、確かに強い。その強さは、もはや人間とは思えないレベルだ。」
「でも、今までサラが倒してきたのは、野生の獣とか、魔獣とかだろう? 人間と戦った事があっても、殺すまではやってない。どうせ、お尋ね者の犯罪者を捕まえて役人に突き出したとか、その程度だろ?」
「……な、なんで分かるのよ?」
「お前のその、甘ったれた考え方や態度を見てれば、簡単に想像がつく! そのぐらいの経験で本物の戦争に参加しようなんて、だから甘いっつってんだよ!」
「いいか、サラ。剣の強さと、人を殺せるかどうかは、全く別だ!……単純に戦闘が強い人間が、戦場で何百人と敵を切り倒して英雄になれるかと言ったら、そうじゃない。」
「サラ、お前に人は殺せない!」
□
「……そう言うティオは、どうなのよ?」
自分が深く考えもせず傭兵になろうとしていた甘さを突かれて、一旦は怯んだサラだったが、すぐにキッとテーブルの向かいのティオを見据えた。
「ティオだって、人なんて殺した事ないでしょー? 戦争の事だって、どうせ人から聞いただけで、ホントは全然知らないくせにー! どっかのお金持ちの家のボンボンだって言ってたよねー? 全然そうは見えないけどさー!」
「べ、別に、俺の事はどうだっていいだろ? 今は、サラが傭兵になるべきじゃないって話をしてんだよ! お前は傭兵には向いてないって!」
「確かに、私は、今まで人を殺した事は一度もないよ。」
サラは、はっきりと言い放った。
「そして、これからも誰も殺したりしない!」
「はあ? そんなんでどうやって敵に勝つって言うんだよ? 無理だろうが!」
「無理じゃない! だって、私は今までずっとそうやって勝ってきたんだから!」
「要は、私の方が、戦う相手よりずーっと強ければいいんでしょー! それなら、手加減してあげられるし、殺さなくても勝てるもんねー!」
「……なっ……」
今度は、ティオが息をのみ言葉を失う番だった。
しかし、ティオもすぐにグッと身を乗り出して反論してきた。
「絶対人を殺さないで戦う? 不殺を貫いて戦争をするってか?……ハッ! バカバカしい!」
「たとえ、サラ、お前がそのつもりでも、相手は容赦なくお前の命を奪うつもりで襲いかかってくるんだよ! そんな相手に『手加減』なんてしてられるか! そんな甘い考えのままなら、死ぬのはお前の方だぞ!」
「それに、たとえお前が人を殺さなくても、周囲のヤツらは、敵も味方もお構いなしに殺し合うんだよ! 戦場では、いつもたくさんの血が流れて、たくさんの人間がケガをして、そして、運が悪けりゃ死ぬんだよ!」
「そんな、この世の終わりのような地獄を、お前が知る必要はない!」
□
ティオは、少し熱くなり過ぎた自分を反省するように、コホンと空咳を一つし、居ずまいを正してから、改めて言った。
「世の中には、一生知らなくてもいい事ってのはあるんだよ。特にサラ、お前のような人間はな。」
「お前は今まで、比較的苦労もせず、辛い思いもせず、優しい人達に囲まれて、綺麗な世界の中で、ここまで生きてきたんだろう? お前が持ってる雰囲気から、それが分かる。」
「だったら、一生そのままでいた方がいい。世の中の危ない事や汚い事には、首を突っ込むな。そんなもの、関わらなくたって、問題なく生きていけるんだからな。」
「もう一度言うぞ。お前は傭兵には向いてない。」
「傭兵になろうなんて考えはさっさと捨てて、早く家に帰れ。お前の事を心配して待ってる人間だって居るんだろう?」
「ヤダ!!」
「こんの、バカッ! サラ、お前、思った以上に強情なヤツだな!」
「私の事を心配して待ってる人間って、誰の事? 家族の事?……だったら、そんな人、私には居ないんだから、問題ないでしょ! 帰る場所だってないもんねー!」
「え……そ、そうだったのか?」
「うん。」
「い、いや、でも、ダメなもんはダメだかなら!……そもそも、この国の情勢も、内戦の理由も首謀者も、傭兵がどんなものかも知らずにフラッと王都に来たようなヤツが、戦争に参加するなんて……」
サラは、スウッと一つ大きく息を吸ってから、フーッとゆっくり吐き出すと、自分の中の気持ちを整理するように、一つ一つしっかりと言葉を口にした。
「確かに、私は考えなしだったと思う。魔獣を倒した村の村長さんに言われて、なんとなーく思いつきでこの王都に来たよ。傭兵って何をするものかも、正直良く知らないし。でも、それでも……」
「戦争は、早く終わらせた方がいいって思うよ。」
「だから、そんなものほっといたっていつかは終わるんだよ。何も、サラが終わらせようと必死にならなくていいんだっての。こういうのは、始めたヤツが責任を取るべきだろ? サラは、この戦争には無関係な人間だろうが。」
「誰が始めた戦争だとか、誰に責任があるだとか、そういうのは、私には難しくて良く分かんないよ。」
「ただ、私は、この戦争を早く終わらせたいだけ。」
「それで、私に、戦争を早く終わらせられる力があるのなら、その力を使いたいってだけ。」
「私ね、強くなりたいんだ、もっともっと。それで、誰かを助けたいんだぁ。困ってる人を助けたい。それが、今、私の一番やりたい事だから。」
「だから、私は傭兵になってみるよ。もう決めたんだ。」
そう言って、サラは、一点の曇りもない笑みを、その可愛らしい顔にニコッと浮かべた。
□
「……」
サラの答えを聞いて、それまでジイッと視線を逸らさずにサラを見つめていたティオは……
ハーッと大きなため息をつくと共に、片手で顔を覆いうつむいた。
そして、しばらくして、絞り出すような声で言った。
「……どうしても、やめる気はないんだな?」
「うん。ない。」
「本気で、傭兵になるんだな?」
「なる。絶対になる。」
「……分かったよ。サラの決心は固いんだな。俺が何を言ってもムダなんだな。……なら、最後の手段だ。」
「最後の手段?」
ティオは、ガバッと顔をあげると、グッと拳を握りしめ、それを勢いよく空に突き出して、宣言した。
「よし! こうなったら、俺も傭兵なってやる!」




