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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第三節>新たな役割
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過去との決別 #33


「……チェレンチーさーん……おはようございまーす……」

「……ん……んん、ティオ君?……あ、おはよう。体は大丈夫? もう元気になったのかい?……あれ? 今日はやけに起きるのが早くない?……」


 チェレンチーは翌朝早朝、まだ日が昇るよりずっと早くに起こされる事になった。

 気がつくと、枕元に、いつもの色あせた紺のマントをまとった姿のティオが立っていた。

 ただ、その顔には、普段と違って、どこか口の奥に虫歯でもあるかのような渋い表情が浮かんでいた。


 チェレンチーが、ティオの体調が回復した事を喜びつつも、いつもの訓練場の整備よりも更に早い時間に起こされたのを不思議に思っていると、ティオが、とても申し訳なさそうな様子でガバッと頭を下げてきた。


「……すみません! チェレンチーさん! あなたにお願いがあります! どうか、俺を助けて下さい!……」

「……え? え? 一体何があったの?……ティオ君が困っているのなら、それは助けたいとは思うけど、僕なんかに何か出来る事があるのかな?……」


 まだ夜も明けていない早朝という事もあり、同室の傭兵達はもれなくいびきをかいて夢の中だった。

 そんな彼らの安眠を妨げないようにと、チェレンチーはすみやかに靴を履いてベッドから抜けると、ティオと共に部屋の外に出た。

 そこで、再び、バッとティオに頭を下げられた。


「どうしても、チェレンチーさんの協力が必要なんです! 力を貸して下さい! お願いします!」

「そ、そんなに困っているなら、もちろん協力するよ。でも、本当に、僕なんかで役に立てるのかい?」

「チェエレンチーさんじゃなきゃダメなんです! この傭兵団で、頼れるのはあなただけなんですよー!」

「え、ええ? 一体僕は何をしたらいいのかな?」

「協力してくれるんですね、チェレンチーさん! ああ! ありがとうございます、ありがとうございます! 今は何も出来ませんが、この恩はいつか必ず返しますのでぇー!」

「い、いや、恩とか、そんな大袈裟な! お返しとか、別に要らないよ!」


 ティオは、まるで死中に活を見出しかのような様子で、ペコペコと何度も頭を下げて感謝の意を表したのち……

 まだ戸惑っているチェレンチーを促して、どこかへと足早に歩き始めていた。


「今は時間がないので、詳しい事は、作業しながら説明します!」



「実はー、俺、本当に突然の事なんですが……今日からこの傭兵団の『作戦参謀』に任命される事になりましてー。」

「ええっ! そ、そうなの? そ、それは、凄いね!……あ、でも、『作戦参謀』って何をするんだろう? 僕は軍事的な事については門外漢だから、良く知らないんだ。」


 チェレンチーは、まず、ティオと共に、真っ暗な食堂に行き、ロウソクを立てた燭台の明かりを頼りに、二人でテーブルと椅子を並べ直した。

 なぜこんな事をするのか、チェレンチーにはさっぱり分からなかったが、今はとにかくティオの指示に従っておいた。


「まあ、ザックリ言うと、軍隊の作戦を考える人間ですねー。」

「は、はあ。」

「とは言ってもー、今の傭兵団では、戦場で『作戦』らしい『作戦』など、とても行える状態ではないのでー……まずは、基本を叩き込む必要があるんですよねー。高度な集団行動である『作戦』を行うに足る軍隊の形式を早急に整えなければいけませんー。……よし、と。ここはこんなもんですかね。」


 ティオはチェレンチーと二人、手早く食堂のテーブルと椅子を並べ終えると、休む間もなく次の場所に向かった。

 チェレンチーも慌てて彼の後を追う。


「じゃあ、次は会議室に行きましょう。」

「会議室? そ、そんなもの、この傭兵団の兵舎にあったっけ?」

「ありますよ。今はただの物置になってしまっていますがね。」


 行ってみると、確かにそこはティオの言う通り、雑多な物が詰め込まれ、すっかり物置の様相を呈していた。

 間違ってドアを開いた者が居たとして、誰もそこを「会議室」と認識出来なかった事だろう。


 このままではとても会議室として使えそうもないどころか、何人もの人間が入る余地さえなさげだったので、さっそく、ティオとチェレンチーは片づけを始めた。


「テーブルは、使えそうですね、良かった。椅子は、数が足りないな。後で本物の物置から持ってきましょう。」

「ティオ君、この空の木箱はどうしようか? 全部分解して捨てるには、結構時間がかかってしまうよ。」

「あ、いや、それはそのまま部屋の隅に積んでおきましょう。今は時間がないので、最低限ここで会議が行える状態を目指しましょう。」

「りょ、了解!」


 捨てられずに詰め込まれていた古い寝具や衣服らしきボロボロの布や藁の山は、さすがに見苦しいのでゴミとして捨てる事にして、テーブルの上に積まれていたものを取り除き、持ってきた椅子を並べると、なんとか会議室らしい形が見えてきた。

 後は、埃をはたいて床を掃き、雑巾掛けをするだけ、という段階までくると、ティオはバサッと紺色のマントを翻して、テーブルのそばに置かれた椅子の一つに腰をおろした。


「すみません、チェレンチーさん! 掃除の方、残りは一人でお願いできますか? 俺は、ちょっと、急いで作らなければならないものがありまして!」

「わ、分かった! こっちは任せて!」


 ティオは、マントの下に提げたカバンから、厚めの丈夫な紙を三枚取り出して、テーブルの上に広げると、羽ペンの先をインク瓶に浸し、カリカリと恐ろしい勢いで何かを書き始めていた。

 「いやぁ、昨日紙を買っておいて良かったなぁ。」と独り言をポツリと一度呟いたが、後は黙々とペンを走らせていた。



 ここまで食堂や会議室での作業をしながら、チェレンチーはティオから簡単に事情説明を受けていた。

 どういう経緯かは分からないが、ティオは、昨晩、サラとの話し合いで、これからは「作戦参謀」となって、傭兵団の運営方針を一任される事になったらしい。

 まだ、その決定はサラとの間でしかなされておらず、これから行う会議で傭兵団の主要メンバーに「作戦参謀」就任と傭兵団の新体制について発表する予定との事だった。


 チェレンチーには、ティオ一人では追いきれない、傭兵団の資金の出納や議事の記録といった細々とした事務方の仕事を任せたいという話だった。

 確かに、傭兵団には、文字の読み書きや多額の金銭を扱うための計算技能を持った者は、ティオとチェレンチー以外誰も居なそうだった。

 ティオが「あなたでなければダメなんですー!」と必死の形相で訴えるのも納得がいった。


 これまでの付き合いで、チェレンチーは、ティオが様々な分野で造詣が深い事はもう良く知っていた。

 見た目こそボロを纏っているが、彼の知的水準はその辺の貴族も青ざめる程の高さであり、ひとかどの文化人と言えた。

 しかし、戦に関しては、彼が刃物恐怖症で剣を持てず戦えない事もあって、全くの未知数だった。

 それでも、ティオは、サラとの話し合いの末、自ら進んでこの傭兵団の作戦参謀となったらしい。

 

(……ティオ君が、そう決断して、こうして必死に自分の任務を全うしようとしているのだから、僕は、それを全力で支えるだけだ。……)


 作戦参謀としてのティオの実力の程はまだ分からなかったが……

 それでも、黙って彼について行こう、精一杯彼の力になろう、そう思う程に、チェレンチーの心中にはティオへの強い信頼があった。

 どこかで、ティオならば、「やる」と口に出した事は、必ずやり遂げるだろうという確信があった。

 そして、自分は、少しでもそんな彼の力になりたいとチェレンチーは思っていた。


 ティオが集中して黙々と何かの書類を作成するかたわらで、チェレンチーもまた、雑巾でテーブルや椅子や床、ティオが物置から持ってきた板書用の平たい岩などをせっせと拭いていった。



 チェレンチーは、ティオとサラの間にどんなやり取りがあったのか、あえて聞こうとはしなかった。

 ただ、二人が話し合いの末、「このままでは、傭兵団は実戦で勝てない」との結論に達して、確実に勝利を掴むための一手として、ティオを作戦参謀に据え、傭兵団の大改革に踏み切ったという事は知らされていた。


 実際は……

 ティオとサラが今の傭兵団の状態では「戦で勝てない」と判断し、新たな方針を試みたのは、間違っていなかったが……

 その裏には、二人だけの取り引きと約束があった。

 「宝石怪盗ジェム」である事をサラに知られたティオは、その秘密を他の人間に黙っていてもらう代わりに、サラが団長を務めるこの傭兵団を「勝たせる」ために尽力する事を誓った。

 それは、ただ単にサラに弱みを握られたからではなく、ティオとしても、傭兵団が戦で勝利する事が自分の利益につながるためだった。


 ティオの目的は、「月見の塔」の内部に入る事。

 正確には、「月見の塔」のどこかにある、あるものを探し出し手に入れる事だった。

 それには、一刻も早く内戦を終わらせて「月見の塔」に立てこもっている反乱軍に出ていってもらう必要があったのだ。

 さすがに、世に名の知れた大怪盗である「宝石怪盗ジェム」であっても、反乱軍が立てこもっている状況で、現代の技術を遥かに超越した古代文明の遺跡である「月見の塔」に忍び込むのは不可能だった。

 旅路の途中で、「月見の塔」にとあるお宝があるとの情報を得て、はるばるナザール王国の王都まで来たティオであったが、実際にやって来て愕然とした。

 現在ナザール王国は内戦の真っ只中で、目的地の月見の塔は反乱軍に占拠され、周囲は国王軍の兵士だらけだったのだ。

 どうしたものかと、数日王都をぶらつきながら考えていた所で、偶然サラに出会った。

 王城では、内戦で減った王国軍の兵士を補うため、なりふり構わず傭兵を募集しており、サラはそこに志願しに来たのだと知った。

 そんなサラと出会った事で、ティオは、成り行きで、自分もサラについて王城にやって来て傭兵となった。

 後から、刃物恐怖症で平和主義者を自称する自分には、あまりにも不似合いな行動だったとティオは述懐したが……

 ティオとサラ、それぞれが持つ「赤い石」が、一つ所に会するために、二人の精神に無意識下で密かに影響を与え、この地に導いたらしい事を知って、頭を抱えつつも納得のいったティオであった。


 もちろん、そういったティオとサラ、二人の間の事情について、チェレンチーは全く知らなかった。

 けれど、ティオから「俺は今日からサラの部屋で寝起きする事になりました」と聞かされた時から、二人の間には何かあるのだろうなと察してはいた。

 他の団員達は、二人が同じ部屋を使っているのを知って、二人の関係を怪しんでいたが、チェレンチーは全くそういった想像はしていなかった。

 確かに、ティオとサラの間には、何か、他の人間が入れ込めないような密接で独特な空気があったが……

 それは、決して、良くある男女間の甘い感情からではない事を、二人のやり取りや雰囲気で感じ取っていたからだった。


 そして、チェレンチーは、そんな他人の秘密にズカズカと土足で踏み込むような無神経な真似はしない人間だった。

 ティオとサラ、二人の問題は二人のものであって、関係のない自分がむやみに口を挟んだり詮索したりするものではないと思っていた。



「チェレンチーさん。ちょっといいですか。」

「あ!……うん。もう掃除は終わる所だよ。ひとまずは、こんな感じで良かったかな?」

「ああ、見違えるように綺麗になりましたね! ありがとうございます!……ところで、これを見てもらえますか。」


 チェレンチーは雑巾を絞って木桶の縁に掛けると、濡れた手をハンカチで拭きながら、ティオが座っている椅子の元へと歩み寄っていった。

 見ると、テーブルの上には、書きあがったばかりの書面が三枚並べてあった。

 どれも、いつもながらにムダなく整ったティオらしい字であったが、今回は特に読みやすい簡易な書体で書かれていた。

 そして、三枚の紙のどれにも、ビッシリとたくさんの人名が記されており、うち二枚には、図のようなものも描き込まれていた。


「……ティオ君、こ、これは?」

「この傭兵団の名簿です。」


 更にティオは、図の書かれた二枚を指さしながら言った。


「それから、これが新しい部屋割りで、そして、もう一つが食堂の席順です。」


 確かに、改めて見ると、そこに描かれていた図はこの兵舎の部屋の配置であり、また、先程ティオと二人で並べた食堂のテーブルと椅子の形状であるようだった。

 ティオは、その三枚の紙をチェレンチーの手元に引き寄せた。


「これは、チェレンチーさんが持っていて下さい。」


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「傭兵団の会議室」

長い間使われておらず、不要な物が詰め込まれ埃まみれになって物置のようになっていた。

現在では、中央の長いテーブルの周りに、会議に参加する十三人分の椅子が置かれている。

部屋の隅に積み上げられたままの空の木箱の下には密かに穴が掘られており、金庫代わりに資金がしまわれている。

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