過去との決別 #25
「その欠けらから、分かる事?」
「ええ。」
ティオは、二つある欠けらの内の一つをチェレンチーに手渡して説明した。
「この欠けら、一見石のように見えますが、よーく観察すると、ちょっと変わっているでしょう?……薄い茶色と濃い茶色の縞模様が流れるように不規則に重なっていますよね。」
「う、うん。」
「おそらく、これは、何種類かの砂を層にして固めたものなんでしょう。……こんな細かい砂粒をどうやって石のような硬度を持つ状態に固めたのか? その辺の詳しい技術については皆目見当がつきません。何しろ、今よりずっと高度な技術を持っていた古代文明の遺物ですからねぇ。ただ、大雑把には想像出来ます。」
「魔法です。」
「古代文明の栄えた旧世界では、今の新世界とは違って、誰もが魔法を当たり前のように使っていました。つまり、あの『月見の塔』は、魔法によって建設されたもの、というのが、一番順当な推察でしょう。」
「俺の調べた所によると、魔法には実に様々な種類のものがあったようです。ザックリ説明すると、火の魔法、水の魔法、風の魔法、雷の魔法……まあ、そんな感じですね。そして、その魔法の種類の中には、既に存在している物質に働きかけて変化をもたらす、という性質のものもありました。……例えば、大地に魔法をかけて、山のように盛り上げる、とかでしょうか。」
「な、なるほど! つまり、『月見の塔』は、細かい砂粒に魔法をかけて作り上げられたものなんじゃないかって事だね?」
「その通りです。」
「凄い!『月見の塔』がどうやって作られたのかなんて、今まで全然考えた事なかったよ! これは、考古学的にも価値のある発見なんじゃないかな!……そうかぁ。それで、あんなロウソクのロウが溶けたような、不可思議な形状をしているのかぁ。」
チェレンチーはティオの広い見識による考察に興奮していたが、やがて「うーん」と首をかしげた。
「……で、でも、ティオ君。何種類もの砂を魔法で固めた、という工法が分かっても……結局の所、現代人の僕達にとって、その技術を今の建築に生かすとか、そういうのは難しんじゃないかなぁ。何しろ、僕達にとっては、魔法そのものが未知のものだし、そもそも魔法なんて全く使えないしね。」
「確かに、古代文明の技術を現代社会で流用するのは難しいでしょう。……しかし、これから俺達には、傭兵として、あの反乱軍が立てこもっている遺跡に接近する必要性が遠からず出てきます。最終的には、あの塔を落して、反乱軍を追い出すのが目的とも言える。そうすれば、内戦は終わるでしょうからね。」
「ならば、敵の本丸である『月見の塔』について、知っておいて損はないでしょう。そう、情報は、あればあるだけいい。」
ティオは手に平に乗せた『月見の塔』の欠けらを軽く握りしめ、そっと目を閉じ、まるで、手の中のその欠けらに意識を集中しているかのような様子を見せた。
「砂の元は石です。石が細かく砕けて粒状になったものが砂な訳です。つまり、小さな砂粒一つ一つは、微細な鉱石の欠けらとも言える。」
「俺は、石については詳しいってさっきも言いましたよね? 遠目から見て、たぶん主成分は砂だろうと見当はつけていましたが、こうして実際に『月見の塔』の一部が手に入ったのはラッキーでした。あの塔が主に砂……微小な石の欠けらの集合体だというのならば、俺には、いろいろと探りを入れる事が出来る。」
ティオは、そこでパチッと目を開けると、いつもの掴みどころのない飄々とした笑顔でつけ足した。
「まあ、正直、俺の専門は天然石で、人工のものは苦手なんですけどね。しかも石じゃなくて、細かく砕けた砂ですしねぇ。どこまで出来るかは分かりませんが、まあ、やれるだけの事はやってみようと思っていますよ。……とりあえずは、慣れる事ですね。ずっと肌身離さず身につけていれば、時間はかかりますが、親和性が上がりますから。」
チェレンチーは、ティオがとうとうと立て板に水で語っている事の意味がさっぱり分からず、ポカンと半ば口を開けて聞いていたが、何かを尋ねる前にティオは話を切り上げてしまった。
スッと慣れた手つきで懐に欠けらをしまい込み、バサリと色あせた紺色のマントを翻して踵を返す。
「じゃあ、そろそろ次の店に行きましょうか。」
「あ、ああ、うん。」
「あ、そうそう。チェレンチーさんに渡した、その『月見の塔』の欠けら。あなたに差し上げますよ。俺は一個持っていれば充分なので。」
「え? ああ、ありがとう……って、わ、悪いけど要らないよ、ティオ君! こ、こんな、国の文化財を不法に破壊したものなんて、持っているだけで罪悪感が凄いよ!」
「まあまあ、そう言わず、今日の記念にでも取っておいて下さいよー。ね!」
困惑するチェレンチーを、アハハと笑って煙に巻き、ティオは颯爽と路地を歩き出していた。
チェレンチーは、仕方なく、ティオに手渡された『月見の塔の欠けら』という触れ込みの小石大のそれを、自分のズボンのポケットにしまい込んだ。
□
「紙やペンを見たいんですよねー。」
そう言って、ティオがチェレンチーを伴いやって来たのは、王都東側城門を入ってすぐの場所から真っ直ぐに伸びる大通りの一角だった。
ナザール王都の大通りは王都がこの地に作られた時、東西南北の城門から都の中心に向かって真っ直ぐに伸びるよう計画的に敷かれたものである。
貴族の屋敷が立ち並ぶ中央地区と、一般市民の住む外周地区の分別も、同心円を描くようにほぼ整然となされていた。
その後、王都に住み着く人々が増えるにつれ、それに合わせて、都度、住居が増築されたり、路地や生活用水路が引かれたりと、下町の方はすっかり雑然としてしまったが。
しかし、大通りの様相は、建都の折からほぼ変わる事はなかった。
そんな大通りに面した場所に店を構えて商売を行なっていくのは、なかなかに難しい事であった。
平素なら、多くの人が行き交う大通りは、商いには最高の立地であり、当然土地の値段も高い。
中には土地や建物を借りて店を開く者も居たが、月々の家賃を大家に収めるてなお儲けを出さなければならないため、商売が傾くともっと家賃の安い場所へと移っていく場面も多く見られた。
故に、大通りに店を構えるという事は、それだけ確かな商売をしているという証でもあった。
商いで成功を収めようと目指す者の多くは、王都の大通りに店を出すのを目標としていた。
そんな大通りに面した商店街の中でも、特に王都の正門である東門から伸びる通りに面した一角は、他とは一線を画していた。
この一帯は、特に、貴族や金持ちといった、上流階級向けの高級品を扱う店が多く立ち並んでいる。
店構えも他とは違って、二階建てや三階建てであったり、競うように豪華な造りとなっており、中には屋敷と見まごうほどの豪奢な店舗もあった。
それらは、みな、自分の店が良い商品を扱っていると人々にアピールするためである。
都の一等地に店舗を構えるというステータスに終わらず、我こそが最高の商店であるとナザール王国の有名商会がしのぎを削っている場所であった。
ドゥアルテ商会も、そんな東門から続く大通りに大きな店を構え、ナザール王国各地から取り寄せた様々な商品を扱っていた。
品質の高さと種類の豊富さが何よりの売りであり、「ドゥアルテの店に行けば、揃わないものはない」とまで言われていた。
一階は生鮮食料品以外の食品、二階は衣料品、三階は雑貨といったように様々に分けられ、店の裏の巨大な倉庫には、更に多くの商品が収められて、使用人達が、随時店の棚に商品を補給したり、仕入れたばかりの品物を倉庫に運び込んだりと忙しく立ち働いていた。
それとは別に、サロンのような別館があって、そこには馴染みの上客だけが招かれ、店主自ら接待につき、珍しい高級品を特別に紹介してもいた。
また、ドゥアルテ商会は卸売も広く手がけており、昨今はそちらの収益が商会の利潤の大半を占めるようになっていたが、そういった大口の取引の話も別館で行われていた。
この東門大通りにやってくると、チェレンチーは、どうしてもドゥアルテ商会の事を思い出す。
庶民向けの店が軒を連ね、王都の外から採れたばかりの農作物を持ってやって来た農家がゴザを引いて即席の露店を出す他の通りとは違い……
東門大通りは、内戦の影響による不況により出歩く人数こそ減っているとはいえ、未だ王都らしい華やかさを保っていた。
道は清掃が行き届き、立ち並ぶ大店はそれぞれに煌びやかな外見を誇っている。
道ゆく人も、高級な衣装に身を包み召使や警備の人間を伴っている上流階級の人間が多かった。
チェレンチーは、チラとドゥアルテ商会の店舗がある方を見遣ったが、ティオが入っていこうとしていたのは、商会からは距離のある場所にある雑貨店だった。
ドゥアルテ商会と因縁のあるチェレンチーを気遣ったのかまでは分からなかったが、商会の人間と顔を合わせる事はなさそうで、チェレンチーは内心ホッと胸をなでおろしていた。
しかし、それとは別に、やはりどうしてもドゥアルテ家の最近の商売の様子が気になって仕方なかった。
(……兄さんは、ちゃんと店の仕事に精を出しているんだろうか? 奥様は、また宝石やドレスを大量に買い込んだりはしていないだろうか? 使用人のみんなは、元気に働いているんだろうか?……)
(……ドゥアルテ家の商売は、上手くいっているんだろうか?……)
『……チェレンチー、お前は、必ず、このドゥアルテ家を守っていくのだぞ……』
そんな、亡き父の亡霊の言葉が、通りを吹き抜ける風の音に混じって聞こえた気がして、チェレンチーは思わず、両手で耳を塞ぎ背中を丸めて、ギュッと目を閉じた。
□
「お邪魔しまーす。」
「はい、いらっしゃいませ。」
ティオがチェレンチーと二人、カランカランというドアベルの音と共に店に入っていくと……
店舗の中央付近で別の客に対応していた店主らしき恰幅のいい中年男性が、クルリとこちらに顔を向けて応えた。
いかにも商人らしい、腰の低さと人当たりの良さを感じさせる笑顔が浮かんだその顔が、二人の姿を見て一瞬固まったのを……チェレンチーは見逃さなかった。
しかし、店主はすぐに、何事もなかったかのように、「何かお探しのものがございましたら、何なりとお申しつけ下さい。」と再び笑顔で定型文を述べてきた。
(……ま、まあ、しょうがないよね。こんな格好じゃあ。……)
チェレンチーは改めて、自分達の衣服をかえりみた。
チェレンチーはドゥアルテ家を出てきた時に着ていた一張羅のシャツとズボン。
王都の一般市民の服装から考えるとかなり上等な部類のものだったが、何しろこれ一着しかないので、傭兵団での生活ですっかり汚れくたびれてしまっていた。
ティオに至っては、色あせた紺色の長いマントの裾が擦り切れ、髪はボサボサ、レンズに細かな傷が無数についた古ぼけた眼鏡という有様だった。
東門大通りにやって来た辺りから場違いな気はしていたが、一目で上流階級の人間ではないと分かるみすぼらしいその出で立ちに、店の店主も内心(嫌な客が来た)と思っている事だろう。
「出ていけ」と追い払ったり、あからさまに嫌悪感を滲ませた顔をしないだけ、商売人として立派だとチェレンチーは思った程だった。
もっとも、二人が入ってきたのを知ってすぐに、下働きの若い男を呼んで何かヒソヒソ囁いていたが。
その後、若い男は、二人の後をコッソリと無言でついて回っていたので、おそらく「アイツらが何か変な事をしないか見張っていろ」とでも命令されたに違いない。
しかし、チェレンチーが肩身の狭い思いで背中を丸める一方で、ティオは全く動じなかった。
他の客や使用人達が一斉に白い目を向ける中、色あせた紺色のマントを揺らしてスタスタと店の奥まで真っ直ぐに歩いていった。
「すみませーん、ここって、羽ペンの調節ってやってもらえますかー? あー、後、紙とペンとインクを見たいんですがー。」
店の一番奥のカウンターの向こうについていた店員に、ニコニコと笑顔で話しかけながら、さり気なく懐を探って、ジャラリと重そうな音のする財布を取り出す。
カウンターの上に置いて、財布を開き、所持金を確認するていで、中身を周りの人間に公開した。
そこには、金貨や銀貨がそれぞれ十枚以上入っており、僅かに銅貨も混じっていた。
出した財布も、デザインや色合いの趣味の悪さはともかく、絹に金糸の刺繍を施した上等なものだった。
「……あ……は、はい! 当店では、専門の職人がおりまして、ペン先の調節も行なっております! 代金をいただく事にはなりますが。」
「もちろん代金は払いますよー。当然じゃないですかー。アッハッハッ。」
物乞いのような身なりの人間が、思いがけない大金を出してきたので、若い女性店員は目を白黒させ声を上ずらせていた。
ティオは、バサッと紺色のマントを翻すと、腰にズラリとつけているポーチの一つの、しっかりした革製の縦長のものを開き、中に入っていた羽ペンを五、六本取り出した。
それらをスラッと流れるような手つきでカウンターの上に並べる。
「じゃあ、これ全て、お願いします。」
「あ、は、はい! 承りました!」
「仕上がりまでどれぐらい時間がかかりますか?」
「は、はい! え、ええと、今ですと、一時間もかからないかと。」
「じゃあ、それまでは他の買い物をしたり、何か時間を潰しています。出来上がった頃に取りにきますので。……ああ、代金の方は、先にお支払いしておきますね。」
ティオは、店員の女性が提示した金額を、手際良く財布から出してカウンターに並べ、すんなりと支払った。
羽ペンの調節では、金貨銀貨は必要なかったため、懐からもう少し一般的な見た目の財布をもう一つ取り出して、そこから払っていたが。
(……最初に出した財布の方は、お店の人達に「お金を持っている」と示すためだろうなぁ。おかげで、店主を始め、店員達の態度が一変した。……)
いつもと変わらず緊張感のない飄々とした顔で、ボーッと窓の外を見ているふうのティオの横顔を見つめながら……
チェレンチーは、店に居合わせた客や店主を始めとする従業員一同と共に、彼の肝の座りっぷりに驚かされていた。
「今日は、どこかのお屋敷からお使いでいらっしゃったのですか?」
「あ……え、えーと……は、はい。まあ、そんな所です。」
恰幅のいい店主が、近くに居たチェレンチーに、背をかがめ揉み手をする勢いで、丁寧な態度で尋ねてきたので、チェレンチーは適当にお茶を濁しておいた。
みすぼらしい身なりの若者二人が大金を持って高級雑貨屋に来た事を、店主は、どこかの上流階級の屋敷の召使いが主人の使いをしていると判断したらしかった。
先程寄った鍛冶屋で受け取った、布に巻かれたサラの剣をチェレンチーが胸に抱いていた事も、「使いの買い物」と思われた原因の一つのようだ。
チェレンチーは、ひたすら苦笑いする他なかった。
(……ティオ君は、どうしてあんなにたくさんのお金を持ってるんだろう?……)
骨董屋では、気分が悪くて先に店を出たのでティオが支払いをしている場面を見なかったが、サラの剣を受け取った鍛冶屋でも、ティオは気前良く代金を支払っていた。
一介の兵士であるハンスがサラの武器の修繕用にどこかから資金を工面してくれたとは考えにくい事から、おそらくあれはティオのポケットマネーだろうとぼんやり推察していた。
ティオには、このナザール王都で傭兵になる以前の事は「あちこち旅をして回っていた」とだけ聞いていたが、改めて、その資金がどこから出ているのか、チェレンチーは疑問に思わずにはいられなかった。
(……あれだけお金があったら、何も、雀の涙程しか給金の出ない傭兵になんて、ならなくても良かっただろうに。……)
ますます、刃物恐怖症のティオが、わざわざ傭兵団に志願してきた理由が分からなくなるチェレンチーだった。
しかし、すぐに、それ以上詮索するのをやめた。
あまり他人の懐事情を探るのは失礼だという気持ちもあったが、何よりも……
(……ティオ君なら、何があってもおかしくない気がしちゃうんだよなぁ。……)
常識離れしたティオの知能や能力に思いを馳せるたび、彼の周りでどんな摩訶不思議な事態が起こっても、なんとなく納得してしまいそうな自分が居る事に……
チェレンチーは、我が事ながら、少し呆れつつも、どこか痛快な気分になっていた。
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☆ひとくちメモ☆
「ティオの持っている財布」
サラが初めて城下町でティオに会った時、彼はならず者四人に囲まれて金品を巻き上げられそうになっていた。(この時ティオは実際は無一文だった。)
ならず者四人は、その後サラにあっさり倒されたが、そのどさくさにまぎれてティオは彼らの財布を盗み、しばらく持ち歩いていた。
そのため、趣向や素材の違う四つの財布がティオの懐にはあった。




