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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第二節>城下の青空
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過去との決別 #24


「しかし、これはいい事を知りましたねー。チェレンチーさんの、その『目利きの能力』を使わない手はないでしょう!」


 ティオは、しばらくしてチェレンチーが落ち着くと、さっそく街を歩きはじめた。

 いつものように明るく能天気に振舞ってはいたが、先程チェレンチーが、まるで大雨で堤防が決壊するかのように泣き崩れた事を心配して気にかけている様子だった。


(……ティオ君の前で、あんなに大泣きしてしまって、恥ずかしいなぁ。僕の方がずっと大人なのに。もっとしっかりしないと!……)


 チェレンチーは、ズボンのポケットから取り出したハンカチで、涙で濡れていた顔をせわしなく拭き、極力何事もなかったように振舞ってティオについていった。


「さ! 着きました! ここですよー! 今日一番のお楽しみー! ジャジャジャジャーン!」


 そう言って、ティオがチェレンチーを連れていったのは……

 狭く入り組んだ路地裏もその最奥にある、いかにも怪しげな小さな店だった。


 店の名前や扱っている商品が書かれているべき看板が、真っ黒に塗りつぶされているのを見ただけでも、まともな店でない事が分かる。

 窓も扉も真昼間から全てビシッと閉じられており、更に入り口の扉の真ん中には、まるで体長20mを優に超える熊が引っ掻いたかのような傷が生々しく残っていた。

 さすがに、本物の熊がやったものではなく、そう見えるように鉤のような刃物で傷をつけたのだと思われる。

 その下には『帰れ! なんびとも決してこの扉を開けてはならない!』と、血のような赤い塗料で書き殴られていた。

 チェレンチーは、若干残っていた先程の涙が瞬時に引っ込み、唇の端をピクピク震わせていた。


「……ティ、ティオ君、ここは?」

「骨董屋ですよー。もう、この街の他の骨董屋は全て回ってしまったんで、ここが最後の一軒なんですよねー。」

「……こ、骨董屋って、良くこれで分かった、ね。」

「フフフフ。こういうちょっとヤバそうな店にこそ、思いがけない掘り出し物があったりするものなんですよー。ククククク。楽しみだなぁー!」


 チェレンチーが「やめた方がいいんじゃ……」と言い出す前に、ティオは迷わず、骨董屋だというその入り口の扉を叩いていた。


「すみませーん! すみませーん! ちょっと失礼しますー! 商品が見たいので、中に入れて下さーい!」


 店らしき、いや、店らしからぬ小さな建物の中は、当然シンと静まり返ったままだった。

 まあ、ご丁寧に「帰れ!」とまで扉に書かれているのだから、「ああ、これはお客様、どうもどうも!」などと揉み手えびす顔の店主が出てくるなどとは、チェレンチーはちっとも思っていなかったが。


 ティオは、何度か扉を叩いて叫んだのち、骸骨の口をかたどった悪趣味な扉の取っ手を引っ張っていた。


「うーん、どうやら鍵が掛かっているようです。」

「る、留守なんじゃないかな? また後で出直した方がいいよ。残念だったね。」

「……フム。かんぬき型が大小合わせて四つか。……」


 チェレンチーは、内心ホッとして踵を返したが、二、三歩歩いた所で、背後でギギィーッと扉が開く重い音が聞こえてきて、慌ててバッと振り返った。

 つい何秒前には確かに閉まっていた筈の扉が、なぜか今は全て鍵が外れていて、ティオの手によって大きく外に向かって開かれようとしていた。

(……え? え? 何、何? な、なんで?……)

 予想外の出来事にオロオロするチェレンチーをよそに、ティオは、長身の体をかがめて扉の開いた低い入り口をくぐり抜けていこうとする。


「たのもー!」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って、ティオ君! もう少し慎重に……」


 ティオを案じて、彼の腕を掴み引き戻そうとしたものの、ティオの動きは予想以上に速く、チェレンチーの伸ばした手は宙を切っていた。

 それだけでなく、バランスを崩して、トトッと、うっかり自分まで室内に踏み入る事になってしまった。

 「ヒッ!」と、中に広がる異様な光景に生理的嫌悪感を覚えて、反射的にシャックリのような小さな悲鳴を上げるチェレンチーだった。


 骨董屋、とティオは言っていたが、中はあまりにも混沌としていた。

 ほんの5m四方程の狭い室内には、売り物なのかどうかも良く分からないものが雑然と積み上げられている。

 一応、かろうじて書籍類と呼べる紙の山、汚れた壺や欠けた皿といった陶器の山、乾燥した植物や動物の一部などの山、と独自の分類はされているようだったが、所々収まり切らずに雪崩を起こして隣の山と混ざり合っていた。

 そのゴチャゴチャと足の踏み場もない室内に、点々とロウソクが直置きされ、溶けたロウを無神経に垂れ流していた。

 入った途端、独特な異臭がつんと鼻をついたが、やや間を空けて、モワッとした煙のようなものが室内全体に漂っているのが感じられた。


「……お、おま、おま、お前、ど、どどど、どうやって、入って、きた!?」

「ああ、すみませーん。ここ、骨董屋ですよねー? いろんな珍しいものを置いていると思いましてー。俺、古文書を探してるんですよー。その他にも、何か古代文明に関するものがあれば、是非見せてもらいたいですー。」


 どうやら店主らしい、腹だけポッコリと出てガリガリに痩せた小柄な老人が、店の奥に一人、雑多な商品に埋もれるようにあぐらをかいて座っていた。

 店に漂っていた煙は、店主が黙々と吸っていた水煙草のものだったようだった。

 ギラギラと落ち窪んだ目だけが目立つ店主の不健康そうな見た目からして、水煙草の中には、ナザール王都では使用も取引も禁止されている中毒性の高い薬物が混ぜられているのだろうと、チェレンチーは推察した。

 『入るな!』などと扉にわざわざ書かれた路地裏の奥にある小さな店で、こんな商品とも思えないガラクタだらけののものを扱っていて、良く商売が成り立つものだと思っていたが、どうやら、その辺りに答えがありそうだった。

 この店には、不法薬物を求める一定数の顧客がついているのだろう。

 店主までどっぷり中毒になっているようでは、もう救いようがないが。


 ティオは、そんな店の異常さが分かっているのかいないのか、気にせず、ズンズン中に入っていき、店主に話しかけていた。

 床に散らばった物品を器用に避けて歩いているのがティオらしい。


「……ほ、本なら、あっちだ! か、勝手に、み、見ろ! そして、さ、さっさと出て行け!」

「ありがとうございますー! じゃあ、お言葉に甘えてー。」


 店主は、勝手に入ってきた長身で怪しい身なりの青年に怯えている様子で、ブルブルと骨と皮だけの指で、紙類の積み上がった一角を指し示し、ティオは、いそいそとそちらに歩み寄っていった。

 チェレンチーは、あまり奥まで入る気にならず、明らかに適当に積み上げただけの古びた紙ゴミの山をスイスイと選り分けて検分しているティオの様子を離れてうかがっていたが……

 チラとそばの壁に取りつけられた棚に目をやり、淀んだ液体の詰まった瓶の中に腐りかけた何かの目玉が浮いているのを見て、思わず「うっ!」と両手で口を押さえた。

 おまけに、うっかり、物陰を走るネズミやら、カビたチーズのようなものにたかる蛆まで見てしまい、気持ち悪さで軽くめまいがした。

 店に入った時に嗅いだ、何かが発酵したようなつんとした臭いの元が何かは分からないが、詮索する気はもはや更々なかった。


「あ、チェレンチーさん! 何かいいものありましたー?」

「……い、いや……ご、ごめん、ティオ君、僕にはここの店の商品の価値は分からないよ。……と言うか、そ、外に出ていいかな? ちょっと気分が悪くなってきてしまって……」

「ああ! 顔色が真っ青ですね! それはいけない! 先に出ていて下さい! 俺も、用事を済ませたらすぐに行きますので!」


 まるで無邪気な子供のようにウキウキと寄ってきたティオには悪いと思ったが、もう限界だったチェレンチーは、口を押さえたままヨロヨロと店の外に出たのだった。


 

「いやー、お待たせしちゃってすみませんー!」


 そう言って、ティオがボサボサの黒髪をガリガリ掻きむしりながらひょっこり店から出てきたのは、それから十分程経った頃の事だった。

 ティオが店から出たのを待ち構えていたかのように、その背後で、バタン! と扉が閉まり、ガタガタと錠をしている音がしていたが、ティオは全く気にしていなかった。

 外の空気に当たって、チェレンチーの気分はすっかり回復していたものの、店の中に残してきたティオの事が心配だったので、ケロッとした顔をしているのを見て、ホッと胸をなで下ろしていた。

(……あんな気持ちの悪い店に居て、なんともないなんて、ティオ君って案外神経太いよねぇ。……)


「そ、それで、何かいいものは見つかったの? 古文書を探していたんだよね?」

「いやー、それが全然。あの店は思いっきりハズレでしたねー。どうやら俺の見当違いだったようです。店中ゴミばかりでしたー。」

「ゴ、ゴミ!? や、やっぱりあれ、ゴミだったんだ! ひょっとして、もしかしたら、僕の見立てが悪いだけで、何か珍しい品物もあるのかと思ってたんだけど?」

「間違いなくゴミですねー。ゴミの山でしたねー。」


 アッハッハッと頭を掻きながら呑気に笑うティオを前に、チェレンチーはガクーッと脱力していた。


「あ、でも、これだけは本物でしたよ。」


 そう言って、ティオは、気を取り直したようにゴソゴソと色あせた紺色のマントの懐を探り、チェレンチーの前に手を伸ばした。

 その、標準より大きめな、節がしっかりとした長い指が目立つ手の上には、ちょうどたなごころにすっぽり収まるぐらいの大きさの小石のようなものが二つ乗っていた。


 石、と言うよりも、日干しレンガに雰囲気は似ているような気がする。

 土を練って粘土状にし、それを干して固めたものを、随分年月が経ってから手荒く破壊した、その破片、といった様相だった。

 表面がうっすらと汚れ微妙に風化している滑らかな面と、真新しい色合いの真っ直ぐな断面によって成り立っている。

 断面の方を良く見ると、薄い茶色の縞模様のようなものが不規則に曲線を描いていた。

 その模様は、その時々に集めてきた素材によって色の違う層が模様を作る蜂の巣に少し似ていた。


 チェレンチーは、しばらくジッと眺めた後、顔を上げてティオに問いかけた。


「ティオ君、こ、これは?」

「『月見の塔』の一部ですよ。」

「え!? つ、『月見の塔』って、あ、あの?」

「はい、あれです。」


 入り組んだ路地裏に居る二人の位置からは今は見えなかったが、ティオはグイッと親指を反らして、例の古代遺跡が立っている方角を示してみせた。


「ほ、本当に本物なのかい? こ、こんなもの一体どうやって手に入れたんだろう?」

「店主の話だと、まだ内戦が始まる前、観光名所として解放されていた頃に、ピッケルを担いで行って、思い切りブッ刺したそうです。」

「え、えええ!? そ、それ、貴重な国の文化財に絶対やっちゃいけいない事だよねぇ?って言うか、ピッケル持って良く観光名所に入れてもらえたね?」

「まあ、確かに、あの遺跡はとても貴重な古代文明の遺産ですから、そういった破壊行為はやめてほしいと俺も心から思っていますが……今回は、そんな蛮行のおかげでこうして実際に遺跡の一部を見る事が出来ました。」


「あ、ちなみに、これ、一個で銀貨一枚の所を、二個で一枚半まで値切って買いましたよー。」

「銀貨一枚半!? た、高くない? これって、ほぼ石だよね?」


 チェレンチーは、ティオが遺跡の小さな欠けらごときにポンとかなりの金額を出した事に驚いたが、ティオは(いい買い物をしたなぁ)と言わんばかりの満足げな笑顔を浮かべていた。


「……こ、こんな事言ったらなんだけど……あの店の店主だったら、その辺の適当な石を遺跡の一部だって言って売る事もあり得るんじゃないのかな?」

「いえ、これは本物ですよ。俺は石には詳しいんで、それは分かります。間違いなく『月見の塔』の欠けらです。」

「そ、そっかぁ。本物なら良いんだけど。い、いや、勝手に国の遺跡を破壊してその欠けらを売るのは全然良くないけど。……で、でも、ティオ君は、そんな欠けらを買って、一体どうするつもりなんだい? 何かの記念にするのかい?」


 チェレンチーは、ナザール王都郊外の観光名所である月見の塔が、現在反乱軍に占拠されていて、一般の人間は全く近づけない状況を考え、ティオはかの有名な遺跡を見物しかったのだろうかと想像した。

 ずっと王都に住んでいたチェレンチーにとっては、もはや見慣れた遺跡でしかなかったが……

 内戦が起こる前は、遠くの町から王都にやって来た者達は、こぞってあの塔に行きたがるという話を聞いていた。

 観光客にとって、月見の塔の見物は王都に来た良い記念になるらしかった。

 ティオも、世界のあちこちを旅しているという事だったので、せっかくナザール王都に来たのだから月見の塔に行きたかったのかと思ったのだった。


 しかし、ティオは、その「月見の塔の欠けら」と断言した、奇妙な模様を持つ小石を親指と人差し指に挟んで、目の前にかざし……

 ニヤッと少し悪巧みをするような笑みを浮かべて言った。


「これを調べれば、いろいろと分かる事もあるんですよ。」


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「ティオの異能力」

ティオは、鉱石に残った記憶を読み取る事が出来る。

が、これは、自分の能力をティオ本人が分かりやすく単純に説明したものであって、実際の所はもっと幅広い。

本質的には「鉱石と親和性が高い」と言うべきもので、精神世界の自分の精神領域において、この能力を駆使して「宝石の鎖」を作り上げたりなどしている。

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