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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第二章 内戦と傭兵 <前編>内戦の内情
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内戦と傭兵 #4

 

 ベーン王子が反乱軍と共に月見の塔に立てこもっても、まだなお、国王をはじめ家臣達は、王子を説得出来るものと思ったいた。

 王子には、国王正規軍と正面切って戦を繰り広げる度胸などないと予想していた。

 実際、ベーン王子率いる反乱軍は、月見の丘の遺跡に立てこもったのはいいものの、一向に都に攻めてくる気配がなかった。

 国王軍は立場上、反乱を放っておく訳にもいかず、彼らの立てこもった遺跡のそば、月見の丘のふもとに陣を張って様子を監視する事になった。

 あまりに反乱軍に動きがないので、国王軍の方から攻めていったりもしたが、勝敗はいつもつかなかった。

 両軍はしばらく小競り合いを繰り返したのち、お互いの陣地に引き返していき、また延々と、丘の上と下とで睨み合いが続くのだった。


「ここまで内戦が長引いた原因はいくつかあるが、まあ、一番の問題は国王だろうな。」

 そうティオは断言したが、その顔には単純に王を糾弾するというのではなく、もっと複雑な表情が浮かんでいた。


「バーン国王は、本心では反乱軍を攻めたくないんだ。」


「だから、一応反乱軍が立てこもった遺跡を取り囲むように軍を配置して見張ってはいたが、今まで積極的に月見の塔を攻め落とそうという動きは取ってこなかった。たまに、いつまでも遺跡から出てこない反乱軍に業を煮やして、こちらから攻めて行く事があっても、本格的な戦闘になりそうになると、慌てて兵を引き返させている。」


「なるべくなら、戦をしたくないんだよ。」

「どうしてー? 王様だったら早く戦争を終わらせるべきなんじゃないのー?」

「一国の王としては、確かにそうするべきだろうな。」


「でも、もし、国王軍と反乱軍との間で激しい戦闘になったら、その混乱の中で、反乱軍の指揮者であるベーン王子が命を落とすかもしれないだろう? 剣で切られたり、槍で刺されたり、あるいは、流れ矢に当たる可能性だってある訳だからな。」

「そ、それはそうだけどー。でも、そんな事言ってたら、いつまで経っても内戦が終わらないままじゃない?」

「だから半年経った今でも、こうして戦が続いてるんだよ。」


「バーン国王は、まだ決心がついてないんだ。」


「一国の王と言っても、人の親だからな。親子の情を捨てきれないんだよ。」


「たとえ、あまり出来の良くない王子であったとしても、国王である自分に反旗をひるがえし反乱という大罪を犯した人間だとしても、自分の息子であるベーン王子に対して、どうしても非情になれない。」


「バーン国王の中では、ナザールの国主としてよりも、ベーン王子の父親としての気持ち方が、未だに強いんだろう。」


「……」

 家族の居ないサラにとって、自分の息子を反乱の首謀者として倒さなければならなくなったバーン国王の気持ちはいまいちピンとこなかったが……

 血の繋がり、親子や家族といった関係が、人間にとって強い情をもたらすものなのだという事は、ティオの説明からうっすらと理解出来た。


「特に、王子二人は、バーン国王がかなり歳をとってからようやく授かった子供だって話だ。」


「国王と王妃は仲睦まじい夫婦だったが、長年子宝に恵まれなかった。そんな、もう子供は出来ないだろうと諦めかけていた所に、立て続けに二人の王子が生まれた。」


「しかし、子供を産むにはかなり高齢だった王妃が、ベーン王子の出産と同時に亡くなってしまったんだ。つまり、ベーン王子は、亡き王妃の忘れ形見でもあるんだよ。……そんな事情もあって、バーン国王の思い入れもひとしおなんだろう。」



 一度反乱を起こしたベーン第二王子を、今後戦が終わったとしても、何事もなかったように再び王城に置くのは、もはや無理というものだ。

 だが、ベーン王子を殺さずに捕らえる事が出来たならば、「流刑」「収監」の名目で、僻地の直轄地にある屋敷に住まわせる事は可能だろう。

 犯罪者として四六時中兵士に監視され、王位継承どころか国政に関わる資格は永遠に失われるが、それでも、庶民よりずっと裕福な生活がおくれる。

 ほとぼりが冷めた頃に、ベーンの妃と娘達を呼び寄せれば、家族で暮らせるようにもなるだろう。


 もう二度とこの都にベーン王子が戻ってくる事はなく、バーン国王が彼に会う機会は生涯ないかもしれない。

 それでも、何はなくとも、とにかく我が子に生きていてほしいと願うのは、親として当たり前の感情だった。


 そのためにも、バーン国王は、出来る限り穏便にこの戦を収めようとした。

 一番良いのは、遺跡に立てこもったベーン王子が、改心し、白旗を上げて王の元に下る事だ。

 その可能性は高いと、当初は思われていた。

 そもそも、籠城というのは、いつかは必ず破綻するものだ。

 こちらが攻め入るまでもなく、時間さえ経てば、飲み水や食料は減っていき、やがては枯渇する。そうなれば、嫌でも負けを受け入れて城から出てこざるを得ない。

 そう考えた国王は、王子率いる反乱軍の立てこもった遺跡を取り囲んで、ジッとその時を待った。

 あるいは、限界が来る前に王子が目を覚まして、自ら開城する事も予想していた。


 しかし、そんなバーン国王の願いに反して、一月、二月と待っても、一向にベーン王子は遺跡から出てこなかった。



「国王側の読みが甘かった点はいくつかある。」


「まず、最初に、反乱を起こしたベーン王子の決意がバーン国王の予想よりずっと固かったって事だな。」


「いや、予想と言うより、希望と言った方がいいか。……我が子を死なせたくないバーン国王は、早々にベーン王子が白旗を上げて遺跡から出てくる事を望んでいたが、それは叶わなかった。」


「内戦が起こってから何度か、王国軍と反乱軍、両軍から使者を出して、戦を収めるべく話し合いが持たれた。しかし、ベーン第二王子が停戦の条件として出してきたのは『自分が国王となり、現国王と皇太子をはじめとしたそれに連なる者は全て、国外追放とする。』というもので、いくら話し合っても一切の譲歩を見せなかった。」


「要するに『自分が国王になるまでは戦はやめない』って事だ。」


 国王側は必死に王子を説得したが、全て失敗に終わった。



「他には、反乱軍が立てこもった月見の塔が、籠城するのにもってこいの場所だったっていうのもあるな。」


 籠城に際して、立てこもる側は、当然、長期戦を考えて食料や飲み水をなるべく多く確保しておく事になる。

 国王側は、早々に兵糧が尽きると読んでいたのだったが……


「内戦が起きるまで、遺跡の近くで観光客目当ての商売をしていた人間に聞いたんだが、どうやらあの月見の塔の城壁の内側には、広々とした立派な花園があったらしい。大きな樹木も数多く植えられていたそうだ。」


「ま、今はその花園には、野菜や穀物といった食料になる植物が育てられてるんだろうけどな。城壁の中の樹木も伐採されて、遺跡を囲む塀となったり、武器の材料になったり、火を起こす薪になったりしてるんだろう。」


 ティオの収集した情報によると、反乱軍は、遺跡に立てこもる際、牛や鶏といった動物も連れて行ったという話だった。

 それらは牛乳や卵を採ったり、最終的には屠殺して食料にする事も出来る。

 反乱軍は、遺跡の城壁の中で、植物を育て、家畜の世話をして、細々とだが自給自足を図っていると推察される。


「花園の中央には、こんこんと清水が湧き出る泉があったそうだ。」


「何しろ古代文明の遺跡だからな、地下を流れる清流を休みなく汲みあげるような現代の技術を超えた設備があってもおかしくない。おかげで、反乱軍が飲み水に困る事は一切なかった訳だ。」


「更に、遺跡の地下には、広く堅固な地下室が存在していて、食料をはじめとする様々な物資や、武器の貯蔵に適していた。それだけじゃなく、数千の人間が、雨露をしのいで安全に寝起きする場所も確保出来た。まあ、ギュウギュウに詰め込まれる状態だろうけどな。戦争の最中に贅沢は言えないよな。」



「月見の塔が籠城に適していたのはそれだけじゃない。地理的な理由もあるんだ。」


 月見の塔が立っているのは、小高い丘の頂上だった。

 戦争は、地形的に上に陣取った方が断然有利になる。

 下の敵陣の様子を容易にうかがい知る事が出来るし、攻める時は斜面を駆け下りて一気呵成に切り込む事が可能だ。

 一方、下に陣取った方は、攻めるためには、斜面を登るという重労働が必然的についてくる。

 そして、ノロノロと斜面を登っている不自由な状況を、上からつぶさに観察され、大量の矢を射かけられる。


「月見の丘はかなりの急斜面になっている。」


「塔が建っている頂上付近へ向かって、国王軍が陣を張っている麓から、戦が始まって以来、徐々に森が切り開かれた。それまでは、観光にゆく人が登る細い登山道があっただけだったからな。大軍を頂上の塔まで素早く動かすためには、開かれた広い道が必要だったんだ。」


「しかし、邪魔な木を切り倒して、視界の悪い森を切り開いてもなお、あの遺跡は難攻不落のままだった。」


 木々のなくなった急斜面は、雨が降ると水を含んで足場が酷く悪くなった。

 気をつけて一歩一歩踏みしめて登らなければ、途端にバランスを崩して地面に膝をついてしまう。

 そうして、今度は、泥で滑る坂道を必死に登っている隙だらけの所を、矢で狙われる羽目になった。


「ちなみに、月見の塔を裏側から攻めるのはもっと無理だ。」


 遺跡のある頂上のすぐ後ろ側は、ほぼ垂直の断崖絶壁となっていた。

 しかも、その崖の下は水量の多い川が勢いよく流れている。

 つまり、月見の塔を背後から急襲するには、川を渡り、更に垂直な岩を延々と登らなければならなかった。

 川を渡るだけでもかなりの労力を必要とするが、その先の崖は馬も使えない、足場もろくにない、非常に危険な場所である。

 屈強な猛者でも登り切る事が出来る者はほとんど居ないだろう。

 裏側の断崖を登って攻めるのは、事実上不可能だった。


 

「まあ、そんなこんなでこう着状態のまま内戦は長引き、気づけば半年も経っていた。」


「そして、その半年の間に、王都の情勢はジワジワと悪化していった。」


 はじめは、このバカげた籠城はすぐに終わるだろうと楽観視していた王都の貴族達だったが、全く解決しないまま何ヶ月も過ぎていくと、次第に不満を抱くようになっていった。


 まず、月見の塔の反乱軍の監視のために兵を割いているせいで、都の治安が悪くなった。


 戦争には、武器や食料、宿営地建設の物資など、もろもろ必要となってくるが、その資金は税収によって賄う他ない。

 他国との戦争ならば、結果勝ちさえすれば、領土や賠償金、もしくはそれに代わる価値のある品々を得る事が可能だったが、今回の戦は内戦である。

 こちらの勝ちは決まっているとはいっても、長引けばそれだけ兵士は疲弊し、国庫に蓄えられていた財は減る一方だった。

 それを補うため、新たに徴兵する事も、税率を上げる事も、王都の人々の生活を苦しめた。


 一般市民の不満や不安も日に日に高まっていったが、発言力を持った貴族達の反発は、もっと直接的に国政に関わる人間に向かった。

 大臣達や戦の指揮をとる将軍らも厳しい批判の対象となったが、はやり最も責任を追及されたのは、国主であるバーン国王だった。


『王は、愚かな王子の反乱を、いつまで指をくわえて見ているつもりなのだ?』

『いくら王子とはいえ、今は反逆者なのだぞ。対応が甘過ぎるのではないか?』

『一刻も早く、あの遺跡に立てこもった反乱軍を一掃すべきだ!』


 戦が長引き、度重なる反乱軍との小競り合いの中で出た死傷者の数が増えるにしたがって、ますます国王の責任を問う声は大きくなっていった。

 国王正規軍の主要な人員は貴族の息子達だ。

 国の治安維持や、対外勢力から自国を守る防衛の責務が、貴族達にはその身分と特権の対価として課せられている。

 しかし、平和な時代はそれでも良かったが、いざ自分の息子や身内から犠牲者が出始めると、貴族達は一斉に国王の政治のあり方を批判するようになった。


『王は、我々にだけ犠牲を払わせて、自分の息子の命はなんとしても守ろうと言うのか?』

『こんな事態を招いた原因である、あの馬鹿王子を早く捕まえて処刑すべきだ!』


 やがて、王都に流行り病で倒れる者が出始めた。

 それがいっそう、王都の治安や衛生状態、経済活動を悪化させ、市民や貴族の不満を増大させていった。



 ここに至って、ようやく国王は本格的に月見の塔攻略の決意を固めるに至る。

 月見の丘の麓に駐屯させている軍を再編成し、武器装備を整え、森を大きく切り開いて進路を確保し、月見の塔を攻め落とす意気込みを見せ始めた。

 ところが、そこに、月見の塔の難攻不落の鉄壁の守りが立ち塞がる。

 バーン国王をはじめとする国王軍は、月見の塔の手強さを十二分に実感する事態となったが、それは内戦が始まってからもう何ヶ月も経った頃の事だった。


 そこからますます、戦場も政情も泥沼の様相を呈していった。

 国王軍は、早く戦を終わらせようと月見の塔を果敢に攻めるも、城門を破る事させ一向に出来ず、交戦のたびに半数以下の反乱軍によって蹴散らされ、手酷い被害を重ねていった。


 一方王都でも、日に日に流行り病が蔓延していった。

 それでなくとも、内戦によって跳ね上がった税金のために、庶民の生活は圧迫され続けていた。

 気づいた時には、都の市民から志願兵を募ろうにも、人材的にも経済的にも厳しい状況となってしまっていた。


 そしてついに、刻々と悪化していく情勢にとどめを刺すごとく、不幸な事件が起こった。

 なんと、国王軍の兵士にも流行り病に倒れる者が出始めたのだ。

 最悪な事件は、今から約一ヶ月程前、王城に待機していた王国正規軍の兵士の集団感染だった。

 その数は、死者こそ少なかったものの、八百人をゆうに超え、貴重な戦力である兵士が多く戦線を離脱する結果となった。

 軽度の症状で済んだ者の中にも、これを言い訳に戦闘不能を装って、貴族の親が大事な息子達を呼び戻した例もあったと思われる。

 こうして、国王軍は、月見の塔に本格的に攻め込もうという矢先に、そのために必要不可欠な戦力を、大きく失ってしまったのだった。


「で、ここまで話せば、もう分かるよな? この国が今、必死に傭兵を集めている理由がさ。」


 ティオは、椅子の背もたれに背中をあずけて深く腰掛け腕組みをして、テーブルの向かいに座ったサラを真っ直ぐに見据えた。


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