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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第二節>城下の青空
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過去との決別 #22


 王城から続く坂道を下ると、まず、王都の中心街に辿り着く。

 そこは、身分の高い貴族から順に、同心円を描くように屋敷が並んでいる地区だった。

 もっとも、約四十年前大きな戦が終わってこの王都が建設された当時名家であった武道で名の知れた貴族の家が、太平の世が続く内、軍事力の必要性が失われてゆき、今では高い爵位だけが残っているという例も多かった。

 平和な世の中でみるみる隆盛を見せていった商人達や、商人に関わる身分の低い貴族の屋敷の方が、現在では大きく立派になっている事もままあった。


 チェレンチーが居たドゥアルテ家も、建都の際に、これを商機と地方の村から出てきて都の一角に店を構えた。

 そして、それは、チェレンチーの実父である二代目当主の才覚によって国を代表するような大商会へと発展していった。

 そんなドゥアルテ家の、古い貴族の屋敷が見劣りするような豪奢な大邸宅も、元住んでいた貴族の土地をいつくも買い取ってこの中心街の内に建てられていた。


 チェレンチーとティオの二人は、そんな中心街を抜け、一般の市民が生活する王都の外周地区へと足をのばした。


 王都の住民は、主に手に職を持って生活する者達だった。

 大工、鍛冶屋、衣服から靴まで様々な仕立て屋、パンや惣菜を売る店、食堂などなど。

 上流階級向けには、宝飾品や、高級衣料、豪華な家具に、置物や絵画などの装飾品を扱う店もあった。

 ナザール王国の地方から都に集まる物資を元に加工販売する、第二次産業に従事する者がほとんどであった。

 逆に王都の城壁を出ると、農地や放牧用の草地を要する農家ばかりになる。

 王都周辺の農民の中には、朝早く王都の城門を目指してやって来て、大通りの脇にゴザを敷き、採りたての農作物や畜産物を細々と売る者もあった。

 それとは別に、農家と契約して生産物を買い取り都の住人に供給する、八百屋や魚屋、肉屋もあった。


 しかし、内戦が始まってから早半年が過ぎ、多くの庶民で賑わっていた王都の南門から続く大通りやその周辺は、今はすっかり変わり果てた様相を呈していた。


(……こんなにさびれていたなんて。……父さんが病に倒れてから、街の様子をゆっくり見る機会がなかったから、知らなかった。……)


 街をゆく人の人数がおよそ十分の一以下に減っている上に、皆帽子やストールで顔を隠すようにして足早に通り過ぎてゆく。

 栄養状態が良くないのか、老若男女、ゴホゴホと辛そうに咳をしながら歩いている痩せこけた人間の姿も良く見かけた。

 庶民を主な客層とした様々な店が立ち並ぶ南門から続く大通りは、多くの店が閉まったままで、開いている店も、品揃えが悪かったり、店主に覇気がなかったりと、陰鬱な空気が漂っている。

 出歩く人が減ったためか、以前は商店街の人間が自主的に行っていた通りの清掃も疎かになっているようで、大通りでさえそここにゴミが散らばっているのが目についた。

 大通りから横に入った細い路地に至っては、放置された生ゴミにネズミや虫がたかっている有様だった。

 まるで、街中が薄汚れた灰色の膜で覆われているかのような印象だった。


 この都を起点に商いをしていたドゥアルテ商会で働いていたチェレンチーは、地元の著しい衰退の様子にショックを覚えると共に、悲しみで胸が痛くなった。



 しかし、一方ティオはと言うと、変わり果てた街の様相を見て複雑な心境になっているチェレンチーの内心などお構いなく、様々な店や屋台が入り混じる下町の商店街に着くやいなや、楽しそうにはしゃいでいた。


「じゃあ、まずは、骨董品屋を見ましょうか! あっちの路地を入った所です!」

「待った待った、ティオ君! まずはサラ団長の剣を受け取りに行こうよ! 先に用事をちゃんと済ませて、残った時間で街を見て歩く事にしよう。」

「えー……でもー、先に荷物を受け取っちゃうと、邪魔ですよー?」

「確かにそうだけれどもね。なんて言うか、正式な用事を後回しにして遊び回るのは、気分的に落ち着かないんだよ。気がかりな事は先に済ませてしまいたいんだ。」

「まあ、それも一理ありますねー。……あ! いい匂いがする! チェレンチーさん、あの屋台、のぞいてみましょうよ!」

「ぼ、僕の話聞いてた!? ちょっと待って! ねえ、ティオ君ー!」


 糸の切れた凧のように、今にもフワフワとどこかへ飛んで行きそうなティオを押し留めるのに、チェレンチーは要らぬ苦労をする事になった。



 結局、なんとかティオを説得して、サラの剣を先に取りに行く事にした。


 ティオがサラの剣を預けた店は、大小数十の鍛冶屋が集まり軒を連ねる、通称「鍛冶屋街」と呼ばれる場所にあった。

 その中でも細い路地を奥に入っていった所にある小さな店で、こんな所を良く見つけたものだとチェレンチーは内心驚いていた。


「こんにちはー。そろそろ直してもらっていた剣が仕上がった頃かと思って受け取りに来ましたー。」

「ああ、こんちは。アンタか、眼鏡の兄ちゃん。その剣だったら、確かに出来てるぜ。一応確認してもらって、それで気になる所があったらすぐに直せるようにって、まだ工房に置いてあるんだ。持ってこようか?」

「あ、いえいえ! 取りに行きます!……工房に入ってもいいですか?」

「ああ、構わねぇよ。狭いから気をつけな。」


 ティオに後で聞いた話によると、この店は親子二人で切り盛りしているとの事だった。

 店番として対応に出たのは息子の方で、三十代前半の良く日に焼けた好青年だった。

 まだ修行中の身で、鍛治仕事の重要な部分は父親の方が担っているが、彼も頻繁に手伝いをしているらしく、シャツを捲り上げた腕や肩に、鍛冶屋特有の立派な筋肉がついていた。


 すっかり顔なじみになっている様子のティオの後ろについて、チェレンチーも店に足を踏み入れていった。

 狭い店内の棚や壁には、この工房で作られた製品が所狭しと並んでおり、場所によっては、気をつけないと肘や腕を引っ掛けて倒してしまいそうな勢いだった。

 ティオは、そんな中でも、あんな裾を引きずるようなマントを纏っているというのに、スイスイとかわして難なく歩いてゆく。

 チェレンチーは、おっかなびっくり、そうっと進みながら、店に飾られている製品の出来の良さに、小さな丸い目を見開いて感動していた。

 チェレンチーの目には、小さなナイフから大きな戦斧まで、どれもふわりと明るい光を帯びているかのように見えていた。


(……うわっ! 凄い! これは確かに、王都でも三本の指に入るぐらい腕がいい刀鍛治だ! こんな凄い鍛治師が居たなんて、知らなかった!……)


 おそらく、鍛冶屋街の鍛治師達で構成される組合に属していない、一匹狼的な人物なのだろう。

 そのせいで、こんな鍛冶屋街の片隅に埋もれるようにして店を構えていたに違いないと、チェレンチーは推察した。


 店の奥のドアから繋がる工房に入っていくと、ブワッと熱気が襲ってきた。

 窓を全開にして、二つある炉に一つしか火が入っていない状態でも、鍛治独特の熱気が否応なくこもる。

 ちょうど、熟年の男が、火の中から緋色に熱した鋼を火箸に掴んで取り出して水槽に浸ける所で、ジュワッという音と共に蒸気が辺りに溢れ出し、いっそう体感気温が上がった。

 半裸の熟年の男は、ティオとチェレンチーに気づくと、一旦金床の上に制作途中の鋼を置き、のっそりと立ち上がった。

 歳はいっているが、先程の息子よりも見事な筋肉に全身が包まれ、赤い髭と胸毛が汗で濡れている。


「おう、来たか。……頼まれた剣は、そこに置いてあるぞ。」

「おじゃましてまーす。……じゃあ、ちょっと失礼して、確認をー。」


 男が腕組みをしてアゴでしゃくった先の木の棚の上に、いくつか剣が並べられていた。

 出来上がったものや、まだ若干直しを入れようという最終段階のものがまとめられている場所のようだった。


 ティオは、その中から、修理に出していたサラの剣を迷わず見つけたようだったが……

「ギャッ! ギラギラの刃物、超怖い!」

 すぐさまザッと両手で顔を覆ってしまっていた。


「あー、なるほどなるほどー。これは本当に見事な出来栄えですねー。……折れかけていた根本は完全に修復され、刃こぼれも綺麗に直っている。元々歪んでいた刀身までもが一直線に整えられて、今はバランスに微塵の狂いも見られない。輝きも一分の曇りもなく美しい。これならば、切れ味も相当上がったのではないでしょうかね。……さすがは親方! あなたに頼んで正解でしたよー。」

「いや、お前、見えてないだろう?」

「み、見えてますよー! 指の隙間からチラチラとですけど、ちゃんと確認してますからー。」


 ティオはそう言っていたが、どう見てもビチッと両手の指は閉ざされており、見えているとは到底思えなかった。

 そんなティオの様子を、開店休業状態の店の方からやって来た息子が見て、ゲラゲラ笑う。


「ハハハハ! うちの親父の腕を買ってくれたのは嬉しいが、怖くて剣が見れないなんて、アンタ、ホントに面白いヤツだな!」

「……あ、あの! 僕も見させてもらっていいでしょうか?」


 チェレンチーがこの店の鍛治仕事の見事さに感動して、いてもたってもいられず頼み込むと、親子は気さくに了承してくれた。

 チェレンチーはさっそく、少し緊張気味に、打ち直されたサラの長剣を手に取ってジッと見つめた。

 しかし、その緊張は、剣の仕上がりの素晴らしさを目の当たりにする内に、湧き上がる感嘆で自然と薄れていった。


「こ、これは、本当に見事です!……折れかけていたとは到底思えない、まるで新品のようです。元々少し歪んでいた剣でしたが、それもすっかり直されていますね。剣の中央から左右どちらに向かっても綺麗に対象形になっていて全く狂いがない。刃の輝きの美しさからも、名工の手による確かな迫力を感じます。……いやはや、素晴らしい腕をお持ちなんですね!」

「ほお。アンタはなかなか見る目があるようだな。」

「親父の剣の良さをそこまで理解出来るとはな! アンタ、名のある剣士なのかい?」

「い、いえいえ、ぼ、僕は、以前ちょっと商人の家で働いていただけで。」


 チェレンチーの目利きの確かさに、店主も息子も関心しきりといった様子だった。

「あのー。さっき俺も、全く同じ事言ったんですけどー?」

 ティオが、相変わらず両手で顔をビシッと覆ったまま不満を漏らしたが、誰も聞いてはくれなかった。


 ちなみに、鞘にしまい、更に布に包んだ状態で渡された剣は、それでもティオが真っ青な顔をしていたため、代わりにチェレンチーがかかえ持つ事になった。



「それでは、これが代金です。」

「ええと、ひい、ふう……おいおい、眼鏡の兄ちゃん、ちょっと多過ぎじゃねぇか?」

「無理を言って急ぎで仕事をしてもらった分を上乗せしています。それに、こんなに見事に仕上げてもらったのですから、そのお礼も兼ねています。」

「いやぁ、でも、代金以上に受け取る訳にはいかねぇよ。……なあ、そうだろ、親父?」

「ああ、うちは、料金の水増しはしねえ。こっちはいつも通りの仕事をしてるだけだ。きっちり最初に約束した金額で払ってくれ。」


 ティオが支払いをする段になると、親子は頑なに上乗せした金を受け取ろうとしなかった。

 あまり儲かっていなさそうな店の経営状態から言って、少しでも売り上げが増えた方がいいように思えるのだが、職人気質なのか、潔癖に断ってきた。

 チェレンチーは、余計なお節介だとは思いながらも、心配になって思わず口を挟んだ。


「あ、あの、このお店は、鍛冶屋街の組合には入っていないんですか?」


 組合に入るには、会費を払う必要があるが、それは互助金となるし、組合から仕事が斡旋されるという利点があった。

 逆に言えば、組合に入らないと、個人で客を探さなければならないだけでなく、大口の客はもれなく組合に取られるので経営が難しくなる。

 鍛冶屋の親子が、苦虫を噛み潰したような顔で途端に黙りこくったのを見て、チェレンチーは(しまった!)と思ったが……


「あー、それはですねぇ。六年程前に、ここの親父さんが、鍛冶屋街の組合長ともめたんですよー。ほら、組合って、年会費を収めるじゃないですかー。それを、鍛冶屋街全体の補修とか、後は経営に困っている店に一時的に貸し出したりとか、皆の利益のために使うんですよねー。ところが、組合長が、貯めていた会費をコッソリ使い込んでたんですよー。それに親父さんが気づいて、みんなに気づかれる前に金を戻せって注意したら、ああら、ビックリ! なんとその使い込んだお金は、親父さんが盗んだ事にされてしまったんですよねー。証拠まででっち上げられちゃいましてねー。で、その組合長は、今も堂々と組合長を続け、鍛冶屋街の皆に信頼されー、一方で親父さんは、泥棒の冤罪でこんな路地裏に追いやられて、厄介者扱いされているという状況なんですよー。」


 鍛冶屋親子が何か言う前に、ティオが立て板に水でペラペラと全て喋っていた。

 ティオはその後、「なぜお前がそんな事まで知っている!」「さては、眼鏡の兄ちゃん、アンタ、あの組合長の回し者だったのか?」などと親子に物凄い勢いで詰め寄られていた。

 まあ、すぐに誤解は解けたようだったが。


「やっぱりお金は受け取ってもらえませんか。また急ぎの仕事をお願いする機会もあるかもしれないので、その手付金として、という事でも、ダメですかねぇ。」

「金は要らん。……だが、アンタらの依頼なら、いつでも受けてやる。」

「親父も俺も、アンタらの事が気に入ったよ。困った事があったら、なんでも言ってくれよな。」


 結局、割り増しした料金は受け取ってもらえないまま、ティオとチェレンチーは店を後にした。

 ティオの語った、組合の資金を盗んだという冤罪事件があったからこそ、いっそう金銭には潔癖になっている様子だった。

 ティオもチェレンチーもしばらく複雑な表情をしていた。


読んで下さってありがとうございます。

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☆ひとくちメモ☆

「城下町の鍛冶屋街」

城下町には鍛冶屋が軒を連ねる一角があり、通称「鍛冶屋街」と呼ばれている。

そこに店を構える鍛冶屋のほとんどが鍛冶屋の組合に属しており、人手や資材が足りない時の助け合いや、仕事の斡旋、鍛冶屋街全体の維持などを行なっている。

また、組合員は少しずつ資金を出し合い、資金繰りに困っている店に融資する互助制度もあるが、その資金管理は組合長となった人物が担っている。

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