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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第二節>城下の青空
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過去との決別 #21


「サラ団長の剣を受け取りに行くのが一番重要な目的だとすると、他にはどんなものがあるんだい?」

「他にですか。……そうですねぇ。俺としては、やっぱり骨董を扱っている店はのぞいておきたいですね! 掘り出し物の古文書とかあったらいいなぁ。普段からこうやってマメに探さないと、なかなかいいものに出会えないんですよね。……後は、少し紙が欲しいかな。インクも補充して、いいペンがあればそれも。ペン先の調節もついでに頼みたいなぁ。あ、そうそう! 川沿いの屋台で売っている焼き魚が絶品なので、ぜひ食べたいですね!」

「……ティ、ティオ君、それ……サラ団長の剣の受け取り以外は、明らかに傭兵団の用事じゃないよね?」

「アハハ。ええ、まあ。」

「ええ!? ひょっとして、ティオ君、君は……サラ団長の剣にかこつけて、街に遊びに行きたかっただけなんじゃ……」

「テヘ。バレちゃいました? すみませーん。」


 「すみませーん」などと一応謝ってはいるものの、全く悪気のなさそうなティオの顔を見て、チェレンチーは思わず頭を抱えた。

 元々真面目な性格の上に、ドゥアルテ家で厳しく躾けられたチェレンチーにとって、規則を破って遊びに行くなどもってのほかで、ティオの発想が全く予想出来なかったのもある。

 突然降って湧いた規則違反の衝撃に、チェレンチーの精神は押しつぶされそうになっていた。


「……な、なんで僕を誘ったりしたんだい? 訓練をサボって城下町に遊びに行くなんていう、とんでもない悪事の片棒をうっかり担ぐ事になっちゃったじゃないか。」

「ハハハハハ! この程度で悪事だなんて、チェレンチーさん、真面目過ぎですよぅ! たまには息抜きも必要ですよ? もっと気楽にいきましょう、気楽にー。人生楽しまなくっちゃいけませんよー。」

「……ううっ!……僕とした事が、なんて事だ。……僕も居た方がいいって言っていたから、僕はてっきり、一人だと大変な用事なのかと思っていたよ。重い荷物を持ってこなきゃいけないとか。」


 ティオは、ガックリと肩を落として落ち込んでいるチェレンチーの背中をポンポンと叩いて、相変わらず能天気な調子で言った。


「まあ、確かに、一人で抜け出すとかえって目立ちますからねぇ。いつも一緒に雑用をしていた筈のチェレンチーさんだけ城に残っていたら『もう一人のヤツはどこに行った?』って聞かれそうでしすしね。……でも、俺がチェレンチーさんを誘った一番の理由は、別にありますよ。」

「一番の理由って、一体なんなんだい?」

「それは、もう……遊びに行くなら、一人より二人の方が楽しいと思ったからですよ!」

「……」


 アハハ! といたずら好きの少年のように明るく笑うティオを見て……

 チェレンチーは、一瞬、言葉を失った。


(……楽、しい?……楽しいって、なんだろう?……遊びに行く事が、楽しい?……そんな事、考えた事もなかったなぁ。……)


(……と、言うか……ティ、ティオ君は、僕なんかと一緒で楽しいのかな? 一人より二人の方が楽しいって言っても、その相手が僕じゃあ、とても楽しいとは思えないんだけれど。……)


 チェレンチーはトボトボと坂道を歩きながら、いつの間にか足元に視線を落とし、考え込んでいた。


 思えば、誰かと一緒に遊びに行くなどという経験は、まだ幼い頃、母と二人貧民街の下宿に住んでいた頃にほんの少しあっただけだった。

 チェレンチーとしては、一人で家計を支えてくれている母を助けようと仕事の手伝いをしたかったのだが……

 母が「お友達と遊びに行ってらっしゃい。子供は遊ぶのが仕事なのよ。」と言って送り出してくれたので、同じ下宿に住んでいた子供達と遊びに出かけた事がたまにあった。

 しかしそんな機会も、母が病に倒れ、ドゥアルテ家に引き取られてからは、毎日勉強と家業の手伝いで忙しくなり、全くなくなってしまった。


 そんなチェレンチーであったので、「遊びに行く」という行動の意味が全く理解出来ずにいた。

 腹違いの兄は良く歓楽街に遊びに行っており、ドゥアルテ夫人も頻繁に茶会や夜会に出かけているのを見かけたが、ティオが誘ってくれた今日の外出は、二人のそれとは全く違うものだという事だけは分かった。


「もう、出てきてしまったんですから、後には戻れませんよ。こうなったら、開き直って楽しむ他ありませんって。ね!」

「……う、うーん……こ、今回だけ、だよ? もう、こんな規則違反はいけないよ?」

「分かってますって! さあ、行きましょう行きましょう! レッツゴー!」


 微塵の迷いも後悔もなさそうなティオの明るい笑顔が、チェレンチーにはあまりにも眩しかった。

 どうにも、彼の手に平の上で踊らされている感が拭えなかったが、それもまたいいかと思っている自分が居る事に気づいて、内心少し驚いていた。

 ためらいながらも、戸惑いながらも、心臓がドキドキと高鳴る。


(……こんな気持ちになるのはいつぶりだろう?……いや、初めてかもしれない。……)


 チェレンチーは、笑顔のティオに手招きされるままに、城下に続く道に足を踏み出していった。



(……全くティオ君には困ったものだなぁ。まあ、いくら頭がいいと言っても、ティオ君はまだ十八歳だものね。たまには遊びに行ったりしたくなるよね。……ん?……)


 ティオの自由奔放な行動を大人の広い心で許容しようと試みていたチェレンチーだったが……

 ふと、ある違和感に気づいた。


「……ねえ、ティオ君。今回、サラ団長の剣を受け取りに行くというのは本当なんだよね?」

「ええ、それはもちろん。」

「でも、他には特に正式な用事はなくて、城下町に行ったついでにいろいろ見てこようと思っているって言っていたよね?」

「はい。……あ、そうだ! チェレンチーさんは、どこか見たい店とか場所とかありますかー?」

「いや、僕は特には……じゃなくって! そうじゃなくってね!……ちょっと、おかしいなと思って。」

「おかしい? 何がですか?」


 チェレンチーは、アゴに手を当てて眉を寄せ、しばらく真剣な表情で考えていた。


(……『修理を頼んでいたサラ団長の剣を鍛冶屋から受け取る』というのは、傭兵団的にはそれ程重要な用事ではない筈だ。……まあ、ハンスさんが外出の許可を出してくれたのはともかくとして、門番に見せたあの立派な書状。ハンスさん以外の人間、おそらく身分の高い文官と思われる人物の署名や文章も書き込まれていて、見事な飾り罫もあった。……)


(……今回の簡単なおつかい程度の用事にしては、あまりにも立派過ぎるんじゃないかな? ……)


 チェレンチーはそこでパッと顔を上げ、疑問をぶつけるようにティオをジッと見つめた。


「ティオ君、やっぱりあの書状はおかしいよ! 不自然過ぎる! そうは思わないかい?」

「うっ!」


 チェレンチーの言葉を聞いたティオは、思いっきり(しまった!)という表情になっていた。


「……ど、どんな所がおかしかったですか? 俺は、結構いい線いってると思ってたんですけど。」

「……ん?」

「ハンスさんの文字とか、変でしたかね? 実物を見た事がなかったんで、ハンスさんの人柄から想像して適当に書いちゃったんですよねぇ。やっぱり、こういうのは手抜きをせず、ちゃんと本物を確かめないとダメですねぇ。」

「んん?」

「あ! それとも、もう一人の人物が書いたように見せかけた部分の文字や文章が下手だったとか? 上級文官っぽい雰囲気で書いてみたんですがねー。なんか、こう、文書に箔がつくかと思ってー。」

「んんんんんー?」

「飾り罫は前に読んだ事がある本に書かれていたものを、思い出して真似てみました。これも本物の書状っぽく見えるかと思ってやったんですが、上手く書けてなかったのかなぁー?」


 ティオは、その後も、しかめっ面で腕組みをして「書き損じはなかったんだけどなぁ。いや、あの文章の内容が稚拙過ぎたかな?」などとブツブツ言っていた。


 一方、チェレンチーは、すっかり顔面蒼白なっていた。

 思わずガバッとティオの胸倉を両手で掴んで詰め寄る。

 温和で大人しいチェレンチーにしては珍しい行動で、ティオは驚いて目を丸くしていた。


「……ティ、ティティティ、ティオ君ん!?」

「ど、どうしたんですか、チェエレンチーさん?」

「も、ももも、もしかして、あの書状を書いたのは、君だったのかい、ティオ君!? ハンスさんの署名や言葉だけじゃなく、まさか、もう一人の人間の文章まで?」

「ええ、はい。俺が全部一人で書きました。」

「う……うあ、うああぁぁぁー!」

「あのハンスさんっぽく書いた所も、もう一人の人間が書いたような所も、全くの偽物ですー。書体と文章の雰囲気を変えて書いたんですよー。もちろん、もう一人の人物は、実在していない架空の人間ですー。」


「いやぁ、でも、チェレンチーさんに『おかしい!』って見破られちゃったしー、あんまり上手く出来てなかったみたいですねー。ダメだなー、俺もー。アハハハハハー。」


 ティオは、ボサボサの黒髪をワシワシ掻きながら、相変わらず緊張感皆無の表情でヘラヘラ笑っていたが……

 チェレンチーは、しばらく声さえ出なかった。


(……いやいやいやいや! 違うよ! 全くの逆だよ!……あの文書があまりに綺麗で上質な雰囲気だったから、おかしいと思ったんだよ! 上手く出来過ぎてたんだよ!……)


 驚き過ぎて声が出ないために、せめて心の中ではと、精一杯ツッコミを入れるチェレンチーだった。


(……ま、前々から、ティオ君の学術的な能力は尋常じゃないと思っていたけれど、あんな見事な偽の書類をいとも簡単に作れるなんて! ティオ君の能力は、僕の予想の範疇を軽く超えている!……)


 ティオの異常なまでの技能や知識の高さと共に……

 『実は、ハンスに許可など貰っていなかった。最初から城下町に遊びに行きたくて、全てティオが一人で仕組んだ事だった。』

 という更なる悪事が判明して、チェレンチーは先程よりも大きな衝撃を受ける事になったのだった。


(……通りで、傭兵団の訓練を抜ける時にコソコソしていた訳だ!……それに、確かにティオ君は、「この文書があるから大丈夫」とは言っていたけれど、「ハンスさんに許可を貰った」とは一言も言っていなかった! 僕が一人で勝手にそう思い込んでいただけだったんだ!……)


 今更ながらにあれやこれやと気づいたが、当然後の祭りだった。


(……ととととと、とにかく! ティオ君に、この頭の良さと能力の高さを悪用させちゃダメだ! そ、そそ、それだけは、絶対にダメだ! 大変な事になる!……)


 チェレンチーは、ティオが自分より遥かに知能が高い事は分かっていたものの、大人としての義務感に突き動かされ、ググッと彼の両肩に押さえるように手を置いた。

 ティオが背が高いせいで、少々背伸びする格好になってしまい、どうにも決まらなかったが。


「ティ、ティオ君! こんな事はしちゃダメだ!」

「あー、やっぱりもっと上手く作らないといけませんよねー。反省してます。今度はもっと精巧な偽物を作ってみせますよ!」

「ち、違っ!そ、そうじゃなくってね!」


 チェレンチーは、細かい傷がビッシリとついてくすんで見える眼鏡のレンズの奥の、どこか子供のように純粋なティオの緑色の目をジッと見つめて必死に訴えた。


「ティオ君。……君は、自覚していないようだけれど、君の才能はとても素晴らしいものなんだよ。君は、こんな急ごしらえの傭兵団に居ていいような人じゃない。本来ならば、君は、どこかの国で政の中心を担っているべき人物だと僕は思っているよ。」


「だから! 君のその素晴らしい才能は、もっと重要な事に使ってほしいんだよ!……間違っても、訓練をサボって城を抜け出すためになんて、そんなつまらない事に使っちゃダメだよ!」


 ティオは、チェレンチーが真剣な事は感じている様子だったが……

「やだなぁ、買いかぶり過ぎですよぅー。俺、そんな凄い人間じゃないですよぅー。」

 と、自分が浮世離れした才能の持ち主である事にはあまり実感がないらしく、終始困惑した苦笑を浮かべていた。

 それでも、チェレンチーが必死に諭し続けると、一応理解はしてくれたようだった。


「もう二度と、こんな事はしちゃダメだよ、ティオ君! 約束しておくれよ、ね!」

「わ、分かりました。チェレンチーさんがそう言うなら。」


 ティオは、叱られた子供のように、少ししょげた様子で大人しくコクリとうなずいた。

 驚異的な知能と技能と器用さを持ち合わせているティオではあったが、その心根は優しく素直で、純真無垢な少年のような一面がある事を、チェレンチーはこの時初めて知ったのだった。


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「ナザール王国の王都」

約四十年前の大戦終結後に、平原の中央に建設された。

計画的に作られた都であるため、王城、貴族の屋敷、大通り、城門、堀などは整然と配置されている。

都の中央に川が流れ、それを水路によって都中に行き渡らせ、生活用水として利用しているのが特徴。

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