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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第二節>城下の青空
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過去との決別 #16


「そうですねぇ。俺が思うに、中央大陸におけるアベラルド皇国の覇権は、当分揺るがないんじゃないでしょうかね。あの国は、初代皇帝がとにかく優秀で、その時に現在の国家基盤がほぼ完成されています。その後も、二代目三代目とそつのない皇帝が続いて、その制度を真面目に守っていますからね。」

「大国も長く続けば、どこかに必ず綻び、腐敗の芽が出てくるものだと思ったのだけれど。」

「確かにそれは、全ての国家、いえ、全ての組織に言える事ですが、アベラルド皇国の頑強な体制から言って、そうした腐敗が起こってくるのは、まだ当分先じゃないでしょうかね。それに、次期皇帝と噂されている第三皇子が、これがまた、初代皇帝を凌ぐとも言われる程の傑物らしいですよ。文武両道に秀で、カリスマ性があり、しかも眉目秀麗な青年だとか。まるで歴史物語の英雄のような大人物との噂です。……当分、アベラルド皇国に対抗出来るような国は起こってこないのではないでしょうかね。」


 チェレンチーは、用具倉庫の片づけや、訓練場の整備を通して、ティオと良く話をするようになった。

 二人とも、休まず手を動かしつつも、自然と会話が弾んでいた。

 特に、訓練場の整備は、朝食前の朝一時間、訓練が終わった後の夕方三十分と、長い間二人きりになるので、様々な事を話す機会があった。


「でも、クリスタリオン魔法共和国はどうだろう? あの国は、世界で唯一古代文明の遺産である強大な魔法の力を有しているんだよね? もし、あの国が本気を出して中央大陸の支配を考えるようになれば、大陸一の軍隊と領土を有するアベラルド皇国と言えど、とても敵わないじゃないのかな?」

「いやー、それはどうでしょうねぇ。クリスタリオン魔法共和国は、世界大崩壊ののち一番最初にこの世界に出来た国と言われてはいますが、確かに歴史こそ長いものの、建国からこの方約三千年もの間、ずっと大陸北西の小さな半島に閉じこもったままですからねぇ。今更、中央大陸の支配とか、そんな気はないんじゃないでしょうかねぇ。」

「完全に他国との国交を断絶して鎖国状態だというのは、やっぱり本当なのかな? 噂では聞いていたけれど、そんな事、実際に可能なのかと、ずっと不思議に思っていたんだよ。」

「それは、地理的な要因が大きいと思いますよ。クリスタリオン魔法共和国がある中央大陸北西の半島ですが、北は万年雪をいただく険しい山脈、南は断崖絶壁の海となっています。北の山脈は生きては超えられないと言われる高山ですし、南の崖下の海には船で抜けるのは到底不可能な複雑な岩礁が広がっているとの事です。まあ、いわゆる天然の要塞というやつですね。山脈の谷間を縫うようにわずかに道が他国に通じているようですが、そこには関所が置かれていて、厳しく人の出入りを監視していると聞きました。」

「はあ、凄いね。蟻の子一匹入れないとは、まさにこの事だね。」


 チェレンチーは、ティオと話す内に、彼の見識の広さに驚かされる事となった。

 仮にもチェレンチーは、十歳の時から、ナザール王国屈指の資産家であるドゥアルテ家において、商人になるための英才教育を受けてきた身である。

 ティオの言動や身なりを見るに、とてもそんな高等教育が受けられる環境で育った人間には思えなかった。

 しかし、実際ティオの博識さはチェレンチーの知識を遥かに凌ぎ、また、観察力や洞察力においても常軌を逸していると言っていい程の優れたものを持っていた。

 しかも、ティオはまだ、ほんの十八歳のうら若い青年で、チェレンチーより十歳近く年下だった。


 はじめは、ティオが「いろんな土地を旅して回っていた」と言っていたので、(やっぱり、机上の勉学では実際に見聞きした経験には敵わないか。)と思っていたチェレンチーだったが、すぐにそれが間違いである事に気づいた。


(……いや、違う。普通に漫然と各地を旅して回るだけで、これだけの見識が身につく筈がない。膨大な知識量と、それを有効的に活用出来るだけの、深さと俊敏性を兼ね備えた非常に優れた思考力。……これは、どう考えても天賦の才能だ。……)


(……彼は、天才なんだ。……)


 極度の刃物恐怖症のため訓練を嫌がって情けなく逃げ回ったり、いつもヘラヘラと緊張感のない笑みを浮かべていたり。

 そんなティオの、掴み所のない言動のうわべばかり見ていると、到底彼の本質には気づけないだろうとチェレンチーは思った。


(……「能ある鷹は爪を隠す」かぁ。ここまで優秀な人間は、今まで会った事がない。……)


 チェレンチーの中で、気さくな隣人であるティオへの親しみの念が、尊敬と憧憬に変わっていくのにさほど時間はかからなかった。

 元々チェレンチーの自己評価が低い事もあったが、それ以前に、もはや張り合ったり劣等感を感じたりするのもバカバカしく思える程、ティオの頭の良さは浮世離れしていた。


(……こんな人間が、本当に居るんだなぁ。おとぎ話の中にだって、こんな凄い人物は一度も出てこなかった。「事実は小説より奇なり」とは言うけれど、実際に彼を眼の前にしなければ、到底信じられない事だよ。……)



 ティオと話すたび、彼の才気に関心しきりとなるチェレンチーだったが、ある時ふと、亡き父の言葉を思い出した。



 それは、いつものように店で下働きをしながら、父が商談をしている様子を観察していた時の事だった。

「人から教えられて知るのは、三流のする事だ。一流になりたければ、人の行いを見る事で、自ら学び取らねばならん。」

 と、常々父から言われていたので、チェレンチーは父のそばで仕事をする時、常に父の言動をしっかりと見ていた。


 その日は、商売の話をしに、全く対照的な二組の客が店を訪れた。

 父は、二組の客に対し、同じように丁寧に対応し、応接室で詳しい話を聞いた後、店先まで送っていっていた。


 初めの客は、いかにも金満家といった外見で、豪華な服を着て金の指輪をジャラジャラとつけていた。

「ぜひ、お願いしますよ、ドゥアルテさん。色良い返事を首を長くして待っていますよ。」

「しっかり検討してお返事いたします。」

 父は商人らしい愛想のいい笑みを浮かべてそう言っていた。


 もう一人の客は、普通の市民といった様子で、質素な身なりをしていた。

「今日は良いお返事を頂けて、とても嬉しく思っております。」

「こちらこそ、あなたのような方と取り引き出来て光栄に思っております。どうか末長くお付き合い頂けますようお願いいたします。」

 父は、まるで身分の高い人物に対するかのように、恭しく礼をしていた。


 そんな全く毛色の異なる二組の客に対する父の対応の差に気づき、チェレンチーは目を丸くしていた。

 商人としての腰の低さや人当たりの良さは変わらなかったが、客を見送る時の父の様子を見るに……

 一組目の客との取り引きに対してはあまり気乗りがしない一方で、二組目の客との取引についてはもろ手を上げて歓迎しているのが感じられた。

「フン。不思議そうな顔をしているな、チェレンチー。」

 普段は「教えを請うな、自分で学び取れ」という態度の父であったが、この時は、二組目の客との取引がまとまったのが余程嬉しかったのか、自分からチェレンチーに話し掛けてきた。

「お前は、わしが、いかにも金を持っていそうな客ではなく、粗末な身なりの客の方と取引を決めたのを疑問に思っているのだろう?」

 チェレンチーがコクリとうなずくと、父は見透かしていたように鼻で笑った。

「そんな事だから、お前はまだまだだと言うのだ。いいか、人を見た目だけで判断するのは、浅はかな人間のする事だ。」


 父が言うには、一組目の客は、確かに金は持っていたが、商売に対する熱意が感じられなかったそうだ。

 特にこうしようああしようという考えもなく、ただ漫然と金を増やしたい、そして、それは商人である父に任せて自分は楽をしたい、そう思っている様子だった。

 金に執着している割には、金勘定はザルで、商売を任せたのなら、店の金と自分の金を混ぜこぜにして使い込むタイプだと父は言っていた。

 逆に、二組目の客は、今はあまり資金がなく、商売を広げる事に苦労している様子だった。

 しかし、どんなものをどんなふうに売っていくかという考えは非常に具体的かつ現実的であり、何より自分の商売に対する熱意が感じられた。

 性格的にも几帳面で誠実で、銅貨一枚でも金の流れを正確に把握し、また、商売相手を決して裏切らない人物だと父は読んだらしい。

 そこで、ドゥアルテ商会の方から資金援助する事で、商売を広げる手助けをする事にしたという話だった。


「商人は、儲けを出すのが仕事だ。儲けを出すにはどうするか?……出来るだけ良い商品を買いつけ、適正な価格で売れば良い。良い商品ならば、自然と高い値がつき、欲しがる者も多くなる。出来の悪い商品はダメだ。ろくな値がつかず、誰も欲しがらん。逆に、いくら良い商品であろうとも、その価値以上の高値をつけるのもダメだ。欲を出し過ぎて、公正な判断を欠くような事をしてはならん。安物を騙して高く売りつければ、簡単に儲けが出ると馬鹿な人間は良く考えるが、それは大きな間違いなのだ。……なぜなら、それをすれば、人の信用を失うからだ。人々は、我がドゥアルテ商会を信用しているからこそ、店に並んだ商品を我々のつけた通りの値段で買うのだ。」


「詰まる所、商人は目利きが大事という事だ。どんなものを仕入れればより高く売れるのか、今人々が求めているものはなんなのか、そういった事を常に考えねばならん。そしてそれは、商品の未来を想像し、未来の価値を買うという事でもある。今目の前にある商品の値段を考えるのではない、その商品がいくらで売れるかという未来の値段を考えるのだ。」


「そして、大事なのは……目利きは商品だけにするものではないという事だ。取引をする相手こそ、厳しく精査するべきなのだ。どんなに良い品物を仕入れ、真面目に商売を行なっていても、取引をする相手が腐っていては全てが台無しだ。良く良く、商売をする相手、金を受け渡し受け取る相手は、慎重に選ばねばならん。」


「人間もまた、商品と同じ。今は冴えない見た目であっても、将来は驚く程価値のある人物になるかもしれん。見た目だけで判断してはならん。その者の本質を、将来性を、しっかりと見極めるのだ。」


「商人は、商品の目利きが出来て当たり前。人間の目利きが出来て、はじめて一流と言える。……この事、良く覚えておけ。」


 「はい」という返事と共に、チェレンチーは、父の教えをしっかりとその胸に刻んだ。



 その後、父が商談をしていた二組の客は、実際父の予想した通りの未来を辿った。

 金満家の客は、博打を打つような雑な商売をして大損をし、借金に追われる事となり……

 逆に、地味な客は、独自の販売ルートや新商品を次々と開拓し、みるみる業績を上げていった。

 そして、後者の将来性を見込んで資金援助をしたドゥアルテ商会は、その恩によって、彼らと優先的に取引を行えるようになり、ますます儲けを上げる結果となったのだった。

 さすがは、王都の一商店であったドゥアルテを王国屈指の大商会へと発展させた父の鋭い目利きであった。


 しかし、そんな父も、人の親として我が子には甘かった。

 自分の商才を受け継いだチェレンチーではなく、不出来な兄の方に自分の商売を継がせようと死の寸前まで必死になっていたのは、溺愛で大いに目が曇っていたと言う他ない。



(……人間の目利きかぁ。……)


 チェレンチーは、今まで、その時の父の言葉を思い出した事がなかった。

 それは、チェレンチーが長い下働きを終え、そろそろもっと責任のある実務に就こうかという前に、父が病で倒れてしまったせいもあった。

 チェレンチーは父の看病や父の補佐で手一杯になり、実際に店に立って取引相手を測る機会を失ってしまったのだった。

 結局チェレンチーは(まだまだ経験不足の自分には、父のように「人間の目利き」をする事など出来ない)という気持ちのまま、ドゥアルテ家での生活を終えてしまった。

 やがて父が亡くなり、かねてよりチェレンチーを目の敵にしていた兄と夫人に追い出され、結果、全く場違いな傭兵団に籍を置く事になった。

 これでは、チェレンチーが今まで培ってきた商人としての経験が活かされる筈もない。

 チェレンチーは、傭兵団にて、荒っぽい戦士達に囲まれ、慣れない生活に四苦八苦する生活の中で、父から教え込まれてきた商人としての考えをすっかり忘れてしまっていた。


 それをふと、ティオという人間を前にして、思い出したのだった。


読んで下さってありがとうございます。

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☆ひとくちメモ☆

「魔法」

約三千年前の「世界大崩壊」と呼ばれる空前絶後の危機に際し、古代文明と共に失われたとされる力。

古代文明は、魔法、また、魔法科学の力により、高度に発展した文明を築いていたらしい。

現代人は魔法を全く使えないが、世界のある場所には、古代の魔法の力を受け継いでいる国があるとの噂がある。

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