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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第二節>城下の青空
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過去との決別 #15


「どーもー。はじめましてー。ティオって言いますー。これからよろしくお願いしますー。」


 185cmを超える長身の青年は、猫背気味に背を丸め、ボサボサの黒髪をボリボリ掻きながら、なんとも緊張感のないだらしない笑顔でそう言った。

 チェレンチーが、その強烈なキャラクターに圧倒されながらも、「こ、こちらこそ、よろしく。」と返事を返すと、ティオはペコリと一礼して、さっさと二段ベッドの梯子を上がっていった。

 と思ったら、三分も経たない内に、グーグーといういびきが聞こえてきて驚かされた。

(……み、見た目によらず、神経が太いんだなぁ。……)

 と言うのが、チェレンチーのティオに対する第一印象だった。



 ティオがチェレンチーと同じかそれ以上に傭兵として役に立たない事は、すぐに分かった。

 翌日の戦闘訓練において、まともに戦いもせず、ギャーギャー悲鳴を上げて逃げ回るティオの姿が団員達の注目を浴びていたからだ。

「俺、刃物恐怖症で、剣は持てないんですよぅ! それにー、平和主義者だから、暴力とか絶対反対だしぃー。」

「いや、お前、なんで傭兵になったんだよ!」

「えっとー、それはー……成り行き? 運命のイタズラ、的な?……俺にも、ちょっと良く分かんないんですよねー。アハハハハー。」

「ううっ!……お前と話してると頭が痛くなりそうだ。とにかく、ちっとは練習しないとボロツさんに怒られちまうからな。ほら、さっさと訓練用の剣を持てって!」

「ギャアァー! 嫌だぁー! 怖いよ怖いよ怖いよぉー!」

 たまたま二人組を組まされた傭兵が手を焼いて困り果てていた。



「ティオ君って、どうやって傭兵になったんだい? 傭兵になるには、ハンスさんの試験に合格しないといけない筈だけど?」

 ティオと親しくなったのちに、チェレンチーはあまりに不思議に思ったので聞いてみた事がある。

「当然、実力ですよ! ちゃんとハンスさんの部下の王国正規兵に勝って、試験に合格したんです!」

 と、ティオは、ビッと親指を立ててドヤ顔でそう言っていた。

 (ええ? 剣も持てないのに、どうやって勝ったの?)とチェレンチーは困惑したが、またヘラヘラした笑顔で煙に巻かれそうなので、それ以上は聞かずにおいた。



「ハーッ。疲れたぁ。こんな辛い訓練が毎日続くなんてー、傭兵なんてなるもんじゃないなぁー。あー、なんとか、上手く訓練をサボれないかなぁー。」

 とティオが、ブツブツ愚痴を言いながら訓練場の端にある用具倉庫にやって来たのを見て、(まあ、あれだけ逃げ回ってたら、疲れもするよね。)と、思わずチェレンチーはクスッと笑ってしまった。

 チェレンチーもちょうど、剣を刺してしまっておく樽に使っていた訓練用の木の剣を置きにきた所だった。

 二人とも傭兵団員の中では大差をつけてのドベなので、他の団員達が去るのを待ってからそっと用具を片づけてに来ていたのだった。

 今までは、落ちこぼれはチェレンチー一人だったが、ティオが新しく加わったので、彼には悪いが、親近感が湧くと共に少し嬉しい気持ちがあった。

「それにしても、きったない小屋ですねぇ。埃だらけだしー、使われていない武具は放ったらかしだしー。」

「確かにそうだね。使われていなかった兵舎を間借りしているって話だよ。まあ、僕達傭兵団は、急ごしらえの寄せ集めだから仕方ないんだろうね。」

「あ! チェレンチーさん、俺、いい事を思いつきましたよ!」

 ティオは、何か閃いた様子でキラーンと目を輝かせると、タタタターッとどこかへと走り去っていってしまった。

「……あ、慌ただしい人だなぁ。」

 チェレンチーはあっけに取られながらも、自分の手にしていた木の剣を樽に収め、用具倉庫の扉を閉めた。



「と、言う訳で、今日からチェレンチーさんと俺は、戦闘訓練が免除になりました。パンパカパーン! やったね!」

「え!?」

 翌日、ティオからいきなりそう言われて、チェレンチーは目を丸くした。

 話を聞いてみると、ティオが副団長であるボロツに掛け合って、戦闘訓練の代わりに用具倉庫の整理をするという話をとりつけてきたらしかった。

 体力をつけるための基礎訓練はこれまでと同じく皆と一緒に行うが、実戦形式の戦闘訓練時には、二人だけ外れて別の作業をして良いとの事だった。

「よ、良く、そんな事、ボロツ副団長が許してくれたね。」

「アハハハー。まあ、正直、俺達が戦闘訓練に参加しても意味ないですからねー。全くのムダなら掃除でもさせてた方がまだマシだって思ってくれたみたいですよー。」

 そんなこんなで、その日からチェレンチーは、ティオと共に用具倉庫の片づけをする事になった。


 なんだか、知らない内にティオのペースに巻き込まれている気がしたが、確かに、上達する気配のない訓練を続けるより、こうした整理整頓作業の方が自分には向いているとチェレンチーは思った。

 実際、ティオと二人で用具倉庫の片づけをしている時は、戦闘訓練をしていた時よりも充実感や達成感を感じていた。

 ドゥアルテ家に居た時、いかに倉庫に商品を効率的に配置して詰め込むかという事を考えて働いていたのを思い出した。

「いやぁー、二人だと作業がはかどりますねー。チェレンチーさんは手際がいいなぁ。」

「この調子だと、何日もかからずに終わっちゃいそうだね。」

「あ! しまった! それは困るなぁ。また何かいいサボりの口実を見つけないとー。」

 チェレンチーは休まず手を動かしながらも、そんなティオの本音ともふざけているともつかない言葉に笑っていた。

 ティオが剣に触れないので、汚れていた木の剣を布で磨く係はチェレンチーが引き受け、ティオは、使っていない武具を、まだ使えそうなものと捨てるものとに次々と分別していった。



「……おはようございます、チェレンチーさーん。……」

「……う、ん……わっ! ティオ君、ど、どうしたの、こんな朝から?」


 用具室の片づけをした翌日の早朝、チェレンチーはティオに起こされた。

 目を開けると、いつもの色あせた紺色のマントを身につけ身支度を整え終えたティオが、ニコニコとベッドの枕元で笑っていた。

 ビックリして飛び起きるチェレンチーに、ティオは、シーッと指を一本唇の前に立てて周りを見回す。

 幸い、同室の傭兵達はぐっすり眠っている様子だった。

 サラが団長になってから、ボロツもやる気を出し、王国正規兵のハンスも訓練に協力するようになって、訓練における運動量が格段に上がったせいもあっただろう。


「……朝早くにすみませんー。ちょっとチェレンチーさんに協力してもらいたい事がありましてー。……」

「……僕に、協力してほしい事?……」


 チェレンチーは当惑しながらも、ティオに言われるまま、手早く着替えを済ませ、彼について訓練場までやってきた。

 既に東の空は明るくなってきてはいたが、まだ日が昇るのには間があるといった時間帯で、春の朝らしい柔らかくも清廉な空気が辺りには満ちていた。

 ティオは、訓練場にやって来ると、ザッザッと地面を蹴るように靴の先で確かめていた。


「チェレンチーさん、この訓練場の地面って、酷い有様だと思いませんか?」

「え?……ああ、うん、そうだね。あっちこっちに穴があいているし、石も転がっているね。」


 チェレンチーは、ティオに言われて改めて辺りを見渡した。

 確かに、ここの訓練場の地面は、約半月程前チェレンチーが傭兵団に入った時から状態は悪かった。

 踏みしめられた場所は石のように硬くなる一方で、水はけの悪い場所は終日ぬかるんでいる。

 手の平に乗る程の小石がゴロゴロ転がっているかと思えば、何度も踏み込んだせいか地面が凹んで穴があいたようになってしまっている場所もあった。


「そんな訳で、これから訓練場の整備をしていこうと思っています。それで……俺一人だと大変なので、チェレンチーさんにも協力してもらえたらと思って、声を掛けました。……協力、してもらえますか?」

「あ、ああ、うん、もちろん! 僕は全然構わないよ!」


 チェレンチーは、まだ驚きながらも、コクリとうなずいて快諾した。

 傭兵団に入ってからというもの、運動が不得意なおかげでほとんど戦力にならず、皆の役に立っていないのを後ろめたく思っていた。

 こうした形で、傭兵団の一員として貢献出来るなら、それはチェレンチーにとって嬉しい事だった。

 真面目で働き者の彼は、他の団員達より朝早く起きて作業をする状況に対して苦痛を覚えるような事はまるでなかった。

 しかも、前日の訓練の後半はティオと二人で用具倉庫の片づけをしていたおかげで、いつもより体に疲労が溜まっていなかった。


「良かったぁ! 助かります! ありがとうございます、チェレンチーさん!」

 ティオは、パアッと少年のような笑顔を浮かべると、「それではさっそく……」と言って、タタッと駆けていき……

 用具倉庫の外に置いてあった農機具に似た何かの用具と大きな麻袋持って戻ってきた。


「これからやる事は、まず、硬くなった地面に鋤を入れて土を柔らかくします。それから、転がっている石を取りのぞく。窪んでしまった箇所を埋める。そして、仕上げに、砂を均一に撒いて出来上がりです。」


「まあ、毎日訓練で使っていれば、また地面の状態は悪くなっていくでしょうが、一度しっかり直してしまえば、後は日々の整備も楽になると思います。」


「じゃあ、始めましょうか。地面に鋤を入れる方は俺がやるので、チェレンチーさんは、転がっている石を拾ってこの麻袋に集めてもらえますか?」

 そう言ってティオに袋を渡され、さっそくチェレンチーは、腰をかがめて、目につく石を片端から拾い始めた。


 一方でティオは、サクサクと手際良く硬くなった土に鋤を入れていっていたが……なぜかずっとギュッと目を閉じていた。

「ティオ君? なんで目を閉じてるの? 危ないよ?」

 ティオの扱う鋤は、長いの木の柄の先に櫛状に金属の鉤がついた形状をしていた。

 当然鉤の先端は尖っているため、振りおろした時、間違って足にでも刺したのならケガをするだろう事は簡単に想像がついた。

「いえ! 俺にとっては目を開けている方が危ないので! 大丈夫です! このぐらいなら、目をつぶっていても、作業は出来ますから!」

 良く見ると、サクサクと鋤を入れ続けているティオの顔は真っ青で、ビッシリと冷や汗が浮いていた。

「ええ!?……ひょ、ひょっとして、ティオ君、君の刃物恐怖症って、鋤もダメなのかい?……鋤の歯って『刃物』なのかなぁ?……まあ、いいや。僕が代わるよ。」

「い、いえいえ! なんとかいけますから! この程度なら、目をつぶってさえいれば!」

 確かに、ティオは、器用にも目をつぶったままザクザクと軽快なスピードで土を掘り返し続けていたが……むしろこのままでは、ティオの精神の方が大丈夫そうではなかった。

 その内、恐怖でハアハアと過呼吸気味になり、ガクガク震え出したので、さすがにチェレンチーはティオを静止して、役割を代わる事にした。


 鋤の扱いは初めてだったチェレンチーは、ティオのように素早く的確な作業は出来なかったが、ゆっくりと確実に地面を掘り起こしていった。

 一方チェレンチーの代わりに石を拾う事になったティオはというと、ヒョイヒョイとこれも驚く程手際良く拾い集めて袋に放り込みながら、酷く申し訳なさそうに言った。


「……す、すみませぇん、チェレンチーさんにお手数お掛けしてしまってー。手伝ってもらえるだけでもありがたいのにー。」

「いやいや、全然平気だよ。……むしろ、ティオ君には、お礼を言いたいぐらいだよ。」

「はい?」


 ティオは、不思議そうに首をかしげていたが、チェレンチーはニッコリと笑って、額に浮かんだ汗を腕でグイとぬぐった。


(……僕には、訓練場の荒れた地面をどうにかしようなんて発想はなかった。どんなに酷い環境でも、自分に与えられたものを大人しく享受するのが、僕のこれまでの生き方だったから。……でも……)


(……こうやって、自分の手で変える事だって出来るんだなぁ。思いもよらなかった。なんだか、目からウロコが落ちたみたいな気分だ。……)


 慣れない作業で腕や腰に疲労が溜まってはいたが、チェレンチーの心は清々しい達成感で満ちていた。

 そうして、やがて東の地平から昇ってきた朝日を、チェレンチーはティオと二人で笑顔で見つめたのだった。


読んで下さってありがとうございます。

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☆ひとくちメモ☆

「傭兵団の宿舎」

元は見習いの訓練兵のための宿舎であったが、内戦の影響により王国正規兵が著しく減少したため、使われなくなっていた。

それを、現在は、傭兵団が居抜きの形で利用している。

正規兵団や近衛騎士団に比べると酷く粗末な作りであり、宿舎の六人部屋には狭い室内に二段ベッドが三つギュウギュウに押し込まれている状態である。

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