過去との決別 #5
「ティオ君を擁護する訳ではないですけれど……」
と、話し始めたチェレンチーだったが、すぐに、「でも、結果的に擁護する事になってしまうでしょうね。僕はティオ君の事を、誰よりも信頼しているので。」と、断りを入れたのちに続けた。
「ティオ君は、決してサラ団長の事をないがしろにしていた訳ではないですよ。」
「賭博場で資金を増やす事も、本当はしたくないようでした。」
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チェレンチーの話によると、ティオはサラに対して後ろめたい気持ちを感じていた様子だった。
ハーッと大きなため息をつきつつ、語っていた。
「……それでもやはり、どうしても資金が足りないですからね。せめて、もう少し時間があれば、正攻法で増やす事も出来たんでしょうけれど、今はとにかく時間がない。一晩で二倍三倍と資金を増やすには、もうこれしか方法がないと俺は判断しました。」
「サラには『犯罪行為は絶対にダメ!』と言われてるんですよ。非合法な手段も入れれば、金を稼ぐ方法はもっと増えるし、ずっと楽なんですけどね、それはサラとの約束があるので、俺には出来ません。」
「その点、賭博は、ナザール王都では合法でしょう? ギリギリセーフですよね?」
「まあ、賭博は、勝負の相手に、胴元に、他の客にと、いろいろと気を使う必要があって面倒だし、楽しくもなんともないし、個人的には好きじゃないんですがね。今回は、仕方ないので、全力で頑張りますよ。」
チェレンチーは、ティオが非合法な手段でどうやって金を稼ぐつもりなのか、チラと気になったが、弱者の防衛本能がピリピリと反応したので、自分の身の安全のために、その点は何も聞かずにおいた。
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「ティオ君が、サラ団長を今回の計画から外したのも、サラ団長の身を案じていたためだと思います。」
「もちろん、前もって話せば、反対されて計画そのものが潰れるという理由もあったでしょうけれど。」とチェレンチーは補足した。
「城下町には治安の良くない場所があります。どこの街でも同じようなものですね。ガラの悪い連中が多くたむろする食堂や酒場、それから……高級な店から最底辺の安宿まで、様々な売春宿が軒を連ねる路地もあります。昨日僕達が行ってきた賭博場は、まさにそんな、王都の裏の顔とも言うべき場所にありました。」
「そういった場所に、ティオ君は、サラ団長を連れて行きたくなかったのだと思います。その気持ちは、僕も、ボロツ副団長も同じです。」
「サラ団長は、いくら剣の腕が立つといっても、可憐な少女ですからね。男としては、サラ団長の強さに関係なく、世の中の危険なものから守ろうとするのは当然の事です。」
チェレンチーは、改めてサラに真っ直ぐに向き直って、胸に手を当て深々と頭を下げて謝意を示した。
「でも、サラ団長を遠ざけようととった行動で、サラ団長を傷つける事になってしまいました。本当に申し訳なかったと思っています。」
「サラ団長の了解もなく、勝手に城下の賭博場に行った事も、大切な傭兵団の資金を賭け金として使った事も、もう一度きちんと謝りたいです。」
「あ、う、ううん! いいよいいよ! チャッピーの気持ちも事情も、もう良ーく分かったからー! 私、チャッピーの事は、全然怒ってなんかいないよー! 謝るのやめてー!」
サラは、平身低頭謝り続けるチェレンチーを前に、慌ててブンブン手と首を横に振って言った。
元々サラは、チェレンチーとボロツに対してはあまり腹は立てていなかった。
こうして改めてきちんと話をしてくれたチェレンチーを謝らせるのは、むしろ申し訳ない気持ちになっていた。
(……だ、け、ど!……ティオ! アンタの事は、まだ許してないんだからねー! アンタは、チャッピーみたいに私に詳しく話をしてくれるどころか、私の事避けまくって逃げてるしー!……)
(……ま、まあ、でも……私の事、気にかけてはいたんだ。……フ、フーン、あっそー。……べ、別に、だからって、許したりはしないけどねー。……)
サラは、チェレンチーの話から、ティオが思いの外自分の事を考えていた事を知って、少し嬉しい気持ちになっていた。
『……サラには「犯罪行為は絶対にダメ!」と言われてるんですよ。……』
『……サラとの約束があるので、俺には出来ません。……』
まだ胸の中にわだかまりはくすぶっているものの、そんなチェレンチーから聞いたティオの言葉を心の中で何度も思い出して……
サラは、桜色の可愛らしい唇に、こっそりと笑みを浮かべていた。
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「ハーッハッハッハーッ! やっぱり夜の街は気分がいいぜー! 住み慣れた我が家に帰ってきたって感じがするなぁ!」
ボロツは傭兵団に居る時以上に、肩をいからせてドスドスと大股で城下町の通りを闊歩していた。
ナザール王都の居住区は、上流階級の大きな屋敷が立ち並ぶ王城に面した中央地区も、こまごまと小さな庶民の家が肩を寄せ合う城壁近くの外周地区も、もうほとんどが灯りを落としていた。
そろそろ王都の住人は、一日の活動を終え、眠りにつく時刻である。
しかし、そんな夜更けであっても、煌々と惜しみなく灯りを灯し、人々が行き交う賑やかな一角があった。
胸元の大きく開いたドレスを着た女性が酒を運ぶ店から、大胆な衣装を着た女性達の踊りが見られる店、もっと直接的な、個室に客を招き入れて春を売る店まで、様々な大人の娯楽と快楽が商売として盛んに営まれていた。
いわゆる、歓楽街と呼ばれる場所である。
店の種類や雰囲気によって、出入りする客の身なりも変わってくる。
ボロボロの麻の服を着て、道にはみ出すように置かれたテーブルで安酒を浴びている者もあれば、金糸銀糸の刺繍の施された衣服と宝飾品で着飾った紳士が、共を連れ、豪華な屋敷のような高級娼館に入っていく姿もあった。
そんな、一見ギラギラと眩しい街の中で、時折夜陰に紛れて、腰に得物を提げた目つきの鋭い男達の姿も見えた。
金と酒と女性が絡むと、揉め事は日常茶飯となり、そういった揉め事を収めるために雇われている用心棒なのだろう。
どこの街にも、こういった場所を仕切っている組織があり、歓楽街の規模と収益によっては組織の数は複数に及ぶ事もあった。
縄張りの境界線で裏社会に生きる男達のつばぜり合いが起こるのも、ここではまた見慣れた光景である。
「あらぁ、可愛らしいお兄さん! 遊んでいってよぅ!」
揉め事に巻き込まれないようにと、緊張と警戒でこわばった体を小さく丸め、足元を睨むようにして歩いていたチェレンチーは、いきなりどこかの店からふらふらと出てきた女性に腕を掴まれて、「ヒエッ!」と情けない声を上げた。
思わず視線を向けると、だらしなくドレスをはだけてくっきりと谷間を見せた胸元が視界に飛び込んできて、カアッと一瞬で真っ赤になる。
が、視線をズラして女性の顔を見ると、白粉が塗りたくられた肌には明らかなシワが何本も見て取れて、途端にスウッと熱が冷めていた。
「シッシッ! 向こう行け! 今日は女と遊びに来たんじゃねぇよ!」
ボロツは、固まっているチェレンチーの首根っこをヒョイっと掴むと、グイッと自分の後ろに隠すように引っ張り寄せた。
おかげで、四十代後半と思われる女性は、イーッと歯をむき、腕に掛けていた古びたストールを胸元に掻き集めながら去っていった。
チェレンチーがホッと胸を撫で下していると、ガッと上からボロツに頭を押さえ込まれた。
「そんなビクビクしてんじゃねぇよ、バカ野郎。そんなんじゃ、こういうとこは初めてですって言って回ってるようなもんじゃねぇか。もっと胸を張れ! 堂々としろ! こういう場所じゃあ、舐められたら、尻の毛まで抜かれちまうぞ。」
「そ、そそ、そんな事言っても、本当に、ぼ、僕は、こういう所に来るのは、初めてなんですよぅ。」
「そんなの見りゃあ分かるっての。……まあ、とにかく、もうちょっと肩の力を抜けよな。今夜は俺様がついてるんだ、安心して、ドーンと構えてやがれってんだよ。」
確かに、大柄でスキンヘッドで身体中に刺青があり、顔つきも凶悪な上に、身長を超える大剣を背中に背負ったボロツは、歓楽街の裏でうごめく物騒な男達でさえギョッとする程の迫力があった。
実際、こういった場所で用心棒として稼いでいた経験も何度かあるようで、いかにも場慣れした様子だった。
「チャッピーも、ちっとはティオの野郎を見習えよな。アイツは落ち着いてるだろう?」
そう言われてティオの方を見やると、確かにティオはこんな時にもいつもと変わらず淡々としていた。
いや、もはや感情の動きの全く感じられないその顔は、まるで人形のようだった。
そんな無表情でスイスイと店の女性達の呼び込みを避けて回っている様はかなり異様で、むしろ周囲から浮いている。
ビタ一文興味がないのは見て分かるが、的確にスッスッと捕まる前に素早く避けている様子から見て、辺りの状況を一応視界に入れているようだった。
「……ティオの野郎は、こういうとこは慣れてんのか? それとも、初めて来たのか? 分かんねぇなぁ、ありゃあ。」
と、奇行のようなティオの対応を見て、ボロツも顎に手を当てて悩んでいた。
「大丈夫ですか? チェレンチーさん?」
道のあちこちにたむろする肌を露出した派手な女性達には目もくれないティオだったが、チェレンチーの事は気にかけていて、振り返って聞いてきた。
元々小心なチェレンチーは、慣れない歓楽街の雰囲気に気圧されて、まるで毒でも吸ったかのように真っ青な顔になっていた。
正直、緊張でキリキリ胃が痛みだし、気を抜くと胃液が喉の奥から込み上げてきそうだった。
「無理はしないで下さいね。」
「だ、大丈夫、大丈夫だ、よ、ティオ君。……し、心配をかけて、ご、ごめん。」
「なあ、ティオよう。」
ただ道を歩いているだけで、もういっぱいいっぱいといった様子のチェレンチーを見て、ボロツが薄い眉をしかめて聞いてくる。
「なんでこんな所にチャッピーを連れてきたんだ? まあ、これから行くのは賭博場だからな。金勘定が得意なコイツが役に立つ場面もあるのかもしれねぇけどよ。ここらの雰囲気は、コイツにはちいとキツ過ぎるんじゃねぇのか?」
ボロツとしては、特に悪気はなく、ただ街を歩いているだけで相当精神的にダメージを受けているチェレンチーの事を案じての発言だった。
が、元から自己肯定感の低い上に気分の落ち込みが酷い状態のチェレンチーは、それを聞いて、自分が二人に迷惑を掛けてしまっているという罪悪感が溢れ出し、ひたすら「ごめん! ごめん!」と涙目で繰り返していた。
ティオは、そんなチェレンチーの体を支えるようにそっと背中に手を当てて、ボロツの方に顔を向けた。
「チェレンチーさんが居てくれると、俺の計画が格段にやりやすくなるんですよ。正直、何もしなくても居てくれるだけでありがたいんです。」
「はあ? チャッピーは、俺達がギャンブルに勝てるようにしてくれる神様か何かなのか?」
「まあ、今回に限りそんな所でしょうかね。その内分かりますよ。」
「……ぼ、僕……僕が……」
チェレンチーが、真っ青な顔ながらも、喉の奥から緊張と共に込み上げてくる胃液を必死にこらえて、グッと顔を上げたので、ティオもボロツも注目した。
チェレンチーは、グイッと服の袖で口元をぬぐったのち、思い詰めたように言った。
「……僕が、ティオ君に、一緒に連れていって欲しいって、自分から頼み込んだんです。……」
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「ボロツの悪癖」
あまりリーダーとしての意識のない団長のサラを補うように、副団長として傭兵団をまとめているボロツ。
凶悪な見た目に反して、世話好きで情に厚く細かい気配りも出来る人物である。
ただし、かなりのギャンブル狂で、稼いだ金はあっという間にギャンブルで消えているようだ。




