内戦と傭兵 #2
「この国は今、内戦状態にある。それは、サラも知ってるよな?」
「内戦……つまりどっかで戦争してるって事でしょ? もちろん知ってるよ!」
「で、誰と誰が戦ってるか、分かるか?」
「え?……あ、そう言えば、村長さんに聞くの忘れちゃったなぁ。誰と誰が戦ってるのー?」
「お前……そんなんで良く傭兵になろうと思ったなぁ。はるばる都まで来て、これかよ。無鉄砲っていうか、考えなしっていうか。いや、むしろ、こうと決めたらすぐに実行する、決断力と行動力がダメな方向に前のめりって言うべきか。」
「だからー、傭兵になるのに、そういう情報別に要らないでしょー? とにかく強くて、敵に勝てて、それでもってサクッと戦争を終わらせられればいいんだからさー!」
「世の中の全てがそんなに単純だったら、誰も苦労しないっつーの。」
ティオは、伸び過ぎた黒髪がバサバサと目元に掛かっている顔を、半分片手で押さえて、深いため息をついていた。
「特に、この内戦にはいろいろと裏がありそうで、きな臭い気配がしてるんだ。」
「実際、これが単なる王族の身内の内輪揉めだったら、もっと早くにさっさとケリがついてる筈だろ。それが、内戦が始まってからもう半年以上が経過してるのに、まるで解決のメドが立ってない。逆にますます泥沼化の様相を呈してる。」
「こんないわくつきの戦いの渦中に無防備に身を投じるなんて、いくらなんでも危険過ぎる。」
「……内戦に裏があるって、何ー? 大体、戦いに危険はつきものなんじゃないのー?」
ティオは、その問いにはすぐには答えず、分厚い眼鏡の奥の目は、どこかサラには見えない遠くを見つめているかのようだった。
「……正直、この王都に来てから、ずっと嫌な予感がしてるんだ。俺の予感は、昔っから良く当たるんだよ。特に悪い予感の場合は、ほぼ間違いなくな。……」
ティオは、深く内省するうように、そうひとりごちていた。
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しばらくすると、気を取り直したようにティオは顔を上げ、再びいつもの能天気な表情に戻って、サラに食堂の屋上の手すりの向こうに広がるナザール王都郊外の景色を示した。
「この内戦の裏事情は、まだ俺の推測の域を出ないからな、今は置いておくとして、とりあえず概要だけザッと説明するぜ。」
「何も知らずに王都までのこのこ来ちまったどこかの誰かさんのために! 猿でも分かる、ナザール王国内戦のお話ー!」
「ちょっと! 猿でも分かるって何!? 猿ってあれでしょ? 真っ赤な顔でキーって歯をむき出しにして怒る短気な動物! 前に、アイツが持ってた木の実を取って食べただけで、引っ掻かれそうになったんだよねー!」
「いや、猿の食い物取るなよ。猿、可哀想に。……知らないのか、サラ。猿にはいろんな種類があって、中には愛くるしい姿と仕草で人に良く懐き、ペットとしての人気が高いヤツも居るんだぜ? 凄ーく可愛いんだぜー?」
「じゃあ、猿っていうのは、可愛いって事ー?……うん! なら良し! たぶん、私の方がその猿より百倍は可愛いけどねー!」
「それでは、改めまして、サラにも猿にも分かる、ナザール王国内戦の超簡単解説ー!……では、まずは、向かって左手をご覧下さい。」
サラは、ティオが芝居がかった動作で腕を伸ばした先に視線を移した。
「王都の南西にナザール山脈が見えますね。……あの山脈は、ちょうど国土を中央で南北に分ける形で伸びています。ナザール王都周辺の唯一の山脈で、標高はそれ程高くないものの、木々の生い茂る森は豊富な降水による雨水をたっぷりと蓄積し、そこから流れ出す川によって、周囲の平原は一年を通して安定した水の供給を得ています。」
「川の水は、農地を潤し家畜を育て、様々な淡水生物、川魚やエビ、カニといった幸ももたらしてくれています。さらに、王都では、街の防衛や生活用水としても水が重要な役割を果たしているのは、この城下の街並みを見れば一目瞭然でしょう。」
「つまり、あの山脈が有する水源によって、王都周辺の人々の生活が成り立っている訳ですね。」
「えっと、あの山と山から流れる川は、凄く大事って事だね。」
「その通り!」
「そして、その手前、ちょうど山脈と王都を結ぶ中間地点辺りにご注目!……山から王都へ向かって大きく曲がりながら流れてくる川の端に、小高い丘、というか緑の森のようなものが見えると思います。」
「あれが、今回の内戦の戦地となっている『月見の丘』です。そして、そこに立つ白い建築物が『月見の塔』と呼ばれる古代文明の遺跡であり、今まさに反乱軍が立てこもっている場所なのです。」
「へー。あれって、古代文明の遺跡なんだー。……古代文明の遺跡跡なら、私もいくつか見た事あるけど、あんな大きくて立派なのは初めて見たよー。」
□
春霞の向こう、地平線を縁取るように連なる青い山脈から遥かに流れてくる大きな川が一筋見えていた。
川は、蛇行しながら、萌草に彩られたなだらかな丘陵の連なる平原を流れ、途中で大きく二つに分かれる。
その細い片方が支流であり、やがて王都に流れくる川であった。もう一つは、分岐点から東の方面へ逸れ、更に平野を流れ続けていた。
ティオが示したのは、その王都に分かれる支流の向こうにある、まだ大河が一筋の流れである場所に立った特徴的な乳白色の建築物だった。
その位置は、遥か山脈から流れる川が、特に極端に蛇行した、まさにそのただ中だった。
ほぼ、ぐるりと三方を川に囲まれているような状態だ。
その特殊な地形に出来た小高い丘の頂上に、「月見の塔」と呼ばれる古代文明の遺跡はそびえ立っていた。
王都周辺は、なだらかな起伏があるばかりの平原が見渡す限り続いていたが、なぜかその辺りだけ、こんもりと山のような丘となっており、緑の木々が生い茂った森が形成されている。
しかも川に面した丘の斜面は、切り立った断崖で、遠目からでもゴツゴツした岩肌が露出しているのが見て取れた。
まるで、頂上から裾へと均等に広がっていく山を、ほぼ頂上付近からバッサリと半分に割り、その割った半分を忽然とどこかに消し去ったかのような形をしていた。
一見、緑豊かな山に見えるそれも、川に沿った垂直の断面を見るに、核となっているのは岩山、いや、巨大な一枚の岩で出来ているのかもしれなかった。
そして、その断崖のちょうど突端、山の頂上付近に、古代文明の遺跡「月見の塔」はあった。
「月見の塔」は城と言ってもいい高い城壁のような壁に周囲を囲まれており、中には平坦な直方体状の建物も見受けられたが……
なんといっても目を引くのは、「塔」との呼び名がついたいわれとなっている高く細い建造物だった。
それは、一応円錐状ではあるものの、もはや杭の先端ような角度で尖っている。
明らかに現代技術で作られた建造物とは一線を画す異質さだった。
都の中央にそびえる王城も見張り用の尖塔をいくつか備えてはいたが、月見の塔の高さは、目算で軽くその三倍はあった。
加えて、何よりも異様なのは、その巨大な建造物が、どこか有機的な風貌をしている事だった。
王都にある城や様々な建築物が、主に直線で構成されているのに対して、月見の塔は、まるでドロリと溶けた巨大なロウソクのような、全てが曲線で成り立った姿をしていた。
石造りや丸太作りの建造物ならば、石や木なのどの素材を積み重ねて作られたのだろうと、素人目にもある程度想像がつく。
しかし、ポツポツと窓らしき穴が所々に開いているのは見えても、継ぎ目らしきものが一切見当たらないその乳白色の塔は、素材も建築工法も全く予測がつかない代物だった。
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「スッゴイ変な建物! っていうか、あの丘? 山? からして、なんかおかしくない? あんな形で崩れちゃったりしないのー?」
「まあ、古代文明の遺跡だからなぁ。おそらく、あの丘自体も遺跡の一部というか、古代文明が築いた何かの産物の名残なんだろう。」
ティオはテーブルに頬杖をついて眼鏡の奥の目を細め、手すりの向こうに広がる平原と、そこにポツンと異物のように存在する、奇妙な形の遺跡を眺めていた。
「そうか、サラは、古代文明の遺跡はあんまり見た事がないんだな。」
「古代文明の高度に発達した魔法科学によって築かれた遺跡ってのは、原型をしっかりとどめていて貴重なもの程、現代人にとって訳の分けらない形をしてる事が多いんだ。」
「あの『月見の塔』も、古代文明の遺跡の中ではAクラスに分類される、非常に高度な技術によって作られた遺物なんだよな。世界各地に残る古代文明の遺跡の中でも、Aクラス以上の遺跡は、僅か上位3%だけだ。まあ、要するに、相当貴重な建物って事だな。」
「えぇ!? あんなヘンテコなのが?」
「一応、観光名所でもあるんだぜ。ナザール王都においでの際は、ぜひ一度、かの有名な『月見の塔』を見にいらして下さいませー。名物の『月見の塔パン』や『月見の塔の置物』も、お土産にお忘れなくー。ってな感じでさ。」
「古くから、貴重な歴史的建造物って事で、国王の直轄地で、遺跡の警備も王国正規兵がしてたんだよ。それで、観光客は拝観料を払うと遺跡の中にちょこっと入れてもらえるんだ。あの塔の上部に登るのは禁止されてたけどな。遺跡の高い壁の中ぐらいまでは、誰にでも見せてくれたんだよ。」
「まあ、今は、反乱軍が立てこもってるから、ネズミの子一匹入れなくなっちまってるけどな。」
ティオは、スッと視線を遺跡から逸らすと、珍しく感情をあらわにし、苦々しそうな表情で言った。
「……ったく、余計な事を! 反乱とか戦とか、やりたきゃ勝手にやりゃあいいが、なんでよりによってAクラスの遺跡に立てこもるんだよ! はた迷惑なんだよ! 貴重な遺跡が傷んだらどうしてくれんだ?ってか、せっかくこんな大陸の端っこまで来たってのに、肝心な遺跡には入れないとか、どうなってんだ! マジついてねぇ!……」
「……ティオ。アンタの事に全然興味が湧かなかったから聞かなかったけど、ティオがこのナザールの都に来た理由って、ひょっとして観光だったのー? 遺跡が見たかったのー?」
ティオは、サラに言われて、ハッと我に返った様子だった。
頬杖から顔を上げてサラに向き直り、慌てて普段の掴み所のない笑みを取り繕う。
この時サラは、ティオがなぜそこまで焦ったのか理解出来ず、キョトンと首をかしげるばかりだった。
「い、いや、別に観光に来た訳じゃないよ。えっと、その、ちょっと用事があって。うん、本当に、月見の塔が目的って訳じゃないんだよ。」
「ふうん。まあ、どうでもいいけどー。」
「でも、ほらさ、せっかくナザールの王都に来たんだったら、有名な月見の塔を一度はこの目で見ておきたいなって思うじゃん?……俺、遺跡探索が好きなんだよねー。新しく訪れた土地では、有名な遺跡は必ず見る事にしてるんだよー。まあ、趣味? みたいな?」
「へー、そんなにあんなヘンテコな建物が好きなんだー。変わってるねー。」
「うんうん。古代文明の遺跡はいいよなぁ。遺跡探索は、俺の中で三番目に好きなものなんだよー。」
サラは、マグカップにまだ少し残っていたお茶をチビチビ飲みながら、「ふーん。」とか「へー、そう。」などと適当にあいづちを打っていた。
ティオ曰く「古代文明の遺跡探索は、三番目に好きなもの。」との事だったが……
サラは、見るからに変わり者のティオの趣味にも、ティオ本人にも、全く関心がなかったので、彼の好きなものの一番目と二番目がなんなのかを聞く事はなかった。
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ティオはしばらくサラに「月見の塔が古代文明を知る上でどれ程重要で貴重な遺跡か」という内容をやや早口にまくし立てたのち、腕組みをして深々とため息をついていた。
現在月見の塔が諸事情により立ち入り禁止状態である事が、余程恨めしかったらしい。
「……ハア。遺跡に一歩も入れないとか、ホント嫌になるぜ。せっかく楽しみにしてたのになぁぁー。ハアァー。」
「やっぱり、ティオ、アンタ、絶対遺跡観光に来たんでしょ?」
「だ、だから違うってー。」
そんなサラの脳裏に、フッと思い出された事があった。
旅の途中に立ち寄った町の食堂でサラがご飯を食べている時、近くの席に座っていた地元民らしい中年男性が、酒を酌み交わしながら、友人と思われる男性に熱心に何かを語っていた。
あまり興味はなかったが、一人きりで食事をしていたサラは、聞くとはなしに話に耳を傾けていた。
「まったく、お前は! 遺跡の良さがなーんにも分かっちゃいねぇ!」
「まーたいつものが始まったよ。ハイハイ。どんだけ遺跡が好きなんだよ、ホント。」
「遺跡にはなぁ、古代文明の遺跡にはなぁ、『……』があるんだよー! 『……』を感じるんだよー!」
男は、そう叫んだのち、一気に木の器に注いだ乳酒をあおり、ウィックとしゃっくりを吐き出していた。
(……えっとー、あの人、遺跡には何があるって言ってたんだっけー? 遺跡で感じるものって、一体何ー?……)
サラはしばらく目を閉じて「うーん」と考え込んでいたが、ハッと目を見開いてポンと手を叩いた。
「思い出したー! 私、それ知ってるー!」
「お? 何を思い出したんだよ、サラ?」
「ロバだよね! 遺跡でロバを感じるんだよねー! 遺跡にはロバが居るんでしょー? ティオもロバが好きなんだねー!」
「……」
ティオの鼻先にビシッと人差し指を突きつけて自慢げに胸を張るサラを、ティオはしばらくポカンと口を開けて眺めていたが……
やがて、感情の消え去ったかのような無表情で、ポツリと呟いた。
「……サラ、それ、たぶん『ロマン』だと思うぞ?」




