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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第一節>毒花の香り
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過去との決別 #3


「ところで、チェレンチーさん。あなたに一つ相談があるんですが。」

「相談? なんだろう?……僕でティオ君の役に立てる事だったら、遠慮せずに言って欲しいな。」

「いや、チェレンチーさんの力を借りたいという話ではなくて……あなたには、もう十二分に力になってもらっていますので。今回の相談は、その……チェレンチーさんに、前もって知っておいてほしいと言うか、あなたの許可を得ておきたいと言うか。」


 王国の軍部から傭兵団用に融通してもらった資金を会議室の床下に隠したティオとチェレンチーの二人は、ちょうど昼休みという事もあって、そのまましばらく、机の周りに置かれた椅子に腰をおろし話し込んでいた。


 ちょうど、サラが今チェレンチーに誘われてこの会議室にやって来ているように、チェレンチーはティオと会議室の机を囲んでいた。

 貴重な日中の休憩時間にこんな場所にやって来る人間は他におらず、二人は、今のサラとチェレンチーと同じく、窓から響いて来る昼休みの賑わいを聞きながら、習慣的に自分の席に座っていた。


 チェレンチーは、珍しく歯切れの良くないティオの言葉に、不思議そうな顔で小さな丸い目をパチパチと瞬いた。

 ジイッと食い入るようにティオの顔を見つめていると、ティオは、そんなチェレンチーの善良で真っ直ぐな視線の前で、少し気まずそうな顔をした。


「実は、俺、欲しいものがあるんですよね。」

「え? あ、ああ、うん、そうなんだ。」

「あ、もちろん、この傭兵団のためにですよ。」

「うんうん、分かってるよ、ティオ君。……それで、ティオ君が欲しいものって、なんなんだい?」

「それがですね……結構お金のかかるものでして。なくても、まあ、なんとかやれなくもないんですが、あるに越した事はないものなんですよ。正直、俺個人としては、ぜひ欲しいと思っています。」



「あー! 私、分かったー!」

 チェレンチーの話を聞いていたサラは、ガタンと椅子から立ち上がって、パチーンと指を鳴らしていた。

「ティオが欲しいものってー……ズバリ、宝石でしょう!?」

「いえ、違いますよ。」

 チェレンチーにサックリと否定されて、サラは、ガクッとコケたのち、そそっと気まずげに椅子に座り直した。

「そう言えば、サラ団長は、そんな事を昨日も言っていましたね? なぜなんです? ティオ君って、いつも質素な格好をしていて、そういった贅沢な装飾品には縁遠いように思えるんですけど。自分の身を飾るような趣味もなさそうですし。」

「あ、う、うん!……え、えーと、な、なんでだろうー? 自分でも良く分かんないやー! アハ、アハハハハー!」

 サラは必死で笑って誤魔化した。

 勢いで押し通してその場の空気を強引に変えるという、サラ特有の力技である。

 実際は、サラの単純な頭では上手い言い訳がパッと思いつかないだけだったりするのだが。


(……だ、だよねー。普通宝石って、自分の身を飾るものだよねー。ティオみたいに、石とお喋りする人間なんて、居る訳ないもんねー。……)


 ともかくも、チェレンチーの反応から、ティオが、本当は部類の宝石好きだという自分の本性を普段は上手く隠していらしい事を察するサラだった。



「ええ!? ティオ君、そ、それはぁ……」

「ダメですかね?」

「い、いやいや、ダメじゃないよ! 全然ダメじゃないよ! 僕も、それは傭兵団にあったら凄くいいものだと思うよ!……で、でもぉ……」

「予算の問題ですよね。」

「そ、そうそう! 凄く高価だからね!……いや、市場価格は品質に左右されるから、本当にピンキリなんだけど、でも、安いものでも、田舎だったら、小さな中古の家が買えてしまうかも。」

「もちろん、最上級ものを買おうとは思いません。あれは、ある意味贅沢品ですから。値段も上を見たらキリがない。しかし、やはりある程度の品質は欲しいんですよね。そこそこ見栄えがして、実用性もちゃんとある、それぐらいのものが望ましいですね。」

「い、いや、でも、現実的に、傭兵団用に購入するとして、とてもそんな資金的な余裕は……さっき、国の軍部から傭兵団用の資金として受け取ったお金は、確かに今はあるけれど、あれは武器屋に作らせている武器防具をはじめとして、その他諸々注文している物資の代金を支払ったら、ほとんど残らないよね?」

「そこで、俺に、いい考えがあるんですよ。」


 ニヤリと笑ったティオの気配に、チェレンチーはただならぬ嫌な予感がして、ブルッと背を震わせた。

 チェレンチーは特に勘の鋭い方ではなかったが、こと危険に関しては、弱者の生存本能が働くのか、敏感な所があった。

「……ど、どんな考えなんだい?」

 そう聞く時、思わず少し声が震えていた。


 すると、ティオは、グイッと、先程金を隠した木箱の辺りを親指を逸らして示しながら、悪い笑みを浮かべて言った。


「今ちょうど、国の軍部から貰ってきた金が手元にあるじゃないですか。」

「あ、ああ、うん。……で、でも、あれは、さっきも言ったけど、諸々の支払いで消える予定お金だから、使う訳にはいかないよ。そ、それに、たぶん、あれを全額つぎ込んでも、ティオ君が望む数は揃えられないと思う、よ。……だ、だから、やっぱり、ここは素直に諦めて……」

「あの金を元手に、二倍三倍、いや、もっともっと増やせるんじゃないかと思うんですよ。ちょうど、武器防具や衣服の支払いの期日まで、まだ若干余裕がありますしね。」

「に、二倍三倍? それ以上に増やせるって……ティオ君、君は一体何をしようと言うんだい? た、確かに利回りのいい投資の話とか、リスクはあるけど先物取引なんかもあるけれど、とても注文している物資の支払い期日までには間に合いそうもないよ。そもそも、下手を打てば、むしろ今ある金額が大幅に減るなんていう事も……」

「チェレンチーさん、守ってばかりじゃ、お金は増えませんよ! 俺達には、もう時間がないんです。ここは、ある程度リスク覚悟で、大胆に攻めていかないと!」


 ポンとチェレンチーの肩に手を置き、自信満々で語るティオを見て、チェレンチーは、防衛本能からくる震えにひたすら耐えていた。


「大丈夫! たった一晩で、この金を、二倍三倍、いや、それ以上に増やす方法はあります!」

「……ティ、ティオ君? ま、まさか、君が言ってるのって、もしかしてもしかすると……」


 ティオは、既に先の事を考えている様子で、腕組みをしてどこか遠くを見つめながら言った。


「このナザールの王都では、賭博と言えば『ドミノ』だそうですね。」


「俺、『ドミノ』はまだ一度もやった事がないんですが、ルールは大体調べました。」


「大丈夫です。余裕で勝てると思います。」


「ティ、ティオ君!?」

 チェレンチーの引っくり返った声が、二人きりの会議室に響き渡っていた。



「という訳で、さっそく明日の夜、城下町の賭博場に行ってこようと思います。」

「ええ!? そ、それ、もう決定事項なのかい!?」


 当然ながら、傭兵団きっての常識人で慎重な性格でもあるチェレンチーは、暴挙とも思えるティオの計画を聞いて、頭を抱え、混乱しきりだった。

 なんとかティオを止めようと必死になるも、ティオはチェレンチーとは真逆に、全く不安の欠けらもないない様子で、平然と笑っているばかりだった。


「本当は今日にでも行きたい所だったんですが、念のため、もう少し情報収集してからにしようと思いまして。」

 どうやらティオは、既に、ナザール王都で一番有名な賭博場に関して、頻繁に出入りしている人間にいろいろと話を聞いて回っていたらしい。



 ナザール王国では、賭け事は禁止されていない。

 その代わり、賭博で得た金や、賭博場の経営には高い税が課されており、純粋に賭博で大金を稼ぐ事は、事実上難しかった。

 金の有り余った人間の、贅沢な暇つぶしの遊戯、といった印象だ。


 当然、隠れて賭博を行う者も多数居た。

 下町の食堂で酒の余興として仲間内でサイコロを振るぐらいならば、都の警備兵も注意を促す程度で見逃してくれるが……

 儲けを出そうと、内密に居を構えて賭博を行うと、情報が入り次第警備兵が駆けつけ、胴元も客もお縄になる。

 そんな捕り物劇が、大小含め王都では時折起こっていた。

 今は傭兵団のお目付役として駆り出されているが、元は都の上級警備兵であったハンスも、平時ならこういった都の治安維持に奔走していたに違いない。

 闇賭博の情報提供には報奨金が出るのもあって、密告は頻繁に行われていたが、実は告発のほとんどは同業者からのものであった。

 自分の所はきちんと国に高い税金を払っているというのに、こっそりお上の目を盗んで稼ごうという商売敵は許しがたい。

 加えて、自分の所の客まで取られるときては放ってはおけない、といった所だろう。


 そういった背景の中、現在王都の城下町には、いくつかの賭博場があった。

 ティオが行こうと目論んでいるのは、その中でも最も大きな賭博場で、多くの客が出入りし、レートの高い博打が行われている場所であった。

 都に住む貴族や大金持ちがひいきにしている店でもあり、そういった上顧客が安心して賭博を楽しめるよう、ルールがしっかりと設けられており、警備も厳重に行われていた。


「どうせ勝負するなら、ドーンと大きく行かないと! ですよね!」


 短期間で今ある金を二倍三倍、あるいはそれ以上に増やそうというなら、小さな賭場でチマチマやっていてもラチが明かない。

 なんとか高レートの賭博場に潜り込み、一晩で大金を得ようというのが、ティオの考えだった。

 しかし、裏を返せば、高レートの賭博につぎ込むという事は、負けた時は、一瞬で大金を失うという事でもある。

 元々のハイリスクハイリターンの法則の上に、賭博で動く金には高い税が課せられるため、その分を差し引いて更に儲けを出さなければならず、むしろリスクの方が高い状況だった。


 当然、常識的で堅実な性格であり、今までの商家の下働きとしての経験から金の恐ろしさを嫌という程知っているチェレンチーは、ティオを必死で止めた。


「ぜ、ぜぜ、絶対やめた方がいいよ、ティオ君! お、思い直しておくれよ!」

「大丈夫ですよ、チェレンチーさん! 俺がこの金を、絶対に、二倍三倍に増やしてみせますから!」

「ギャンブルをする人はみんなそう言うけどね、本当にお金を二倍三倍に増やした人なんて、僕、一度も見た事ないよ!」


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「ナザール王国における賭博」

ナザール王国では賭博は法律で禁止されていない。

ただし、賭博で動く金銭には高い税率が課されていて、脱税に対しても厳しく監視されている。

ナザール王都には大小いくつもの賭博場があり、主流の競技はドミノである。

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