過去との決別 #2
「それでー、チャッピーがどうしても私に聞いて欲しい話って、一体何ー?」
「あ!……は、はい、そうでした!」
チェレンチーはサラに促されて、ハッと我に返った様子で、ワタワタしながらも、改めて真っ直ぐにサラを見つめてきた。
昼休みの時間は、昼食を食べる時間を含めて四十五分しかない。
まあ、傭兵達は、鍋に残った分は先着順でお代わりをしていいいというルールもあって、皆先を争うように早く食べるので、実質食事に要する時間は十分とかからないのだが。
最初は早食いが得意ではなかったチェレンチーも、傭兵団に居る内にいつの間にか慣れたらしい。
それでも、貴重な昼休みの時間を割いているので、しっかりと目的を果たしておきたいという気持ちが感じられた。
「ぼ、僕が、サラ団長に是非聞いてもらいたいのは、昨日の夜の顛末です。」
「サラ団長は、ティオ君がボロツ副団長と僕を誘って賭博場に行ったという事実は知っていても、具体的にあの夜どんな事があったのか、僕達が賭博場でどんな風に過ごしてきたのか、そういった事までは知らないと思うんです。」
チェレンチーは、そこで、少し悲しそうに、小さな丸い目をしかめた。
「そして……ティオ君は、たぶん、自分からは、あの夜の話は人にしないでしょう。ティオ君は、そういう人ですから。もし、サラ団長が尋ねたとしても、のらりくらりと話を逸らしてまともに語ってはくれないと思うんです。」
「だから、僕がっ!……ゲホッ、ゲホッ!」
勢い込んでドンと自分の胸を叩いたまでは良かったが、思った以上に力が強かったらしく、ゲホゲホ激しくむせたチェレンチーに、サラは慌ててお茶を勧めた。
チェレンチーは、サラに背を撫でられながら「すみません、すみません!」とペコペコ頭を下げた後、お茶を飲み下していた。
なんとか収まると、慌ててゴシゴシと口元を手の甲で拭き、仕切り直した。
「僕が、代わりに、あの夜の事を、サラ団長に絶対話せなきゃって、そう思ったんです!」
「ティオ君と誰よりも親しくしているサラ団長にこそ、ちゃんと本当の事を、ティオ君のしていた事を、知ってもらいたくて!」
「聞いて、もらえますか?」
真剣なチェレンチーの問いに、サラは黙ってコクリと力強くうなずいた。
確かに、秘密主義のティオの事だ、城下町の賭博場での一夜を、自分からペラペラとサラに話したりはしないだろう。
特に今は、ティオと気まずい空気になってしまっているので、気安く聞き出すのは難しそうだった。
それに、チェレンチーに言われて、サラの中で途端にムクムクと興味が湧いてきていた。
「サラはダメだ。」そう言い置いて、ボロツとチェレンチーの二人を連れ、男三人泊まりがけで城下町に出掛けた時の事を、自分の見ていないティオの姿を、知りたくて仕方なかった。
「チャッピー! 教えて教えてー!」
「……あ! で、でも、これ、ティオ君に口止めされていたんだったかなぁ? どうも昨日は酷く酔っぱらってしまって、最後の方の記憶が飛び飛びなんですよね。もし、ティオ君が後で困るような事があったら……」
「平気平気ー! 何しろ、ティオよりも私の方が偉いんだからねー! 後でティオがなんかウダウダ文句言ってきたら、私がガツン!って叱ってあげるってばー! うん、これは団長命令ねー!……さ、話して話してー!」
「は、はい。」
話の前に喉を潤そうと、もう一度お茶を口に含みかけていたチェレンチーは、サラに景気良くバシバシ背中を叩かれ……
再び、ゲッホゲッホとむせていた。
□
チェレンチーの話によると……
事の発端は、ティオが、ナザール王国の軍隊の会計を担当している人物から、傭兵団用の資金を受け取ってきた所まで遡る。
「ちょっと色をつけてくれましたよ。」
「だよねぇ! 予定より少し多いよね! 凄い!……パッと見た感じ、そんな気前のいい人には見えなかったけどー、一体どんな交渉をしたんだい、ティオ君?」
昼休みにティオが抱えてきた袋をテーブルの上に乗せ、口を開いて、中に入っている貨幣の枚数を数えながら、チェレンチーは興奮気味にティオに尋ねた。
こんなふうに、他に誰も居ない会議室で、密かに資金繰りの話が行われていたとは、サラもチェレンチーに話を聞くまで全く知らなかった。
元商家の人間であるチェレンチーは、金というものに対して、元々はみ出し者やチンピラの寄せ集めのような傭兵団の他の人間に比べ、少し感覚が異なっていた。
「大金」を眼の前にして、驚き興奮するのは同じだが……
その「大金」が世間で流通する上でどれ程の価値があるのか、その「大金」を儲けるにはどれぐらいの労力がかかるのか、どんな物資と等価であるのか……
そういった実感が、より現実的かつ詳細であった。
「まあ、そこは……秘密です。」
「あー、また、それかぁ。まあ、ティオ君は交渉が本当に上手いからなぁ。」
ティオが言葉を濁したので、チェレンチーは自分なりの解釈をしたようだったが……
(……ティオのヤツ、また他人の秘密を握って、軽くゆすったなぁ。……)
話を聞いていたサラは、苦い表情で内心そう察していた。
ティオは、普段から、鉱石に残った記憶を読む異能力を駆使して様々な人物の情報を得ており、それを商談の場において、交渉材料の一つとしてチラつかせているらしい事はサラも知っていた。
「うん、確かに! これで、注文していた武具やら衣類やら、もろもろの支払いは足りそうだね!……良かったぁ、なんとか期日までに都合がついて! 最初はどうなるかと思ったけど、ティオ君が国の軍部から資金を引っ張ってきてくれたおかげだよ!」
「じゃあ、一旦これはしまっておきましょう。」
「そ、そうだね! 誰かが来る前に、隠しておかなくっちゃね!」
チェレンチーはティオが持ってきた貨幣を数え終えると、傭兵団の出納を管理している紙に数字を書き込み、元のように綺麗に折り畳んでズボンのポケットにしまった。
一方ティオは、机の上に並べられていた貨幣を皮袋にザーッと手早く搔き集める。
二人とも、傭兵団の皆の事を信頼してはいたが、彼らが元はならず者だらけだという事もあり、ムダに金銭を目撃させて混乱させないようにと気を使っていた。
中には、悪気はなくともつい手癖の悪さが出てしまう者の居るかもしれない、との心配があった。
そのため、金の管理は、ティオとチェレンチー二人だけが行い、金の隠し場所も二人だけが知っている状態だった。
皮の袋に戻した金は、袋の口をしっかりと閉じると、会議室の隅の床板を外し、そこに掘った穴の中に置かれた木箱に入れて蓋をした。
チェレンチーが急いで床板を戻そうとしていると、ティオが一旦その動作を止める。
「チェレンチーさん、忘れてますよ。これこれ。」
「あ! そうだったね! お金をしまう時は、必ず木箱の上にこの石を乗せておくんだったね。」
チェレンチーは、ティオに拳大の石をいくつか渡されて、それを閉じた木箱の蓋の上に几帳面に並べ、その後床板を戻した。
そして、寄せてあった空の木箱を、元のように床板を覆う位置に動かし、何個か雑然と積み上げて、作業は終わった。
□
(……そう言えば、この会議室の隅って、ずーっと空の木箱が積んであったなぁー。片付けてる暇がないのかと思ってたけどー、まさかこんなとこにお金を隠してたなんてー。……)
サラは、チェレンチーの話を聞きながら、チラッと横目で、今もこの部屋の片隅に積み上げられている古びた木箱の群れを見遣った。
会議室として使われ出す前は、物置のように雑然と不用品が詰め込まれていた場所であったので、その名残のような木箱をあまり気にかけた事はなかった。
まさか、毎日頻繁に人間が出入りしている場所に金を隠しているとは思いも寄らず、盲点を突かれた気分だった。
(……でも、チャッピー、それ、私に言っちゃっていいのー?……まあ、私は、お金に興味ないけどねー。って言うかー、それだけ私はチャッピーに信頼されてるって事かなー。エヘヘヘヘ。……)
昨日の夜の顛末を語るついでに、チェレンチーが金の隠し場所の話をサラにしたのは、彼女が他の傭兵達と違って、全く金に執着がない人物だと見抜いていたのかもしれない。
もちろん、傭兵団の団長としての信用もあったのだろうが。
「ところで、ティオ君。さっきの石って、なんでいつも木箱の上に置いてるんだい?」
チェレンチーは、それまで、ティオに言われるままに、床下の木箱に金をしまう際は必ず蓋の上に石を並べていたのだったが……
ふと気になって聞いてみた。
良く考えると、木箱は、重しをする程中身がいっぱいで蓋が閉まりにくい訳でもなく、上に乗せる石も、皆せいぜい拳大の大きさで、鍵の代わりとなるような持ち上げるに困難な程の重量はなかった。
蓋の上に乗せる石は、見るからにその辺の地面から拾ってきたような、どこにでもあるごく普通の石だった。
しかし、チェレンチーは、いつもティオに「あの石は必ず置いておいて下さい!」と、強く念を押されていた。
「それはですね……」
と、ティオは、瓶底のような分厚いレンズがはめ込まれた眼鏡をツッと指で押さえ、得々と語った。
「もしもの時のためです。……まあ、傭兵団の人達の事は、一応信じていますがね。万が一、誰かが金のありかに気づき、つい手を出してしまった、という事態も想定しておかなければならないでしょう。」
「もし、誰かが、この木箱から金の入った袋を取り出したとして……その人物は必ず、蓋の上に置かれた石をどかさなければならない訳です。」
「まあ、そうだね。邪魔だからね。」
「その時、当然、石に触る事になりますよね。」
「うん。触らない事には、どかせないからね。」
「つまり、そういう事です。」
「……ん?……え?……ご、ごめん、全然意味が分からなかったんだけど?」
「その石を置いておけば、もし金が盗まれる事があっても、俺には、誰が盗んだのか一発で分かるって事ですよ。なので、すぐに回収可能なんです。」
「……んんんんん?……」
頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げているチェレンチーの前で、ティオは、いつものように飄々と笑うばかりで、それ以上詳しい話は何もしてくれなかったそうだ。
ティオが、一見おしゃべりなようで、必要のない事は一切語らず、また異常に口が固い事を知っているチェレンチーは、「石を置く」という奇妙な行動について、それ以上追求するのをやめる事にした。
おそらく、何を聞いても答えてくれないだろうと踏んだのだった。
「たぶん、ティオ君には、僕には想像もつかないけれど、もしお金が盗まれても、必ず見つけ出せるという確信があったんだと思います。」
ティオに何も詳しい説明を受けていないのに、そこまで彼を信用出来るチェレンチーに、内心感心するサラだった。
それは、もはや、信仰心と言っていい程の、絶対的な強さの尊敬と信頼である。
(……なるほどねー。確かにティオだったら、犯人が誰か、すぐに分かるよねー。……)
一方サラは、チェレンチーの話を聞いて、ピンとカラクリに気づいていた。
なんの事はない、ティオは金を盗む者が出た場合、その者が盗む際に必然的に触れる石から、記憶を読んで犯人を特定し、即座に取り返すつもりだったのだろう。
まあ、その種明かしは、チェレンチーに対しては絶対出来ないものだったが。
□
「ティオ君は、不思議な人ですよね。」
と、チェレンチーは、腕組みをして目を閉じ、しみじみとした口調で言った。
「僕は、元は商人の家の人間だった事もあって、店の手伝いを良くしていたんです。手伝いとは言っても、そんな重要な役目を任される筈もなくて、掃除とか片づけとか荷物運びとか、そんなものばかりでしたけど。下っ端は、金銭に触れる事は許されないんですよ。……でも、そんな経験を通して、様々な人を見てきました。」
「商品を扱う生業ですからね。当然、仕事には密接にお金が絡んでくるんです。時には、大きな金額を扱う取引もありました。そんな様子を、僕は店の片隅から見ていました。」
「お金を前にすると、人間って、大なり小なり態度が変わるんです。特に、大金を目の前にすると、それまでとても誠実そうに見えていた紳士でさえも、途端に目の色が変わって、ギラギラと恐ろしい顔つきになったりします。」
「まあ、欲のない人間は居ませんからね。子供の頃からそんな光景をいつも見ていた僕は、それが普通の事なのだと思っていました。」
チェレンチーは、大金を前に目がくらむ人間のさがに対して、特に嫌悪感を抱いている様子ではなかった。
当たり前の事としてとうに達観しているらしく、人の良さそうな彼の丸顔には、穏やかな笑みがたたえられたままだった。
「でも、ティオ君は全く変わりませんね。……どんな大金だろうと、顔色一つ変える事なく、まるで木の葉でも触るかのように淡々と数えています。」
「お金の価値を良く知らない幼い子供なら、そういう事もあるかもしれません。でも、ティオ君はそうじゃない。あんなに聡明なティオ君の事です。金銭が、世の中や人々に与える影響や役割を理解していない筈がありません。良く良く金の価値が分かっていて、それでも、全く邪念を持たず、単なる取引の道具として見ている、そんな印象なんですよね。」
「僕は、自分の家の家業を通じて、今までいろいろな人を見てきましたが、ティオ君のような人間は初めて見ました。」
チェレンチーは、ティオが自分の事を詮索されるのを好まないのを知っていて、自分から彼に尋ねる事はなかったようだが……
それでも、純粋に興味を感じている様子だった。
実年齢よりも若く見える小さな丸い目をクリクリと輝かせて語っていた。
「それも、今日のように驚く程の大金を前にしても、全く態度が変わらないなんて。まだ若いのに、一体今までどんな人生を送ってきたんでしょうね?」
「前にも大金を扱った経験があるのかもしれないですよね。となると、どこかのお金持ちや貴族の子息とか? いや、でも、そういう雰囲気でもないですよね。恐ろしく頭がいいせいもあるんでしょうけれど、まるで年老いた見識者のような独特の落ち着きや品格が感じられて、とても一介のならず者には見えないんです。」
「少なくとも、こんな急ごしらえの傭兵団に居るような人ではないと、僕は思うんですよ。……本来はもっと重要な地位、そう、例えば大臣とか、国の政に大きく関わるような役職に就いていても、何もおかしくないです。いや、むしろ、その方が自然な気がします。」
「本当に、ティオ君は不思議な人です。」
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「ティオの異能力」
触れる事によって、その鉱石に残った記憶を読み取る事が出来る。
と言っても、石に残っている記憶は膨大かつ雑多であり、望んだ記憶を探り当てるのには熟練とコツが要るらしい。
ティオは、物心ついた時からこの能力を使って遊んでたため、今では息を吸うように出来るようになっている。




