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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第七章 望まぬ不和
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望まぬ不和 #12


「サラ! 俺のパン食うか?」


 隣の席のボロツに話しかけられて、サラはハッと我に返った。

 向き直ると、ボロツが、自分の皿に乗っていたパンをサラに向かって差し出し、ニッカと笑みを浮かべている。

 サラは、ゆっくりと首を横に振った。


「いいよぅ。ボロツには、今朝もパン貰っちゃったしー。ボロツも、もう体調は良くなったんでしょー? 食べられるなら、しっかり食べた方がいいよー。」

「おお、そうだな。」


 ボロツが、凶悪な犯罪者のような見た目によらず、意外にも周りに気を遣う男だという事を、サラはもう良く知っていた。

 おそらく、元気がない様子に気づいて、心配してくれたのだろうと察した。

 ボロツは、朝とはうって変わって、顔色が良くなり溌剌とした状態に戻っていた。

 元々酒は弱い方ではなく、ガタイの良さに比例して体力も人並み以上にあるボロツは、昨日夜通し起きていて大量の酒もあおったというのに、午前中の訓練も皆と共にしっかりこなしており、今はもうすっかり復活している様子だった。


「……あー、サラよぅ。」

「ん? 何、ボロツー?」

「んん、コホン。……本当は、俺が口を出すこっちゃねぇんだろうが、その……ティオの事でな。」


「昨日の事は、確かに俺達が悪かった。それについては、マジですまないと思ってる。サラが謝罪しろって言うなら、いくらでも喜んで土下座するし、なんなら素っ裸で宿舎を十周してもいい。……もちろん、チャッピーも一緒にな! なぁ、そうだよな、チャッピー?」


 ボロツに、いきなりとんでもなく恥ずかしい罰を提案されて、チェレンチーは驚きのあまり「ええ!?」と言いながら、スプーンをポロッと取り落としていた。

 サラは、そんなチェレンチーを気にしつつ、ボロツの目の前でブンブンと首と手をいっぺんに横に振った。


「要らない! そんな謝罪、心の底から要らなーい! ボロツの裸なんか見ても、誰も喜ばないよー! チャッピーも可哀想だよー!」

「そうか? 俺様は、恥ずかしい格好をみんなに見られるっていうのも、結構好きだぜぇ。」

「……」


 ボロツは今までも、何かにつけて「俺を殴ってくれぇ!」「思いっきり踏んでくれぇ!」などと言っていたので、そういう嗜好があるんだろうな、とサラも感づいていたが……

 どうやら露出の気もあるらしい事を知って、出来れば知りたくなかったとげんなりするサラだった。

 そもそも、ボロツが喜んで裸になるなら、罰の意味がないと思うのだが。


 ボロツは、もう一度、ゴホンと空咳をすると、少し真面目な声色で仕切り直した。


「とにかく、俺はいくらでも謝罪するぜ。罰も喜んで受ける。だからよ、その代わり……いい加減、ティオの野郎の事も、ちょっとは許してやってくれねぇか、なあ、サラよぅ。」


「ティオの野郎は、妙に頑固なとこがありやがるからなぁ。どうせまだサラにちゃんと謝ってねぇんだろう、アイツは? ホント、しょうがなねぇよなぁ。」


「でもよ。アイツはアイツなりに、この傭兵団の事を考えて動いてたんだぜ。まあ、だからって、昨日の晩の事をサラが許せないってのは分かる。サラは、そういう真っ直ぐで綺麗な心の持ち主だからなぁ。」


「それでも、今回は、この俺の顔に免じて……ティオの野郎の事を、許してやってくれねぇか。」


「……ボロツ……」

 普段はどちらかというと一方的に敵視しているティオの事を、ボロツが必死に弁護する様子に、サラは、つぶらな水色の瞳を驚きで見開いていた。

 ボロツ本人も余程照れ臭かったようで、大きなスキンヘッドの頭をガリガリと掻き、視線を明後日の方に逸らして言った。


「ほ、本当はよ、サラには、ティオの野郎とあんまりベタベタしてほしくないんだぜ、俺はな。……だけど、まぁ、そういう俺の個人的な気持ちは、今は置いておくとしてだな。サラは団長で、ティオは作戦参謀だからよ。早いとこ、元のように打ち解けて欲しいっつーかさ。いや! 俺個人としては、マジで嫌なんぜ! だ、だけどよ、俺もこの傭兵団の副団長だしな。傭兵団がギスギスしてんのは、放っておけねぇだろう?」


「それに、まあ、なんだ……昨日、俺もチャッピーと一緒にティオと出掛けちまったからな。運命共同体って程じゃねぇが、共犯者ってヤツだろう?……それなのによ、俺とチャッピーだけがサラに許されて、ティオばっかり怒られたままっつーのも、なんか、不平等で悪い気がしちまってよぅ。」


「あ! 後な!……ティオの野郎は、まあ、いろいろ腹黒いっつーか、いつまで経っても本心を見せやがらない食えない所のあるヤツだ。俺も、アイツの調子の良さと二枚舌には、しょっちゅうムカついてるぜ。……でもな、昨日一晩アイツに付き合ってみて思ったんだよ。」


「ああ、コイツ、根は悪いヤツじゃねぇんだな、ってよ。」


「何より、肝が座ってる。しっかりとした意思を持ってるだけじゃなく、それを実行出来るだけの度胸を持ってやがる。……まあ、剣が持てなかったり、自分は平和主義者だから嫌だとかって、のらりくらり勝負の場から逃げたがるのは情けねぇとは思うけどな。でも……」


「アイツは、いい男だぜ、サラ。……まあ、俺程じゃねぇけどよ。」


「なんのかんの言って、自分が言った事は、ちゃんと守ってるしなぁ。実際、この傭兵団のために、良くやってくれてると思うぜ。」

 ボロツは、そう言った後、慌てて……

「でも、アイツには絶対惚れるなよ、サラ! 俺の勘じゃあ、アイツは女を不幸にする、そういうタイプの男だぜ! 付き合うなら、俺にしとけ、俺にぃ!」

 と、付け加えていた。


 

(……ティオが本当はいいヤツだって事ぐらい、私だって知ってるわよー。……)


 サラは、ボロツの言葉を受け、再びうつむいて、スープをグルグル木のスプーンで掻き回した。


(……ティオが、この傭兵団のために、お金や物や情報を集めようと、毎日走り回ってる事だって分かってる。……)


(……ティオは、一見ヘラヘラしているように見えるけど……本当は、頑固なぐらい意思が強くって、度胸があって、こうと決めた事はどんどん実行する、やれば出来るヤツだっていうのは、もう充分過ぎるぐらい見てきたもんねー。……)


 サラは、ティオの事を語るボロツに、「ティオの事は自分の方が良く知ってる!」と言いたくなる気持ちをグッと抑えていた。


(……違うのー! そうじゃなくってー!……)


(……ボロツは、私がまだ、ティオが傭兵団のお金で賭博場に行った事を怒ってると思ってるみたいだけどー……ううん、確かに、それについてはかなり怒ってるよー! アイツ、まだちゃんと私に謝ってないしねー!……でも、私とティオの仲がこじれてるのは、それが一番の原因じゃないんだってばー!……)


 とは言え、ボロツをはじめとした傭兵団の人間に、「毎晩眠るとティオの精神領域に行っていて、そこでいろいろあった。」などという話が出来る筈もなかった。

 そもそも、精神世界の事について語る事は、「頭のおかしい人間だと思われるぞ」とティオに止められていた。


(……そもそも、私がティオを怒ってるんじゃなくってー、ティオが私を怒ってるのー! それで、私の事を避けまくってるのよー、アイツー!……)


 サラは一貫して、ティオとの和解を望んでいた。

 つい先程ティオと二人きりで話す機会があったのに、うっかりカッとなってかえって溝を広げる結果になってしまった事については、(失敗だった)とサラは素直に自分の非を認めていた。


 しかし、ティオは違った。

 ティオの態度からは、サラと和解しようという気配は全く感じられなかった。

 確かに、「幹部の人間が不仲なのは、団員達に余計な不安を与える。」という理由から、ティオは、人前では、いつものように笑顔でサラに接して見せていた。

 けれど、実際は、サラが込み入った話をしようとすると、特に昨日の夜の出来事について謝ろうと考えていると、それを察したかのように、スッと視線を逸らし、さり気なくサラから離れていってしまった。



 今日の朝の会議が終わった所で、サラが「ティオ……」と話しかけようとすると、ティオは……

「悪い、サラ。今忙しいから、後でな。」

 片手を上げ、穏やかな笑顔でサラを制止した。

「起床時間までまだあるので、とりあえず、壊れたベッドの運び出しだけでもやってしまいましょう。力のある団員を何人か掻き集めて……」

 そう言えば、サラは仏頂面でほとんどまともに聞いていなかったが、宿舎のベッドが壊れて困っているという報告が会議の終わりにあった。

 ティオは、そのまま、ベッドが壊れた事を報告した小隊長と共に、彼の隊員達が居る部屋へと足早に向かっていってしまった。

「分解した古いベッドをただ捨てるのももったいないので、厨房での煮炊き用の薪として使えないかどうか検討してみます。」

 ティオが小隊長と話しながら廊下を遠ざかっていくのを……

 サラは、ムッと唇を一文字に引き結んで睨むように見つめていた。


 そして結局、サラとの話はうやむやにされたまま、傭兵団のいつものスケジュールは粛々と進行してゆき、ティオの「後でな」という言葉が果たされる事はなかったのだった。



(……確かに、今、私は、胸の中がモヤモヤしてて、機嫌が良くないけどー……)


(……それは、私がティオに腹を立ててて、それでアイツを避けてるんじゃなくってー……ティオの方が私を避けてて、まともに話をしようとしないから、それでイラついてるんだってばー!……)


 サラはスープに入った豆の形状が無くなるぐらいグルグルと潰し混ぜたのち、フウッと息を吐いて顔を上げた。

 ティオがこの場に居ない以上、現状を変える事は不可能だ。

 いつまでもウジウジしていてボロツや皆に心配をかけるのは良くない、そう思ったのだった。


「ボロツ、これ、あげる。」

 サラは、自分の木の皿にパンと共に盛られていた、煮た芋の一欠けらを、スプーンでひょいっと持ち上げると、目にも止まらぬ速さで、シャッと隣の席のボロツの皿に置いた。

 何気ない動作であっても、サラの運動神経の良さにより手品のような華麗さで行われると、思わず見惚れてしまう。

 ボロツは、べショッと自分の皿に半分潰れながら置かれた芋と、スープを掻き込んでいるサラの横顔を、小さな三白眼をカッと見開いて何度も見比べていた。


「マ、マジか、サラ!……サ、サラが、いつもお代わりしてまで食べたがるサラが、傭兵団で誰よりも食い意地の張ったサラが、花より団子を地でいくサラが、お、俺に自分の料理を分けるだなんてぇ!」

「ちょっとー! 私の事、どんだけ食いしん坊だと思ってるのよー! 私だって、いっつもご飯の事ばっかり考えてる訳じゃないんだからねー! 食べ物の事とー、剣の事とー、強くなる事とー、えっと、後、強くなる事とー……」

「色恋の要素がまるでねぇ!」

「もうー! 要らないなら、やっぱり返してー!」


「ボロツには、今朝パンを貰っちゃったしー、なんかいろいろ心配してくれたから、お礼にあげようと思ったのにー!」

「ああ! 要る要る! 食べる食べる! せっかくサラから貰った貴重な芋だ。この味を一生忘れねぇよう、大事にちょっとずつちょっとずつ噛み締めて食べるぜ!」

「そこまで大事にしなくていいー!」


 「まあ、でも、ボロツって、本当にいいヤツだよねー。」と、サラが、笑顔で言いかけた時……

 サラが移した芋をジーッと見つめていたボロツが、何か思いついたように顔を上げて言った。


「サラ、この芋、せっかく俺にくれるってんなら、一度口の中に入れてから出したのをくれねぇか? あ、それが無理なら、ちょっと齧るだけでいいからよ。何も食べてないものより、食いかけの方が、俺にとってはありがてぇんだよなぁ。」

「うっ!……も、もうー! ボロツのバカー! 今のナシー!」

「え? え? な、何? なんだって、サラ? 悪い、芋に夢中になってて聞いてなかったぜ!」


 時々漏れるボロツの変態じみた嗜好に、せっかく上がっていたサラの好感度は、急降下していた。


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「ボロツ」

大柄でがたいが良く、身長を超える巨大な大剣を振り回す豪腕の持ち主。

見た目によらず世話好きで良く気がきく所があり、また、手先が器用で、サラに自作の寝間着やペンダントを贈っている。

ただ異性の好みと性癖が偏っており、その事で仲間に引かれる場面もしばしば見られる。

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