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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第七章 望まぬ不和
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望まぬ不和 #9


「ど、どどど、どうしたのよ、一体、こんな大金ー!?」

「いや、だから、賭博場で稼いだんだって。」

「賭博場で、稼ぐー?」

「そう。……つまり『金を賭けてゲームをして、それに勝って金を受け取った』って事だ。そうやって稼いできた。」

「……」


 サラは、ティオが口を開けて示した麻袋にギッチリ詰まった金貨を、ジイッと食い入るように見つめる事はなかった。


 金に対する欲望がある人間ならそうするのだろうが、サラは今まであまり金を欲しいと思った事がない。

 毎日無事に生きられて、衣食住に困らないのなら、特にそれ以上の金を求める気持ちが、更々なかった。

 特に、強靭かつ頑強な肉体の持ち主であるサラは、食べ物に困ったら、その辺に生えている植物や魚や動物を採って食べればいいと思っており、寝る場所も、木の上でも地べたでも全く気にならない。

 以前から、「金金!」と血眼になって金を奪いあったり貯め込んだりする人間の気持ちが理解出来ず、何か別世界の出来事のように冷めた目で見ていた。


 そんなサラであったので、見た事もないような大量の金貨は、富や贅沢や幸福の象徴というよりも、災いや争いの元のように思えて……

 複雑な表情を浮かべて、思わず視線を外したのだった。


「……え? ひょっとして、そこにある袋、中身全部お金なのー?」

「もちろん。金貨のみ入ってるのが三つ、銀貨のみと銅貨のみがそれぞれ一つづつ、後の一つは銀貨と銅貨が混じってるな。」


 全て金貨が入っているのではないにしても、相当な額になるのは間違いなかった。

 それは、あまり金に関心のないサラにも分かる事だった。


 そして、ふと、サラは気づいた。

 ティオの、金に対する扱いが酷く淡々としている事に。


 思い出すのは、ティオが王宮の奥にある宝物庫から盗み出してきた財宝を、目がくらむような金銀細工には全く目もくれず、ただ宝石だけをせっせと取り外していた場面だった。

 見事な作りの装飾品から、宝石だけを抜き出し、その宝石は大事そうに柔らかい布に包んでしまっていたが、残りの細工部分は、十把一絡げにまとめ、ただの金銀として目方を測って売り飛ばすつもりのようだった。


 ティオは、ボロツやチェレンチーが、改めて大量の金貨を前にして、夢でも見ているかのようにボーッとのぼせているのとは対照的に、全くいつも通りに平然と金貨を扱っていた。

 ティオにとっては、いくら量が多かろうと、金は金、単純に何かを買うための道具としてしか認識していないのが感じられた。


 その時、フッと、サラは確信した。

 賭博場に行って金を稼ごうという計画を立てたのは……間違いなくティオだと。

 おそらく、ボロツとチェレンチーは、ティオの口車にまんまと乗ってしまったに違いない。


「……こ、こんなにたくさんお金を仕入れてきて……ん? 仕入れ? なのかな? まあ、いいや。……これ、一体どうするつもりなのよー?」

「そりゃ、もちろん、使うんだよ。傭兵団のためにな。」


「まあ、金があれば必ず戦に勝てるって訳じゃないが、なければ不利になるなのは間違いない。ないよりはあった方が断然いい。」


「サラ、こんな事を言うとお前は嫌がるかもしれないけどな……」


「戦ってのは、金のかかるもんなんだよ。」


「ムググ……」

 ティオの、確信に満ちた表情と口調に圧倒され、サラは思わず口をつぐんだ。


 ティオが傭兵団の作戦参謀になってからというもの……

 老朽化してボロボロだった訓練場がみるみる整備されて見違えるようになり、訓練に使う武器防具も、更には実戦用の本物の武器防具も次々と揃っていっていた。

 ついには、団員達の、服、食事、寝具といった、いわゆる衣食住の労働環境まで改善されつつあった。

 そんな状況を目の当たりにして、金銭には疎いサラも、嫌でも「金の力」というものを身に沁みて感じずにはいられなかった。


 「傭兵団のために金が必要だった」と言われてしまっては、団長であるサラは、ぐうの音も出なくなってしまう。


 ……しかし、ふと、気になった事があった。


「ねえ、一つ聞きたい事があるんだけどー。」

「なんだよ、サラ?」

「お金が必要で、それを賭博場で稼いできたっていうのは……うーん、私としては、正直あんまり嬉しい事じゃないんだけどー、それも傭兵団のためだって言うなら、まあ、ギリギリ許せるかなー、とは思うんだよねー。でもー……」


「賭博場ってさー、確か、お金を賭けてゲームをして、それで勝ったらお金を貰える、そういうとこなんだよねー? だったらさー……」


「ティオ、アンタ、賭博場で賭けるためのお金は……元手は、どっから出したのよー?」


「……」

 ティオは、相変わらずピクリとも表情を変えない落ち着きぶりだったが……

 残念ながら、その場に居たボロツとチェレンチーは、サラの問いに、思いっきりギクリとした顔つきになっていた。


 ティオもそれを察したのか、額に掛かっていた伸ばしっぱなしの前髪を掻き上げて、一つ大きく息を吐くと、腹を括った様子でサラに向き直った。


「まあ、遅かれ早かれ、サラには話さなきゃいけない事だからな。」


 そう言って、ティオは淡々と事実を語った。



「はあぁ? 傭兵団の資金を使ったぁ?」

「使ったって言うか、種銭にした。ああ、種銭って言うのは、金を増やす際に元手にする金の事な。……しょうがないだろう? 賭ける金がなきゃ、賭博は出来ないんだからさー。」

「で、でもでも、そのお金って、傭兵団の武器や防具を買ったりするために使うお金だったんでしょー? そ、それを、ティオ、アンタ、ギャンブルにつぎ込むって……ちゃんと増えたからいいものの、負けてスッカラカンになったらどうするつもりだったのよー!」

「一応、俺の中で勝てる公算があったから賭博に手を出した訳だけどな。それでも、100%確実に儲かるかって言うと、それは断言出来なかった。まあ、それがギャンブルってもんだしな。……だから、事前にサラに言うのはやめとこうと思ったんだよ。お前、絶対ダメだって言うと思ってさ。」

「あ、当たり前でしょうー、そんなのー!……ギャンブルに手を出すだけでも嫌なのにー! それを、大事な傭兵団の資金を、みんなのお金を使ってやるなんてー! 絶対絶対絶対、反対よー!」


 サラがキャンキャンと騒ぎ立てるのを、ティオは充分に予想していたのだろうが……

 途中からもう、あからさまに面倒臭いといった顔をして、そっぽを向いてしまった。


「別にいいだろう? 最終的にプラスになったんだからさ。」

「よ、良くないわよー!……結果だけ見て『大成功! だからオッケー!』みたいな事、私は嫌なのー! 途中にやっちゃいけいない事をして、それでいい結果になったとしても、それって結局、ズルしたって事じゃないー!」

「『目的は手段を正当化しない』ってか。正義の味方を自称するお前らしい考え方だとは思うけどな。……でも、それはお前の中のルールや生き方の指針だろう? お前がいくらこの傭兵団の団長だからって、それを俺達団員にまで押しつけてくるってのは、どうなんだ、サラ?」


「そもそも、みんなの金、傭兵団の金って言うけどなぁ、あちこち駆けずり回って、この金を捻出したのは、他でもない俺だぜ? 一体誰が、軍隊のお偉いさんと話をつけて、傭兵団用の資金を融通してもらったと思ってんだよ?」


「俺が居なかったら、この金は元々ここには一銭もなかった筈のものだよなぁ? そして、資金繰りについては、作戦参謀である俺に一任されてる。つまり、貰った資金をどう使うかは、俺に決定権があったって訳だ。」


「俺は、サラ、お前との約束は、最低限守ってるつもりだぜ。……傭兵団のために、俺は精一杯自分の出来る事はする。そういう約束だったよな?」


「今回の事だってそうだ。俺は、傭兵団のために、資金を増やそうと賭博に挑んだ。自分の楽しみのために遊びでギャンブルに興じた訳じゃない。そして、その結果、ちゃんと金は増やした。しっかり結果は出してるんだ。」


「作戦参謀としての役目を果たしている俺が、お前に、あれこれ言われる筋合いはない筈だぜ。」


 相変わらず、ペラペラと良く舌の回るティオのふてぶてしいまでに堂々とした態度を前に、サラは少しばかり飲まれかけたが……

 グッといっとき唇を噛み締めた後、ギッと真っ直ぐに強い視線でティオを睨み据えて、言った。


「でも、もし、もしもだよ……勝負に負けて、傭兵団の運営資金が全部なくなっちゃったとしたら……」


「その時は、どうするつもりだったのよ?」


 そんなサラの言葉を聞いても、ティオは、反省したり後悔したりといった様子は全く見せず……

 肩をすくめ、唇の端を歪めて、サラのそんな清廉潔白さをバカにしたように、軽く笑っただけだった。


「あー、ギャンブルに負けてスカンピンになったらどうしたのかってー?」


「そりゃあ、そん時はそん時だろう。運が悪かったなぁって諦めるぜ。それがギャンブルってもんだからな。」


「別にいいだろう? さっきも言ったよなぁ。元々俺が居なけりゃ、ここにはなかった金だって。」


「それを、俺がどう使おうが、うっかり全額ギャンブルでスっちまおうが、俺の勝手だろう?」


「ティオ、アンタってヤツは、本当に……」

 そう言いながら、サラは、グイッと、目の前に正座していたティオの胸ぐらを片手で掴んだ。

 大人の男を遥かに凌ぐサラの怪力に、長身のティオの体が持ち上げられ、ふてくされたその顔がサラの目の前にさらされる。

 サラはギリッと真っ白な歯を食いしばり、もう片手を大きく振り上げた。


 パアン! と、夜明けの近づいた訓練場の張り詰めた空気の中に、サラがティオの頰を叩いた音が響いた。



「ピピン兄弟は順調に回復しているようですね。では、明日からは、チェレンチーさんの元で仕事に入ってもらうという事で。」


 いつものように、テキパキと会議を進行していくティオの姿を、隣の席で仏頂面で頬杖をついていたサラは、チラッと横目に見遣り……

 すぐにまた、プイッと視線を逸らした。



 早朝の一件が嘘のように、いつも通りに朝の定例幹部会議は進行していた。


 ティオは急ぎ作成しなければならない書類がいくつかあるとかで、また会議を進めながら、同時に黙々と何やら書き物をしていた。

 紙の上に羽ペンを走らせる速度も、文字を書き綴りながら並行して幹部達の話を聞き返答する様子も、全く淀みが感じられなかった。


 一方で、ティオが持っていた酔い覚ましの薬草の効果があったとはいえ、ボロツは、ティオとは逆のサラの隣の席で、しかめっ面で額に手を当てていた。

 うつむいて眉間に深いシワを寄せているせいで、いつも以上に物騒な顔つきになっているボロツを見て、団員達は……

「……ボロツさんの様子が、今日はなんかおかしいぜ。……」

「……深刻な悩みでもあるんじゃねぇのか?……」

「……いや、ありゃあ、ただの飲み過ぎだろう。なんか酒臭かったしよ。……」

 と密かに噂していた。

 正解は、最後の男で、実はただ二日酔いの頭痛に苦しんでいただけだった。


 また、チェレンチーも、真っ青な顔色の上、目の下に大きなクマを作って、フラフラしながら必死に書記としての役目を務めていた。

 元々酒に強くない上に、昨日は徹夜したため、相当体にガタがきているのが傍目にも分かる有様だった。

 ティオが心配して、そっと肩に手を置き、小声で「今日の午前中は休んで下さい」と言っていたが、チェレンチーは「そ、そんな訳にはいかないよ!」と、パンパンと両手で頰を叩いて気合を入れていた。

 しかし、その後も、フラフラするのは止まらず、一度はフウッと意識を失いかけ、慌ててティオが支えていた。



「な、なあ、サラ、殴るなら、俺の事も殴ってくれよ! 頼むからよぅ!」

「そ、そうです、サラ団長! ティオ君を罰するなら、ぼ、僕も、一緒にお願いします!」


 ティオがサラに頰を打たれた後、ボロツとチェレンチーは、サラに必死に訴えてきた。

 三人で城下町の賭博場に行ったというのに、話の流れからしてティオ一人が悪いという雰囲気になってしまったのが、どうにも後ろめたかったのだろう。

 しかし、サラの中ではもう完全に「ティオが主犯で、全ての元凶」であり「ボロツとチャッピーは口の上手いティオに言いくるめられて巻き込まれただけ」と決まってしまっていた。

 いくら二人が自分達の罪を叫んだ所で、「二人とも、こんなヤツを庇うなんて、本当にいい人だね。」という感想をサラから聞かされるだけだった。


「サラー! お願いだー! 俺も、俺の事も、殴ってくれぇー! なんだったら、蹴ってくれても踏んづけてくれてもいいからよぅー! 思いっきり激しくやってくれー!」

 そう言って、土下座、ではなく、地面に大の字になって転がったボロツには、何か別の期待もあったらしく、うっすら頰を上気させていた。

 罰というよりご褒美になりそうだという以前に、つい口の端が緩んでにやけているボロツがあまりに気色悪いので、サラはむしろ、ボロツには指一本触れまいと即座に決心した。


 一方、胸の前で指を組み合わせ、小さな丸い目に涙をいっぱいに溜めて、祈るようにこちらをジーッと見つめているチェレンチーに対しては……

 捨てられた子犬を連想させる哀れさで、とても手を上げる気が起きなかった。

 そもそもひ弱なチェレンチーの事なので、ちょっと力加減を間違えると、遠くまで吹っ飛んでいってしまいそうに思えたサラだった。


「二人を殴る気にはなれないよ。」

 サラは、正直に短く、自分の気持ちをボロツとチェレンチーに伝えた。


「じゃあ、まあ、この話はお終いって事で。……俺は、もう行くぜ。この金を隠してこないといけないんでね。まあ、まさか、傭兵団のボロ兵舎にこんな大金があるなんて、誰も思わないだろうけどな。」


 ティオだけが、平然としていた。

 サラにしたたかに頬を叩かれた本人であるというのに。

 サラの手が当たったティオの左の頰は、確かに赤くなっていたものの、特に酷く腫れ上がるという訳ではなく、しばらくすれば赤みが引きそうな様子だった。


 こちらをチラとも見ようとしないティオの態度に、サラは思わず詰め寄って何か言おうとしたが……

 ティオは、ズッシリと金貨の詰まった麻袋を、それぞれの手に持ち上げて、スイッとサラから遠ざかっていった。


「ボロツ副団長、チェレンチーさん、すみませんが、この金を運ぶまで、もう少し付き合って下さい。」


 ティオにそう言われて、ボロツとチェレンチーは、まだ深酒の影響でフラフラしながらも、なんとか立ち上がり、各々金の入った麻袋を持ってティオの後を追っていった。

 サラは、ゆっくりと夜が明けていく訓練場の渡り廊下を三人が遠ざかっていく光景を、ただ一人、その場に立ち尽くしたまま黙って見つめていた。



 結局ティオは、その後、サラの私室には帰ってこなかった。

 朝の定例会議の時間にサラが会議室に行ってみると、既にそこにはティオが来ていて、自分の席で何か忙しそうに紙に文字を綴っていた。

 ボロツとチェレンチーの姿もあったが、ボロツは自分の席で椅子に背中をあずけ、低く唸りながら額に手を当てて天井を仰いでいた。

 逆に、チェレンチーは、真っ青な顔で机に突っ伏していた。


 サラは、部屋に入った時に、集まっている幹部の面々に「おはよう!」と挨拶はしたものの、ティオと視線を合わせる事はせず……

 ティオも、サラが隣の席に座っても、声を掛けたりこちらに視線を向ける事のないまま、黙々と紙にペンを走らせていた。


読んで下さってありがとうございます。

ブクマ、評価、感想、いいね等貰えたら嬉しいです。

とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「傭兵団の幹部会議」

ティオが傭兵団の作戦参謀となってから行われるようになった。

基本、朝と夜の二回、必要があれば昼休みにも行われる。

団長のサラ、副団長のボロツ、作戦参謀のティオ、書記のチェレンチー、王国正規兵のハンス、そして、八つある小隊のそれぞれの小隊長が参加して、計十三人で開かれる。

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