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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第七章 望まぬ不和
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望まぬ不和 #8


(……ティオ! 本当に居た!……)


 なぜ、ティオが傭兵団の兵舎に戻ってきているのが分かったのかは謎のままだったが……

 サラは、その時はあまり深く考えず、とにかくティオを見つけた事で驚き、また、喜んでいた。


 しかし……すぐに、金の眉を歪めて苦虫を噛み潰したような表情になる。

 まだ三人までは距離があったが、明らかにボロツとチェレンチーが酷く酒に酔っ払っているのが分かったからだった。


(……ちょっとー! 何か知らないけどー、凄く大事な用事で街に行ってたんじゃなかったのー? 仕入れたいものがあるとかでー、夜しか開いてないお店に行くからって、わざわざハンスさんに特別に許可を貰ったんだよねー?「極秘事項」とか言っちゃってさー!……)


(……それなのに、なんなのー! 夜の街で、お酒を呑んだくれてきただけなのー? それって、遊びに行っただけじゃーん!……)


(……「サラはダメだ」とか言って、私の事、除け者にしたくせにー!……)


 そうして、サラはフツフツと胸の奥から湧いてくる怒りと共に、ズンズンと足早に三人の元に歩み寄っていったのだった。


 やはり、一番に勘のいいティオがこちらに気づき、ボロツは、サラがすぐそばに行って大声で話しかけるまで気づかなかった。

 チェレンチーに至っては、訓練場の端にある緑化された休憩所の草の上でグーグー眠ったままだった。


「お! サラじゃねぇか!……へへへ、今日はこんな早くからサラの可愛い顔が拝めるとは、やっぱり俺はついてるぜ!……ああ! 本当にサラは可愛いなぁ! いや、可愛いんじゃねぇ、美しいんだ! これはきっと、神に与えられた美しさってヤツだ! 俺には分かるぜ!……サ、サラ、ちょっと触らせてくれ! そ、その、控えめな胸とか、リンゴみたいなほっぺたとか、小さな唇とか! ああっ、今すぐ抱きしめたい! サラー!……んんー、ムッチュウー……うぎゃあっ!!」


 酔った勢いで、いつも以上にサラにベタベタ絡みにきて、無理やり顔を近づけようとしたボロツは……

 グワシッ! とサラに爪を立てた片手で顔を掴まれ悲鳴を上げていた。

 加減はしていたものの、サラの怪力でビタリと動きを制止されただけでなく、爪がメリメリ顔にめり込んで血が滲み出していた。


「……私に勝手に触るなって、いっつも言ってるでしょー!……今度やったら、顔の形が変わるぐらいボッコボコにするわよー?」

「ヒィッ!……ゴ、ゴメンってば、サラよぅ!」


 サラはボロツをその場に正座させると、続いて、草の上に丸くなってスヤスヤ気持ち良さそうに寝入っているチェレンチーの肩をガックンガックン揺すって起こした。


「……ん……あ、あれ? サラ団長じゃないですかぁー! おはようございまぁす! 今日はとってもいい日ですねぇー!…… ふぐっ!……」

「アンタも起きて、そこに座りなさい、チャッピー!」


 サラは、チェレンチーにも容赦なく……いや、ボロツの時よりもっと力は加減していたが……ブニッと丸顔の彼のほっぺたが歪むぐらい顔を掴むと、真っ直ぐに目を見て命令した。

「ずいぶん機嫌がいいのねー? 私、チャッピーがこんなに陽気なの、初めて見たかもー。フフフ、おもしろーい。」

 クスクスッと笑い声を漏らすものの、全く目が笑っていないサラだった。


 まだ酔いが回っていて正常な判断が出来てない様子のチェレンチーだったが、さすがに青ざめた顔になり、ワタワタとボロツと並んで正座しようとした。

 何度かバランスを崩して、前に後ろにバタッ、ドタッと倒れ込んでいたが。


「じゃあ、ティオ、アンタも……」

 と、言いながら、近くに立っていた筈のティオを振り返ったサラだったが、すでにそこにティオの姿はなかった。

 ハッと気がつくと、チェレンチーとは逆のボロツの隣にピシッと背を正して正座していた。


 サラは、思わず、美少女にあるまじき邪悪な表情で、チッと舌打ちしていた。

(……ほんっと、ティオのこういうとこ、腹立つなぁー、もー!……)

 ティオが要領良く機転をきかせた事で、彼を責める機会を失ったサラは、悔しさで歯ぎしりしたが……

(……そう言えば、ティオは酔っ払ってないみたいだなぁー。全然お酒の匂いもしないもんねー。……)

 いつもと何も変わらないティオの冷静な様子を見て、少しホッとしてもいた。


「で? 今までどこに行ってたのー? 何か特別なものを仕入れてたんだよねー?」


 サラは、気を取り直すと、並んで正座した三人の前に腕組みをして仁王立ちし、さっそく取り調べを始めた。


「帰ってきたら、ちゃんと私に報告するって約束したよねー?」


「さあ、さあさあさあー! 早くキリキリ全部話してくれないかなー!」


 大の男が三人、小柄な少女の前で、雁首を揃えてしおらしく正座するという奇妙な光景ではあったが、当の本人達の間には、ピリピリとした緊張感が走っていた。

 しばらく、ティオ、ボロツ、チェレンチーの三人は、黙って顔を見合わせていたが、やがてボロツとチェレンチーの視線はティオに集中した。

 隣のボロツが、ドンと肘でティオを小突き、(お前が説明しろ!)と言わんばかりにアゴをしゃくりあげる。

 この時点で、まだサラはこの一件の発案者が誰か知らなかったが、説明をするならば、この三人の中でティオが適任だとは思っていた。


 そうして、ティオは、いっとき目をつぶって眉間にシワを寄せた後、ついに、決心した様子で口を開いた。



「はああぁぁー!? 賭博場に行ってたー!?」


 サラは、驚きのあまり、白々と夜の明けゆく訓練場に響き渡る大声で叫んでいた。

 慌てて、ティオ、ボロツ、チェレンチーの三人が、揃って口の前に一本指を立て、「シー!」「シー!」「シー!」とサラをなだめる。


 サラは、ハッと我に返って自分の口に手を当て、キョロキョロと辺りを見回した。

 まだ皆寝静まっている早朝という事もあり、特に気づいた者は居ない様子で、訓練場の周囲は相変わらずシンと静まり返っていた。

 サラはホッと胸を撫で下し、クルッと三人に向き直って、話の続きを急かそうとしたが……


「……サラ、悪い。ちょっと先に水を汲みに行ってきてもいいか? ボロツ副団長とチェレンチーさんに、酔い覚ましの薬を飲ませたいんだ。」

 ティオが、申し訳なさそうに頼み込んできた。


 確かに、サラに正座させられたものの、ピシッとまともに座っているのはティオだけで……

 ボロツは、前後にフラフラ揺れながら、ヒックヒックと酒臭い息を吐き続け、チェレンチーは、左右にグラングラン揺れながら、少し気分が悪くなってきたのか、真っ青な顔でウエッと言っていた。

 サラは、仕方なくうなずく他なかった。


「……わ、分かった。いいわよ。……でも、出来るだけ早くしてよね。」

「サンキュー、サラ!」


 ティオはホッとした様子で、片手を顔の横に上げサラに謝意を示したかと思うと……

 次の瞬間には、風のように走り出して、あっという間に建物の中に消えていった。

 そして、三分と経たずに水差しと器を持って帰ってきては、テキパキと、ボロツとチェレンチーに、乾燥させた薬草の葉を千切って口に含ませていた。


「……ウエッ、まずい、苦い……」

「ちょっ、吐き出したらダメですよ、ボロツ副団長! ちゃんと噛み砕いて下さい!」

「……ううっ……ティオ君、もうちょっと、お水貰っても、いい?……」

「はい、どうぞ、チェレンチーさん!……ゆっくりと、落ち着いて飲んで下さいね!」


 不味くてゲーゲー言っているボロツに、ゆっくりと言われたのにガブガブ水を飲んで案の定ゲッホゲッホむせるチェレンチー。

 そんな二人を、ティオは、困り果てながらも甲斐甲斐しく看病していた。

 十分程して、ティオが飲ませた薬草が効いてきたのか、二人の意識はだいぶはっきりした様子だった。


 ずっと腕組みをした状態で立ち尽くして待っていたサラは、そこでようやく、ハアッと、大きなため息を胸の奥から吐き出すと、仕切り直す事にした。

 時間が経過したおかげで、サラも当初の興奮状態からかなり落ち着いていた。

 もっとも、胸の中にこみ上げてくる怒りの炎は、全く衰えていなかったが。


「ねえ。賭博場って、あれでしょうー? なんか、お金を賭けてゲームをする怪しげな所ー。」


「おお? サラ、賭博場の事、知ってたのかよ?……ま、まさか、行った事あるとかじゃねぇよなぁ?」

「ま、まあ、知ってるって言っても、ちょっとだけだけどねー。どこの町にも、ああいう場所ってあるじゃないー? やっぱり、ここ王都にもあるんだねー。」

 意外そうなボロツの問いに、サラはすました顔で答えていたが……

「……えっとー、前に、どっかの町に行った時ー、そろそろ町から出ようと思ってたら、結局一日経っても出口が見つからなくってー、気がついたら真夜中になってたのー。その時に食堂かと思って間違えて賭博場に入っちゃったんだよねー。べ、別に、それ一度だけよー。それに、賭け事とか全然興味ないから、すぐ出たもんねー。」

 真相は、そんな所だったようだ。

 改めて、サラの方向音痴の酷さを痛感し、しばしなんとも言えない表情で無言になる三人だった。

「お、おいおい、サラ、気をつけてくれよな。あんなとこ、サラみたいな人間が行くような場所じゃないぜ。」

「そ、それは、店に入ってすぐに言われたわよー。フンだ、どうせ、私の事、見た目で子供だとでも思ったんでしょうねー。」



 繁華街の奥にある、いかにも怪しい雰囲気の建物に間違って入り込んだサラは、その賭博場を仕切っているグループの男の一人に声を掛けられた。

「おい、お前、なんでこんなとこに入ってきてんだ? まさか、そのなりで博打を打ちに来たってんじゃないだろうな?」

「えーと、ここは何をする所なのー?」

「そんな事も知らねぇのか。金を賭けて、ゲームをするんだよ。」

「えー? お金ー?」

 サラは、店の繁盛振りと、異様な熱気に包まれた人々が目を血走らせて何かに夢中になっている様子が気になって、キョロキョロ辺りを見回していたが、やがてポツリと言った。

「お金が要るのー? 私、今、お金全然持ってないやー。」

「お前、マジで何しに来たんだよ?……いや、待てよ!」

 入り口で客の出入りをチェックしていた男は、アゴに手を当て、サラの姿をジロジロ眺めた。

「お前、良く見ると、スゲー上玉じゃねぇか! まあ、まだションベン臭いガキだが、中にはそういうのがいいって客も居るからなぁ。……よし、いいだろう! お前自身を担保に、ここで賭ける金を貸してやってもいいぜ!」



「うわあぁぁー! サ、サラ、大丈夫だったのかぁ? 変な事されなかっただろうなぁ?……サラが金で買えるなら、俺が真っ先に買ってるぜ!……ゴッフッ!」

 ボロツは「金で買う」などと失礼な発言をうっかりしたせいで、サラに脳天に肘鉄を落とされていた。


「はあ? 私は無事に決まってるでしょー! そんなチンピラごときに負けるとでも思ってるのー?……私を『ガキ』って言ったあのムカつく男は、すぐさま投げ飛ばして店から出たわよー!」

「よ、良かったぁー! やっぱり、サラ団長を一緒に連れて行かなくて正解でしたよー。」

「もうー、チャッピーまで、何よー! アンタも私の事『ガキ』だと思ってたのねー!」

「痛っ! 痛たたたっ!……ち、違います、違いますぅー! そ、そうじゃなくってぇー!」

 チェレンチーは、絶世の美少女であるサラが、賭博場のような治安の良くない場所に行く危険性を考えていたのだろうが、勘違いしたサラに、ギリギリ耳を引っ張られて涙目になっていた。


 そんな、うかつにもサラの地雷を踏み抜いたボロツとチェレンチーのドタバタ振りを横目で見ていたティオが、一人冷めた口調で言った。


「なるほど。そんな経験があったから、賭博場の事をちょっとは知ってたんだな、サラ。」

「そうよ!……要するに、お金を賭けてゲームをする所なんでしょー? あってるでしょー?」

「まあ、そうだな。……『お互い金を賭け合ってゲームをして、買った方が負けた方の金を取る』……大体そんな所だな。」

「そんな場所で、どんな『仕入れ』をしてたって言うのよー?」

「そりゃあ、賭博場で仕入れるって言ったら、これしかないだろう?」


 ティオはそう言って、自分が肩に担いでここまで持ってきた麻袋の一つを引き寄せ、口を開いてサラに示した。

 それを覗き込んだサラは、ヒュッと息を飲んだ後、また訓練場に響き渡る大声で叫んでいた。


「お、お金っ! すんごいたくさんのお金ーっ!!」


 中には、ギッシリと、まさに唸る程の大量の金貨が詰まっていた。


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「チェレンチー」

丸顔に灰金色の巻き毛の童顔の青年で、「チャッピー」は愛称。

腰が低く、大人しく、いかにも人の良さそうな雰囲気を醸し出しているため、傭兵団の「癒し」「良心」と皆に思われている。

元は商家の人間だったが、何か事情があって、今は縁を切っているようだ。

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