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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第七章 望まぬ不和
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望まぬ不和 #6


「……え?……で、出掛ける? 朝まで帰らない?……ど、どういう事ー?」


 サラは、なるべく早くティオと二人きりで話をしたいと思っていた。

 昨晩ティオと揉めてしまった事を内心酷く気にしていて、改めて彼と膝を突き合わせ腹を割ってじっくり語り合い、仲直りしたいと考えていた。

 なるべく早く、と望んではいたが、戦場に出るまでもう後一週間もなく、傭兵団にとっては今はわずかな時間でも惜しい状況だった。

 そのためサラは、私用でティオと話す時間を取るのは遠慮していた。

 サラは団長であり、ティオもまた、作戦参謀として傭兵団のために誰よりも忙しく働いている身だ。


 しかし、夜になれば、サラはティオと同じ部屋で寝起きしているので、彼とゆっくり話す時間が取れると思っていた。

 昨日は、ティオが途中から、流行り病の症状が出たピピン兄弟の看病に行ってしまったためか、眠っても精神世界の光景を見る事はなかったが……

 今晩、いつものように同じ部屋で眠れば、否応なくペンダントの赤い石の影響でティオの精神領域に行く事になり、そこで二人きりで話す事も出来ると考えていた。


 ところが、こんな時に限って、当のティオが「街に出掛けて朝まで帰らない予定だ」と言う。

 当然、寝耳に水のサラは、面食らって呆然としてしまった。


「……え、えっとー……確か、傭兵の外泊は禁止じゃなかったっけー?」

「それは、さっきハンスさんに事情を説明して、特別に許可を貰った。問題ない。」

「じ、事情って、何よー? わ、私、なんにも聞いてないんだけどー?」


 サラは驚きのあまり声が大きくなり、思わずガッとティオの胸倉を掴んでいた。

 サラとしては、ちょっと詰め寄っただけのつもりだったが、常軌を逸した怪力のため、185cmを超える長身のティオの足が宙に浮きそうな状態になる。

 ティオが真っ青な顔になり「……ぐえぇ……」と苦しそうな唸り声を上げるのを聞いて、サラは慌ててパッと手を放した。


 ティオは、喉の辺りをさすってゴホゴホ言いながらも、サラを手招きし、ボロツとチェレンチーと共に、会議室に再び入った。

 先程まで詰めていた傭兵団の幹部達はもう全員出払っており、中に入って扉を締めれば、話を聞く者は居なかった。


「サラ、これはお前が団長だから報告してるんだ。他の団員には内緒にしておいてくれよな。いくら用事があるとはいえ、城の外で一晩過ごすとなると、羨ましがる者も居るかもしれない。ムダに騒がれたくないんだよ。」

「あー、それでなんか、さっきからコソコソしてたんだねー。」


 サラはティオが、いつものように自分にきちんと報告してくれたので、ちょっと嬉しい気持ちで「うんうん」とうなずいてしまったが……

 ハッとなって、またもやティオの胸倉をギリギリ締め上げていた。


「って、ティオー! 朝まで街で何するつもりなのよぅー! アンタ、また、ロクでもない事企んでるんじゃないでしょうねー? 私、言ったわよねぇ、犯罪は一切ダメだってー!」

「……ぐええぇー……ち、違う違う! サラちゃん、違ーう!」


「お、俺は、この傭兵団のために、ちょっと特別なあるものを仕入れたいと思ってるだけなんだよー!」

「……特別なあるものー?……まさか……宝石じゃないわよねー?」

「だから、違うってー!」


 普通ティオの年齢の青年なら、夜の街に繰り出すと聞くと、火遊び目的を疑う所なのだろうが……

 サラは、全く別の心配をしていた。

 ティオが本当は「宝石怪盗ジェム」だと知っているサラにとっては、ここぞとばかりに盗み回ったりしないかと、そっちの方が心配で仕方ない。

 最近は傭兵団の作戦参謀として真面目に働いていたものの、ティオの宝石好きが筋金入りな事を、サラは決して忘れていなかった。


 しかし、二人と一緒に会議室に入ってきて様子を見ていたボロツとチェレンチーは、そんな事情を全く知らないため、キョトンとした顔をしていた。


「こ、今回は、ボロツ副団長とチェレンチーさんも一緒だから、絶対変な真似はしないってー!」

「ボロツとチャッピーも、一緒に街に遊びに行くのー?」

「いや、だから、仕入れだよ、仕入れ! 遊びじゃないって言ってるだろー!」

「……」


 サラがティオの胸倉を掴んだまま、クリッと振り向くと、ボロツとチェレンチーは、コクコクと夢中で首を縦に振ってきた。


(……ボロツとチャッピーも一緒なのかー。じゃあ、平気かなぁー。……)


 ボロツは、見た目こそ無頼漢そのものといった感じではあるが、内面は意外と真面目で筋が通った考え方をする人間だった。

 兄貴肌で面倒見がいい所も、信頼が置ける要因である。

 チェレンチーは言わずもがな、無法者の寄せ集めの傭兵団内で、一般的な小市民の雰囲気を醸し出す唯一の人物であり、傭兵団における「良心」「癒し」的な存在だった。

 頭は切れても倫理観が危ういティオのお目付役にはもってこいの二人と言えた。


 サラは、ホッと一安心して、それまで掴んでいたティオをポイッと放すと……

 パアアッと顔を輝かせて言った。


「ねえ、ティオー! 街に行くなら、私も一緒に行くー!」


「私ねー、この王都に着いてすぐ、真っ直ぐにお城に向かって傭兵になっちゃったでしょー。だから、全然この街の事、見て回ってないんだよねー。いろいろ面白い所、あるかなぁー? なんか美味しいものも食べたいなー!」

「……お前が遊びに行きたんじゃないかよ、サラ。」


 ティオは、締められていた首を手で押さえつつ、お祭りの日の子供のように浮かれているサラを、ジトリと白い目で見つめていた。



「サラはダメだ。」


 ティオにピシャリと言われて、サラはムウッと顔を赤くした。

 頰を膨らませ、目をしかめ、両手の拳を体の脇で握りしめて、全身で不満を表しながら立ち尽くす様子は、まさに子供そのものだった。


「なんでよぅー!」

「今日の夜は、まず、俺がここに居ない状態になる。更に、ボロツ副団長も居ない。チェレンチーさんもだ。そんな状態で、傭兵団の大黒柱である団長のお前までここを留守にしてどうする。むしろ、俺達三人が抜ける間、サラにはしっかりと傭兵団を守っていて欲しいんだよ。」


 真っ直ぐに自分の感情をあらわにするサラに対して、ティオは全く動じる事なく冷静に返してきた。


 その反応に、サラは内心、昨晩ティオが見せた心を閉ざした状態が、実は未だ全く解けていない事を知った。

 ボロツやチェレンチーの手前、あからさまに冷たい態度をとったりはしていないものの、ティオが自分で宣言した通り、あくまで作戦参謀として、団長のサラに対応しているといった感じだった。


 それでも、サラは、ギュウッと唇を噛み締めてしばし黙り込んだのち、更に食らいついていった。


「じゃ、じゃあ、なんの仕入れに行くのー? それは教えてくれてもいいでしょー?」

「いや、今はダメだ。明日になったらちゃんと報告するから、それまで待ってくれ。」

「ええー? な、なんでぇー? どうせ明日話すんだったら、今話したっていいじゃないのよー!」

「悪いな。極秘事項なんだ。」


 ティオの秘密主義を良く知っているサラは、一旦教えないと決めたら決して口を割らないのを悟って……

 キッと、睨むような鋭い視線の先を、そばに突っ立っていたボロツとチェレンチーに向けたが……


「……い、いやぁ、サラは行かない方がいいと俺も思うぜ。結構物騒な場所だからよぅ。」

「ぼ、ぼぼ、僕もそう思います! 淑女が立ち入るような所ではないですよ! 特にサラ団長のような、可憐な女性はぁ!」

「危ない場所なのー? 私、そんなの全然平気だよー。私の強さは、二人とも良く知ってるでしょー?」


「って言うかー、そんな危ない場所で何を仕入れるつもりなのよー?」

「いやぁ、その、ハハハハハ……他の場所ではどうしても手に入らないものなんだよなぁ、これが。なあ、チャッピー?」

「そ、そそそ、そうなんです! そ、その店は、夜にしか開いていなくて、僕達も仕方なく夜に行く事になったんです。ね、ねぇ、ボロツ副団長?」


 二人ともサラに問い詰められて、冷や汗をダラダラ垂らしながらも、口を割る気配はまるでなかった。

 余程周到にティオと計画を練っていたらしい。

 ティオと違って、ボロツとチェレンチーの二人は、特にチェレンチーの方は、焦ったり後ろめたそうな感情が顔に出まくっていたが。

 それでも、三人の結束は固い様子で、夜の街のどこで何を仕入れるつもりなのかは、一切話そうとしない。

 ボロツもチェレンチーも、明日帰ってきたらすぐにちゃん報告すると繰り返し言って、不機嫌そうなサラを必死に拝み倒してきた。


 サラがこう着状態に焦れていると、ティオがコンコンと扉を叩いて、サラの注意を引く。


「時間だ、サラ。起床の点呼確認が始まるぞ。……ボロツ副団長も、チェレンチーさんも、もう行きましょう。」


 軍隊として厳格な組織化を図っている傭兵団において、時間厳守は絶対のため、サラもそれ以上の追求は諦めざるを得なくなってしまった。

 まあ、これ以上いくら絞った所で、三人とも情報を漏らすとは思えなかったが。


 ティオがギッと開けた会議室の扉から、逃げ出すように足早にボロツとチェレンチーが廊下に出て、その後をティオも追っていった。


(……なーんか、やな感じー。……)


 廊下を遠ざかっていくティオの色あせた紺色のマントを横目にジーッと見遣りながら、サラは唇を尖らせていた。

 ティオ、ボロツ、チェレンチーという男三人の中に、一人入っていけない疎外感を感じていた。



「さあてっと。そろそろ寝なくっちゃねー。」


 サラは脱いだオレンジ色のコートを壁のフックに掛けると、寝巻き姿でうーんと一つ大きく伸びをした。

 

 先程済ませた消灯の点呼で、もう今日一日の予定は全て終わり、サラは一人、宿舎の片隅にある自分の部屋に戻ってきていた。

 サラの使っている上官用の一人部屋は、他の団員達が詰め込まれるように何人も入って寝ている部屋からは少し離れた場所にあるため、就寝時間を過ぎると途端に人の気配が薄れ、シンとした静寂に包まれる。

 今日は特に、ティオの姿がないために、やけに部屋が広く、かえって落ち着かない程静かに感じられた。


 サラは、ポンと、小柄な少女の体には大きすぎるベッドに腰掛けた。

 今日一日中三つ編みにしていた髪を一旦解き、指で丹念に梳いた後に、スイスイと再び三つ編みに編んでゆく。

 いっとき、寝間着の薄布に包まれたサラの華奢な体を、緩やかに波打つ金の髪が華やかに覆う様子が、窓際の机の上に置かれた燭台のロウソクの灯りによって照らし出されたが……

 すぐにまた、元の簡素な三つ編み姿に戻っていった。


 そんな毎日の習慣の中で、無意識の内にサラの視線は、部屋の隅に畳まれ片づけられたままになっている布団に向けられていた。

 いつもなら、ティオが手際良くその布団を床に敷き、身につけていた色あせた紺のマントや、黒の上着、たくさんのポーチのついたベルトなどを外して壁のフックに掛けている所だろう。

 しかし、今夜、そんなティオの姿は、サラの視界のどこにもなかった。



 その日も一日、大きな問題はなく、いつものように過ぎていった。


 起床、傭兵団全員揃っての朝食ののち、訓練場に移動して、訓練が始まる。

 点呼、整列、行進などの基本動作の確認から始まって、準備運動と走り込みなどで体をほぐし、それから、各小隊専用の訓練に移る。

 昼食と昼の休憩時間を挟んで、午後からは、ここ何日かは、更に複雑な実践的な訓練が行われるようになっていた。

 小隊長の指示に従って、各部隊で作戦行動を行ったり、いくつかの小隊が合同で訓練したりと、皆熱心に励んでいた。

 今日は、大盾部隊と槍部隊が一丸となって、攻守を切り替えつつ訓練をしている様が見事で、つい目に止まった。

 弓部隊の的への的中率も日に日に向上し、今は、走ってきてすぐさま構えて打つ、という、より難しい訓練を良く行っている。

 剣部隊は、二小隊ずつに分かれ、お互いの陣地に刺した旗をどちらが先に取るかという模擬戦に白熱していた。


 あいにく天気があまり良くなかった。

 途中、何度かザアッと雨に降られて、兵舎の建物の中に引っ込む場面もあったが、少しの雨では、皆気にしない程の集中力を持って訓練を続けていた。

(……ここの所、雨が多いなぁ。困っちゃう。……)

 サラは、恨めしそうに、どんよりと重い灰色の雲が垂れ込めた空を睨んだが、毎日こんな空模様が続いているので、だんだん気にならなくなってきていた。

 王都出身の団員の話によると、ナザール王都周辺では、春のこの時季、毎年良く雨が降るそうで、特に何年かに一度雨の多い年があり、今年がそうなのだろうとの事だった。

(……さすがに、「世界最強の美少女剣士」の私も、お天気には勝てないよねー。……)

 まあ、運が悪かったと諦める他ないと、サラは思っていた。



 一日の訓練を終えると、汗や埃にまみれた体を洗ったり拭いたりしてさっぱりした後、お待ちかねの夕食である。

 ティオが作戦参謀に就いてからというもの、少ない予算ながらも工夫を凝らしてメニューを考えているらしく、料理の質と量が目に見えて向上し、団員達の満足度が高まっていた。

 日中の訓練にしても、ティオは、それぞれの小隊の現在の実力と問題点を的確に計り、足りない部分を補いつつ達成感を感じられる難度でと、効果的で無理のない練習メニューをいつも組んでくる。

 おかげで、各部隊、過度なストレスや不満もなく、日々充実した感触の中訓練に励む事が出来ていた。


 夕食が終わると、就寝時間まで自由行動となるが、幹部達はまずは夜の会議を行う。

 今日一日の訓練や日常生活における注意点や反省点、成果などを各小隊長が報告し、主にティオが返答する。

 その後、翌日の訓練メニューが各小隊に配られるが、ティオは、いつもこの時点で既に、現在の各部隊の熟練度を把握して翌日の訓練スケジュールを組み終えていた。

 翌日の訓練内容等への質疑応答があり、最後に副団長ボロツ、団長サラの言葉で会議を締める。



 会議の中でも、夕食やその他の時間の歓談の中でも、ティオもボロツもチェレンチーも、今日の夜の外泊の事は、一言も口に出さなかった。

 ただ、ティオの方から、「今夜、俺とボロツ副団長とチェレンチーさんは、ちょっと用事があって、この後の消灯の点呼確認には参加しません。」との報告があった。

 幹部達は皆、特に驚く事もなくすんなり流して聞いていた。

 サラは事前に三人から事情を説明されて知っていたが、ティオの要望通り、他の皆を動揺させないよう黙っていた。


 会議が終わると、ティオは、いつものようにサラの部屋には帰って来ず、そのままボロツとチェレンチーと共に城の外に出掛けた様子だった。

 やがて、消灯時間になり、一日の終わりの点呼確認が行われたが、ティオ、ボロツ、チェレンチーの姿がない事を気にする者はほとんど居なかった。

 何か用事があるらしい事をティオから聞かされていたため、「何をしてるんだろう?」という疑問は持っても、不安に思う事はない様子だった。

 サラは、三人が居ない分、他の小隊長達と共にいつもより真剣に気を引き締めて、団員達の様子を見て回り……

 特に異常がない事を確認して、その日一日の仕事は無事終わった。


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「ピピン兄弟」

傭兵団のヒラ団員。

本当は兄弟ではなく、二人とも名前が「ピピン」だったため、痩せている方を「ピピン兄」太っている方を「ピピン弟」と呼び分けている。

二人は仲が良く、傭兵団に来る前は二人で組んでコソ泥をしていた。

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