終末と賢者と救世主 #24
(……う、うーん……でも、ぼんやりしてて、良く見えないなぁー。……)
サラは、ティオの体から伸びる「宝石の鎖」を観察する内に、このティオの精神領域内に、まだ何かがある事に気づいた。
確かに、何かが「存在」している。
ようやくその「存在」を掴んだので、とてもうっすらとではあるが、初めて「それ」が「見えた」のだった。
(……でも、こんなんじゃあ、何が何だか、さっぱり分かんないよー。……)
おそらくそれは、「宝石の鎖」よりも、もっともっとティオの深部にあるもののようだった。
今の状態のサラには、透けるベールのような、薄い霧のような姿を捉えるのが精一杯といった所だった。
もっとしっかり「それ」が「何か」を知らなければ、これ以上その姿をはっきりと見る事は不可能な気がした。
サラは、しばらくうんうん頑張ってみたが、結局どうにもならなかった。
たぶん、自分の「資質」では知る事が不可能な、そんな「存在」なのだと、サラは悟った。
しかし、せっかくここまできたので諦められず、悔しくて、ひじ掛けの中でモゾモゾ体をくねらせた。
(……あ! そうだ! いい事思いついたー!……)
サラは、ハッと自分の胸にさげたペンダントの赤い石を、ティオの手を握っていない方の手で、ギュッと握りしめた。
真っ暗な果てない虚無の闇に包まれた自分の精神領域で、初めて「鎖」を見つけたばかりの頃……
このペンダントの石を、ランプのごとく掲げ、そのあたたかな赤い光を当てる事によって、よりはっきりと「鎖」が見えた事を思い出したのだった。
(……たぶん、この赤い石は、普通の石や宝石とは何かが違う。きっと、凄く特別なものなんだと思う。……)
(……そして、私より「知る」能力が高いんじゃないかな?……)
サラのペンダントの赤い石は、サラが「鎖」を追ってティオの精神領域に辿り着く手助けをしてくれた。
もっとも、それは、赤い石自身が、ティオの持つもう一つの赤い石と精神世界で会いたかったためにサラを利用したという、赤い石の利害に絡んだものだったようなのだが。
(……ねえ、お願い! 赤い石! ティオが隠しているものが何か、私に教えて!……)
サラは、胸の上で赤い石を強く握りしめ、心の中で必死に訴えた。
赤い石がサラの願いを聞いてくれるかどうかは未知数だった。
サラを、ここ、ティオの精神領域に連れてきた時のように、赤い石にとって利益になる行動ではないかもしれない。
それでも、サラとサラの持つ赤い石は、「鉱石」に強い影響力のある異能力を持つティオには遠く及ばないまでも、何か不思議な結びつきのようなものがあった。
赤い石は、潜在意識下でサラの感情に影響を与えていたとも、ティオは言っていた。
ならば、ひょっとしたら、サラの意思が、願いが、強い感情が、逆に、赤い石に影響をもたらす可能性もあるかもしれない。
サラは、自分に残された一縷の望みとして、その可能性に賭けたのだった。
(……赤い石、お願い!……)
(……私、どうしてもティオを助けたいの!……あなたの力を、貸して!……)
その時、サラの思いが届いたのか、握りしめた赤い石が、パアッと一際明るく発光し、ジワッと熱を持ったように感じた。
(……あ!……み、見える!……)
ティオの背後に広がる、真っ白な光だけが満ちる果てのない虚空に……
うっすらと、霧の漂うごとくほんの微かに見えていた「何か」が、サラの手の赤い石に呼応するかのように……
ゆっくりとその姿を現していった。
□
(……か……壁?……)
サラの目に映ったのは、巨大な壁だった。
いや、本当に「壁」なのだろうか?
(……うーん。たぶん、「壁」じゃないなぁ。あの壁みたいな「存在」の本質は、「壁」とは別の何かみたい。……)
その「壁」のような何かにジイッと意識を集中させて観察していると、「違う」「間違っている」というイメージがどこからかサラの心の中に湧いてくる。
しかし、サラの「知る」力では、その壁のような何かが、本当はなんであるのかを解明する事は出来なかった。
目の前に、まだうっすらとではあるものの、先程よりはしっかりと壁らしきものが見えているというのに……
まるで、複雑な迷路や図案でもそこにあるかのごとき感覚だった。
(……難し過ぎて、全然理解出来ない!……)
と言うのが、正直なサラの感想だった。
サラは、気分を切り替えるために、軽く息を吐いて、首を横に振った。
どう考えても自分の手には負える代物ではない、という確信があったが、それでも、必死に観察を続ける。
とりあえず、呼び名がないと不便なので「不思議な壁」と暫定的な名前をつけて呼ぶ事にした。
(……私には、きっと「これ」の全てを理解するのは、絶対無理だ。一生かかっても、たぶん無理!……)
(……でも、ほんのちょっとなら、一部だけなら、分かるようになるかもしれない。……)
わずかでも理解が進めば、それが、ティオが自分を「宝石の鎖」で拘束している理由を知る手掛かりになる可能性がある。
ティオを助けるために、どんな事でも知りたいし、どんな事でもしたい。
そんな強い思いと共に、サラは、赤い石を胸の前でギュッと握りしめて「不思議な壁」を見続けた。
(……とにかく、凄い大きさだなぁ。……)
サラは、ティオの精神領域内に「存在」している「不思議な壁」をぐるりと見渡した。
それは、そのままではサラの視界に収まらず、サラは眼球を限界まで動かしてみたが、それでも入らなかった。
仕方がないので、そばに居るティオに気づかれないようにそうっと首を振って壁の大きさを測ろうと試みた。
(……ダメだ……果てが、全然見えない。……)
しかし、サラがどんなに「不思議な壁」の全景を捉えようとしても、見れば見る程、壁はどこまでも続いていた。
右を見れば、全く終わりが見つからないまま霞んで見えなくなっていき、左を見ても、果てなくどこまでも伸びていっていて、気が遠くなりそうだった。
じゃあ、上はどうなのか、と壁の高さを測るも、これもやはり、サラの視力をとうに超えて続いている。
さすがに下は、地面のようなもので止まっているかも、とチラと期待したが、すぐに、上と全く同じ状態が見え、ガックリと肩を落としたい気分に駆られた。
(……そう言えば、私やティオは今、長椅子や机を出して、一応この場所にとどまっているけど……元々ここには、真っ白な光しかなかったんだっけ。……)
便宜上、ティオは何もない場所を歩いてサラに近寄ってきたり、サラも辺りをバタバタ走り回ったりしていたが、そもそもこの、ティオの精神領域には「地面」も地面という概念もなかったのを、つくづくと思い出したサラだった。
地面がなければ、「不思議な壁」を下方に向かって遮るものも当然なく、壁は、左右、上下、どこまでもどこまでも果てしなく続いていた。
(……もう! 何よ、これー! 一体何でこんなにおっきいのー!……)
(……って言うか、こんな大っきな壁があるなんてー、今まで全然気づかなかったよー!……)
その「存在」を知らなければ、認識出来なければ、精神世界では「存在しない」のと同じになる。
これだけ大きな壁がずっとティオの精神領域の中にあったとすると、バタバタ走り回っている時に少しはぶつかったり見えたりしそうなものだが……
「不思議な壁」があると知らないサラには、何もないのと同じ事で、全く気づかずに今日までずっと過ごしてきていた。
それが、腹立たしく、サラは密かにギリギリと奥歯を噛み締めた。
(……うーん、もっと近づいてみないとダメかなぁ。でもー、変な動きをしたら、勘のいいティオに気づかれちゃいそうだしー。……)
解明する以前に把握すら出来ず、把握する以前に、全体像を見る事すら叶わない。
あまりに巨大過ぎる「不思議な壁」を前に……
楽天家のサラも、さすがに途方に暮れていた。
□
(……でも、この「不思議な壁」が、ティオが「宝石の鎖」で自分を縛りつけてる事と何か関係してるっていうのは、間違いないと思うんだよねー。……)
サラがそう考えたのには、理由があった。
「不思議な壁」は確かに巨大過ぎて、全てを見る事も知る事も出来なかったが、サラの居るすぐ近くなら、見て観察する事が出来た。
きっと、自分が今見ているのは、「不思議な壁」のごくわずかな一部分に過ぎないだろうというのは感覚的に分かっていたが。
そのサラの見る事の出来る壁の一部に向かって……
ティオの体から、宝石の鎖が伸びていた。
宝石の鎖が、「不思議な壁」に結びついている。
更に良く見ると、壁を伝うように這っているものも、いくつも見受けられた。
壁のあちこちに鎖が伸びているせいで、壁がキラキラ輝いて見えていた。
(……ティオから出ている「宝石の鎖」って、ただ宙に浮かんでるんだと思ってたけどー……)
(……ひょっとして、全部……この「不思議な壁」に向かって伸びてるんじゃないのかな?……)
ティオの体から宙に向かって伸びていく「宝石の鎖」のほとんどは、白い光に満ちた果てのない虚無の中をどこまでも続いていって、やがて、サラの視界の限界を超え見えなくなってしまうのだったが……
その無数の行き先の全てが、この気が狂いそうな程巨大な壁のどこかなのではないか?
そんな考えが、漠然とサラの心の奥に浮かんできていた。
精神世界では、見たものの状態が、その関係を表している。
「宝石の鎖」が「不思議な壁」に結びついているのなら、それはきっと、二つのものは何か関係があるという事だ。
(……壁……壁……不思議な壁……ヘンテコな壁……大きな壁……どこまでも続いている壁……)
(……壁……壁……壁壁壁壁……カベカベカベカベカ……カカ壁べべ壁カカべ壁べべカカカカ、カ壁ベカ……)
(……うっ!……)
サラは、ハッと我に返って、反射的にギュッと目を閉じた。
……気がつくと、頭の中がグラグラ揺れている……
この感覚には、覚えがあった。
自分の精神領域から、宙に浮かぶ鎖を辿ってティオの精神領域までやって来る途中で、こんなふうに頭の中がおかしくなりかけた事があったのだ。
……考えがゴチャゴチャになって、混乱して、次第にまとまらなくなっていく……
……自分が誰だか分からなくなる……自分の意思が、散り散りに細かく千切れて、どこかへ飛んでいくかのような感覚……
……自分が、消える……自分の存在を、見失ってしまう……
……もしも、完全に、自分が、自分、が、分からなくなって、しまった……の、なら、ば……そ、のと、き、は……
(……)
(……か……べ……)
……壁……かべ……カベ……かべかべかべかべか……カカカカベベベベベベベベベベベ……
……『危険だから。』……
……いつか聞いたティオの声が、ほんの一瞬、サラの中を、風のように吹き抜けて、そして消えていった……
……『……俺が危険だと言ったものについては……考えないようにするんだ……サ……ラ……』……
……キ、ケン?……ティオ、キケン……キケンキケンキケン……
……キケン、ナニ?……ティオ……ダ、レ?……
……ワタシ……ティオ……ワタシワタシ……ワタ、シ、ハ……
……カベ……
……カ……カベカベカベカベカベカ……ベカベカベカベカベカベカベカベカベカベカベ……
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「精神世界の法則」
物質世界において新しい知識を得るためには、他者に教わったり、その物事について書かれた本を読んだりする必要がある。
しかし、精神世界では、知りたいものに意識を向ける事で、自然と知る事が出来るようになるようだ。
ただし、そうして知る事が出来るようになる物事の量や深さには、個人差があり、自分の「知る資質」以上のものを知る事は不可能である。




