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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第六章 終末と賢者と救世主 <後編>果てのない壁
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終末と賢者と救世主 #22


(……「宝石の鎖」って、確か、この精神世界で初めてティオに会った時、ティオが自分で全部消したんだよね。……)


 サラは、ティオの隠している真実に近づくため、必死に頭を回転させた。

 考える事は苦手中の苦手だが、今はそんな事を言っていられない。


 ティオは、サラに「危険だから」と言った。

 危険だから、「考えるな」と。

 精神世界では、「考える」事は「それ」に近づく行為だからと。

 「危険」だと言われたものには、意識を向けないようにする、考えないようにする、それだけが、精神世界での唯一の防御方法なのだと。


 つまり……

 「それ」に近づきたいなら、真実を知りたいなら、ティオに「やるな」と言われた事の逆の事をすればいいのだ。

 なるべくたくさん考えて、出来るだけ意識を集中させて、一生懸命ジッと見つめる。

 サラは、「宝石の鎖」を辿ってこのティオの精神領域までやって来た時の事を思い出し、あの時と同じように、自分の意識をティオの体に巻きついている「宝石の鎖」に向けていった。


(……たぶん、あの時「宝石の鎖」は本当に消えたんじゃなくって、「見えにくくなった」だけだったんだ。……)


(……私は、それを、「消えてなくなった」って思った。……ううん、思い込んだ。……だから、それからずっと見えなかった。……)


(……たぶん、ティオは、私に「消えてなくなった」と思わせるために、最初に会った時「宝石の鎖」を「見えにくくした」んだ。……)


 サラは、初めてティオの精神領域に来た時、ティオが全身を「宝石の鎖」に縛られて宙吊りにされている姿を見た。

 その痛々しい姿に驚いて、彼を助け出そうと近寄ると、スウッと音もなく「宝石の鎖」は掻き消えていき、ティオは自分でスタッと地面に降り立った。


(……きっと、「宝石の鎖」は今でも「見えにくい」状態なんだろうなぁ。ティオは凄く慎重な性格だもんねー。私に「宝石の鎖」の存在を気づかせないために、「見えない」ような状態をちゃんと保ってるんだと思う。……)


(……でも、もう、それでも私には見える。そこに『ある』って気がついちゃったから。……)


(……ティオについて、いろいろ知って、ティオと心が触れ合ったから。……)


(……私が、ティオの存在に、近づいたから。……)



 サラは改めて「宝石の鎖」を観察する内に、ふと、ある事に気づいた。


(……あれ? なんか、変な感じがするなぁ。……)


 サラは最初、「宝石の鎖」はティオが自分の記憶から作り出した「偽物」だと思っていた。


 実際、サラはこのティオの精神領域において、彼が、自分の記憶に明瞭に残っているものを再現し、実体化する所を何度も見た。

 ティオが読んでいた本、サラのために出してくれた昔自宅で使っていたという長椅子やひじ掛け一式、傭兵団の宿舎の自室に置かれている机と椅子、紙とペンとインク……

 しかし、それらはあくまで、このティオの精神領域で彼によって生み出された「偽物」だった。


 ティオによると、自分の精神領域では、神のごとく、「物」を自由に生み出したり消したり出来るらしい。

 ただし、その精神領域の主が、細部まではっきりと記憶している「物」に限るらしいとの事だったが。


 ところが、意識を集中して良く良く観察してみると、「宝石の鎖」は、それらのティオが出したり消したりしている「偽物」とは、何か雰囲気が違う気がした。

 「偽物」は良く似てはいるものの、どこかペラッとした感覚があった。

 存在感が薄っぺらいと言うか、本物そっくりに描かれた絵のような質感と言うか、様々な見た目であっても口に入れると皆同じ砂の味がする料理のようであると言うか。


 けれど、「宝石の鎖」はそうではなかった。

 何か、ギュッと中身が詰まっている感覚があった。


(……これって……まさか、本物?……)


 今、ティオの精神領域において、「偽物ではない」と判明しているものが四つある。


 まず、サラ自身。

 そして、ティオ。


 ティオの説明によれば、人間は「大世界」を構成する三つの「小世界」の全てに同時に「存在」している……「存在」がある……のだという。

 ただ、それを、知覚出来ないというだけであり、実際は「物質世界」「精神世界」そして、「魂源世界」に「存在」がある。

 だから、今ここに居るサラは、本物であり、「精神世界」でのサラの「存在」という事になる。


 しかし、ティオが作り出した「偽物」は違う。

 あれは、精神世界、特にティオの精神領域に限定して「存在」するものであって、他の世界には「存在」していない。

 確かに、ティオは物質世界でも古文書を所持しているが、彼がここでいつも読んでいたのは、その本物に良く似せて記憶を元に作り出した「偽物」だった。

 つまり、物質世界にある本物の古文書とは、全く別物だという事だ。

 良く似てはいても、物質世界の古文書と、この精神領域でティオが作り出した古文書は、元の「存在」そのものが違う。


 では、サラとティオの他に、あと二つ「存在」しているものについてはどうだろうか?

 今までサラは深く考えた事がなかったが、このティオの精神領域に、確かな「存在」を持って姿を保っているものがあった。

 そう、サラとティオが持っている、そっくりな見た目をした二つの赤い石だ。

 ティオは、シャツの下に頑丈な鎖にさげた赤い石を隠すように身につけているので、普段その姿を見る事は稀だったが、サラは、自分の赤い石ならば、確認しようと思えばいつでも、服の下にその「存在」を感じる事が出来た。


(……ひょっとして……この赤い石にも、「精神体」みたいなものがあるって事?……)


 人間の場合、精神世界において、この世界を知覚し、更に自分の「存在」と「意思」を認識する事によって、「精神体」と呼ばれる、物理世界での普段の見た目に良く似た姿を形成する事が出来る、との事だった。

 つまり、今のサラの状態だ。

 体があり、目で見たり、手で触れたり、耳で聞いたり、口で喋ったり出来て、その見た目は、いつも着ているのオレンジ色のコートを含め、金の髪に水色の瞳という物質世界のサラの姿と同様だった。


 ここで、改めて赤い石について考えてみると……

 見た目は、物質世界ではくすんだ古いガラスのようであるのに反して、精神世界では、宝石のように美しく輝いている。

 いや、まるで何かの命があるかのように、あたたかな光を内側から発し、鼓動を思わせる緩やかなリズムで瞬いていた。


(……人間だけじゃなくって、この赤い石も、物質世界と同時に精神世界にも「存在」を持っているのだとしたら……)


(……今、私が見ているこの綺麗な宝石みたいな姿が、赤い石の「精神体」にあたるものなのだとしたら……)


 「魂源世界」にも、その「存在」があるのかどうかは、サラには到底分からなかった。

 ティオによれば、人間は誰しも、三つの小世界に同時に「存在」している、との事だったが、「魂源世界」は「肉体」を持っている時には、感じ取る事が不可能な世界らしいので、いくら考えてみても答えは出ないだろう。


 しかし、少なくとも、サラの経験と感覚から、この赤い石は、物質世界と精神世界、両方に「存在」しており……

 その精神世界の方の「存在」が、今ここに、サラの胸元に「ある」のは間違いなかった。


(……という事は……もしかして、ひょっとして……)


(……私やティオやこの赤い石達の他にも……精神世界に「存在」を持っているものが、この世界にはあるって事ー?……)


 あるいは、世界にある全てのものが、重なり合って大世界を構成している三つの小世界全てに「存在」を持っているのかもしれない、とサラは思い至ったが……

 今は、これ以上考えを広げるべきではないと判断した。

 そう、今考えなければいけない事は、ティオの体を縛る「宝石の鎖」だ。

 つまり……


(……ティオが、物質世界で今まで集めてきたたくさんの宝石にも、それぞれ精神世界に「存在」があって……)


(……作り方は、私には全然分からないけど、ティオはそのたくさんの宝石の精神世界での「存在」を使って……)


(……あの「宝石の鎖」を作り上げた。……)


 ティオは、読めない文字で書かれた本をジッと見続けていると、ある時、カチッと、まるで鍵穴に鍵がピッタリとはまるように、頭の中で音が響く感覚があると言っていた。

 その瞬間、今まで全く読めなかった文字がスルスルと自然に読めるようになるのだと。

 サラは、この時、そんなティオの感覚が、少しだけ分かったような気がした。



 サラは、ティオがこの「宝石の鎖」に関して「作るのに苦労した」と語っていたのを改めて思い出していた。


(……それって……「偽物」を作り出すために、見本となるような宝石をたくさん集めるのが大変だったって意味じゃなくってー……)


(……物理世界で集めた宝石の「存在」を、精神世界でも、ここに、自分の精神領域に集めてきて、この特殊な「鎖」を作るのが大変だったって事だったのー?……)


 (ええと、ええと!)と、サラは必死に考え続けた。

 正直、サラの頭は、シュンシュン湯気をあげそうな勢いで、もうとっくに限界だったが、ここで思考を止める訳にはいかない。

 なんとか見つけた細い糸のような筋道を一生懸命辿って、もっと真実の奥へと推理を進めていく。


 以前聞いたティオの説明によると……

 この精神世界では、人間は、一人一人別個に、自分の精神領域を持っている。

 精神領域は、物理世界で言う所の「肉体」のようなもので、その中に物理世界で言う所の「心」にあたる「精神体」がある。


 ここで大事なのは、精神世界特有の法則だ。

 物理世界では、見知らぬ人間とも、街の雑踏で意図せずすれ違ったりぶつかったりする事があるが……

 精神世界では、そういう現象は起こり得ない。

 精神世界にある個々の人間の精神領域は、干渉する事も、接触する事も、交わる事も、一切ない。

 それぞれが、独立して、点々と、精神世界という大きな海の中に浮いている泡のようなものなのだという。


 サラは、毎晩当たり前のようにティオの精神領域にやって来ているので忘れがちな事だったが……

 こうして、別の人間の精神領域に入り込むという事は、普通あり得ない事態なのだそうだ。

 この現象は、サラとティオの持っている赤い石が起こしている事らしく、完全にサラの理解を超えている。

 この精神世界に慣れている様子のティオでさえも、初めてサラが自分の精神領域にやって来たのを見た時には、酷く驚いていた。

 「こうして、精神世界でサラと俺が会っているのは、奇跡のようなものなんだ。」そう言っていた。


(……でも、他人の「精神体」を自分の精神領域に呼び込むのは……「凄く難しいけど、出来ない事じゃない」みたいな事、あの時言ってたよね、ティオ。……)


(……そう、確か……何か事情があって、前に一度、誰かを自分の精神領域に入れた事があるって、そう言ってた。……)


 つまり、ティオには、意図的に精神世界の他人の「存在」を、その「精神体」を、自分の精神領域に連れてくる事が可能だという事だ。

 サラに語った時の口ぶりからすると、ティオがその一度きりしか他人を自分の精神領域に入れなかったのは……

 出来る事は出来るがかなり難しい、面倒だ。

 というだけではなく……

 「本当はやりたくない事」だから……なのだろう。

 一度誰かを呼び入れたのは、「事情があって仕方なくやった」事らしかった。


 サラがティオの精神領域にやって来るようになった当初……

 ティオは、「本当はここには来てほしくなかった」「ここであった事は忘れてほしかった」といったような事を何度も口にしており、サラの来訪を全く歓迎していなかった。

 しかし、その内、「まあ、赤い石が勝手にやってる事だから、サラは何も悪くないし、仕方がない。」といった心情で、サラを受け入れるようになり……

 ついには、精神世界に慣れておらず、心が不安定になりがちなサラの様子を心配するあまり、自分からサラに近づいてきてしまっている状況だった。

 弱って泣き出したサラを前に頑なな態度を貫けなかったのは、ティオの優しさ故なのだろうが。


(……ティオは、やろうと思えば、精神世界にある他の人間の「存在」を、自分の精神領域に強引に引っ張り込む事が出来る。……これは、とっても大事なポイントだよね。……)


 そのやり方や、以前一度だけ他の人間を自分の精神領域に入れた時の状況などは……

 口の固いティオの事なので、そうそう簡単にサラには教えてくれないだろう。

 特に、以前一度他人を入れた時の事は、ティオが望んだ訳ではなく仕方なくやった事らしかったので、尚更話してくれそうになかった。


(……でも、もし、自分の精神領域に引っ張り込む対象が、「人間」じゃなかったとしたら?……)


(……そう、例えば……ティオの大好きな、「宝石」なら?……)


 おそらく、ティオにはそれが可能で、次々精神世界での宝石を自分の精神領域に引き入れて集め……

 そうして作り上げたのが、この「宝石の鎖」なのだろう。

 サラには、この推理が間違っていないという直感が確かにあった。


読んで下さってありがとうございます。

ブクマ、評価、感想、いいね等貰えたら嬉しいです。

とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「人間の『存在』」

人間の「存在」は、物質世界だけにあるものではない。

大世界を構成する三つの小世界、『物質世界』『精神世界』『魂源世界』全てに同時に存在している。

ただ、現代人が知覚出来るのは『物質世界』のみであるため、『精神世界』『魂源世界』にある自分の「存在」を認識する事は通常ない。

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