終末と賢者と救世主 #21
「ちなみに、他の『預言』もあるけど。ここナザール王都が危機に陥るって部分とか。」
「うえー、もう、いいやー。どうせ聞いても分かんないしー。」
サラは、トサッとベッドに腰かけ、足をプラプラさせた。
「え?……って事はー、今読んだ『預言』って、なんについて話してる部分なのー?」
「ああ、あれは『救世主』の出現に関する文言だな。」
「えー、どういう内容だったのー? 気になるー。ザックリとでいいから教えてー。」
ティオは、かけていた椅子の方向を変えサラに向き直った。
もう『預言』を書き取っていた紙は懐にしまっていたが、ティオの事なので、紙など見なくとも全文覚えていたようだ。
ティオが、完全に記憶している筈の文章や本をわざわざ目で追って読むのは、頭を動かし考え事をはかどらせるための癖のようなものだった。
「そうだな、うーん……まあ、物凄くザックリ言うと、『長い時間待ち続けていた救世主が現れる』って話だな。」
「いろいろ語られてはいるが、概念的な言葉が多いなぁ。具体的な表現はほとんどない。」
「かろうじて分かるのは……『大きなる大地の南東より、彼の者は現る。天の名を冠する古き塔の頂きに、陽の昼と星々の夜が共に煌めきわたる時、左手に月を、右手に陽を捧げ持ちて、彼の者降り立たん。』……この辺りか。」
「『大きなる大地の南東』つまり、世界で一番大きな大陸である、この中央大陸南東部の事だろう。まさにナザール王国がある辺りだな。そして『天の名を冠する古き塔』って言うのが、『月見の塔』の事だと思われる。『救世主』は、その『頂き』つまりてっぺんに現れるらしい。……この辺は、反乱軍が月見の塔に立てこもってるのと、何か関係があるのかもしれないな。」
「そして……『陽の昼と星々の夜が共に煌めきわたる時、左手に月を、右手に陽を捧げ持ちて、彼の者降り立たん。』……昼の太陽と、夜の星々が同時に輝く時、『救世主』は左手に月を、右手に太陽を持って、月見の塔にやって来るらしい。」
「え? え?……何言ってるのか、全然分かんないー。昼の太陽と夜の星がいっぺんに輝くって、一体どんな時よー?」
「それは俺も分からないってー。……『日蝕』はまだ当分先だしなぁ。」
「ニッショクって何ー?」
「うーん、説明すると長くなるから、省略。まあ、天体現象の珍しいものの一つだと思っておけばいい。」
「じゃあじゃあ、『救世主』が手に太陽と月を持って現れるっていうのはー? そんな事、普通出来ないよねー?」
「そこは、ほら、比喩的な表現なんじゃないか。太陽と月と語られているものは、本物の太陽と月じゃなくって、それに良く似た何かを例えているのかも。例えば、そうだな、うーん……玉ねぎとジャガイモとか?」
「玉ねぎとジャガイモを持って現れるってー、それ全然『救世主』っぽくなーい! ただのコックさんー!……もー、ティオってそういうとこ、ホンットダメダメだよねー。もっとカッコいいもの想像出来なかったのー?」
「そ、そんな事言われてもなぁー。」
サラは、だんだん真面目に考えるのが面倒臭くなって、そのままボフッとベッドの上に大の字に倒れこんだ。
「どうしてもっと分かりやすい言葉で『預言』しないのー? これじゃあ、聞いた人がチンプンカンプンになるだけじゃーん。」
「だから、そういうもんだって前にも言ったろ? あんまりはっきりした表現で断定すると、『預言』が外れた時すぐにバレるんだよ。だから、こう、もったいぶった詩的な表現を好んで使うんだ。白にも黒にもどうとでも解釈出来るように、わざと難解かつ曖昧にしておくんだよ。」
「そういうの、ズルって言うんじゃないのー? 私、そういうの嫌ーい!」
こざかしい誤魔化しを好まないサラは、手足をばたつかせてブーブー言っていた。
ティオは、そんなサラを見て苦笑しつつ、スックと立ち上がり、椅子を元のように机の前に戻した。
□
「まあ、『賢者』の『預言』なんてどうせあてにならないさ。自分に都合のいい適当な事言ってるだけだろ。『救世主』とやらも現れる訳ないしな。考えるだけ時間のムダだ。」
「その割には、さっき凄い真剣な顔で考えてなかったー?」
「ああ、それは『預言』とは全く関係ない。ちょっと別の事で、引っ掛かる所があったんだ。」
「え? な、何ー?」
「……」
「……オットー・マヌニス……」
ティオは、机の端の置かれた燭台の取っ手に指を入れて持ち上げながら、小さくつぶやいた。
夜の闇の中に、赤い炎がぐらりと揺れる。
「……歳の頃は五十代半ば。180cm近い長身。赤い巻き毛。金色の鋭い目。威厳を感じさせる堂々たる振る舞い。聡明で、カリスマ的で、話に妙な説得力がある。……」
「『賢者』と名乗る人物について、情報を集める内に、その外見や雰囲気、いわゆる人物像ってヤツが、俺の知っているある人物に良く似てるなぁと思ったんだよ。まあ、ヒゲは生やしてなかったし、髪も長くはなかったけどな。」
「ええ? ティオの知り合いに『賢者』に似てる人が居るのー?」
「知り合い、とは言えないな。何度か遠目に見た事があるってだけで。……ああ、そう言えば、一回廊下ですれ違ったか。一目見たら忘れられないような、こう、とにかく強烈な人物だったよ。だから、鮮明に記憶に残ってたんだ。まあ、向こうは、俺の事なんて関心なかっただろうから、覚えてないと思うけどな。」
「え、じゃ、じゃあ、その人が『賢者』って可能性があるって事ー?」
「ハハ。それはない。」
ティオは苦笑しながら、もう一方の手に別の燭台を取り、持っていた火のついている方から灯りを移した。
「何しろ、俺の知っている赤毛の男は、一年半以上前に事故で死んでるからな。……確か、谷に掛かった吊り橋が切れて、激しい流れの川のある谷底に落下したんじゃなかったかな。」
「なーんだ。じゃあ、別人かー。」
「ああ。……それに……」
ティオは、少し辛そうに、優しい緑の目を眼鏡の奥でしかめていた。
「俺の知っている人物は、反乱を扇動したり、街に疫病を流行らせるような、そんな事をする人間じゃなかった。」
「もっと高い志を持って、自分の信じる道を真っ直ぐに生きてるって感じの人間だったよ。」
「一度も話した事はなかったけど、死んだって聞いてから、いろいろ話を聞いておきたかったって、少し後悔したな。」
珍しく感傷的な感情を見せるティオの横顔を、サラはベッドに寝転んだままジッと見つめた。
が、すぐにティオは、何事もなかったかのようにクルリと振り返って、サラをせきたてた。
「ほら、サラ。そろそろ消灯の点呼確認行くぞ。そんな格好でいつまでもゴロゴロしてないで、早く準備しろよ。」
「ふわーい。」
ベッドからピョンと飛び降りたサラがバタバタとコートを羽織るのを待ちながら、ティオは独り言のようにつぶやいていた。
「……それにしても、よりもよって『賢者』とはねぇ。なんでそんなものを名乗ったんだか。」
「うん?」
コートの胸元の赤いリボンを整えながら、サラがキョトンとすると、ティオは手にしていた二つの燭台の片方をサラに手渡しながら、唇の端を歪めて皮肉めいた口調で言った。
「いいか、サラ。俺の経験上……初対面で自分の事を『私は賢者です』なんて名乗るヤツに、まともな人間は居ないんだよ。」
「『賢者』なんて、ろくなもんじゃない。」
□
「……ティオ、手を握って。……」
「ああ。」
サラが、頭からひじ掛けを被ったまま手だけニュッと出して、近くに座っているティオのマントを摘むと、ティオはすぐに応えてくれた。
「今日はずいぶんぐずってたけど、ようやく眠る気になったんだな。」
「ぐずってなんかないもん!」
「いいから早く眠れって。眠れば、精神的に落ち着くし、疲れも取れるからさ。」
ティオは、精神世界に来た時のサラの不安定さにもすっかり慣れた様子で、あやすように優しい声で語りながら、伸ばされたサラの手をそっと握りしめてくれた。
そんな、自分を気遣ってくれるティオの優しさに、後ろめたさを感じないではなかった。
しかし、サラの決意も、また、とても固かった。
サラは、ゆっくりと顔を覆っていたひじ掛けをのけて、すぐそばで見守っているティオを、真っ直ぐに見つめた。
「……しばらく、ティオの事見ててもいい? 眠くなるまで、見ていたいの。」
「いいけど。……俺なんか見て、なんか面白いか?」
「ティオは、私の事見てなくていいよ。好きな事してて。私も、眠くなったら勝手に眠るから。」
「分かった。」
ティオは、少し不思議そうな顔をしたが、まあ、サラがそれで落ち着くなら、といった様子で、ポリポリと頰を掻いた後、スッと視線を前に戻した。
片手はサラの手を握ったまま、再び机と紙とペンとインクを出し、器用に書き物を始めた。
カリカリと、時折羽ペンの先をインク壺につける合間を開けつつ、真っ白な光に包まれた空間に、ティオが紙にペンを走らせる音だけが続いていった。
サラは、そんなティオの横顔を、長椅子に横たわり、彼の片手を握りしめたまま、ジッと見つめ続けていた。
(……これなら、ティオの事ジーッと見てても、変に思われない、よね?……)
サラがティオに「見ていたい」とわざわざ言ったのは……
彼をじっくり観察しても怪しまれないためだった。
精神世界では「嘘がつけない」という法則があるため、発言にはかなり気を遣った。
嘘はついてはいないけれど、肝心の本心は見せないように、探っている事をティオに感づかせないように、しなければいけない。
ティオの事を「見たい」と思っているのは本当の事なので、ここは上手くいった。
(……さあ、ここからが本番だ! 頑張らなくっちゃ!……)
サラは、心の中で気合いを入れた。
そして、更に集中を深めて、ティオを……
いや、彼の体に絡みついている無数の「宝石の鎖」を見つめながら、改めて真剣に考え始めた。
□
(……今まで見えてなかった「宝石の鎖」がまた見え始めたのは……たぶん、私とティオの距離が縮まったからだ。……)
精神世界において、「見える」という事は「存在を感じ取っている」という事。
「よりはっきり見える」という事は、「その存在についてより詳しくなった」という事。
……この辺りは、精神世界での経験から、サラが学んだ法則だった。
サラがティオの精神領域にやって来るきっかけになった「宝石の鎖」も、最初は「鎖」というイメージがぼんやり宙に浮いているだけだったが……
サラが精神世界でティオの居場所に近づくにつれて、徐々にはっきりと見えるようになっていき、ついには、キラキラと輝き出して……
ティオに会った瞬間、それが、「宝石」で出来ているものなのだと気がついた。
そして、もう一つ、サラが学んだ事。
物理世界での「距離」はただ単に「位置が離れている」という事でしかないが、ここ精神世界は、おそらく違う。
精神世界で「位置が近い」という事は、「心の距離が近い」という事であり、また「存在が近い」という事なのだろう。
(……ティオは、最初の頃よりずっと、私に心を開いてくれてるんだ。……)
ティオは、サラが自分の精神領域にやって来たばかりの頃は、わざと離れた場所に居て、近づく事を避けていた。
あれは、サラから、心理的に距離をとっていたという事だろう。
どうして、ティオが心を開かないようにしていたのか、その理由がきっともうすぐ解明される予感がサラにはしていた。
結局、ティオは、サラが情緒不安定になって泣き出した事をきっかけに、精神世界におけるサラとの関わり方のスタンスを変えざるを得なくなった。
と言うより、ティオの性格の根底にある優しさが、この場合あだとなった。
サラを心配するあまり、今まで警戒して保っていた頑なな態度が、自然と解けていってしまったのだ。
泣いているサラに歩み寄り、優しく手を握って、眠るまでそばについている……
これが、本来のティオの姿なのだろうと、サラは感じ取っていた。
けれど、そのせいで、ティオはボロを出す事になった。
そして、その自分の過ちに、まだ気づいていない。
(……ティオは、すっごく用心深いから……私が、今「宝石の鎖」が見えてるって知ったら、きっとまた、私と距離を空けようとするよね。……)
(……だから、ティオには、絶対気づかれないようにしないと!……)
サラは、ティオに悟られないように慎重に、けれど必死に意識を集中させて、彼の体を縛りつけるように巻きついている無数の宝石の鎖を見つめた。
この精神世界では、「見つめる」という事は「意識を向ける」という事だ。
意識を向け、探り、「それ」をもっと知ろうとする事は、その存在に近づいていく事になる。
サラは、「それ」を知りたいと強く思った。
ティオが自分に隠そうとしたものがなんなのか?
その正体が知りたい。
たとえそれが……どんなに「危険」なものであろうとも。
読んで下さってありがとうございます。
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とても励みになります。
☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「サラのペンダントの赤い石」
サラが三ヶ月前人気のない森の中で目覚めた際、たった一つ持っていたペンダントには、古いガラスのような赤い石がはめ込まれていた。
無類の宝石好きであるティオが酷く欲しがっている事から、どうやらただのガラスではないらしい。
精神世界では、サラをティオの精神領域まで導いたりもしている。




