王都での出会い #5
「美味しい! 何これ、すっごい美味しい! 私、こんな美味しいもの、今まで食べた事ないよー!」
「ハハ、サラは大袈裟だなぁ。」
「いや、ほんっと! 本当にこんな凄いお料理食べた事ない! ありがとうー、ティオー!」
サラは、運ばれてきた料理を片っ端からガツガツバクバク食べながら、ニッコニコの笑顔になっていた。
ティオの事は(信用出来ない胡散臭いヤツ、なんかムカつく嫌い!)という評価から一ミリも変わっていなかったが、目の前の食べ物に罪はない。
出されたものは、残さずきちんと美味しくいただくのがサラのモットーだった。
テーブルには、料理に合わせて、ナイフやフォーク、スプーンといったカトラリーも用意されていた。
スプーンは全て木で作られていたが、ナイフとフォークは柄の部分は木で先端は鉄で出来ていた。貴重な鉄の使用量を最小限に抑えた設計なのだろう。
サラは、テーブルにズラッと並べられた料理のあまりの美味しさに、思わず手掴みでかぶりつきたくなったが、配膳してくれるお店の人や他のお客の目も考えて、グッと堪えていた。
別に不器用な訳でもなく、ナイフやフォークの使い方も一応心得てはいるものの、両手で手掴みした方が圧倒的に早いので、面倒臭がりのサラは、一人の時はいつもそうしていた。
サラの食べっぷりの良さには、さすがのティオも少し驚いている様子だった。
サラの食べる速度に合わせたティオの追加注文を向けて、次々料理を運んできてくれる給仕の中年女性も、圧倒されながらも微笑ましげにその様子を眺めていた。
「うわっ! これ、メチャクチャ美味しい! このお魚、初めて食べるよー!」
「いや、それ肉だよ、サラ。」
「え? お肉? なんのお肉ー? カエル? ヘビ? それとも、ネズミ?……あ! ねえ、このカリカリしたのは何ー? バッタかな? カナブンかな?」
「それは、川エビを油で揚げたヤツだな。そっちの肉は、子羊の肉。……と言うか、サラ。カエルだのヘビだのバッタだの、お前、今までどんな生活してきたんだよ? 何食べてたんだよ?」
「えっとねー、森の中を通る時って、何日も町や村に行けない事が良くあるじゃない? そういう時はー、その辺に生えてる草を引っこ抜くの。そうすると、草も食べられるしー、その下から出てきたミミズとかも……」
「あ、ゴメン。やっぱ、その説明要らないわ。むしろ説明しないでくれ。」
ティオがヒクッと唇の端を引きつらせて制止したので、サラはキョトンとした顔で「そう?」と答えて途中でやめた。
「……マジでどんな生き方してきたんだよ、お前は。……ま、まあ、とにかく、食え食え! 今は食え! 腹一杯食べていいからな!」
「やったー! ありがとうー!……じゃあ、これ、お代わりー!」
自分を見るティオの目にどこか哀れみの色が浮かんでいる事などつゆ知らず、元気に手を上げて、給仕の女性に声を掛けるサラだった。
□
二階建ての食堂の屋上、川に面した手すりのそばの丸テーブルには、三十分経ってもぎっしりと料理の皿が並んでいた。
もちろん、ずっと同じ料理が置かれていた訳ではなく、食べた端から片付けられ新しい料理が運ばれてくるのだが、一向にサラの食べるペースが落ちないので、給仕係も、おそらく厨房の料理人も、さぞ忙しかった事だろう。
実に、サラ一人で、大人の男の四、五人分はゆうに食べていた。
確かに、その食堂の料理はどれもとても美味しかった。
庶民の集まる店という事で、値段は安く、量は多く、そして食べ応えがある。
と言っても、貴族が食べているような高級食材に手間暇のかかった繊細な料理には遠く敵わない。
料理方法も、素材に簡単な調味料と香草で風味をつけ、そのまま焼いたり、蒸したり、煮込んだりといったシンプルなものが多かった。それでも十分に良い味を出しているのは、畜産物や農作物の豊富なナザールの都故だろう。
それらの料理は、ずっと山の奥や片田舎の村や町を旅して回っていたサラにとっては、本当に今まで食べた事のない素晴らしいご馳走だった。
サラは、出されたものはどれも美味しい美味しいと言って端から平らげていっていたが、一応ティオは、店のメニューを網羅するように、様々な料理を注文してくれていた。
野菜、キノコ、魚、肉……焼き物、蒸し物、煮物……それらを食べていく事で、味つけに使われている香辛料を含めて、この地方の特産物と庶民の食文化をおおよそ知る事が出来た。
更に、焼きたてのパンもカゴに山盛りにされ、良く煮込まれた熱々のスープも供されて、サラの手と口は止まる事がなかった。
□
サラが恐ろしい勢いで料理を食べ尽くしていく一方、ティオが一般的な速度と量でのんびり食事を楽しんでいたかというと……
実はそんな事はなかった。
サラのせいで目立たなかっただけで、テーブルの端にみるみる積まれていく空の皿の三分の一はティオが食べていたものだった。
ただ、サラのようにバクバクモリモリ食べているように感じられないのが特徴だ。
ティオの食べ方は、ほとんど音がせず動きも滑らかなので、実際はかなりの速さで料理を平らげていっているのに、周りの者の目には不思議な程自然に見える。
気がつくと、いつの間にか皿の上の料理が、小さな欠けら一つ残さず綺麗になくなっているといった状況だった。
サラは、存分に食べに食べ、それでもまだ食べ続けながら、そんなティオの食べっぷりを見た。
自分の腹が膨れてきて、ようやくティオの方まで意識が向くようになったからだった。
「意外ー! ティオって、見た目によらずいっぱい食べるんだねー!」
「それ、サラにだけは言われたくない言葉だな。……まあ、飯は食える時に食っとかないとな。」
顔を上げてそう答えながらも、ティオは大きな骨についた肉を丹念にこそぎ取りつつヒラヒラと軽快に口に運んでいた。
(……それにしても、変なの。……)
ティオの食事方法でサラがもう一つ気になった事があった。
ティオは、なぜか両手に木のスプーンを持っていた。
食事用のカトラリーは、木製のスプーンの他に、先端が金属で出来たナイフとフォークがあり、更に、大きな肉料理などには、切り分けるために専用の刃の鋭く長いナイフが添えられてもいた。
しかし、ティオは一切他の器具には手を出さず、両手にスプーンを持って黙々と料理を食べている。
焦げ目の入った硬めの大きな肉も、小骨の多い魚の姿煮も、スプーンのみで適度な大きさに分け、あるいは綺麗に骨を取り除き、スイスイと淀みなく口に運んでいる。
その異常な器用さは、さすがのサラも到底真似出来る気がしなかった。
そんなティオの様子を見るに、ナイフやフォークを使わずとも特に不都合はない様子だったが、だんだん気になってきたので、サラは思わず、自分の近くにあったまだ使っていないフォークを手に取った。
「ねえ、ティオ、これ使ったら?」
「……ヒッ!……」
サラが何気なく、ひょいとティオの方に手にしたナイフを差し出した瞬間の事だった。
ティオは、ビクッと体をこわばらせ、しゃっくりのような妙な声を上げた。
が、すぐにサッと、サラの方から視線を大きく逸らしてしまった。その間も、手先だけは、機械仕掛けのように黙々と自分の皿の料理をさばいていっていたが。
「……いや、要らない。俺はこっちの方が慣れてるから、早く食べられるんだよ。」
「ふーん。変わってるねー。」
「気を使ってくれてありがとう、サラ。」
サラが、手にしたいた食事用のナイフを引っ込めて、コトンとテーブルの上に置くと、ティオは再び視線をこちらに向け、何事もなかったかのようにニコッと笑った。
□
「あっ! そうか、分かった!」
ティオが何かハッと思いついた様子でそう言ったのは、サラが既に大方食事を済ませた頃合いだった。
蜂蜜と牛乳がたっぷり使われた直径30cm以上はある焼きたてのケーキを、まだモグモグ頬張ってはいたが。
「サラって、あれだろ? 最近ちょっとこの街で噂になってた、山奥の村で巨大な狼型の魔獣を倒したっていう旅人!」
「え? わ、私の事、王都でも噂になってたのー? エヘヘヘー。まあ。確かに私が倒したんだけどねー。」
ティオから自分の活躍が人々の間で話題になっていた事を聞かされて、ちょっと恥ずかしがりつつも嬉しくなったサラだったが……
「やっぱり、あの噂の旅人はサラだったかぁ。」
「確か、小山程もある巨大で凶暴な魔獣を、たまたま通りかかった旅人が、たった一人で倒したって話だったな。……ところが、その旅人が、魔獣以上に恐ろしかったんだよな。見た目もごつくて醜くてでかくって、とても人間とは思えない、まるで化け物のようだったってさ。その上、魔獣を退治した礼をしろと言って、貧しい村の食料を食い尽くした挙句、金目のものを全て出せと要求したんだと。まあでも、村人達は『命が取られるよりは……』と思って、大人しく旅人の要求に従い、なんとか立ち去ってもらったって事だったな。一応、めでたしめでたし、ってか?」
「……ちょ……ちょっと待ってくれない、ティオ? そ、それが、この都で噂になってた魔獣退治の話なの?」
「ああ、まあ、細かい所はちょこちょこ違いもあるけど、おおむねこんな内容だったぜ。」
「その話のどこから、魔獣を退治した旅人が私だって分かったのか、ぜひ知りたいんだけどー!? しっかりバッチリはっきり、聞かせてくれないかなー、ティオー!」
サラは、激昂して真っ赤な顔になり、無意識の内にバーンとテーブルを叩いたが、もうティオは何も言わず、ガシッとテーブルの端を押さえ、浮き上がってがたつく皿をサッサッと止めていた。
「まあ、落ち着けって、サラ。噂ってのは、人に伝わっていく内に、だんだん変わっちまうものなんだよ。」
「例えば、誰かが金貨を見つけたとして、これがたった一枚だったら、噂で聞いても大してビックリしないだろ?『ふーん。あっそう。』で終わる話だ。……だが、これが見つけた金貨が百枚だったら?『それは凄い!』って、メチャクチャ騒ぎになるだろう?」
「つまり、サラの話もこれと同じで、人から人に伝わる内に、少しずつ脚色されて大袈裟になっていっちまったんだよ。本当に起こった事が分からなくなるぐらいにな。」
「……な、なるほどぉ。」
「でもな、噂の細かい所はいろいろ違いがあったって言っただろ? まだ出来たての噂だから、話が統一化されてないんだ。そして、その話の『ブレ』の中には、真実も混じってた。」
「つまり、『魔獣を倒したのは、小柄な少女だった。』って情報もあったんだよ。……まあ、大抵の人間は、その情報を信じてなかったけどな。俺も、実際にサラを見るまでは、聞いている人間を驚かせるために脚色された嘘の部分だと思ってたよ。」
ティオは、食べ終えた皿の上に両手に持っていたスプーンを置くと、木のマグカップに注がれた熱いお茶をすすった。
「でも、サラを見てピンときた。まあ、小山のような巨大な魔獣をたった一人で倒せる少女なんて、お前以外居ないだろ。」
□
「そ、そっか。なんだ、噂は嘘だらけになってたんだねー。」
「実はさー、私もここに来る途中でその噂を聞いたんだけどー、教えてくれた人が『これは本当だ』って言うんだもん。行商人がね、私が助けた村の人達から、直接聞いたんだって。村の人達が、私の事を口を揃えて『魔獣以上に恐ろしい化け物だった』って言ってたってー。……アハハ、なーんだ、あれって全部作り話……」
「いや、村人達がサラの事を怖がってたのは、事実なんじゃないのか?」
「はあぁ!? わ、私がなんで怖いのよー? 私は、魔獣みたいに無差別に人間を襲ったりしないよー! お金だって、要らないって言ったのに、村の人達がどうしても貰ってほしいって言うから受け取っただけなのにー!」
お茶をすすりながらバターを使った焼き菓子を齧っているティオに、サラは身振り手振りで必死に説明した。
自分が山奥の村で狼型の魔獣を倒した経緯や、その後、村人達に王都に行く事を勧められ、全員に見送られて村を立ち去った状況などを。
ティオは、それを、全く驚く事なく、むしろ既に全て予想していたかのような顔で聞いていたが、やがて、フウッとため息を吐いた。
「サラ、残念だけどな、やっぱり村人達は、サラの事を相当怖がってたんだと思うぜ。」
「ええぇぇー!?」
「考えてもみろよ。狼型の魔獣を、村人達は全員でかかってもどうする事も出来なかったんだぞ。それを、フラッと現れたサラが、たった一人でサクッと倒しちまったんだ。」
「つまり、サラは魔獣よりずっと強いって事だ。」
「それまでは、魔獣という自分達でもどうにも出来ない脅威があったから、サラの存在はありがたかった。しかし、魔獣が倒されて問題が解決したら、もうサラは必要ない。それどころか、魔獣より強い人間なんて、村に居ても怖いだけだ。……だから、王都に行くように仕向けて、恨まれないよう精一杯金を持たせ、旅立たせた。……ま、こんな所だろうな。」
「そ、そんなぁ! あんまりじゃないのぉー?」
「サラ、お前は自分が強いから分からないかもしれないけどな、普通の人間は、自分より遥かに強い存在を怖がるものなんだよ。」
「『自分より強いもの』『自分には理解出来ないもの』『自分の知らないもの』を怖がる。それは生き物としての本能だ。」
「だから、あまり村人の事を責めるなよな。」
「……ム、ムウ!……」
「山奥の小さな村じゃあ、魔獣に襲われるのも天地がひっくり返るぐらいの大騒動だったろうし、それ以上に、サラみたいなぶっ飛んだ強さを持つ人間に出会う事も、夢を通り越してもはや悪夢みたいなもんだったろうぜ。」
「……わ、分かった。正直腹は立つけど、私の事を化け物呼ばわりしたあの村の人達の事は、許すようにするよ。……でも、ティオはどうなの?」
「俺?」
サラは、ググッとテーブルの上に身を乗り出して、ジイッと射るようにティオの目を見つめた。
今までの言動から、ティオの事をかなりの嘘つきだとサラは思っていた。
まるで息をするように自然に、しれっと嘘をつく。
だから、ティオが本心を言っているのか、しっかりと見極めたかった。
「ティオは、私が山奥の村で暴れてた魔獣を倒した旅人だって知った訳でしょ? 私が魔獣なんかよりもっともっと強いって。」
「私の事、怖くないの?」
「別に。」
ティオは、視線を逸らす事なく、サラを正面から見つめ返してそう言った。
特に力んだり緊張したりする様子もなく、むしろゆったりくつろいだ状態で、どこか面白そうに笑っていた。
「怖くなんかないぜ。」
「なんで? 人は自分より強いものを怖がるんじゃなかったの?」
「まあ、そうだけど。でも、サラは魔獣と違って、むやみに人を襲ったりしないんだろ? さっき自分でそう言ってたよな?」
「うん! もちろん! だって、私は正義の味方だもん! 絶対に弱い者いじめなんてしないよ!」
「そうだな。サラは確かに魔獣よりも強いけれど、ちゃんと心がある。他人を、自分より弱い人間を、思いやれる気持ちを持ってる。それが俺には良く分かった。だから、怖くないさ。……それに……」
「それに?」
「サラは、俺をならず者達から助けてくれた恩人だからな。俺は、サラを信じてるよ。」
そう言って笑ったティオの言葉には、一欠けらの嘘もない、サラはそう感じた。
ジイッとのぞき込んだティオの目に、真剣な顔をしている自分の姿が映っているのを、はっきりと見た。
細かな傷がびっしりとついて白く曇った分厚い眼鏡のレンズの奥で、鮮やかな緑色の瞳が優しく微笑み、サラを真っ直ぐに捉えていた。




