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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第六章 終末と賢者と救世主 <後編>果てのない壁
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終末と賢者と救世主 #20


「ねえ、ティオー。私、ティオの話を聞きながら、ずっと思ってたんだけどー。」

「うん? なんだ、サラ?」


 ティオが今回のナザール王国内乱の真の首謀者である『賢者』についてあらかた語り終えた所で……

 サラは、ムムッと眉根を寄せて、珍しく真剣な表情で発言した。


「この情報、本当に必要ー?」


「は?」

「えっとねー、『賢者』についての話はー、私には難しくて良く分かんない所も多かったけどー、結構面白かったと思うよー。」

「い、いや、サラ、これは面白いとか面白くないとか、そういう問題じゃなくってだなー。」

「でも、私達ってさー、傭兵団だよねー? 内戦で戦う兵士は、ほとんどが王国正規軍でー、私たちはオマケみたいな扱いって言うかー。もちろん、戦いには絶対勝つつもりだけどねー。だけどー、私達傭兵団ってー、軍隊の偉い人に『さあ、戦えー!』って言われたら『おー!』って行くだけって感じじゃないのー?」


「そんな私達が、この内戦の首謀者がどうのこうのー、裏では実はこんな事がうんぬんかんぬんー、みたいな事を一生懸命話し合っても、あんまり意味ないんじゃないかなーって。そういうのってー、もっと上の偉い人が考える事だと思うんだよねー。」

「うぐっ!」

「確かにねー、さっさと『賢者』とか第二王子の問題をなんとかしてー、早く内戦をやめさせられたらいいなーっとは思うけどー……私達傭兵団に、そこまで大きな力ってないんじゃないのかなー? 一生懸命戦って勝つ事が、傭兵団に出来る精一杯じゃないー?」

「……うぐぐぐっ!……」

「だからー、この内戦の裏にいろいろ事情があったとしてもー、私達がそれを調べたり考えたりした所で、あんまり意味ないんじゃないかなーって、私は思うんだよねー。」

「……」


 思いがけず、サラに正論で突っ込まれたティオは、うつむいて額に手を当て、しばらく言葉を失っていた。

 それを見て、ボロツがサラに肩を寄せ笑いかける。


「確かになぁ。俺達傭兵風情に国の問題をどうこう出来る訳ねぇよなぁ。俺達は、ただがむしゃらに戦うだけだぜ!……ハハハ! 頭のいいヤツってのは、あれこれ余計な事を考えちまって大変だなぁ。なあ、サラ。俺達はもっとシンプルに楽しく生きようぜ!」

「ボ、ボロツ副団長も、サラ団長も、あ、あんまりですよ! ティオ君が、毎日忙しい合間をぬってせっかくここまで詳細な情報を集めてきてくれているのに!」

「うーん。でも、必要ないものは集めなくても良くないー? ティオも忙しいなら、無理しない方がいいと思うんだよねー。」

 すぐに、ティオの一番の信奉者であるチェレンチーがサラとボロツに不満を訴えたが、軽く流されていた。


「まあ、確かに、ティオは本当に毎日良くやってくれていると思うぞ。今日の話も、今後役に立つかどうかはともかくとして、実に興味深かった。あれだけの情報収集能力があるのは、凄い事だと私は思う。」

 ハンスもティオをフォローしたが、微妙にフォローになっていなかった。


「いや、敵方の情報はあった方がいい。詳しければ詳しい程いいだろう。『敵を知り己を知らば百戦して危うからず』という古い言葉があるのを、お前達は知らないのか? 全く、これだから頭の中まで筋肉が詰まっているような輩はダメなのだ。力押しでなんでも解決出来ると思っている内は、まだまだ戦場では青二才だな。」

「ああん? なんだって、爺さん? 誰が、ケツの青いガキだってぇ?」


 ジラールは的確にティオの功績を褒めたが、一言多いせいでボロツと険悪な空気になりかけていた。

 そんな時、パン! と、テーブルを叩いて、キッと顔をあげたティオ本人が、会議室中に響く声で断言した。


「敵の情報は絶対に必要だ!」


「確かに、俺達は傭兵団で、前線で敵の兵士と戦う事しか出来ない。……しかし、ただ戦うにしても、その戦いの奥に何があるのか、どんな意図が潜んでいるのか、それを知ると知らないとでは大きな違いがある!」


「ジラールさんの言った通り、敵について詳しく知る事が出来れば、相手の出方が読めるようになる。相手の出方が読めるようになれば、効果的な作戦を立てる事が出来るようになる。戦は、戦場だけでするものじゃない。むしろ、戦いが始まるまでに、八割方勝負は決まっているんだ。情報を集め、準備を万端に整えるのは、戦で勝利するためには必要不可欠な行為だ。」


 ティオは、サラを、ボロツを、ハンス、チェレンチー、ジラール、その場に集まった幹部達を、今一度一人一人しっかりと見つめた後、宣言するように言い切った。


「敵は強い。……『賢者』は、敵の首領は、頭が切れ、大胆不敵で、かつ自分の目的を遂げるためには汚い手も平気で使ってくる冷酷な人物だ。決して油断は出来ない。」


「そんな強敵に勝つために、俺は、自分の出来る事は全てするつもりだ。考え得るありとあらゆる手を使って、持ち得る力を全て注いで、一部の油断も隙もなく敵に対峙し、そして、必ず勝つ!」


 珍しく本心を見せたティオの真剣さに、一同息を飲んで圧倒されていた。

 ティオは、ギュッと自分の胸の前で固く拳を握りしめて、発した。


「俺は、作戦参謀になる時、サラと約束した。この傭兵団を勝たせると。この傭兵団とサラを、守り抜くと。」


「その誓いを、俺は必ず守る。」



「……うーん……」


 今回の内戦の真の首謀者と思われる『導きの賢者』についての話が出た会議の後、ティオは、部屋に戻ってきてからも、しばらく難しい表情で腕組みをしていた。

 やがて、窓際の粗末な木の机の椅子に腰を下ろすと、何か書き途中の紙を広げ、トントンと指で叩きながら、考え事をし始める。

 机の端に置かれた燭台のロウソクの炎が時折揺らめいて、彼の険しい横顔を照らしていた。


 サラは、さっさと寝巻きに着替えていた。

 この後、消灯時に点呼確認の任務があるが、その時はいつものオレンジ色のコートを上から羽織って誤魔化す予定だった。

 薄布の寝間着は肌触りが良く開放感があるので、サラは、一日の仕事が終わって自室に帰ってくると、いつも早々に寝巻きに着替えていた。


 最近は、サラもティオも、同室での生活に慣れたものだった。

 ティオは、サラが着替えようかなと思っているタイミングでスイッと視線を逸らしてくれる。

 背中を向けたまま自分もコートや上着を脱ぎ出す事もあったが、大抵は窓辺に置かれた木の机の前の椅子に座って何か自分の作業をしていた。

 サラは、最初こそティオがいきなり振り返ったりしないかとチラチラ様子をうかがいながら着替えていたが、今では全く気にする事なく、ババッと服を脱いでいた。

 それどころか、サラが寝間着姿でウロウロしていてもあまりにもティオが平然としているので、恥ずかしさもすっかり消えてしまった。

 さすがに、胸を押さえる布とパンツは寝間着の下に身につけているものの、うっすら透けていても今では気にもとめない。

 時々、窮屈な胸を押さえる布を無意識に外しかけて、ハッと我に返って慌てる事もあった。


「ティオー、どうしたのー? 何見てるのよー?」


 普段は、ティオが読んでいる本や書いている文書に(難しそう!)という理由で興味を示さないサラだったが、珍しくティオがしかめっ面で固まったままなので、プラリと金の三つ編みを揺らして、肩越しにのぞき込んだ。


 机の上に広げられた紙には、ティオが書いたらしい文字が並んでいた。

 なんと書いてあるのかは、相変わらずサラにはさっぱり分からなかったが、ティオの書く文字は、純粋に視覚的な意味で、なんとなく好きだった。

 鋭さと柔らかさが共生しており、強弱のメリハリが心地良い。

 シュッと掃いた筆先の跡が、剣を扱うサラには、ムダのない剣戟の軌道を連想させ、独特な機能美が感じられた。



 いつだったか、ティオから受け取った書類を見て、チェレンチーが、しばらく我を忘れたようにポカッと口を開けて眺めていたのを、サラは目撃した事があった。

 毎日チェレンチーには、作戦参謀であるティオから、その日の傭兵団の運行予定、特に各小隊の訓練内容などが記された書類が手渡されていた。

 予算配分についての計算が細かく書き込まれた紙を二人で見つめながら真剣に話し合っている事もあった。

 そんな、日々最もティオの書き文字に触れ、見慣れているチェレンチーが、改めてジーッと彼の字を見つめていた。


「どうかしましたか、チェレンチーさん? 何か変な所でも?」

「あ!……い、いや。相変わらず、ティオ君の字は綺麗だなぁと思ってね。あんなに素早く書き上げているのに、全く乱れないし、変な余白や詰まり過ぎている所もない。おまけに、一度も誤字を見た事がない。このピリッと一分の隙もなく整っている感じ、とてもティオ君らしいよね。文字は人なり、と言ういうけれど、本当だね。」

「そうですか?」


 チェレンチーは、感心しきりといった様子で、童顔に見えがちなふっくらとした頬を上気させていたが、ティオ本人は至って淡々としていた。

 ティオにとっては、自分の意思を形にして人に伝えるのに必要な手段として文字を書いているだけ、という認識のようだった。


「……あ、あの、使い終わった書類なんだけど、もし良かったら、僕が貰ってしまってもいいかな?」

「それはもちろん構いませんが、何かに使うんですか? 火を起こす時の焚きつけぐらいにはなると思いますが。」

「い、いやいや! も、燃やしたりなんかしないよ!……その……」


「……とても綺麗な文字と文面だから、記念に取っておきたい、と思って。……ええと、お、お守りみたいな感じで、ね。……」

「え?」


 ティオは、全く想像していなかったチェレンチーの言葉に、鳩が豆鉄砲でも食らったような表情でしばらく固まっていた。


「……チェレンチーさんがそれでいいなら。どうぞ。」

「あ、ありがとう、ティオ君! 大切にするよ!」


 嬉しそうにティオから受け取った書類を、角を揃えて整え、胸に大事に抱きしめるように持つチェレンチーの姿を……

 ティオは、未だ全く理解出来ないといった顔で見つめていた。


 そんな二人のやりとりを、少し離れた所から見つめていたサラだったが、サラには、チェレンチーの気持ちが少し分かるような気がした。

 ティオの書いた、彼の俊英さが感じられる美しい文字の並ぶ書類を、用が済んだらただ捨ててしまうというのももったいないという気持ちが、サラの心の中にもわずかにあった。



「一体何が書いてあるのー?」

「ああ、これかぁ。……街で市民から聞き取り調査をした『賢者』の『預言』だよ。」


「『賢者』が街頭で演説をしていた時から、もう半年以上経っているからな。正確な状態で残っていなくってさ。何人もの証言から、共通している部分を取り出してみたり、違いを比べてみたり、矛盾や間違いを取り除いてみたり……そうやって精査を重ねて、恐らくこれがほぼ原型だろうと思われるものを書き出してみたんだよ。」

「へー、なんか良く分かんないけど、大変そうー。……それでそれで、『賢者』の『預言』ってどんなものなのー?」

「たぶん、サラが聞いても、面白くもなんともないと思うけどなぁ。」

「そ、そんなの、聞いてみないと分かんないじゃーん! 教えて教えてー! なんて書いてあるのか、読んでよー!」

「わ、分かった分かった。引っ張るなってー。大事なマントが伸びるだろー。」


 サラにねだられたティオは、あまり気が進まないといった顔をしていたが……

 フウッと息を吐き出すと、静かな良く通る声で語り始めた。 


『時は来たれり。三千年みちとせの長き眠りを経て、待ちにし者は来たれり。光は来たれり。』


『見よ、見よ。おおきなる大地の南東より、の者は現る。天の名を冠する古き塔の頂きに、陽の昼と星々の夜が共に煌めきわたる時、左手ゆんでに月を、右手めてに陽を捧げ持ちて、彼の者降り立たん。』


は、久しく待ちにし光なり。混沌を廃し、禍根を退け、乾坤に満てる過誤の闇を撃つべき者なり。遥かいにしえより、この世を正す定めを負いし者なり。』


『見よ、青人草あおひとくさよ。あらたしき世の人民よ。新たなるものいにしえとなり、古は新しき今にならんとす。世界は死してまた生まれ、生まれてはまた死せんとす。心せよ、その宿業の刻巡りきたるを。まなこ開き、耳澄ませ、心清らに、刻に備えよ。』


『新しき人の子よ、恐るる事なかれ。光ぞついにこの世に生まれきたりける。時は来たれり。光来たれり。』


「……」

 サラは、朗々たるティオの声に、終始真剣な表情でジッと耳を傾けていたが……

 やがて、パアッと、いつもの無邪気な子供のような明るい笑顔になった。


「ごめん、ティオ! 全然分かんなかったー!」

「……うん、まあ、だろうと思ってたよ。」


 ティオは、小さく息を吐いて、机の上に広げていた紙を手際良くクルクルと丸めると、そっと懐にしまった。


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「預言」

未来の出来事を予知した内容の文言。

ティオの話では、白とも黒とも取れるような曖昧な言い回しが多いらしい。

古い詩編のようなもったいぶった言い回しは、神秘性とありがたみを増す効果があるとかないとか。

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