終末と賢者と救世主 #19
「袋小路のようなこの状況から、『賢者』はどうやって戦に勝つつもりなのか?」
ティオは、トントンと、テーブルを指で爪弾きながら、しばらく考え込んでいた。
「したたかで頭の切れる『賢者』が、何の策もなく籠城戦に打って出たとは考えにくい。……まあ、『賢者』の人物像から推察するに、内政が本来の得意分野で、戦に関しては門外漢なのかもしれませんが。」
「それでも、おそらく『賢者』は『確実にこの戦に勝てる』という計算の元で、王子に反乱を起こさせたのだと思います。」
「ただ、その『確実に勝てる』という『賢者』の策がどのようなものなのか、まだ俺には全く見えてこないんです。」
「追い詰められているというのに、まるで動きがないというのも、かえって不気味だな。」
「ええ、本当に。」
ジラールの感想にティオも深くうなずいて同意した。
ジラールは腕組みをして目を閉じ、しばし考え込んだのちに言った。
「籠城戦で勝つ見込みがあるとすれば……援軍が来るという事ぐらいだろう。」
「強力な援軍の到着まで、守りに徹して何とか凌ぐというのが一般的だな。」
「確かにそうなのですが、反乱軍にどこかから援軍が来る様子はまるでないんですよね。国境地帯の警備をしていた兵士達は、反乱軍が決起した時点で既に加わっていますし。」
「しかし、俺も、反乱軍は『何かを待っている』という気がしてならないんですよね。」
「反乱を起こしてからは、難攻不落の要塞である月見の塔に守りを固めてジッと閉じこもっていて、国王軍が攻めていかない限り、向こうから出てきて戦いを仕掛ける事はしてこない。反乱軍の旗色が悪くなると、『賢者』自身が調停会談の使者として出てきてまで、この戦を引き伸ばしている。」
「まるで、『その時』が来るまでひたすら耐えて、『何か』を待っているかのような。」
「あ! 私分かったよー!」
ティオとジラールという戦に詳しい二人が難しい顔で敵の出方を考察している所に、サラの能天気な声が響いた。
「ハイハイ!」と元気に手を挙げるサラを、ティオは冷めた目で見つめて、明らかにおざなりな態度で指した。
「なんだよ、サラ? 何が分かったって?」
「『賢者』が待っているものだよー。それはねー、ズバリ……」
「『救世主』だと思う!」
「……俺はもう少し『賢者』の周辺を探ってみようと思います。ジラールさん、新しい情報が入ったら、また意見を聞かせて下さい。」
「ちょ、ちょっとちょっとー! なんで無視するのー?」
サラは、何もなかったかのようにしれっと流そうとしたティオのマントをグイグイ引っ張って口を尖らせた。
「『賢者』は『救世主』が現れて人々を救ってくれるって言ってるんでしょー? だったら、『救世主』が現れてー、超ピンチの反乱軍を助けてー、パパーッと勝たせてくれるのを待ってるんじゃないのー?」
「……」
ティオは、苦虫を噛み潰したような顔で黙っていたが、サラのぶっ飛んだ主張に耐えられなくなったのか、クルッと振りかえった。
「だから!『救世主』なんて、そんな都合のいい超人、居ないって言ってるだろう! たった一人で不利な戦況を引っくり返せるような人間なんて、存在しないんだよ!」
「えー! でも、世界は広いんだからー、本当にそんな凄い人が居るかもしれないじゃーん!」
「……あのなあ、サラ、良く考えてみろ。もし、仮に、万が一にも、そんなとんでもない人間がこの世の居たとしてだ。……『世界を救う救世主』が、あんな邪悪な野望を持った『賢者』を助けると思うか?」
「大人しい王子をそそのかして反乱を起こさせるわ、都に疫病を流行らせるわ。自分の目的を達成するためには、手段を選ばない外道だぞ、アイツは! しかも、その目的が、この国を乗っ取って自分が支配するとかいう、ゲスな欲望丸出しなものなんだぞ!」
「本物の『救世主』なら、世界ためにも人々のためにも、むしろ真っ先に倒そうとするだろ、あんなヤツ! 平和主義者のこの俺でも、もし『賢者』に対面する機会があったら、思いっきり顔面にパンチ入れてると思うぜ!」
「……あー、言われてみれば、そうかもー。私が『救世主』なら、絶対助けたりしないなぁー。」
「ま、『救世主』なんて、『賢者』の嘘に決まってるけどな!」
ティオにあっさり論破され、サラはしゅんと首をすくめて口を閉ざした。
□
「『救世主』の話で、少し補足説明しておきます。」
と、ティオは、コホンと軽く咳をして、話し出した。
サラとのやり取りで『救世主』の下りを思い出したようだった。
「俺は先程『賢者』は最終的に自分が『救世主』となって、民衆に崇め奉られつつ、裏からこの国を支配するつもりだ、という話をしました。」
「では、どうやって『賢者』が『救世主』になるつもりなのか、と言うと……」
「まず、『賢者』自身が語った『預言』があります。『やがて来る世界の滅亡は、このナザールの地から始まるが、この地に救世主が現れて、人々と世界を救うだろう』というものですね。この『預言』のポイントは、世界の滅亡はこのナザール王国から始まる、という所です。」
「つまり、このナザール王国、もっと狭い範囲で言うと、この王都は、世界に先駆けて『重大な危機』に直面する訳です。そして、そこにどこからか颯爽と『救世主』が現れ、危機を救う。」
「つまり……この王都に重大な危機が訪れた時に、それを救えば、その人物が『救世主』と言う事になります。」
「実際、現在の王都は、この地に都が建設されて以来かつてない程悲惨な状況にあります。……内戦により、都の警備をする兵士が減少し、著しく治安が悪化しました。同じく内戦により、物資が不足し、物価が高騰。経済が破綻をきたして、市民の生活が困窮しています。その上、戦の資金源として、都に住む人々には、重税が課せられている状態です。更に泣きっ面に蜂で、流行り病が蔓延しています。多くの人々が次々と病に倒れて寝込み、日々弱っていくどころか、死者の数もうなぎ登りです。この惨状を見て、『これが、世界滅亡の前兆か?』と考える者が出てきても不思議はないでしょう。」
ティオの言葉に、実際王都に自宅があり、惨状を目の当たりにしているハンスは、深くうなずいていた。
長年平和なこの街を見守ってきたハンスの目には、今の王都は、まさに「この世の終わり」のごとき様相に見えているようだった。
「しかし、これらの状況も、ある事が終われば、絡んだ糸がほぐれるように全てスルスルと解決に向かうでしょう。」
「そう、現在続いている、国王軍と反乱軍との内戦です。」
「問題は、『どうやって戦を終わらせるか?』ですが、先程も話した通り『賢者』からすれば、これは反乱軍の勝利しかないでしょう。……『賢者』が今のジリ貧の状況から反乱軍を勝たせる秘策は、俺もまだ解明出来ていませんが。……ともかく、『賢者』側、反乱軍の勝利により、この内戦が終わりを迎えたとして、後は簡単です。」
「政権の大きな変化により多少のゴタゴタは起こるでしょうが、それもいっときの事。第二王子を頂点とした新体制が固まれば、自然と治安は元に戻り、経済も次第に正常に回るようになっていくでしょう。」
「更に、流行り病についてですが、こちらも、元々『賢者』が広めたものなので、解決方法も『賢者』は知っていると見ていいでしょう。毒を使う者は、毒を解く方法も知っているものです。特にそれが慎重で頭の良い者ならば。『賢者』は、もう王都を混乱させる必要がないと判断すれば、流行り病の蔓延を止めると思います。そうして、人々はようやく病魔の苦しみから解放される事でしょう。」
「結果だけ見れば、『賢者』は、多くの災いをもたらした内戦を終結させ、それと同時に、流行り病も収まって、この王都を『重大な危機』から救ったかのように見える事でしょう。」
「この結果を最終的に作り出すために、『賢者』は、この都にやって来た当初から、せっせと『終末論』を説き、『王都の危機』と『救世主の出現』を、人々に刷り込んでいった訳です。」
「な、なるほど! そうやって、民衆に自分を『救世主』と思わせる訳か!」
「確かに、裏の事情を知らない人間なら、コロッと騙されちまいそうだよなぁ。」
「えー! でも、それって、全部インチキじゃないー! 自分で都の人々を酷い目に合わせておいて、それを自分で救って、感謝されたり尊敬されたりしようなんてー!」
ハンス、ボロツ、サラは、ティオの洞察力に感心しつつ、それぞれに感想を口にしていた。
□
しかし、一方で、『賢者』の野望も、野望を叶える方法も解いた筈のティオ本人が、どうもすっきりしない表情で考え込んでいた。
そんなティオの様子に気づいて、サラが肩に乗った金の三つ編みを揺らしながら顔をのぞきこむ。
「どうしたのー、ティオー?」
「……あ、いや。なんかこう、スカッとしないんだよなぁ。『これで間違いない!』って時は、なんて言ったらいいか、頭の中でカチッと、鍵穴に鍵がピッタリはまったみたいな感覚があるんだよ。でも、まだ、それがない。……俺の推理がどこか間違ってるのか、あるいは、まだ、重要な何かが欠けているのか。」
「……と言うか、内戦を終わらせるだけって……『救世主登場!』って言うには、ちょっとインパクトが薄くないか?」
「はあ? さっきティオが自分で言ったんじゃなーい!」
「いや、まあ、そうなんだけどさー。確かにそれが、今俺の元に揃ってる情報から導き出した最も可能性の高い推理ではあるんだけどなー。うーん……もう一捻り、何かこう、ドーンと凄い衝撃が欲しいって言うかー。この王都に居る誰もが目を見開いて、息を飲んで、我を忘れて、驚愕するような、そんな感じの何かがな。」
「えー? ドーン!って感じのものー?」
サラは、少ない知識と経験を総動員してしばらく考え込んでいたが、ハッと閃いて、パチンと指を鳴らした。
「バッタはどうー?」
「バ、バッタ?」
「うんうん! 私ねー、実際に見た事はないんだけどー、どっかの町で聞いたんだー。バッタが町も空も畑も覆い尽くすぐらいいっぱい飛んでくるんだってー! それって、どんな感じなんだろうねー? きっと凄い光景だよねー! ドドーン! ジャジャーン! ババババーン!って感じかなー?」
「なるほど、『蝗害』……『イナゴの大群』かぁ。確かにあれは『この世の終わり』って感じの衝撃的な現象だな。いや、でも、大規模な『天災』はさすがにコントロール出来ないだろう。起こそうと思って起こせるもんじゃない。それに、『蝗害』は、過去にここナザール王国で起きたという記録がない。あれはもっと乾燥した半砂漠状態の土地で起こる現象だ。」
「えー、そうなのー? この国では起きないんだー。バッタがいっぱいって、一度見てみたいなぁと思ったのになー。」
「いや、『蝗害』は、そんな生やさしいもんじゃないからな、サラ。バッタの大群によって、たった一日で、畑も草原もお構いなしに植物が食い尽くされるんだぞ。まさに大災厄って感じだ。」
おそらく、サラは「バッタがいっぱい飛んでくる」と聞いて、「やったー! バッタ食べ放題!」とか思ったに違いない、とティオは気づいていたが、会議に集まっている他の幹部達の手前、敢えて黙っていた。
「あ! バッタじゃないんだけどー、私、ヒルがいっぱい居るは見た事あるよー。」
「ヒル?」
「うん! ある山道に差しかかった時に、道の脇に看板が立っててねー、たまたま通りかかった人が教えてくれたんだー。この山には、底なし沼があって、間違って入り込むと生きては出られないから、絶対に道から外れないように歩きなさいってー。だから、私頑張って道から外れないように歩いてたんだけどー、気がついたら、いつの間にか底なし沼に入っちゃっててねー。」
「……まあ、予想はついてたよ。本当に酷いな、お前の方向音痴。」
「でねでね! 辺りには、本当に人間の骨があちこち散らばってたのー。肉はもう全部なくなっててー、骸骨がゴロゴロしてる感じー。それで、その時になんか服の下で皮がモゾモゾすると思ったら、ウネウネした黒い紐みたいなものが身体中にいっぱいついててねー。」
「あーあーあー! もういい、もういい! 大体分かったから、続きを話すな!……クソッ! サラの話は、ほのぼのした口調に反して、内容がエグいんだよ!」
「えー、これからが大事なとこなのにー。」
いつの間にか話がすっかり逸れていたが、サラの天然な性格が醸し出した雰囲気により、会議室の張り詰めた空気が少しだけ和らいだ。
いや、サラのぶっ飛びぶりに、皆なんと言っていいか困り果て、こぞって目を伏せて黙り込み、なんとも言えない気まずい空気が流れていた。
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「サラの方向音痴」
サラは酷い方向音痴である。
ナザール王都にやって来た時、目的地の王城が見えているというのに、真反対の方向に歩いていったりした。
傭兵になってからも、良く間違えて王国正規兵の兵舎に迷い込み、兵士に叱られている。




