終末と賢者と救世主 #18
「内戦が勃発すると、当然のごとく、『賢者』とその弟子十二人は第二王子についてゆき、反乱軍と共に月見の塔に立てこもりました。」
「しかし、『賢者』の立場はなぜか『中立』という事になっているようです。」
「『賢者』自身は、戦争には反対という意見らしいです。」
「ええ!? な、なんでー? 王子にくっついて、反乱軍に居るんでしょー? だったら、『賢者』はどう考えても『敵』側だよねー? 中立って何ー? 戦争に反対してるのに、なんで王子をそそのかしたりしたのよー? 全然意味が分かんなーい!」
頭の上にはてなマークを飛び交わせて、バンバンと机を叩くサラに、ティオがフッと訳知り顔で返した。
「サラ、大人には、『建前』と『本音』ってものがあるんだよ。」
「あー! また、それだー! どうして、みんなもっと正直に生きないのー? 戦争するのはいけない事だと思うけどー、戦争したいならしたいって、素直にそう言えばいいじゃーん!」
「戦争したいなんて、表立って言ったら、イメージが悪くなるだろう? そんな、争いを好み、血を求め、戦争のようにたくさんの人間が死ぬ行為を望む人間には、民衆はついていかない。誰だって、死ぬのは嫌だからな。」
「だから、本当は戦争がしたくてしたくてたまらなくても、なんのかんのと理由をつけて『出来れば戦争はしたくないけれど、止むに止まれぬ事情で』って態度を装うんだよ。戦争をするためのいかにも正論に見えるような言い訳、つまり『大義』をスローガンとして掲げるんだ。」
□
ティオの説明によると……
現在国王軍側での『賢者』の認識は、「中立の立場」「危険ではない」といった所らしい。
国王達は相変わらず、『賢者』の外面の良さに騙されて「人道的で立派な人物である」と思い込んでいるようである。
しかし、第二王子について反乱軍と共に月見の塔に立てこもっている現在の状況下においても、その認識が変わらないのはさすがに異常である。
「実は、『賢者』は、反乱軍側の代表として、何度か月見の塔から出てきては、国王軍の使者と会談しています。もちろん、会談が行われる時は、両軍一時停戦の状態になります。国王軍の代表は、軍事関連の政で国王に次ぐ決定権を持つ軍務大臣です。」
「内戦が始まってから今に至るまで、両軍の間で、停戦、和平に向けて五度の会談が行われましたが、いずれも合意に至らず、話し合いは決裂して終わっています。……その内三度は、『賢者』が反乱軍側の代表として会談に臨んでいます。」
『賢者』は、反乱を起こした第二王子についていって月見の塔に立てこもっている理由を、「ベーン様の事が心配なのです」と国王軍の使者に述べたらしい。
『賢者』個人としては、たくさんの人が傷つき死んでゆく戦争を、「人間の行う最も悲惨な行為」と思っているのだと言う。
「ですから、私は、ベーン様の一友人として、殿下にこの悲劇的な戦争をやめてもらおうと必死に説得しているのです。そのために、敢えて殿下についてゆき、反乱軍と行動を共にしているのです。」
と、『賢者』は会談の相手である大臣に語った。
「まあ、嘘なんだけどな。」
「嘘なの!?」
「そりゃそうだろ。『賢者』は第二王子をそそのかして戦争を始めさせた張本人だぞ。何が『この国の人々のためにも、この戦争を早く終わらせたい』だよ、本当は戦争をやめてもらっちゃ困るんだよ。だから、何が何でも和平を阻止しようとしてるんだよ。」
「『賢者』本人が顔を出した会談は、過去五回行なわれた停戦調停会談の中でも特に重要なものだった。」
「と言うより、国王軍に押されて反乱軍が負けそうになると、『賢者』が出てくるんだよ。そして、『もうすぐ第二王子を説得出来そうなので、もう少しだけ待って下さい』とお願いしてくる。国王側の代表である大臣は、そのたび『賢者』に丸め込まれて、しばらく軍を動かさずに待つ事になる。なにしろ、国王から、可愛い第二王子を無事に確保したいと強く頼まれているからな。国王側も、『力と力のぶつかり合いで強引に解決しよう』とは思っていないんだ。戦力は、国王軍の方が圧倒的だからな。いざとなれば力押しでなんとかなる、という甘い考えもあったんだろうぜ。」
「しかし、毎回、結局の所『賢者』は王子の説得に失敗する。そして、しばらくこう着状態が続いたのち、また両軍の間で小競り合いが始まる訳だ。『賢者』が王子を説得するのを待つ、という理由で国王軍が手を緩めている内に、反乱軍はしっかり態勢を立て直してくるんだ。そして、また、振り出しに戻って、戦いが始まる。そんなグダグダの状態が今の今まで続いてるって訳だ。」
「ダメダメじゃん! なんで説得出来ないのー? 第二王子って『賢者』の言いなりじゃなかったのー?」
「だーかーらー、最初から『王子を説得する』なんて嘘っぱちだってのー。ただの時間稼ぎなんだよー。」
「酷くやり込められて軍がボロボロの状態だから、『王子はもう少しで投降すると思います。』って言って国王軍を待たせて、その時間にせっせとボロボロになった軍を立て直してるんだ。まあ、そういう切羽詰まった状況だから、『賢者』自身が顔を出して、そのなんか訳もなく威厳のある言動で、国王軍の大臣を必死に丸め込みにくるって訳だ。」
「王子は、『賢者』がそんな事言ってるって知ってるのかなー?」
「別に知ってても困らないだろ。『賢者』は、反乱軍が窮地に陥った時に『私がなんとかしましょう』って言って、助け舟を出してくれてる訳だからな。王子には、『私はどうやら国王に信頼されているようなので、会談で相手の出方をそれとなく探ってきましょう。』とかなんとか言ってるんじゃないのか。」
「まあ、そんな感じで……『賢者』は、王子達反乱軍にとっては、国王軍の内情を探ったり動きを封じたりと重要な役割を担っている一方で……」
「国王軍からは、王子が心を開いているただ一人の友人として、命を賭して反乱軍の中に入り込み必死に王子を説得してくれている実に献身的な人物、と思われている訳だ。」
『賢者』のしたたかな立ち回りぶりに、サラはゲーッと舌を出して吐くように言った。
「……うええぇ……『賢者』って本当に『二枚目』なんだねー。」
「『二枚目』?……ああ、『二枚舌』の事か。そういう事なら……」
ティオは、なぜか、キランと目を輝かせて、グイと親指で自分の胸を指した。
「俺に任せとけ! 舌先三寸で相手を丸め込む事だったら、俺は『賢者』に負けない自信があるぜ! それから、腹芸だってお手の物だ! 本心の探り合いから始まって、相手の手の内を看破し、最終的には裏の裏の裏をかいて、必ず目にもの見せてくれるぜー! ハーッハッハッハッハッ!」
「もう! 変なとこで張り合わないでよー。」
「……ティオ、私、時々、アンタの方が『賢者』よりよっぽどたちの悪い人間に思えるのよねー。」
サラは、テーブルに両手で頬杖をついて、ハアッと大きなため息をついていた。
□
「ティオ、俺からも一つ質問がある。」
「はい、なんでしょう、ジラールさん。」
いつもは、腕組みをして目を閉じ、岩のように動かない事の多いジラールが、珍しく手を挙げて発言の許可を求めてきた。
普段うつむきがちにずっと目を閉じているので、本当に話を聞いているのか、実はこっそり眠っているのではないか、などと皆に密かに思われていたジラールであるが……
どうやらしっかりとティオの話を聞いており、かつ理解も深い様子だった。
「お前は『賢者』なる者が、今回の内戦の真の首謀者だと言ったな。『賢者』は、現在のこの国の政治の中心である国王をはじめとした王族を一斉に廃して、表向きは第二王子を王座に就かせ、そののち、自分は影からこの国を支配するつもりなのだと。『救世主になる』というのは、俺には良く分からなかったがな。」
「という事はだ……つまり『賢者』は、この戦に勝つつもりでいるのか?」
ティオは、コクリとうなずいて答えた。
「おそらく。戦に勝たなければ、王族の支配を取り除く事は出来ませんからね。いくらでも自分の思い通りになる傀儡の第二王子は例外として、現在この国で実権を握っている王族はもちろん、力のある貴族達も粛清するつもりかもしれませんね。この国を支配するために邪魔な存在は、徹底的に片づける可能性があります。」
「しかし、となればますますこの戦に勝たねばならない訳だが……」
「俺には、この戦において、どうあがいても反乱軍に勝ち目はないように見えるのだがな。」
そんなジラールの感想に、ティオは我が意を得たりと、ニッと唇の端を上げて笑った。
「さすがは、あまたの戦場を経験してきたジラールさんですね。やはり現在の戦況をそう読みますか。」
「いや、俺に限らず、誰の目にも明らかだろう。」
「そもそも、籠城戦というのは、自ら勝ちを取りに行く戦で使う戦法ではない。むしろその逆、敵の戦力が絶大でまともにぶつかっても敵わない時、堅固な要塞に立てこもって防御に徹する時に使うものだ。……実際、今回の戦でも、戦力としては、国王軍の方が圧倒的にまさっている。長引く戦と流行り病で大分兵士の数が減ってしまったとはいえ、それでもまだ戦力差は大きい。」
「ただ、戦力を全て守備に振り切って守りを固めた要塞を攻撃するのは、なかなかに難しい。反乱軍が陣取っている月見の塔という建物は、古代文明の遺跡だそうだな。おそらく、相当に頑丈な作りになっている事だろう。おまけに切り立った崖を背にした小高い丘の頂上にあって、地の利も大いにある。」
「これを正面から力押しで攻めるのは、やって出来ない事ではないだろうが、こちらの軍にもかなりの犠牲が出るだろう。とても賢いやり方とは言えないな。正着で行くなら、月見の塔を取り囲んで、敵の補給路を断ち、後は向こうの限界が来るのを待つやり方だろう。持久戦ならば、食料も武具も限りのある敵に勝ち目はない。」
「俺の集めた情報では、あの遺跡の中には、豊富な清水が湧く井戸があり、庭園を潰して畑にする事である程度の自給自足も可能なようです。まあ、それも焼け石に水でしょうけれども。」
「反乱を起こし、月見の塔に立てこもって早半年。反乱軍の人数と持ち込んだであろう食料から考えて、そろそろ反乱軍も限界がきていると俺も読んでいます。」
国王軍はこれ以上自軍の犠牲者を出したくないのが本音だった。
国に戦が起こった時、貴族は国王への忠誠心を示すため、参戦するのが義務である。
それ故に国王より特権を与えられている階級である。
しかし、実際には、四十年前に近隣諸国との戦が続き自国が脅かされていた時に最も高まっていた忠誠心を未だ変わらず持ち続けている貴族はそう多くない。
今回の内戦は、王族にとっても貴族達にとっても、すっかり平和に慣れきっていた所に起こった青天の霹靂だった。
内戦が始まった当初は、国王軍として忠義の御旗を掲げ、意気揚々と参加していた貴族達も、長引くにつれて不満が膨らんでいった。
国王軍の戦力の要となっているのは、貴族の若い子息である。
彼らが長引く戦で負傷、死亡する事は、貴族の家系にとっては大きな問題だった。
また、今回の戦は内戦であり、敵が同じナザール王国民である事から、勝利した所で、褒賞として新たな土地や財宝が貰える事はない。
戦が長引けばそれだけ、王都の市民に税金として負担がかかるだけでなく、私財を削って戦に参加する義務のある貴族も出費がかさんでしまう。
勝利しても得るもののない不毛な消耗戦で、これ以上、資金的にも人員的にも犠牲を増やしたくないというのが、貴族の本心だった。
そんな貴族らの不満は、治世を担う国王や王族に向かっていった。
時を同じくして、王都では、流行り病により市民が苦しんでいる状況だった。
ここにきてようやく国王も重い腰を上げ、もはやこれ以上内戦を長引かせる訳にはいかないとの判断を下した。
そうして、早急にかたをつけるべく、急遽募集されたのが、この傭兵団だった。
傭兵団は、堅固な要塞に立てこもっている反乱軍を、ある程度の犠牲を払ってでも攻め落とすために集められた。
その、やもを得ず出てしまう『犠牲』の部分を担うものだった。
本来は、貴族や職業軍人が負うべき危険を肩代わりするための捨て駒である。
「しかし、ことここに至っても、未だ反乱軍に変わった動きはありません。相変わらず、守りをガッチリと固めて、月見の塔に立てこもっているばかりです。」
「守っているばかりでは、負けはせずとも、勝つ事は不可能だ。しかも、時間が経てば経つ程、食料や資材は減り、兵士も疲弊していく。状況は不利になる一方だろう。」
「ジラールさんの言う通りだと俺も思います。」
ティオは、アゴに手を当て、ややうつむいて、分厚い眼鏡の奥の目を細めた。
「そこが、俺もずっと引っかかっている所なんです。」
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「月見の塔」
反乱軍が立てこもっている古代の魔法文明の遺跡。
ナザール王都郊外の平野にポツンと小高い丘があり、その頂上に立っている。
塔の後ろは断崖絶壁となっており、下は流れの早い川があるため、後方から攻めるのは不可能と思われる。




