終末と賢者と救世主 #17
ティオが会議で語った話によると……
『賢者』と自称する、長く伸ばした赤い髪とヒゲ、鋭い眼光の宿る金の瞳が印象的な五十代半ばの男は、十二人の弟子達と共に、今より約八ヶ月程前、ここナザールの王都にどこからともなく現れた。
そして、街中で演説を開始し、その威厳ある風貌と堂々たる弁舌により、徐々に市民に注目されるようになっていった。
『賢者』が主に語っていたのは、『終末論』と呼ばれる世界で時折語られるとある思想を元にしたものだった。
『賢者』曰く……
『遠くない未来に、再び「世界大崩壊」が起こり、世界は危機に瀕するだろう。』
『世界の破滅は、この地、ナザールの王都から始まり、次第に世界に広まってゆく。』
『しかし、この地に「救世主」が現れ、世界と人々を救うだろう。』
『賢者』には、「未来を予知する」特殊な能力があると言う。
演説を聞きに来ていた市民の未来をいくつか『預言』と称して当てた事で、ますます注目が集まるようになっていった。
また、『賢者』の唱える『終末論』にも信憑性が増す事となった。
「十年戦争」と呼ばれた四十年前の大戦は、もはや遠い過去となり、長く続く太平の世の安寧に浸かりきっていた国王をはじめとする王族や貴族達は、『賢者』なる人物が王都の城下で噂になっていると聞いて、興味を示した。
話の種に、巷で有名な人物を一度見てみようと考えたのだった。
警戒心が失われていた王族貴族は、好奇心から安易に『賢者』一行を王城に招いた。
□
『賢者』は十二人の弟子達と共に、王城にやって来た。
謁見の間に通された『賢者』は、玉座に座った王の前で……
『「世界を救う」という自身の使命のため、各地を旅しながら、未来予知によって知り得た『預言』を説いて回っているのです。』
といった内容を述べた。
自分には、国王陛下に反抗するつもりも、人心をいたずらに惑わすつもりも毛頭なく、国王陛下の治政の元、長く平和が保たれている現状を、とても素晴らしい事だと褒め称えた。
『賢者』一行は、旅装束ゆえ華やかな身なりではなかったが、皆清潔感があり、礼儀作法もしっかりしていた。
また、終始うやうやしい態度で国王に深い敬意を示した。
『賢者』を気に入った国王は、彼らを昼食に招き、そこで更に話を聞く事にした。
昼食会には、国王、皇太子に皇太子妃、そして、王位継承第二位である第二王子のベーンも妃と共に参加していた。
他には、大臣や将軍といった、貴族の重鎮も加わっていた。
『賢者』はそこで、自説を披露する事となった。
国王をはじめ、人々はまず『賢者』の持っているという『預言』の力に興味を示した。
「ここで何か預言してみせてくれ。」という、要望を、『賢者』はやんわりと断った。
「『預言』は自分自身で操れるものではありません。私への使命として、必要な時が来ると、自然と天より降りてくるものなのです。」
といった理由を述べたようだ。
要するに、『預言』は意図して出来るものではなく、予告なく感じ取るものなので、誰にどんなに頼まれても望んだ未来を意図的に予知する事は出来ない、という事だった。
「なかなか手ごわいですねぇ。自分でコントロール出来ない神秘的な力だ、という事なら、その場で真贋を判定出来なくなりますものね。」
と、ティオの話を聞きながら、うんうんとチェレンチーは感心したようにうなずいていた。
「王族の方々の前でも堂々たる態度で、かつ礼儀作法も完璧という事は、やはり一介の市井の人間ではないようですね。どんな背景を持つ者なのか、気になる所です。」
昼食会に集まった王族貴族達は、『預言』を聞けないと知ってがっかりした様子だった。
代わりに『賢者』は自説の『終末論』を熱く語ったが、それも彼らにはあまり響く所はなかったようだった。
彼らは、王都の市民とは違って、現在の自身の地位や財産に満足している、いわゆる「持てる者」であり、平穏な日々に退屈を覚える事はあっても、不満や不安を感じる事はない。
そんな王族貴族に向かって、いくら「再び世界大崩壊が起こり、この世の終末が訪れるでしょう!」と語った所で、今の自分の生活とは関係のない遠い世界のおとぎ話程度にしか感じられないのが当たり前だった。
「まあ、そんな事も、遠い未来には起こるかもしれないな。」
「しかし、世界が滅びると言われても、我々にはどうする事も出来まい。」
そんな感想がポツポツと出るばかりだった。
そこで、『賢者』は、後半は論調を変え……
「人にとって大事なのは、お互いを思い合う心です。」「家族は何よりも尊い宝であり、大切にしなければなりません。」「自分より年上の者を敬い、年下の者を温かく見守る心が、良い社会を築く礎となるのです。」
といった、人間社会の一般的な倫理観を説いた。
人間の良心に根づいた普遍的な、言い方を変えれば、何も目新しい所のない価値観ではあったが……
『賢者』の威風堂々たる雰囲気と、叡智に満ちた語り口に飲まれた一同は、結果的に彼を「高尚な志を持った立派な人物である」と、好感を持って評価したらしい。
結果として、国王からは、これといって『賢者』とその一行を庇護する、援助する、といった厚意を受ける事はなかったものの……
「これからも自由に城下で活動して良い。」との許可の言葉を得たのだった。
『賢者』一行の国王への謁見は、まずまずの成果を得たと言えるだろう。
しかし、この一件での『賢者』にとって何よりも大きな収穫は……
第二王子ベーンが、本題である『終末論』に酷く感心し、強い興味を示した事だった。
□
「ああん? なんで、第二王子だけが『賢者』の話に食いついたんだ?」
ボロツの疑問にティオが淡々と答えた。
「おそらくですが、他の王族貴族の方々とは違って、第二王子には、内に秘めた不満があったのでしょう。」
「第二王子は、間違った料理を出されても何も言わず我慢して食べてしまうような、大人しいというか、とにかく気の弱い方だったようです。何か鬱屈したものがあっても、決して口に出す事はなかったのでしょう。おかげで、第二王子の抱えた悩みを知る者は誰も居なかった。実の父親の国王陛下や兄である皇太子殿下、果ては第二王子の妻であるお妃様でさえも、全く知らずにいた。」
「そんな第二王子が長年内に溜め続けた密かな不満に、『賢者』は彼と話す内に気づき、それを利用する事を考えついた訳です。」
(……そう言えば……)
と、ティオの話を聞きながら、サラは思い出していた。
ティオに街の食堂で内戦について説明してもらった時、当然、反乱を起こした第二王子ベーンについても聞いていた。
第二王子は兄である第一王子と良く似ている、という話だった。
年齢もわずか二歳しか違わない。
姿も性格も、能力的にも、甲乙つけがたい……のではなく、どんぐりの背比べで、ごくごく平凡な人物らしかった。
王子という高い身分や王族という由緒正しい血筋がなければ、街中の人混みに紛れても全く分からないような影の薄い人間だ。
実際、王子二人は、彼らを良く見る機会のある王都の市民にさえ間違えられる程だった。
しかし、そんな二人にも、一つだけ決定的な差があった。
そう、兄の第一王子は、次期国王、皇太子として幼い頃から周囲の人間に特別大切にされていた。
もちろん、第二王子も決して適当にあしらわれていた訳ではない。
特に国王は、亡き王妃が第二王子を産んですぐに亡くなった事から、愛する妻の忘れ形見としても彼を大変可愛がっていたようだ。
第二王子が国王である自分に反旗を翻し内乱を起こした後も、彼の身を案じてなかなか月見の塔を攻めずにいた事からも、国王が第二王子に対してかなり甘い様子がうかがえる。
また、兄弟仲も決して悪くなく、時折食事を共にして談笑していた様子も城の使用人達が目撃していた。
妻である妃とも夫婦円満で、二人の娘達を良く可愛がっていた事も知られている。
一国の王子としての資質はともかくも、家庭人としては、心優しく愛情深い良き夫であり良き父親であったようだった。
はたから見れば、十分に恵まれた境遇であり人生である。
しかし、それでも、第二王子の心のどこかには、(なぜ自分が皇太子ではないのか?)という密かな不満があったのかもしれない。
兄王子に男の子が生まれた事を喜び、「世継ぎも生まれて、これで王家は安泰ですね。私も肩の荷がおりた心持ちです。」と、第二王子は兄の皇太子に言っていたという。
皇太子である兄の身に何かあれば、王位継承第二位の自分にお鉢が回ってくる事を憂い、兄王子に男子が生まれた事でようやくその重責から逃れられたと喜んでいた……その気持ちに嘘偽りはなかっただろう。
また、皇太子である兄や、父親である国王に家族として愛情を持っており、彼らの幸福を願っていたのも間違いない。
しかし、人の心とは複雑なものだ。
時として、相反する感情を同時に持ち得るのが人という生き物である。
自分とほとんど同じ能力の持ち主でありながら、たった二年先に生まれただけで、皇太子として特別に扱われる兄と……
「王子、王子」と大切にされているとはいえ、立場的にはその兄の代替品でしかない自分。
そんな運命の理不尽さに、悩み、苦しみ、さいなまれ……
内向的な性格故に、その不満は発散される事もないまま、彼の中で長い月日をかけて、ゆっくりと発酵、腐敗していった。
やがてそれが、恨みつらみ、憎しみの形を形成した頃、目の前に突然一人の男が現る。
男は堂々たる立ち居振る舞いと威厳に満ちた声で、悩める王子に告げた。
「貴方こそが、この国の王となるのに相応しい」と。
それは、第二王子が、心の底でずっと欲していた言葉であり、今まで誰も彼に与える事のなかった言葉でもあった。
男は、自らを『賢者』と名乗り、未来を知る『預言』の力を持っていると言った。
そんな、暗澹たる王子の心に差した、一条の光のごとき存在である『賢者』に、王子はみるみる傾倒し、心酔し、盲信し……
そしてついには、彼に促されるまま、反乱を起こす事となった。
今まで自分の価値を省みる事のなかった、父である国王や、兄である皇太子を退けて、自らがこの国の王座に就くために。
……というのは、状況や人物像から見立てたティオの推理でしかなかったが……
彼のずば抜けた情報収集能力と情報分析能力を考えると、「単なる想像だ」と一笑に伏す事の出来ない説得力を持っていた。
□
「第二王子は『賢者』を招いた昼食会の後、自ら彼に話しかけたようです。内向的な王子の性格を考えると、余程『賢者』の話に惹かれるものがあったのでしょう。」
「そこから、趣味が同じという事で話が弾み、他の王族や貴族が席を立った後も、二人だけで日が暮れるまで話し込んでいたとか。」
「え?……第二王子の趣味って、確か、うーん……なんか凄ーく地味なものじゃなかったっけー?」
ポケッとした表情で聞いていたサラが、フッと頬杖から顔を上げて、隣の席で熱心に説明を続けているティオに尋ねた。
ティオは、一旦大筋から話を逸らし、手短に答える。
「『落ちている鳥の羽を集める事』だな。王子の私室には、収集した鳥の羽が入った箱が山のように積まれているという噂だ。」
「えー、『賢者』もそんなヘンテコな趣味の人なんだー。まあ、でも、同じ趣味の人に会えると、嬉しいっていうのはあるかもねー。」
「バカ、サラ。『賢者』の趣味が『落ちてる鳥の羽集め』の訳ないだろ。王子に上手く話を合わせて、気を引いたんだよ。確かに、趣味が同じだと、心を開きやすいからな。特に変わった趣味の場合は、趣味が合うなんて滅多にない事だしな。」
「え! じゃあ、『賢者』って嘘つきじゃないー! 嫌なヤツだー!」
「だーかーらー、再三再四俺が言ってるだろう?『賢者』は嘘つきで腹黒で油断ならないヤツだってー!」
それからというもの、『賢者』は頻繁に王城を訪れるようになった。
第二王子ベーンに「友人」として招かれ、彼と話をするためである。
王子は、客室に『賢者』とその弟子達を招くと、長い時は一日中何か熱心に討論していたという。
次第にその頻度は増してゆき、普段は何よりも大切にした妻と娘達との食事の時間さえ割いて、『賢者』との会話にのめり込んでいった。
第二王子の妃は、ただならない夫の様子に不安を覚え、親しくしている皇太子妃を通じて、国王や皇太子に相談したが、彼らはそこまで事態を深刻に捉えていなかった。
『賢者』と話をするようになってから、第二王子はだんだんと自信を持った態度に変わってゆき、国王や大臣達に対してもハキハキと発言しだした。
それまであまり関心を示さなかったどころか、むしろ避けて通っていた政に関しても、積極的に話を聞いたり会議に加わって意見を言うようになった。
そんな第二王子の変化を、国王や皇太子は、自分に自信がついて活発になり、とても良い傾向だと考えていたようだ。
また、国王達は、『賢者』の人柄を信用しており、『賢者』との交流が王子に良い影響を与えていると捉えていた。
「おそらく、『賢者』は第二王子を褒め倒したのでしょうね。『あなたはやれば出来る人だ。』『せっかく素晴らしい才能を持っているのに、眠らせておくのはもったいない。』『あなたの力で、この国の政治をもっと良いものに変えるべきだ。』とかなんとか。」
「豚もおだてりゃなんとやらで、『賢者』の褒めて伸ばす作戦は見事にはまり、第二王子は見違えるように積極的で活発な態度になり、そこそこ国の政治にも貢献出来るようになった。」
「確かに、そこまでは、良かったのですけれどもね。」
最終的に、第二王子は、軍人、民間人合わせて四千人もの民衆を率い、反乱を起こした。
王城に謁見に来た『賢者』と出会ってから、役一ヶ月半後の事だった。
「第二王子の元々の性格から考えて、いくら自信を持ちはじめていたとはいえ、自らの発案で反乱を起こしたとは考えにくい。」
「『賢者』が王城に出向くようになってから第二王子の行動が大きく変化した経緯からして、『賢者』が王子に反乱を起こすように仕向けた、と考えるのが順当でしょう。」
「王子自身の意思で国王に反旗を翻したかのように見えるよう、水面下で少しずつ少しずつ、王子に現体制への否定的な考えを吹き込んでいったのではないでしょうか。あくまで『賢者』自身は、国王や皇太子をはじめとした王族達に不満を溜め込んでいる第二王子に、『知恵を貸した』というていで。」
「ともかくも、この反乱の真の首謀者は『賢者』であると考えて、まず間違いないでしょう。」
ここまでティオの説明を聞き続けてきた会議室に集まった傭兵団幹部一同に、もはや誰一人として、その考えを否定する者は居なかった。
「……し、しかし、あの虫も殺せぬお優しいベーン様が、多くの人間を巻き込んで戦を起こすとは。やはり私には、殿下の心情が全くもって理解出来ない。一体『賢者』なる者は、どんな詭弁を弄して、殿下を籠絡せしめたというのか。」
額に手を当て眉間に深いシワを寄せて唸るように言うハンスに、ティオも肩をすくめた。
「さあ、俺もそこまでは。」
「ただ、第二王子は、最終的に、国王や皇太子をはじめ、自分の妃や娘達の説得にも全く耳を貸さなかった。それ程までに、『賢者』を盲信している状態だったと思われます。となると、あるいは、『賢者』の説く『終末論』や『救世主の預言』も信じていたのかも知れませんね。」
「例えば……『今ここで、貴方がナザール王国の間違いを正さなければ、「預言」に現れた世界の滅びが、この地より始まってしまうでしょう。』とか。」
「ま、まさか! そんな世迷い言を一国の王子が真に受ける筈がない!」
「しかし、王子は『賢者』に完全に心酔していました。もはやここまでいくと宗教のようなものです。王子は『賢者』による強い洗脳状態にあったと考えるべきでしょう。」
「……ムムム……」
ハンスの額に刻まれたシワは一層深い陰りを見せていた。
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とても励みになります。
☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「傭兵団の会議」
基本的に朝と夜の二回、必要に応じて昼食後にも追加で行われるている。
参加者は、団長サラ、副団長ボロツ、作戦参謀ティオ、参謀補佐のチェレンチーの他に、各小隊長八名。
また、傭兵団のお目付役の王国正規兵のハンスも加わっている。




