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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第六章 終末と賢者と救世主 <後編>果てのない壁
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終末と賢者と救世主 #16


「い、いや、正確には、精神世界で眠った事は、何度かあるってー。」

 ティオは、サラに怒鳴られ睨まれて、タジタジとなりながら弁解した。


「精神世界を認識したばっかりの頃は、まだ慣れてなくて、たまに疲れて眠っちまったりしたなー。後は、まあ、その、『気絶』みたいな感じで気を失った事も良くあったよ、確かに。」


「物質世界でぶっ倒れて、こっちでも同時にぶっ倒れる、とかなー。物質世界と精神世界は連動してるから、どっちかの世界でヘマすると、どうしてももう一つの世界の自分にも影響が出るんだよー。」


「それで、つまり、なんて言ったらいいか……物質世界はともかく、精神世界で完全に意識を失うと……」


「俺の場合、ろくな事にならないんだよ。」


 サラは当然……

「ろくな事って、どんな事よー? もうちょっと具体的に話してよぅー!」

 と詰問したのだったが、ティオは気まずそうに視線を逸らしてボサボサの髪をグシャグシャ掻き回すばかりで、全く答えてくれなかった。


「……そ、それはー……悪い! サラには言えない!」

「なんでよぅー! ティオのバカァー!」

「だ、だから、ゴメンってー!」


「ま、まあ、あれだ、そのろくでもない事態が起こるのを避けるために、俺は、精神世界では、極力眠らないようにしてるんだよ。」


 ティオは、可憐な美少女が台無しな程怨念に満ち満ちた表情を浮かべているサラを前に、ダラダラ冷や汗を流しつつも、必死に説明した。

 もちろん、サラに話せる範囲での内容だったのだろうが。


「ほ、ほら、俺はもう、結構精神世界に慣れたんでー、ずっと起きててもそんなには疲れないんだよー。……あー、いや、まあ、確かに疲れるには疲れるけどー、そんな時は、ギリギリまで意識の活動を落としてジッとしてるから、大丈夫だってー!」

「ギリギリまで意識の活動を落とすー?」

「そ、そうそう!……ほとんど眠ってる状態に近いかなー? 本当は寝てはいないんだけどさー。完全に意識を失わない程度までボーッとした状態に持っていくって言うかー。……ここで眠らないために、俺が必死に編み出して身につけた技なんだぜー。」


「まあ、そんな訳で、本当に疲れて辛くなった時は、そういう感じでボーッとしてるから、大丈夫なんだってー、サラー!」

「……」


 ティオは必死にサラをなだめようと早口にまくし立てていたが……

 実際は、喋れば喋る程、この精神世界におけるティオの行動の異常さが浮き彫りになるだけで、サラはますます険悪な表情になっていっていた。


(……物質世界と精神世界を同時に認識してるだけじゃなくって、精神世界の方では、一睡もしないなんてー……)


(……そんなの、どう考えても「大丈夫」な訳ないじゃないのよー! バカティオー!……)


 (……それにしても……)と、ティオの発言の衝撃で呆然とする一方、サラは頭の片隅で考えていた。


(……ティオが、精神世界で眠ると「ろくな事にならない」って、どういう事ー? 一体どんな状況になるのよー?……)


(……もう! 本当に、ティオは、大事な事程、私には教えてくれないんだからー!……)



 しかし、ティオの話からわずかに分かった事もあった。


 サラが初めてこのティオの精神領域にやって来た時、ティオは、宝石の鎖に自らの体、「精神体」を縛らせ、磔のように宙吊りになっていた。

 あの時、ティオの体は力が抜け切っており、深くうなだれて、目も閉じられていた。

 サラは、それを見て(気を失っている!)と思ったのだったが……

 おそらくあれが、ティオが今語った「ギリギリまで意識の活動を落とした」状態で間違いなさそうだった。

 まるで、仮死状態のような、あるいは、蝶の蛹や、動物の冬眠を連想させる気配だった。

 しかし、すぐに、サラがやって来た事に気づいて目を開き話しかけてきたので、あの状態でも、うっすらと意識はあるのだろう。


 結局、理由は教えてもらえなかったが……

 ティオは、この精神世界において、完全に眠りに落ちたり意識を失う訳にはいかないため、精神的な疲労が溜まってくると、あんな風に極限まで意識レベルと落としてジッとして過ごし、精神力の回復を図っているらしい。

 という事実を知ったサラだった。


「最近昼は、精神世界では良くボーッとしてるよ。まあ、物質世界が忙しいからなぁ。さすがに、傭兵団の作戦参謀として、人と複雑な話をしたり、資金調達や情報収集に慌ただしく駆けずり回ってると、こっちで何かしてる余裕がほとんどないんだよー。」


「だから、夜は、精神世界で好きな事をじっくり出来る貴重な時間って訳だ。夜の間は、物質世界では寝てればいいしなー。昼は物質世界、夜は精神世界って、ちゃんとバランスとって作業してるから、心配要らないってー、サラー。」


 ティオは、もはや物質世界と精神世界、二つの世界を同時に意識しながら生活するのが当たり前のようになっているらしく、世間話でもするかのような軽い口調で語っていた。

 そんなティオの態度を見るにつけ、サラは、彼の感覚がいかに普通の人間からかけ離れたものであるか、改めて思い知らされた。


 まだサラが曇った表情のままであるのに気づいて、ティオは慌ててフォローした。

 それは、やはり全くもってフォローになっていなかったが。


「あ! そうそう!……ちなみに、もし俺がここ、精神世界でうっかり眠っちまったとしても、俺の『精神体』は消えたりしないから、安心してくれよな!」

「……はあ?」


「……ティオ、アンタ、さっき『自分が精神世界で眠ったらろくな事にならない』って言ってたじゃないー!」

「い、いや、確かにろくな事にはならないが、俺の『精神体』が消える訳じゃないって話だよ。」

「え?……だって、ここで眠ったら、今の姿はスウッとお化けみたいに消えるんでしょうー? 私、今まで眠った時、そうやって消えてたんだよねー?……えーっと、確か、『精神世界では、自分を認識出来なくなると、「精神体」は消える』だっけー?」

「そうそう! つけ加えると『精神世界そのものを認識出来なくなっても、「精神体」は消える』だな。」

「んん?……ど、どういう事ー? ティオって、精神世界だと熟睡してても意識があるのー?」

「いや、ぐっすり眠っちまうと意識はなくなるよ。気絶した事も何度もあって、その時も、完全に意識が途切れたな。」

「じゃあ、自分が眠ってる時も『精神体』が消えないなんて、どうしてそこまではっきり言い切れるのよー? 意識がなくなって記憶が途切れてるんなら、『精神体』がどうなってるかなんて、そもそも分かんない筈でしょー?」

「まあ、普通はそうなんだけどなー。ちょっと訳があって、俺は自分が寝てる間にここで起こった事も、後から知る事が出来るんだよー。……とにかく、俺の場合は、意識が完全になくなっても、『精神体』は消えないんだ。」

「……」


「……えっと、要するに……『ティオは普通じゃない』って事でいいのー?」

「ああ、まあ、そういう事になる、かな? 超ザックリ言うと、そんな感じだなー。」

「……」


 サラは、今日何度目か分からない呆然とした沈黙の後、ムグググッと引き結んだ口をへの字に曲げて、不機嫌な気持ちをあらわにした。


「だーかーらー! なんでティオは普通じゃないのよー! なんで眠ったらろくな事にならないのー? ろくな事にならないって、具体的にどういう事なのー?」

「う、うーん、それはー……詳しく話せないんだよなー。悪い。」

「もーう! バカバカバカバカ、バカー!!」

「ハハハハハ、サラちゃん、ゴメンってばさー。」


 サラは、精神世界で物理的なダメージがないのをいい事に、怒りに任せてボカボカ気が済むまでティオの胸を殴ったのだった。



(……ハァ……ティオの事をなんとか助けたいって思ったけどー……)


(……想像以上に大変そうだなぁー、もうー。……)


 普段の怪力を失っているサラにポカポカ殴られても、ティオは痛くも痒くもないらしく、ヘラヘラ笑っていたが……

 そんな彼の体には、相変わらず、一瞬も微動だにする事なく、例の「宝石の鎖」が固く巻きついたままだった。


 ティオが、あまりに常識を超えた天才である事を考えると、サラには、今の彼の状況を正確に把握する事さえ難しいのが確定的だった。

 その上、一見脳天気そうに見えるティオ自身が、知れば知る程、実際は、警戒心が非常に強く、慎重で口が固い、という事実が発覚していた。

 ティオ自身から「なぜ彼が宝石の鎖に縛られているのか?」「どうやったら助けられるのか?」といった情報を引き出すのは不可能だろうとサラは確信していた。


 もちろん、ティオがサラに、核心に触れるような事を一切話してくれないのは、何も意地悪をしたい訳ではなく……

 「サラが真実に近づく事は、すなわち、サラを危険にさらす事になる」という考えの元にとっている態度なのだと、サラは理解していた。


『……「それ」について考える事は、「それ」に近づこうとする行為だ。……』

『……特にここでは……精神世界では、現実世界よりも、考える事によって距離が近づきやすい。……』

『……だから、「危険」だと感じたものには、「意識」を向けないようにするんだ。……』


 初めてこの精神世界に来た時に、ティオに言われた言葉だった。


(……たぶん、ティオが私に何にも教えてくれないのは、私を「危険」な事から遠ざけるため。……)


『……ここには誰も立ち入ってほしくなかった……』

『……それは……』

『……危険だから……』

 そんな言葉も、ティオは口にしていた。


(……ティオは、一番初めに私に注意していた。ここは「危険」な場所だって。……)


(……でも、だったら尚更、ティオをこんな所に一人でずっと居させていいのー? ティオが危険な目に遭ってるかもしれないのに、放っておいていいのー?……)


(……いい訳……ないじゃないのよ、絶対ー!!……)


 サラは、プイッとティオに背を向けると、再び長椅子にゴロンと寝転がって、頭からすっぽりとひじ掛けを被った。

 ティオに気づかれないように、ギュウッと、固く唇を噛み締める。


『……俺が危険だと言ったものについては、考えないようにするんだ、サラ。……』


 脳裏に蘇ってくるティオの声に、サラは心の中でイーッと歯をむいて叫んでいた。


(……「考えるな!」なんて、絶対無理だもんねー! フーンだ! こうなったら、とことん考えてやるんだからー!……)


 サラは、改めて決意した。

 それはまるで、宣戦布告を叩きつけるかのような強い意思を伴っていた。


(……私は絶対、ティオ、アンタを助けてみせる!……)


(……この、正義の味方、世界一の美少女剣士の私を、甘く見ないでよねー!……)


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「精神世界における危機回避」

精神世界は「意思」の世界であるため、危険なものを避けるための方法が物質世界と異なる。

危険なものに「意識」を向けない事が、重要となってくる。

具体的には、それについて「考えない」「見ない」「探らない」といった感じである。

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