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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第六章 終末と賢者と救世主 <後編>果てのない壁
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終末と賢者と救世主 #15


「……サラ? どうした? 今日はなんだかずっと、どこか『心ここに在らず』って感じだったけど。いつも元気がありあまってるお前にしては珍しいな。……あ、さては、お前、また変なものでも隠れて食ったんだろう?」

「た、食べてないもん!」


 サラは、これ以上ティオに勘ぐられては困ると思って、トトトッと近づき、用意されていた長椅子にポンと腰をおろした。


「……本当に、なんでもないのか? 何かあるなら、素直に言えよ?」

 と、ティオが机から視線を上げてこちらを見つめてくる。


 いつも顔に掛けている眼鏡の、細かい傷がビッシリとついた大きな丸いレンズの奥に見える深い緑色の瞳の優しさに、サラは思わずズキッと胸が痛んだ。

 そうしてサラの事を心配している今も、ティオの体のあちこちには、彼を縛りつける宝石の鎖が無数に巻きついていた。


「ふーん、ずいぶん親切だねー。ティオのくせにー。」

「俺のくせにってなんだ。……俺は傭兵団の作戦参謀だからな。団員の体や精神の健康状態を管理する役目もあるんだよ。特にサラは、仮にも団長なんだから、何かあったら困る。」

「あ、そう。私が傭兵団にとって重要な人間だから心配してるんだねー。」

「い、いや、もちろんそれだけじゃなくって、個人的にも……どうした、サラ? お前、本当に今日は何か変だぞ?」

「……」


 サラは、心配そうにこちらの様子をうかがってくるティオに対して、軽口を叩いてみたものの……それ以上、上手い言い訳が出てこなかった。

(……そっかー、精神世界って嘘がつけないんだったー。……)

 『精神世界は「意思」の世界であり、そのため自分の意思に反した言葉を口にする事は出来ない』……という法則を、サラは思い出していた。

 何か適当な事を言って誤魔化そうと口を開きかけると、「嘘」ではなく「本当に思っている事」をポロリと零しそうになる。

 そのため、サラは、ギュッと口を引き結んで、ムダな話をティオとはなるべくしない事に決めた。


 サラは、長椅子の上でひじ掛けを被って横になると、先にティオに宣言した。


「私、しばらく眠らないかも。」

「そうなのか? 眠れないなら……」

「手は握らなくていいよ。その代わり、そっとしておいてほしいの。……私も、ティオの邪魔はしないから。ティオはティオで、自分のやりたい事をやってていいよ。」

「……分かった。」


 ティオは、コクリとうなずいたが、机に向き直る一瞬、その横顔に、寂しげな表情が浮かんだ。

 物質世界では、いつも飄々とした様子で何を考えているのか読みにくいティオなのだが、精神世界ではうっかり感情が表に出てしまうらしかった。

 いつもは、眠る時に手を握ってほしいとねだってくるサラが、今日は「そっとしておいて」と素っ気ない態度を示したために、何か拒絶されたような気持ちになったのかもしれない。


 サラは、そんなティオを見て、悪い事をしたと思う一方で、彼がずいぶん自分に対して心を開いてくれているのを感じた。


 ティオは、誰に対しても身構える事なくひるむ事なく、時に親しげに、時に泰然とした態度で応対する人物だったが……

 いつも心の奥には頑丈な鍵が掛かっているかのように、どこか心を開いていない印象があった。

 気さくに接して話を弾ませているようでいて、慎重に、他人との間に一定の距離を置いている。


 そんなティオが……まあ、こうしてズケズケと彼の精神領域にまで入ってきているのもあるのだろうけれども、毎日一緒の部屋で寝起きしている自分に対しては、少し心を開いているような気配がする。

 サラにとって、それは素直に嬉しくもあったのだが、現状喜んでばかりいられなかった。


 ……こうして、今も、彼を縛る「宝石の鎖」が見えてしまっているのだから。



 サラはひじ掛けを頭からすっぽりと被り、ティオに自分の表情を悟られないようにした。

 そうしておいて、チラッと目だけのぞかせ、そばの机で黙々と何か書き綴っているティオの様子をうかがう。

 精神世界で眠るとサラは姿が消えてしまうため、こうしてここに居る事で、ティオには起きている事がバレているに違いない。

 けれど、今日は先手を打って「しばらく眠らない」と言っておいたから、少しは安心だろう、と考える。


 ティオが書き物に集中しているのを確認してから、サラは改めてジッと、彼の体から伸びる「宝石の鎖」を観察した。


(……どうして、「宝石の鎖」がいきなり見えるようになったんだろう? 今まではずっと見えなかったのに。……)


 サラは、自分が知る宝石の鎖について、改めて考えてみた。

 考える事は苦手中の苦手なサラだが、今回は、自分の中に残っている記憶を引っ繰り返す勢いで、夢中で手がかりを探した。


(……ううん、違う。最初は、「宝石の鎖」が、私には見えていた。……)


 サラの「何もない夢」の中に、ある日忽然と一筋の「鎖」が現れた。

 その鎖は、サラのペンダントの赤い石が明るく光る事で、よりはっきりと見えるようになった。

 そこで、サラはその鎖の出元を辿ろうと思いつき、何もない虚無の闇の中を歩き出したのだった。

 途中、自我が壊れそうな危険な場面もあったものの、なんとか最終的に、鎖が集まっている中心部に辿り着く事が出来た。

 その時、鎖がキラキラとした色とりどりの宝石で出来ているのに気づいた。

 また、同時に、その数え切れない程本数の増えた鎖が一点に集まっている場所に居る人物が、ティオだった事を知った。


 もっとも、ティオの考察によると、それはサラ自身が完全に自主的に起こした行動ではなく……

 サラの持っているペンダントの赤い石が、ティオの持っているペンダントの赤い石と引かれ合っていて、精神世界で「会う」ために、サラの精神にこっそり働きかけていたらしい、という話だったが。

 確かに、そう言われてみると、思い当たる節がいろいろあって、なんとなく納得してしまったサラだった。


(……それまで見えていた鎖が、どうして見えなくなったんだっけ?……)


 サラは精神世界で初めてティオに会った時の事を、なるべく正確に思い出そうとした。


 サラが、ティオの精神領域で初めて目にしたのは、無数の宝石の鎖に身体中を縛られ、宙に磔になっているティオの姿だった。

 ティオは、四肢を鎖に引っ張られて宙吊りになった状態で、深い眠りに落ちているかのように、目を閉じてうなだれており、はじめその人物をまだティオだと認識していなかったサラは、酷く心配した。

 何者かによって、この場所に縛りつけられ閉じ込められているように見えたのだ。


 が、彼を救い出そうと思って駆け寄っていき、拘束している宝石の鎖に手を掛けると、『触るな!』という意思が伝わってきた。

 そして、サラが、呆然と立ち尽くしている前で、彼は、自ら鎖から抜け出し、何もない虚空の地面に降り立った。


 そう、あの時、ティオが地面に降りようとすると、彼を縛りつけていた無数の鎖は、自然にスウッと音も立てずにどこかへと消えていった。

 その後は、跡形もなくなって、まるで初めから何もなかったかのように、以後サラがその鎖を見る事はなかった。


 ビックリしているサラに、あの時、ティオは確かに言った。

 『「宝石の鎖」は自分が苦労して作ったものだ』と。

 『体を縛りつけていたのは、俺自身がやった事だ』と。


 そう、あの「宝石の鎖」は、ティオの話では、彼が作ったものらしかった。

 どうやって作ったのかは分からないが、「こんなにたくさんの宝石を集めるのは大変だった」と語っていた。

 そして、苦心して作った「宝石の鎖」で、自らを幾重にも縛り、まるで動きを完全に封じ込めるかのごとく、宙に磔の状態にしていたらしかった。


(……どうして、ティオは、わざわざ自分の大好きな宝石で「鎖」なんか作ったの?……)


(……どうして、その「鎖」で自分を縛りつけていたの?……)


 あの時は、気が動転していた事もあって、いつもの調子でティオにはぐらかされてしまったサラだったが……

 今、改めて、その疑問に、隠された真実に、向き合わなければならないとひしひしと感じていた。


(……私は、あの時、鎖に縛られた「誰か」を見て、「助けたい!」って思った。……)


(……その「誰か」はティオだったって、もう知ってる。……)


(……でも、今も「助けたい!」って気持ちは変わらない!……)


(……今まで、私が気づかなかっただけで、本当は、ティオはずっと、あの鎖に縛られ続けていたのだったとしたら……)


(……私はティオを……助けたい!……)


(……絶対絶対、助けなきゃ!……ティオ!……)



「……サラ、まだ眠らないのか?」

 ティオは、しばらく机に向かって書き物に集中していたが、やはり気になる様子で、紙の上で走らせていたペンをピタリと止め、サラの方を見つめてきた。


「……本当に、大丈夫なのか?」

「へ、平気! だって、ここ精神世界でしょー? 向こうの、物質世界の私は、ぐっすり眠ってるんだから、大丈夫ー。」

「でも、こっちでも眠った方が疲れが取れるぞ。」


「疲労っていうのは、何も肉体だけのものじゃないんだよ。精神世界に居る時も、物質世界程ではないにしろ一定時間は眠った方がいい。そうする事によって、精神の疲労が取れて、活力が回復するからな。特に、精神世界の感覚に慣れてない内は、精神の疲労が多いだろうから、たくさん眠らないと……」

「だから、大丈夫だってばー。私、もうだいぶ、ここに、精神世界に慣れたもーん。」

「一週間程度で何言ってんだ。あんまり甘く見てると大変な目に遭うかも知れないぞ。慣れない内は慎重に行動しろっての。」

「あ!」


 サラはひじ掛けを頭から被り、心配しているらしいティオの小言を無視していたが……

 ハッと気づいて、パッとひじ掛けを跳ね除けると、長椅子の上に起き上がった。


「ティオは?」

「うん?」

「ティオの方こそ平気なのー? 私、ここでティオが眠ってる姿、まだ見た事ないんだけどー?」


「私がここに来るといっつも先にティオが居るしー、ティオの姿、精神体だっけ? それがここから消える瞬間って、一度も見た事ないよー。」


「私が居なくなってから眠ってるのー? だったら、ティオの方が全然睡眠時間少ないじゃーん。そりゃあ、アンタの方が精神世界には慣れてるかもしれないけどさー。」


 サラは、精神世界において明らかに自分より眠っていなさそうなティオの顔を、ジッと観察するように見つめた。

 精神世界において顔色に疲労度合いが反映されるのかどうかは分からなかったが、とりあえず、目の前のティオは、全く疲労など感じさせない、いつも通りの健康的な姿だった。


「まあ、俺は、精神世界では眠らないようにしてるからな。」

「……は?」


 苦笑しながら、軽くため息を零すように返ってきたティオの思いがけない言葉に、サラは、しばしポカンとした。

 しかし、ティオの方も軽く困惑した様子で、腕組みをして首をかしげていた。


「あれ? そういう話、何日か前にしたばっかりだよな?……ひょっとして、ちゃんと伝わってなかったのか?」


「俺は、『初めてこの精神世界を認識してから、ずっとここに居る』って、言っただろう?」

「……い、言ってた、けどー……で、でも、時々は眠ってて、今の姿、えっと、精神体は消えたりするものだと思ってたんだけどー?」

「やっぱり正確に伝わってなかったんだな。……だから、『ずっとここに居る』っていうのは、俺は、俺の精神体は、二十四時間三百六十五日『ずっとここから消えない』って事だ。」

「えっ!? ね、眠らないの? 少しもー? 全然ー? ちょびっともー?」

「ああ、基本的には。」

「……」


 サラは、完全に言葉を失って、呆然となった。



 確かに、数日前に、ティオ本人がそんな話をしていた。

 その時サラは、ティオが物質世界と精神世界を同時並行で知覚出来るだけでなく、その状態で、両方の世界で別々に行動出来る事を知り、酷く衝撃を受けたのだったが。

 しかし、その時サラが考えていたよりも、更にもっと、ティオの状況は人間離れしていた。


「……ず、ずっと、眠らないって、どういう事ー? 物質世界の方では、夜はちゃんと寝てるよねー?」

「そりゃあな。眠らないと体力が回復しないだろー? ずっと起きてるなんて、スゲー疲れるから、無理だってのー。」

「精神世界も、そういうのは物質世界と同じなんじゃないのー? さっき、眠らないと精神の疲労が取れない、とかどうとか言ってたじゃないー?」

「まあ、そうなんだけどさー。」


 ティオは、ムッと黒い眉を寄せて渋い表情で言った。


「俺、いろいろ事情があってさー、ここで眠る訳にはいかないんだよなー。」


「まあ、そんなこんなでずっと起きてる。」


「……ティ、ティオ……ア、アンタって……」

 サラは思わず、心の底から叫んでいた。


「いろいろ事情があり過ぎよー! なんなのよ、もうー! バカァー!」


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「サラの私室」

傭兵団の宿舎にある上官用の一人部屋を使用している。

壁に沿って大きめのベッドが一つ置かれ、窓際には小さいながらも机と椅子もある。

広さはそこそこだがベッドが一つしかないため、ティオは床に布団を敷いて寝ている。

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