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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第六章 終末と賢者と救世主 <後編>果てのない壁
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終末と賢者と救世主 #14


「俺は平和主義者なので、出来れば戦争はない方がいいと思っています。戦争は、最終にして最悪の手段でしょう。お互い命をかけ血を流してまで決着をつけなければならない所まで状況が悪化する前に、話し合いで解決出来ればそれに越した事はない、というのが俺の理念です。」


「しかし、両者共に後には引けない理由があって、一旦戦争の火蓋が切られてしまったのなら、はっきりと勝敗が決する所までやるしかない。だから、俺は、こうして今も、傭兵団を勝利させるために、東奔西走している訳です。」


 終始、ティオの、その若さに似合わない深謀遠慮な思考と強い説得力を持った語り口に圧倒されていたハンスであったが……

 さすがに、軍人として、大人として、面目が立たないと思ったのか、珍しく皮肉な口調で返してきた。


「……なるほど、敵には敵の事情がある、という訳か。……ならば、ティオ、君は、今回の内戦も、立場が変われば反乱軍に組したかも知れないのか? 何しろ君は、元々ナザール王国の兵士ではなかったのだしな。」

「そうですね。確かに俺は、ただの金で雇われた傭兵です。国王軍に対して報酬以上に義理立てする理由は、まったくもってありません。」


 しかし、ティオは、少しも動揺する事なく淡々と受け答え、ハンスの方が、思わずグッと唇を噛み締めていた。


「この傭兵団に入ったのは、俺にとっては、まあ、なんと言うか、運命のいたずら的なもので……もし、反乱軍の方に縁があったのなら、向こうに加担していた可能性は無きにしも非ずです。さっきも言いましたが、俺は、このナザール王国の人間ではないですし、特にこの国にもこの王都にも、思い入れはありませんしね。」

「バ、バカな! あ、あんな、この国にとっても人民にとっても害にしかならない反乱軍に加担するかも知れないとは、冗談にしても度が過ぎるぞ! ティオ、君には、正義を重んじる気持ちは欠けらもないのか?」

「正義を重んじる気持ち? ああ、確かに、欠けらもないですね。そもそも俺は、サラやハンスさんと違って『正義』というものをこれっぽっちも信じていない人間なので。それに……」


「反乱軍には、反乱軍なりの、彼らなりの、『正義』があるのかもしれませんよ?」


「さっきもお話ししましたが、普通の人間は簡単に人を殺せない。人を大量に殺す事が目的となる戦争などというものは、常識的に忌避するものです。……しかし、第二王子ベーン率いる反乱軍は、敢えてその最終手段である戦争に打って出た。」


「反乱軍に参加している人間は、そのほとんどが、ごくごく一般的な普通の感覚を持つ人間です。反乱軍の指揮者となっている第二王子ベーンでさえ、反乱を起こす前は、人との摩擦を極力避けるような大人し過ぎるぐらい大人しい性格の人物だった。第二王子の人柄については、王国正規兵のハンスさんなら良く知っていますよね?」


「そんな、普通の人々が集まって戦を始めたという事は、彼らが『人を殺すのもやむなし』と思い切るだけの、重大な『理由』が何かあった筈なのです。自分の命をかけても、国王軍の人間を自分の手で殺してでも、貫き通したい『信念』が、『大義』が、彼らには確かにあるのでしょう。」


「俺が、国王軍よりも先に反乱軍に接触していたとして、そんな彼らの主義主張に納得するものがあったのなら、反乱軍として戦っていた未来も、ひょっとしたらあったのかも知れません。」


「もっとも、その彼らの掲げる『大義』がどんなものかは、俺もまだ調査途中で、全て把握していませんが。」

 と、ティオが補足したものの……

 ハンスは、ティオのあまりにも割り切った考え方を聞いて、余程ショックが大きかったのか、口を開けたまま青ざめていた。

 ティオは、言葉を失って棒立ちになっているハンスに気づき、彼の不安を払拭するかのように、ニコッと好青年然とした笑顔を浮かべて、話を続けた。

「そんな顔をしないで下さい、ハンスさん。あくまでも、仮定の話ですよ。」


「それに俺は、たぶん、先に反乱軍に接触していたとしても、彼らの仲間にはならなかったと思いますよ。」

「そ、そうなのか? 本当か?」

「ええ。まあ、何度も言っていますが、俺は元々平和主義者で戦うのは大嫌いな人間です。血生臭い事は極力避けて通りたいですからね。それに、これは個人的な感想ですが……」


「俺は『賢者』が嫌いです。」


「実際会った事も話した事もないんですがね。でも、『賢者』に対する情報を集める内、ヤツの本性を知って、ヘドが出る思いでした。俺は、たとえどんな事情があろうとも、あんなヤツの元で戦う気は更々ないですね。ヤツは、たぶん、俺の一番嫌いなタイプの人間です。」


「野望を持つのも、強欲なのも、自己顕示欲が強い自信家なのも、まあ、人間のさがとしてはある事なのかも知れませんが……だからと言って、そんな自分の目的達成のために、王都に流行り病を撒き散らし、関係のない多くの人々を害するどころか死に至らしめるというのは、さすがに人として許される限度を超えています。俺は、そんな外道の味方になど、絶対にならない。」

「で、では……『賢者』がこの王都に疫病を流行らせたというのは、本当の事なのか?」

「その件に関しては、まだ不明な点がいくつかあるので、調査を続行中ですが……現段階での俺の判定では、『賢者』は『黒』ですね。ほぼ確定だと考えています。」

「……そう、なのか。」


 ハンスは、キッパリと言い切ったティオの言葉を聞いて、脱力するようにドッと椅子に腰をおろし、両手に顔をうずめて唸った。

 模範的な軍人であり、市民であり、家庭人であるハンスには、ティオの語る『賢者』の悪行は、にわかには信じられないものだったようだ。


「……ティオ、君の説が全て正しかったのなら……『賢者』なる者は、第二王子をそそのかして反乱を起こさせただけでなく、この都に疫病を流行らせて、なんの罪もない多くの人々を苦しめ、死なせた事になる。……そんな、そんな事が、本当に人間に出来るものなのか? それは、もはや、『大罪人』どころか、人間ですらないぞ。『闇の魔物』とでも言うべきものだ。」

「……」


 ティオはハンスの言葉を聞いて、珍しく眉間にシワを寄せ暗い表情でしばらく沈黙していたが……

 やがて、ゆっくりと会話を再開した。


「……まあ、『賢者』とその信奉者にも、自分達の非道な行いを正当化する何かの『大義』があるのかも知れませんが……さすがに、聞く気になりませんね。平和主義者の俺ですが、もし、この内戦中に『賢者』と対面する機会があったなら、問答無用で一発殴ってやりたい所です。」

「……ティオ……」


 冷淡なようでいて芯にはしっかりとした良心を持つティオの心根を知り、ハンスはホッとしたように大きく息をついていた。


「ともかく、大規模な戦では、そこで戦う全ての人間が、倫理観の狂った下衆な輩などではないという事です。多くは、我々と同じ、どこにでも居る普通の人間であり、それぞれ家庭や生活や仲間を持っていて、それを大切にしている。敵とは言っても、こちらとは違った正義と信念があるだけなのです。ただ……」


「上に立ち、戦を起こした人間は、その例ではありません。大抵の戦では、ごく一部の人間が、その他の多くの一般人を扇動し、戦に赴かせています。本当に叩かなければいけないのは、そういった首謀者なのです。と言っても、その一番上に立つ首謀者を叩くためには、まず、彼らの下に居る多くの一般戦闘員を倒さなければならない訳ですが」


「今回の一件で言えば、第二王子を洗脳し内戦を起こさせ、多くの民衆を彼に従うように仕向けた『賢者』こそが、真の首謀者。この内戦と、それに伴う様々な害悪の元凶と言えるでしょう。最終的に、この『賢者』を倒さなければ、本当の解決はない。」


 ティオは、冷静な中にも強い口調でそう断言した後……

 フッと息を吐き、肩をすくめて付け足した。

「まあ、一傭兵団の俺達が、敵の首領の喉元に迫る機会があるのかは分かりませんが。」


「少なくとも、傭兵団が加わった一戦では、なんとしても勝利をもぎ取るつもりでいますよ、俺は。」


「ティオ、君が……我が国王軍の味方で良かったと、私はつくづく思うよ。」

 思わず、そう漏らしたハンスに、ティオはどこかとぼけた顔で返した。

「それは、褒め言葉ととっていいのですよね?」


「もちろんだとも! 君のその優れた頭脳は味方として頼もしい限りだ!」

「ハンスさんにそう言ってもらえて、とても光栄です。」

 ティオは、模範的な好青年といった笑顔を浮かべて答えた。



(……ああ……)


 サラは、心の中で、深い絶望を感じ嘆きの声を上げていた。


(……やっぱり、私の気のせいじゃなかったんだ。……)


 サラの目の前には、いつものように机の前に座って無心に書き物をしているティオの姿があった。

 明るい光にくまなく満たされながらも、「何もない」虚空が果てなく広がる、精神世界の中にあるティオの精神領域の光景だった。

 サラは、昨日と同じく、眠りに落ちると、いつの間にかここに来ていた。


「ああ、サラ、早かったな。お前、だんだん来るのが早くなってないか? 眠るとすぐにこっちに現れるよなー。」


 ティオは、サラがポツンと立っているのに気づいて、椅子を引いてこちらに向き直り、穏やかな笑顔を浮かべながら、ちょいちょいと手を振って招いた。

 すぐに、スウッと彼のすぐそばに、いつもサラがこの場所で使っている長椅子が、クッションやひじ掛けと共に現れる。

 ティオが、サラがくつろげるようにと、自分の記憶の中から複製したものだった。


「……」

 いつもは、すぐにタタタタッと駆け寄るサラだったが、その日は、しばらく立ち止まっていた。


 ティオに近づけなかった。

 このティオの精神領域である「何もない真っ白な空間」に、サラの目には、これまでは見えていなかったものが見えていたためだった。



 昨晩、サラはいつもと同じくこの場所に来て、長椅子で眠る際に、ティオに手を握ってもらっていた。

 そんな、安心してフワフワ心地良くなり、そろそろ眠りに落ちるかという時、サラは、ティオの肩の辺りに、何か光るものをチラと見た気がした。

 続いて、握っている彼の手の感触が、フッと変化した。

 まるで、彼の手の平に、何か冷たく固いものがついているような感覚が、ほんの一瞬感じられ……

 そして、次の瞬間には、何事もなかったかのように消えていた。


「……サラ?」


 目を真ん丸に見開いているサラの様子を不審に思ったらしいティオが顔を覗き込んでくると、サラはハッと我に返り、パッとひじ掛けを頭の上まで上げて、自分の顔を隠した。


「お、おやすみ、ティオ!」

「ああ、おやすみ、サラ。」


 サラはティオといつもと同じ挨拶を交わし、ギュッと目を固くつぶった。

(……早く、早く眠らなきゃ!……)

 そんなサラの祈るような気持ちが通じたのか、程なくサラはティオの精神領域の中で眠りに落ちていった。

 夢を見る事もなく、朝まで深く眠り続けた。



(……昨日の夜の「アレ」は、単なる私の見間違い、だよね?……)


 翌朝、目を覚ましたサラは、その日一日ぼんやりと考えていた。


 定例の幹部会議の間も、朝食をとっている時も、訓練が始まってからも、ずっと頭の片隅にその事が引っかかっていた。

 幸い、ここの所続けていた「自己領域」を意識する特訓の成果で、ボーッとしていても反射的に襲ってくる剣をさばき、飛んでくる小石をかわす事が出来ていた。

 なるべく態度に出さないようにしていたつもりだったが、さすがにティオには感づかれて、何度も「どうした?」と聞かれてしまったが。

 幸か不幸か、その日もティオは城下町に行く用事があったらしく、日中はほとんど傭兵団の兵舎に居なかったため、なんとか誤魔化す事が出来た。


 けれど、再び夜が巡りきて、物質世界で眠りについたサラは……

 また自然と、不思議な力に引き寄せられるように、精神世界にあるティオの精神領域へと、足を踏み入れていた。



 そうして、サラは今、はっきりと見ていた。

 いつもはどこから降ってくるのか分からない真っ白な光に満ちているだけの、何もないティオの精神領域に、あるものが浮かんでいるのを。

 それは、昨晩このティオの精神領域で眠りに落ちる間際に一瞬だけ目撃し、手に触れたものだった。


(……「宝石の鎖」だ……間違い、ない……)


 そうではあってほしくないと願っていた。

 自分の見間違いだと、勘違いだと、思いたかった。

 けれど、目の前に広がる光景は、サラの気持ちを無情にもはっきりと否定していた。


 ティオの体から、無数の線が虚空に向かって果てなく伸びている。

 それらは、全て、色とりどりの美しい宝石で出来ており、燦然と輝きを放っている。

 しかし、その絢爛豪華な見た目に反して、ゾクリとする程冷ややかな存在意義を帯びていた。

 『拘束するもの』『縛りつけるもの』『封じ込めるもの』

 ……それは、紛れもなく「鎖」だった。


 宝石で出来たまばゆい鎖が、数え切れない程幾筋も、ティオの体に巻きついている。

 精神世界にある彼の精神体を縛り上げ、四方八方に向かって伸びる事で、空中に磔にするように、強く固く拘束していた。


 それは、この精神世界においては、彼の「存在」そのものを縛りつけるものだという事を、サラは自然と理解していた。


読んで下さってありがとうございます。

ブクマ、評価、感想、いいね等貰えたら嬉しいです。

とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「精神世界の理」

物質世界では、目に見えるものと実際の性質が異なっている事が多いが、精神世界では、見た目は必ずそのものの性質を表している。

また、精神世界は「意思」の世界であるので、嘘がつけない。

自分の「意思」に反した言動をとる事が出来ない世界である。

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