終末と賢者と救世主 #13
「えー!『救世主』にはなれないって、さっきティオが自分で言ったじゃーん!」
「なのになんで、『賢者』って人は『救世主』になれるのー? ズルイー! なんで『賢者』だけー? 私だって『救世主』になりたいよー! どうやったらなれるのー? なり方教えてよー!」
「サラ、バカ!『救世主』にどうやったらなれるかなんて、俺だって知るかよー!」
「だってー、『賢者』は『救世主』になるつもりだってー。」
「ああ、ああ、俺の言い方が悪かったな。正確には……」
「『救世主』になった振りをする、だ。」
「ふ、振り?」
「そう、振り。本物じゃない。本物っぽく見えるように上手く演出するんだよ。周りの人間が、多くの民衆が、『この方こそ、真の救世主様だ!』って思い込めば、それで成功なんだよ。」
「ほ、本物の『救世主』じゃないってー……そんなのインチキじゃん!」
「だ、か、ら、最初から俺は一貫してそう言ってるだろ!」
「自分の事を『賢者』と名乗っている事も、未来が分かると言って『預言』をしている事も、その預言において、この地に『救世主』が現れると触れ回っている事も……何もかもが、白々しく、胡散臭く、嘘臭い! 作り物の臭いがプンプンするんだよ!」
「そもそも『賢者』ってなんだよ? そんなに賢いのか? よっぽど偉いのか? 何かこの世の真理でも悟ってんのか?」
「『預言』も『終末論』も『救世主』も、みんな眉唾な怪しいものばっかりだ。俺は、そういう非現実的なものは、はなから一ミリも信じてないって、さっき言ったよな?」
相変わらず能天気な発言を繰り返すサラに、ティオがケンケンと言い返していると、横から手を挙げて、ハンスが尋ねてきた。
「あー、すまないが、ティオ。話が飛躍し過ぎていて、私にもさっぱり分からないのだが。……ええと、なぜ、賢者が救世主になって、第二王子ベーン様が王座に就くのだ? この国を支配するとは一体?」
「ああ、ハンスさん、説明不足でしたね、すみません。」
ティオは、ハンスだけでなく、会議に集った傭兵団の幹部達がこぞって狐につままれたような顔をしているのを見て、再び前に向き直り、いつものように理路整然とした口調で語った。
「改めて順を追って説明しましょう。」
□
「まず『賢者』が街頭で王都の民に語っていた預言の内容について。」
「天気の予想や、探し物の行方といった、人々の注目を集めるためのちょっとした預言は置いておきます。ここでは、賢者が王都に来た当初から一貫して唱えている、主目的である預言について考えてみましょう。」
「先程も言いましたが、賢者の預言は……『世界の終末は近い。滅びはこのナザールの王都から始まり、やがて、その波紋が世界に広まっていき、ついには世界は滅びるだろう。しかし、この地に救世主が現れて、滅びの運命を防ぎ、世界と人々を救うだろう。』といったものでした。終末論に救世主が関わってくるのが特徴です。」
「さて、その賢者の主たる預言をもう少し詳しく見ていくと……まず、注目してほしいのは、『世界の滅びが、このナザールの王都から始まる』という部分です。つまり、『世界の終末の先触れとして、一番最初に、この王都が滅びの危機に瀕する。』という内容です。」
「な、何ぃ!? そ、その預言は、実は当たっているのではないか?」
ハンスが、ガタッと椅子を鳴らし、身を乗り出してティオに問いかけた。
「今現在、王都は内戦の影響で、政情が極めて不安定だ。人心は乱れ、無法者が堂々と都の大路を闊歩している。この王都が出来てからと言うもの、こんな酷い有様は初めての事だ。おまけに、原因不明の病が流行し、今も多くの人間が苦しんでいる。死者も相当な数にのぼっているし、更に増え続ける勢いだ。……こ、これは、まさか本当に、世界滅亡の予兆なのでは?」
「……もう一度言いますが、ハンスさんは詐欺師に騙されないように注意して下さいね。あなたが善良で真面目な事はとても良い事だとは思いますけれども。」
ティオは、動揺するハンスの姿を見て、軽くため息を吐いていた。
聞く者の心を落ち着かせるかのように、トントントンと、規則正しいリズムでゆっくりと指先で机を叩きながら、再び話し出す。
「今現在、この王都が政治的にも経済的も混乱し貧窮している大きな原因は、内戦が長引いている事です。」
「内戦を起こしたのは誰でしたか? 他ならない第二王子ベーン様でしょう? それこそ、『賢者』に焚きつけられて、国王と国王を中心とした王族による現在の政治体制に反旗を翻した張本人です。」
「つまり、現在の王都の惨状は、なんら、天の命運のような偶然の出来事ではなく、『賢者』によって人為的に引き起こされたものだという事です。そう、『賢者』こそが今のこの王都に災いを招いた犯人なのですよ。」
「……た、確かに、冷静に考えてみると、その通りだ。もっとも、私はまだ、ベーン様が『賢者』なるものにそそのかされて戦を起こしたという事に関しては、信じられないのだがな。」
ハンスは、少し落ち着きを取り戻したのか、再び椅子にしっかりと腰をかけ直したものの、喉に小骨が刺さったままといった表情でティオを見つめていた。
「そ、それに、流行り病についてはどう説明する? さすがに、疫病の蔓延は人知の及ぶものではないだろう? これも『賢者』が意図的に広めたと言うつもりなのか?」
「疫病を意図的に広める事は可能ですよ。」
あっさりと答えたティオの言葉に、ハンスは「な、なんだって!?」とまた、目を見開いて驚いていた。
「そ、そんな、バカな! 一体どうやって!?」
「今回王都で流行っている病に関しては、ある程度医療や衛生についての知識がある者なら、簡単に広められるものです。……万が一悪用されてはいけないので、その方法については、今は詳しく触れません。ただ、今回の疫病は、衛生面が悪化すると流行る種類のものだ、という事は断言しておきます。要は、都の衛生環境が悪化するようにしくめばいいのです。」
「……実は、俺は、当初から、この疫病の蔓延に関しては怪しいと思っていました。内戦が長引いて、王都にその負担が重くのしかかりだした頃に、まるで示し合わせたかのように流行り出した。タイミングが良過ぎるでしょう。その裏に、何か悪しき策謀のようなものを感じないではいられません。」
□
「……で、では、現在都を襲っている流行り病もまた、『賢者』が裏で糸を引いていると言うのか? さ、さすがにそこまでは……実際、かなりの数の死者が出ているのだぞ。わざと病を流行らせて、罪のない民衆を苦しめるだけでなく、死に至らしめるとは、もはや人間の所業とは言えない。」
「確かに、ハンスさんの言う通り、普通の人間なら、他人に毒を盛るなどとても出来る事ではありません。意図的に人を殺すという行為は、酷い罪悪感にさいなまれるものですからね。」
「しかし、今行なっている戦というものについてはどうですか? 戦は、明確に『敵を倒す』という意思を持って、他人を傷つけ、時として殺すものでしょう?……どうして、戦では人を殺すなんて、そんな残酷な事が平然と出来てしまうのですか?」
「……そ、それ、は……戦は、別だ! あれは例外だ! 仕方がないのだ!」
「……戦う事でしか、解決出来ない事もある。……そう、都の治安の維持にしても同じだ。悪人が市民を害するのを、黙って見ている訳にはいかない。もちろん、こちらだとて、好んで悪人を痛めつけている訳ではないぞ。仕方なくやっているのだ。本当なら、誰の血も流したくはないが、悪が絶えねば平和は訪れない。善良なか弱い市民を悪人の身勝手な暴力から守るには、こちらも力で対抗する他ないのだ。その際に、相手が抵抗すれば、痛めつける事も、時に殺す事も、やむを得ないだろう。」
「確かに、ハンスさんの意見はもっともだと俺も思います。話の通じない相手、すぐに暴力に訴えてくる相手、こちらに危害を与えようとする相手、そんな人間には、こちらも強硬手段に出るしかない。日頃は平和を重んじていようとも、非常時には自分の身を守るために戦わざるを得ない場面もある事でしょう。降りかかる火の粉は払わねばならない、と言った所でしょうか。」
ティオは、目を閉じて深くうなずいたのち、再び目を開き、強い口調で改めて語った。
「しかし、意図していなかった事でしょうが、今のハンスさんの言葉には……普通の人間が人を殺す理由が含まれていましたね。そう、『悪人を倒して、善良なか弱い人間を守るため』だと。正義のため、平和のため、自分の大切な仲間を守るため。そのためならば、人は人を殺す事が出来る。」
「つまり、『大義』です。」
「大義のためならば、人間はどこまでも残酷になれる。」
「何しろ、『自分は間違っていない』のですから。『相手の間違いを正すため』なのですから。『相手は悪で、こちらは善』そういう考えの元振るわれるのが、大義の暴力です。」
ティオの冷淡な程冷静な論調に、熱い愛国心を持つハンスは、少しばかり顔を歪めた。
「……ティオ、君は暴力や戦争を嫌っているようだが、その気持ちは私も同じだ。しかし、相手が『悪』である以上、こちらも対抗するため、時に血を流してでも戦わねばならないのは、仕方のない事だろう?」
「ハンスさん、俺は別に、あなたの剣が街のならず者達を斬る事でか弱い民衆が救われている事実を否定してはいませんよ。都の秩序を保ち、人々が安心して生活を営むためには、警備兵というあなたの任務は必要不可欠なものでしょう。あなたがその仕事に、強い責任感と誇りを持っている事も良く分かります。もっとも、今は傭兵団のお目付役に任命されてしまって、元来の任務を離れている訳ですが。」
「ただ……あなたが言うように、敵は、本当に『悪』なのでしょうかね?」
「何?」
「まあ、自分より立場や力の弱い人間を好んで痛めつけ、一方的に搾取するような、元から性根の腐った輩に対しては、慈悲の心など持たなくてもいいと俺も思っていますがね。」
「しかし、例えばこれが、今回のような国家規模の戦争となると、どうでしょう?」
「四十年程前、このナザール王国は、近隣諸国との小競り合いの末、十年に及ぶ長き戦に勝利し、現在の領土を確立しました。他国に不可侵条約を結ばせ、戦争の賠償金として、それぞれの国から多くの財宝と領土を受け取った。それが、ナザール王国がこの地に都を造り、長きに渡る太平の世を築く礎となった訳です。」
「そして、今、第二王子ベーンによる反乱軍が、月見の塔に陣取って、半年以上もの間、国王軍との戦が続いています。」
「ハンスさんは、四十年前の戦争で敵対した近隣諸国や、今現在交戦中の第二王子率いる反乱軍が、『悪』であると思いますか? 彼らは、武力を用いても排除するべき者達だと思いますか?」
「それは……もちろんそうだ!」
ハンスは、再びガタンと椅子を蹴って中腰になり、王国正規兵の制服を着た自身の胸をドンと拳で叩いて断言した。
「私は、『十年戦争』の折は、まだ年端もいかない子供だったが、激戦の繰り広げられる国境地帯で戦う王国軍の兵士達を、どれ程頼もしく思った事か! 命をかけて外敵と戦う彼らは、我ら国民の誇りであり、心の支えだった! この国の領土や平和を脅かす蛮族は、滅んでしかるべき悪だ!」
「今回の内戦もそうだ! ベーン様をあまり悪く言いたくはないが、なぜ国王陛下に背くような愚かな事をなさったのか、私には到底理解出来ない! 反乱軍のせいで、王都の民は物資の不足や高い税に苦しむ羽目になったのだ! 反乱軍などという『悪』は、なるべく早く殲滅させる必要がある!」
「なるほど、ナザール王国に使える軍人としては、そう考えるのが当たり前の事なのでしょうね。王国としては、侵略戦争を仕掛けてきた近隣諸国は駆逐すべき『悪』であり、また、今回内戦を起こした反乱軍も、王都や王国の平和を乱す『悪』なのでしょう。」
「ほ、他に、どんな見方があると言うのだ?」
「では、我々が彼らの立場だったらどうでしょうか?」
「ナザール王国は、特に資源に恵まれた土地でも、交通の要所という訳でもなかった。それでも、安定した穀物や農作物の収穫を見込める肥沃な平原を領土に持っていた。畑を作るのも難しい痩せた山がちな土地が主な領土だった近隣諸国は、ジワジワと増えてきた自国の人口の食糧確保に窮しており、そのため、ナザール王国の平原を求めた。それが、『十年戦争』の起こったそもそも原因だったのですよね?」
「ナザール王国側から見れば、確かに、国土の侵略であり、一方的な略奪に見えた事でしょう。しかし、彼らには彼らの、戦争を起こして他国に攻め込まねばならないだけの、止むに止まれぬ理由があったのです。……そう、彼らには彼らの『大義』があった。結果、戦に負けて、貴重な財宝はほとんど取り上げられ、わずかな領土も容赦なく削られましたがね。そして、国も民族も衰退し、山奥に引きこもって現在に至る訳です。」
「国家間の戦争は、『大義』と『大義』のぶつかり合いです。そこには、悪も正義もない。そして、善悪など全く関係なく、強い方が勝つ、ただそれだけです。」
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「流行り病」
内戦が長期化した頃にナザール王都で疫病が流行りだした。
ナザール王都は、元々あった川を利用した水路が街全体に張り巡らされている。
ティオはサラと城下で食事をした際、生水を飲まないようにと言っていた。




