終末と賢者と救世主 #11
「えーと、私には難しくって良く分かんないんだけどー……『世界が滅ぶ』のって、みんなで頑張ればどうにかなるものなのー?」
それまでティオの説明を、ほとんど分からないながらも大人しく聞いていたサラが、そっと尋ねた。
ティオは、サラに向き直り補足したが、その時だけ、自然と平易な言葉と砕けた態度になっていた。
「それを『どうにかなる!』と多くの人に思わせられるかどうかが、『賢者』の弁舌の上手さにかかってるんだよ。まあ、現状成功していると言えるんじゃないか。」
そして、また会議のテーブルを囲んでいる皆に向き直って、背筋を正した。
「つまり、『賢者』の唱えた『終末論』は……『人々の力で世界の滅びを防ぐ事が出来る』という、積極的な解決を目指すパターンでした。光の女神を信仰すれば救われるとか、死んだ後は幸福になれるとか、そういった非積極的な思想とは一線を画すものですね。」
「しかし、これも『条件つきの救い』の一種と言えるものでした。なぜなら、『賢者』が説いたのは、『世界を滅びから救い、その救われた世界で幸福になれるのは、「賢者」の導きに従って行動した者だけ』という内容だったからです。」
「ええー! 救えるなら、みんな救って、みんなで幸せになればいいじゃーん!」
「そういう話にすると、誰も『賢者』の言う事を聞かなくなるだろー? 自分が何もしなくても、誰かが世界が救ってくれて幸せになれるなら、面倒臭くさくって何もしないって人間が増えるんだよー。」
「ああ、そっかー。『賢者』って人は、たくさんの人を自分の思い通りに動かしたいんだねー?」
「そう言う事。」
サラに簡単に説明した後、ティオは再び、他の幹部に改めて解説した。
「『賢者』は今から八ヶ月程前、このナザールの王都に、どこからか十二人の弟子を伴って現れました。『賢者』によると、『もうすぐこの世界が滅びる』という未来を予知し、それを止めるために来たのだそうです。」
「『滅び』は、なぜかこのナザール王国の王都から始まるそうです。そして、それはやがて世界中に広まる大きな波となり、ついには世界全てを飲み込んで、最終的に世界は滅んでしまうのだとか。」
「その大いなる流れを止めるために、『賢者』はこの地にやって来た。そして、その『滅び』を防ぐには、一人でも多くの人間が、『賢者』の言葉を信じ、『滅び』の運命に立ち向かう必要がある。だから、こうして、王都の人々に呼びかけているのだ、という主張でした。人々を導き、世界を滅びの運命から救う、それが『賢者』の使命なのだそうです。」
「そんな経緯から、彼は王都の人々に『導きの賢者』と呼ばれるようになっていったようです。」
「いや、しかしなぁ。」
と、ボロツが腕組みをして呻くように言った。
「さっきサラが言ったように、世界が滅ぶのどうのってでっけぇ話な訳だろう? いくら普通の人間がたくさん集まったって、到底そんなご大層な事が出来るとは思えねぇんだけどなぁ。」
「……」
そこで、ティオはしばらく黙り込んだ。
普段は、聴衆の興味を引きつけたり、理解を深めるために緩急をつける目的で間を空ける事が多いティオだったが……
この時の空白は、彼の個人的な感情から来るもののように感じられた。
作戦参謀となってから人前であまり感情を表に出さなかったティオが、眉間に深いシワを刻み、あからさまに嫌そうな表情を浮かべていた。
ペラペラとどんな事でも立て板に水で解説する彼がそこまで喋りたくないと思う内容は一体どんなものなのかと、サラを含め会議室に集まった一同が注目する。
やがて、ティオは心を決めた様子で、コホンと一つ空咳をしたのち、いつもよりやや小さな声で話し出した。
「『賢者』にはとっておきの隠し球があったんですよ。」
「隠し球?」と、皆が一様に首をひねる。
「『賢者』の説く『終末論』には、『積極的に世界の滅亡を防ぐ行動を起こす』という以外にも、一つ大きな特徴がありました。」
「それは……ある者の出現を預言した事です。」
「世界が滅びの危機に陥る時、どこからかこの世に現れ、この世界と人々を救うという、特別で絶対的な存在……」
「そう、『救世主』と呼ばれる人物です。」
「『導きの賢者』は、ここナザール王都に『救世主』が出現すると預言したのです。」
□
「ねえねえ、ティオー。『救世主』って何ー?」
「言うと思った。……だから、今言ったろう?『この世界が危機に陥った時、世界と人々を救う人間』の事だってー。」
「え! 何それ、凄いカッコいい! 私『救世主』になろうかなぁー!」
「いやいや、なろうと思ってなれるもんじゃないから! そんなパン屋とか鍛冶屋とか、なんかの職業みたいに言うなよー。」
「えー、私はなれないのー? こんなに強くて可愛いのにー?……じゃあ、どういう人が『救世主』になれるのよー?……って言うかー、『世界と人々を救う』って、なんかフワーッとし過ぎてて、何をするのか良く分かんないんだけどー?」
「そ、そんな事、俺に聞くなよ!」
ティオは、ついついっと隣の席のサラにマントを引っ張られて質問を浴びせられ、心底嫌そうな顔をしながらもしばらくは一応受け答えしていたが……
珍しく苛立って、バン!とテーブルを手の平で叩いた。
「『救世主』なんて知るか! 居る訳ないだろ、そんなもの!」
「大体俺は、『預言』だの『預言者』だのも、大っ嫌いなんだよ! 胡散臭過ぎるだろうが! 未来が分かる? ハッ! そんな事が本当に出来たら、戦争も疫病も飢饉も、この世界から消えてなくなるわ!」
「おまけに、言うに事欠いて『救世主』だあ? バカバカしい! 世界を救えるなんて、そんなイカレた超人、どう考えても、ただの幻想だ! 救われたいけど自分じゃ何も出来ない、誰かなんとかしてくれたらいいのになぁ、なんて事ばっかり考えてる他力本願な人間が生み出した、都合のいい妄想でしかないんだよ!」
「俺は、そういう『この世の理を超越してます』みたいな、非現実的で嘘くさいものは、一切信じないからな!」
「……ティオ……」
サラが、困ったように金の眉根を寄せてつぶやいたのを見て、ティオはようやくハッと我に返ったようだった。
呆然と言葉を失ってこちらを凝視している会議に集った一同を、慌てて見渡す。
ティオは、カッと頭に血がのぼっていたせいで浮かしていた腰を、ゆっくりと椅子に下ろしながら、軽く咳をした後……
「……お騒がせしてしまって、すみません。……」
と、皆に謝っていた。
(……あー、そう言えばー、ティオってば、前に異能力について説明してくれた時ー……なぜか「先見」だっけ? 未来を予知する異能力についてだけは、思いっきり否定してたっけなぁー。信じてないっていうより、もはや毛嫌いしてるって感じー。……)
(……まあ、ティオって、現実的な考えをする人間だもんねー。「預言」とか「救世主」みたいなものを信じてないのはなんとく分かる気がするけどー……でも、ちょっと、嫌い方が異常なんじゃないかなー。自分だって「鉱石に残った記憶を読める」なんて、相当非常識な能力持ってるくせにー。……)
(……なんか、過去に、よっぽど嫌な事でもあったのかなぁー?……)
サラは一人そんな事を考えながら、ムムッと口をへの字に曲げていた。
異能力自体、普通の人間から見れば、それこそ嘘やまやかしのようなものに違いないのだが、なぜかティオは「先見」と呼ばれる未来予知能力に関してのみ、嫌悪感をいだいている様子だった。
一方、その場に居た傭兵団の幹部達は、普段は少し冷たく感じられる程理知的な態度のティオが我を忘れて激昂したのを見て、かなり驚いていたものの……
すぐに、ティオが落ち着きを取り戻したため、ホッと胸を撫で下ろしていた。
□
「……あ、あの、えっと……『救世主』なんて、珍しい話だね。その手の話で世界を滅亡から救うのは、大体『光の女神様』だよね?」
気まずい空気を察して、助け舟を出すように、ティオのもう一方の隣の席に座っているチェレンチーが、そろそろと話しかけた。
それを受けて、ティオは、チェレンチーの方に顔を向けて話し出した。
その様子を見るに、もうだいぶ元の冷静な彼に戻っているようだった。
「確かにその通りです。と言うか、光の女神教の基本的な教義ですね。……今から約三千年前に起こったという『世界大崩壊』の際、最後に光の女神が現れ、この世界を救った。そして、世界は再生を始めた。……というのが、光の女神教の根幹の思想ですからね。光の女神教でも、地方や派閥によっては、光の女神を『豊穣』や『戦』の神などとしている所もありますが、世界規模では一般的に『世界を救い、平和をもたらす』神として広く信仰されています。……世界に再び終末の時が訪れるとしたら、それを救い滅びの運命を変えるのは、光の女神だとするのが常識的な発想でしょう。」
「つまり、『導きの賢者』が唱える『終末論』と『救世主の出現』は、光の女神教の教義に良く似ているんです。ちょっとニュアンスと登場人物が変わっただけと言うか。……近々再び世界大崩壊が起こり、世界はまた滅亡の危機に直面する。その時、『救世主』が現れ、世界と人々を救う。……『終末論』は光の女神教の中にもある考えですし、そこで世界を救う光の女神の役割が『救世主』に置き換わっただけに見えます。」
「元々、世界各地でも、もちろんこのナザール王国においても、光の女神信仰は広く人々に根づいていました。誰もが知る世界で最も有名な宗教です。……この地にやって来た『賢者』と弟子達が唱えた『終末論』と『救世主』の話が、人々にすんなりと受け入れられたのは、その土台が人々の中に出来上がっていたからだと、俺は考えています。普段から光の女神信仰に馴染みが深かったため、良く似た思想に対して、抵抗が少なかったのでしょう。」
「簡単に言うと……『賢者』は、人心に響くように、光の女神教の教義をパクった訳です。」
「ハ、ハハハ。し、辛辣だなぁ、ティオ君は。まあ、本当に光の女神教の教義を真似たのかどうかは分からないけれど、大筋は良く似ていると僕も思うよ。」
チェレンチーは、相変わらず取りつく島もない様子のティオに苦笑したのち、改めて彼に問いかけた。
「それにしても、なぜわざわざ『救世主』なんだろうね。人々の関心を集めて噂になりたいなら、普通に『光の女神様』でも良かっただろうにね。」
それに関しても、ティオは自分なりの解答が既にあったらしく、迷う事なく言葉を返した。
「それは、『救世主』が人間だからですよ。」
「え? ま、まあ、確かに、人間離れしている特別な人間だけれど、人間である事に間違いはないね。」
「『光の女神』は神であって、人間ではない。しかし、『救世主』は、どんなにこの世のものならざる非常識な存在であったとしても、必ず人間だ。」
「そう、人間である事が、ここでは重要なんです。『賢者』の企みには、絶対に必須な要素なんですよ。」
「『賢者』の企み?」
と、怪訝そうな顔をするチェレンチーをはじめとした一同に向かって、ティオは、胸の前で腕を組み、淡々と答えた。
その表情は固く、言葉遣いは丁寧ながらも語調はきつく、凍りつくような冷たい気配が彼の周囲に漂っていた。
思わず、その場に集った幹部達は、ゾクリと身を震わせていた。
「俺が考えるに、『賢者』の最終的な目的は……」
「王族に成り代わり、この国を自分の支配下におく事。」
「まず、今ある国王中心の政治体系を、国王をはじめとした王族の大半を国外追放する形で強制終了させる。そののちに、表面的には、第二王子ベーンが王座について新たに執政を担う体制を整える。そして、『賢者』は、裏で実権を握る形で、この国を手中に収める。……大体こんな筋書きでしょう。」
「そして、同時に、『賢者』自身も、『救世主』として民衆にあがめ奉られ、新国王を凌ぐ影響力を持った存在として、君臨する事になる。」
「そう、『賢者』はこのナザール王国において、自分自身が『救世主』になるつもりなのです。」
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「救世主」
世界が危機に陥った時、どこからか現れ、世界と人々を救うとされる人物。
超人的な能力の持ち主であると思われるが、あくまでも一人間である。
『賢者』は、ナザール王都に『救世主』が現れると予言したという。




