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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第一章 王都での出会い
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王都での出会い #4

 

「それにしても、凄かったよなぁ、サラの活躍! あっという間に、自分より一回りも二回りも大きな大人の男を倒しちまうんだから、ビックリしたよ! サラって、メチャクチャ強いんだな!」

「え?……エヘヘ、私、やっぱり強い? だよねー! まあ、私も、ひょっとして世界一強いんじゃないかって思ってるんだー!」

「あ、じゃあさ、ちょっと腕を見せてくれないか? こう、腕まくりして、力こぶを作って見せてくれよ!」

「力こぶ?……えっと、こう? これでいい?」


 強さを褒められた事で、サラはあっさり上機嫌になって、ティオに言われるまま、服をまくっていた。

 コートと服の袖を肩が露出するまで上げ、グッと拳を握って二の腕に筋肉を浮き上がらせる。

 といっても、サラの華奢な少女の体にはほとんど筋肉はなく、力を込めたところでうっすらとしかコブが盛り上がらなかったが。


「……」

 ティオは、自慢げに自分の細腕をかざして見せるサラの姿を、くすんだ分厚い眼鏡の奥の目をしかめて、しばらく黙ったままジッと見つめていたが……


「……いやいやいや、絶対おかしいだろ! 一体どうなってるんだよ? 腕力は概ね筋肉量に比例するもんだろ? というか、そもそも筋肉がほとんどないのに、なんであんな人間離れした怪力が出せるんだ?……確かに、今は『力の時代』だ。『世界大崩壊』以後、人類は魔力を失った代わりに、肉体の力を得た。それは、人間が、大きく変化したこの世界の理に適応した結果と考えられる。……いや、それでもだ! いくらなんでもこんな細腕であの化け物じみた怪力を出すのは、常識的にあり得ないだろう! サラは、何か、体が普通の人間とは違うのか? 筋肉や骨の性質が異なっているとか?……これはもはや、物理に特化した特殊能力と言えるんじゃないか? あるいは、『力の時代』の世界の理に何か変化が起こっているのか? そう、サラの常軌を逸脱した肉体の力は、新しい『力の時代』の象徴と言うべき何かなのかもしれない。……うーん、実に興味深いな。……」

「……ティ、ティオ?……」

「……あ! わ、悪い! 俺、いろいろ変な事言っちまったな!」

「いや、別にいいよ。難しくって、何言ってるかほとんど分かんなかったし。ただ、ブツブツ凄い早口で喋ってるのが気持ち悪いなぁって思っただけ。」

「あー、コホン。……ありがとう、サラ、腕を見せてくれて。もうしまってくれていいから。」

「うん。」


 気まずげに視線を逸らしているティオの言葉に従って、サラは上げていた袖を下ろし、元のようにその細腕を覆った。

 ティオはしばらく、どうにも噛み砕けない硬い肉でも口に入れてしまったかのような複雑な表情をしていた。


「……ええと、サラって、歳は今いくつなんだっけ?」

「十七歳だよ。」

「十七……」


 即座にキッパリと答えたサラの言葉に、ティオは一瞬目を見張ったが……

 すぐに、ニコッと何事もなかったように満面の笑みを浮かべて返した。


「そうだったな! そう言えば、あのゴロツキ達とやりあってる時に、そんな事言ってたもんな!……じゃあ、俺の一個下だな! 俺、十八歳なんだ!」


 サラは、そんなティオの反応に、密かに「チッ!」と舌打ちした。


 サラが「私は十七歳!」と言うと、言われた相手はもれなく驚く。

 それは、サラが、どうしても十三、四歳ぐらいのあどけなさの残る少女にしか見えないからだった。

 サラ自身も、自分の容姿が客観的にそのぐらいの年齢に見えるという事は、良く良く分かっていた。

 それでも、名前以外全く過去の記憶を持たないサラが、他にたった一つ妙な確信をもって信じていたのが、自分が今現在十七歳である事だった。

 だからこそ、どんなに驚かれようと、変な目で見られようと、年齢を聞かれた時は必ず「十七歳」と答えるようにしていた。

 それは、サラのアイデンティティーに関わる重要な問題で、それを否定されると無性に腹が立つのだった。


 そこで、サラは、この目の前の、何か理由もなくちょっとムカつく、信用のおけない胡散臭い男に「え? 十七歳? 嘘つくなよ!」と言わせて、「嘘じゃないもん!」と、一発彼の横っ面を殴ってやろうと考えたのだったが……

 残念ながら、サラの企みはあっさりとティオにかわされて、失敗に終わっていた。



(……チエッ。ティオのヤツ、やっぱり見た目に似合わず、神経ぶっといなー。……あー、でも、そっか。あのならず者のリーダーっぽいヤツに子供扱いされて私がキレたとこを、ティオは見てたのかー。それなら、私を怒らせないようにって、上手く話を合わせる事も出来るよねー。……ん?……)


 そんな事を仏頂面で考えていたサラの頭に、ふと、ある疑問が浮かんだ。


「ティオ! ねえ!」

「なんだよ?……あのさぁ、サラ、お前の力であんまりバシバシテーブル叩くと壊れるから、もうちょっと抑えてくれよな。」


 ティオはサラが、バーン! と叩いたテーブルがギシギシ軋んで倒れそうになるのを、慌てて端を掴んで止めていた。


「ティオ、いつから目が覚めてたの?……アイツらに蹴られて、派手に吹っ飛んで気絶してたから、当分そのままだと思ってたのにー! すぐ起きてくるしー、なんともなかったみたいにケロッとしてるしー!」

「いや、俺、気絶なんかしてないぞ。」

「へ?」

「あれはだなぁ、蹴られる瞬間に、自分で後ろに吹っ飛んだったんだよ。それで、わざとゴロゴロ派手に転がってバタッと倒れたって訳。……まあ、蹴ったヤツは、冷静に考えれば『あんまり手応えないなぁ』って気づく筈なんだけどな。目の前で派手に倒れるの見ると、『やったな!』ってうっかり思っちまうんだよなぁ。」

「……じゃ、じゃあ、つまりアンタは、私がアイツら四人と戦ってる時、ずっと気絶した振りをしてたの?」

「そういう事!……いやー、最初は心配だったけどー、すぐにサラが恐ろしく強いって分かったから、まあ、一人でも大丈夫かなぁって思ってさー。アハハハハ。」

「……そ、そう。アンタがどういうヤツか、私も良ーく分かったわ。」


 サラは、ティオがならず者に蹴り飛ばされて気を失ったのを見て、仮にも「カタキは取ってあげるからね!」と一人奮闘したのだったが……

 まさか、あの一連のやられっぷりが全部嘘だったとは。

 それを今知って、自分まで見事にティオに騙されていたのが、無性に腹立たしくて仕方なかった。

 素直で正義感の強いサラには、ティオの世慣れて擦れた言動は、いちいち癇に障るものがあった。


(……コイツ、嫌い! ムカつくー!……この男とは、一生分かり合えない気がする! もう、ご飯食べたら、ソッコー別れよう! それで、二度と会わないようにしよう!……)


 しかし、サラがギリギリ歯切りしする一方で、ティオはのんきにヘラヘラ笑っていた。


「いやー、俺さぁ、なんでだか理由は分かんないんだけどー、ああいうチンピラまがいのヤツらに良く絡まれるんだよなぁ。俺って、そんな金もってそうに見えんのかなぁ? 自分では質素な格好してるつもりなんだけどー。」

「お金持ってそうとかそいうのは関係なくって、アンタのそのにやけた顔見てると、イライラして一発殴りたくなるのよ! 私にはアイツらの気持ちが良ーく分かる!」

「ええ? 酷ぇなぁ。世の中理不尽だなぁ。……まあ、そんな訳で、しょっちゅう襲われてる内に、さっき話した技を身につけたって訳なんだよー。殴られた振りで、派手にぶっ飛んでバタッと倒れるヤツな。そうすると、相手が油断するだろー? その隙にさー……」

「分かった! 隙を見せた相手を倒すんでしょ?」

「いや、全速力で逃げるんだよ。……へへ、俺さぁ、逃げ足だけは自信あんだよなぁ。今までこのパターンで逃げ切れなかった事、一度もないんだぜー。スッゲーだろー?」

「そんなの全然自慢にならないわよー! なんで戦わないの? 敵を目の前にして逃げるとか、恥ずかしくないの? 悔しくないの? 超情けないわよー!」

「えー、戦うの嫌だー。俺、戦うの大っ嫌いだもんねー。……戦わないで済むなら、それに越した事ないだろー? 避けられる喧嘩をするのは、労力のムダ、時間のムダ、人生のムダー!」


 ティオはカッと熱くなるサラとは対照的に、どこまでも軽く適当な口調で言ってのけた。


「ほら、俺、平和主義者だからさー。暴力反対ー! 平和最高ー!ってね。」

「いや、アンタは卑怯者で臆病者で弱っちいだけでしょー! バカー!」

「だから、テーブル、バシバシすんなってー!ったく、サラは血の気が多いなぁ。」


 サラは顔を真っ赤にして、再びテーブルを手の平で叩き、慌ててティオが倒れないように押さえていた。



(……もう、コイツ、ほんっと嫌! こんなイラつくヤツ、初めて会ったかもー! どういう神経してんのよー!……)


 サラは心の底から苛立ったが、なんとか気持ちを落ち着けようとした。

 自分がどんなに怒ってもティオは平然としているので、ますます腹が立つだけだった。これ以上一人でイライラするのは損な気がした。


 そんなサラの視界に、先程給仕の女性が水を注いでいってくれた木製のマグカップが映った。

 中には、水の豊富な街らしく、澄んだ水がなみなみと満ちている。

 場所によっては水を貰うにもお金がかかる町もあったが、この都は水はタダのようだった。


(……ムダに叫んだら、喉乾いちゃった。お水でも飲もうっと。……)


 サラは、いい事を思いついたとばかりに、腕を伸ばしてマグカップの取っ手に手を掛けようとしたが……

 その時、鋭い声がテーブルの向こうから飛んできた。


「飲むな!」


 反射的にビクッとして、思わず手を引っ込める。

 改めて声のした方を見ると、ティオがこちらをジッと見つめていた。

 椅子の背にもたれ腕組みをしてくつろいでいた姿勢から、素早く体を起こし、サッと、サラの目の前から手にしようとしていたカップを取り上げていった。


「な、何するの? 返してよー!」

「この水は飲むな、サラ。……と言うか、この街の水は、むやみに飲まない方がいい。どうしても飲みたいなら、一回しっかり火を通してからにするんだ。」


 そう言うティオの顔からは、先程まで浮かんでいた能天気な笑みが消えていた。

 代わりに、ピリリと空気に電流が満ちるような緊張感が漂う。

 思わずサラも、反撃しようとしていたのをやめて、真剣にティオの言葉に耳を傾けていた。



「サラ、この街には今流行り病が蔓延してるって、どこかで聞かなかったか?」

「……そ、そう言えば、そんな事聞いたような気も……」

「サラも、この都の様子を見ただろう?」


「出歩いている人の数は極端に少ない。大通りも真昼間から閑散としている。街中、ゴミがあちこちに散乱して汚れている。……こんな状況の一因は、流行り病で多くの人間が床に伏せったり亡くなったりしているからだ。まあ、その他にも、長引く内戦のせいで税金が上がって庶民の生活が苦しくなってるってのもあるけどな。……ともかく、小国とはいえ、仮にも一国の王都がここまで廃れるのは、かなり異常な事態だ。」

「戦争が続いてる上に、病気もはやってるなんて、酷いね。悪い事が重なっちゃったんだね。」

「さあ、それはどうかな。内戦と流行り病の蔓延は、実は、奥の所で一つに繋がっているのかもしれないぜ。」

「ど、どういう意味?」

「んー……説明すると長くなるから、その話はまたな。今はとりあえず、水に気をつけるって事だけしっかり覚えておいてくれよな。」


 ティオは、サラが飲もうとしていたカップを手元に引き寄せると、その一見清らかに見える水に視線を落として言った。


「流行り病の原因は水にある、と俺は踏んでる。」


「この街に着いてからいろいろ回って見てみたが、この街の生活用水、つまり、日々の洗濯や洗い物が行われている街中を流れている水路、それから井戸からくみ上げられる飲料水も、全般的に水質が悪化している。なんらかの原因で、街の水の汚染が進んでいると思われる。……おそらくそのせいで、こんなに流行り病に罹る人間が出てるんだろう。」

「……」

「まあ、この店は、俺が昨日も来て散々飲み食いしてるからな。大丈夫だとは思うが、念のため、な。」


 ティオは手にしていたカップを、コトリとテーブルに戻し、真っ直ぐにサラを見た。


「だから、サラ、絶対に、この街で生水を飲むなよ。」

「……わ、分かった。」


 ティオの真剣な瞳に打たれて、サラがコクリと素直に頷くと……

 途端にフッと、ティオの周りに張り詰めていた空気が和らいだ。

 気がついた時には、サラの目に映るティオは、もう元のように能天気な笑顔を浮かべていた。


「すみませーん。あっついお茶二つ貰えますかー?」


 ティオはクルリと振り返り、ちょうど料理を運んできた所だった先程の給仕の中年女性に明るく呼びかけていた。


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