終末と賢者と救世主 #10
「そう言えば、サラ、今日はなかなか眠れないって言ってたもんな。……ええと……」
ティオは、サラを長椅子に横たわらせたものの、その後、どうしたらいいものかと考えている様子だった。
「眠るまで、そばに居た方がいいか?」
「それとも、なるべく離れて、そっとしておいた方がいい?」
「……そばに、居てほしい。……」
サラは、体に掛けてもらったひじ掛けを両手で掴んで、目のすぐ下まで引っ張り、小さくそう言った。
それを聞いて、ティオは、コクリとうなずいた。
「分かった。そばに居るよ。」
ティオには、本を読んだり書き物をしたりと、何かやりたい事があるのかもしれないとサラは想像していた。
そんなティオに、そばについていてもらうのは、内心悪い気がしていた。
それでも、サラの要望を聞いて、ティオがなんの迷いもなく「そばに居る。」と言ってくれた時、とても嬉しい気持ちでいっぱいになった。
ティオの近くに、スウッと先程座っていた兵舎の私室に置かれている椅子が出現した。
ティオは、長い脚を組んでそこに静かに腰をおろし、長椅子に横になっているサラを見つめた。
「サラが眠るまで、俺はここに居るから。」
「……うん、ありがとう。……」
そう言って、サラはもう一度、ティオの姿を瞳に映し、彼が確かにそこに居るのを確認した後、そっと目を閉じた。
□
(……ティオは……凄く……優しいよね……)
その言葉は、恥ずかしくて口には出せなかった。
けれど、サラは、本当は、心の中でずっとそう思っていた。
(……一見、宝石と本と遺跡以外には興味なさそうな態度だけど……でも、本当は、誰に対しても基本的に優しいし、親切だよね……)
ティオは、非常に聡明で優秀な人間だったが、だからと言って、彼よりも能力的に劣る他人を見下すような事は一切なかった。
むしろ、どんな相手であろうと、敬意を払って接しているように見える。
その人物の「個性」を尊重し、世界で唯一無二であるその「存在」を大切なものとして考えている。
友達が多いとか、いつも誰かと一緒に仲良く過ごしているとか、おしゃべり好きで世話好きだとか、そういうものではなく……
もっと広い意味で、この世界にある生きとし生けるもの全てに優しく、個々の存在を等しく慈しんでいる、そんな印象を受けた。
(……ティオのそんな性格は、ティオの持って生まれた能力とは、全然関係のないものだよね。……)
サラは、ティオが、以前自分に言ってくれた言葉を思い出していた。
『力があってもなくても、サラはサラだろう?』
そんな風に自分というものを見てもらえたのは初めてで、少し驚くと共に、とても嬉しかったのを覚えている。
そして、その言葉が、今改めて、サラの心に深く染み込んできていた。
(……ティオも、天才でも、そうじゃなくっても、ティオだよね。……)
(……ティオはティオだよ。……)
能力と心は全く別のものだ。
たとえ、ティオが今のように天才的な人物でなかったとしても、自分はきっと、ティオの事をティオとして好きになって、こんなふうに友達になっただろう、とサラは思った。
そう思う一方で……
サラは、ティオの能力に対して、彼の性格は必須だとも感じていた。
確かに、ティオは、一部倫理観がズレていて、特に宝石に関しては、世間一般のルールなどお構いなしに、他人の屋敷に侵入し貴重な宝石を盗みまわっていた事実がある。
現在は、サラが「絶対ダメ!」と彼を制止しているのもあって盗みはやめているものの、もし彼を止める要素がなければ、今でも自由気ままに「宝石怪盗」を続けていた事だろう。
ティオの性格に、全く問題がないという訳ではなかった。
それでも、ティオが本質的に持っている、他者への優しさ、思いやり、尊重する心は……
彼の持つ天才的な能力を使用する方向性をしっかりと定めていた。
(……ティオがもっと性格が悪かったら、大変な事になってただろうなぁ。……)
ティオがもっと強欲で、他人の事など気にも留めない冷酷な性格の人間だったとしたら……
その高い知能をはじめ、鉱石に残った記憶を読むという異能力を生かした情報収集力、警備の厳しい大富豪の屋敷の宝物庫にも難なく忍び込める身体能力や器用さ……
それらを惜しみなく悪用して、きっと恐ろしい事態になっていたに違いない。
もはや、災害と言っていい程の甚大な被害が辺り構わず振りまかれ、それを止めるられる者が居ないという最悪の状態だ。
剣を持てば、誰かを傷つける事は容易だ。
しかし、良識、良心のある普通の人間は、それをしない。
してはいけないという感覚が心の奥にしっかりとあるからだ。
「剣を持っていても、むやみに振るわない」という大前提の元、今日も世界は平和に回っている。
けれど、もし、その平和の前提を覆すような人物が居たとしたら?
大きな力を持ち、かつ、他人を傷つける事を全く厭わず、欲望の赴くままに力を振るう……
そんな人間が一人でも居たとしたら……
世界はきっと、大きな混乱に落ちいるだろう。
そして、その人物が持つ力が大きければ大きい程、世界は強大な危機にさらされる事になる。
『本来は、力自体がいい訳でも悪い訳でもない。要は、使い手の、そして、使い方の問題なんだ。だから、力を使う時は、良く良く慎重にならなきゃいけない。』
『そして、力を使わない時は、しっかりとしまっておくんだ。』
『それが、大きな力を持った者に課せられた義務だと、俺は思っている。』
以前ティオに言われた言葉だった。
それを聞いた時、サラは、自分の身体能力の高さや腕力の強さに気をつけるように、抑えるべき時はしっかりと抑え込めるようにと、ティオが注意してくれたのだと思った。
しかし、今改めて考えると……
そこには、ティオの自戒の念が強く込められていた事に気づいた。
そう、ティオもまた、「大きな力を持つ者」であり、故に「力を制御する義務を持つ者」だったのだ。
(……ティオは、とっても優しいから……)
(……そんなティオの優しさが、ティオの持つ力を抑えてたんだね。……)
冷静沈着な理性や自制心だけではなく、何よりも……
ティオの持つ「優しい心」が……
自身の力を制御し、天災のような被害を周りに振りまかずにいるための、一番の鍵だったのだと、サラはようやく気づいた。
そんなティオの優しを思うと……
また、自然と、閉じたサラの瞳から、熱い涙が溢れ、まつ毛の扉を超えて、頰を伝って流れていった。
□
サラは、ティオが優しい人間で良かったとほっとする一方で……
(……ティオが、天才なんかじゃなかったら良かったのに……)
心のどこかでそう思っていた。
それ程までに、彼の能力は人間離れしていた。
異常で、異質で、あまりにも常軌を逸している。
その力の巨大さは、むしろ、彼の存在を、逆になぜか……
酷く儚く、危うく、脆いものに感じさせる。
まるで、ある時、何の予告もなく、フッとどこか遠い所に行ってしまいそうな、そんな気さえした。
(……ダメ……嫌……)
「……ティオ……」
サラは、ボロボロと涙を落としながら、長椅子のすぐそばに座っているティオに、そっと腕を伸ばした。
こんなに心が掻き乱されるのは、ティオが言うように「精神世界においては感情の振れ幅が大きくなり、情緒が不安定になる」せいなのだろうか?
「どうした、サラ?」
不安そうに、上半身を傾けて顔を覗き込んできたティオに……
どうしてあんな事を言ったのか、サラは自分でも分からなかった。
「……行かないで……」
「……ティオ……どこにも、行かないで……」
「……私を……一人にしないで……」
サラが震えながら伸ばした手を、ティオはしっかりと掴んでくれた。
白く華奢なサラの手を、片手で支え、もう片手で包むように覆う。
じんわりと、ティオの体温が伝わってくる。
精神世界であるので、それは物質世界とは違うものなのだろうが、サラには、ただただ、温かく、優しく、心地良く感じられた。
「俺は、サラを置いてどこかに行ったりしないよ。」
「ずっとサラのそばに居る。」
サラの目を真っ直ぐに見つめて、ティオはそう言った。
ティオの、独特な、深い森を思わせる緑色の瞳を、サラは、今までになく、とても綺麗だと思った。
「……本当に? 本当にどこにも行かない?……ティオ、すぐ嘘つくんだもん。……」
「行かないよ。約束するよ。」
「約束だよ。本当に本当だからね。」
「ああ。」
サラは、握りしめたティオの手にそっと頰を寄せ、それから、再び、静かに瞼を閉じた。
程なく、サラはようやく精神世界で眠りに落ちていったが……
意識が途切れるその間際、心の奥の無意識に近い深い場所で、ぼんやりと思っていた。
(……離れ、たくない……)
(……もう二度と、離れたくない……)
□
「えー、『導きの賢者』と呼ばれる人物が、本当に未来を予知出来る『預言者』であるかどうか、その真贋の程は、とりあえず置いておきましょう。」
「ここでいくら話し合っても、決定的な証拠がない以上、白とも黒とも判別不可能ですので。」
そう補足したのち、夜の定例会議の席上で、ティオは更に続けた。
「重要なのは、『預言者』と噂される人物が『終末論』を説いていたという部分です。『終末論』と『預言』は非常に相性がいい。」
「な、なるほど!……未来が分かるという人物が『世界が滅ぶ』と言っていたら、信じる人がグッと多くなりそうだね!」
「その通りです、チェレンチーさん。『終末論』に信憑性が増すんです。『賢者』はそれまで、いくつか『預言』を的中させていたので、その効果は大きかったと思います。」
ティオは、チェレンチーに向き直り、尋ねた。
「ちなみに、チェレンチーさんは、『賢者』一行が王都で噂になっていた時、何か見たり聞いたりといった事はありませんでしたか?」
「あ……え、ええと……そ、その頃は、僕は父の看病で毎日必死だったから、周囲の状況に全く目がいっていなくって。『賢者』についても、今の今まで何も知らなかったんだ。……ご、ごめん、ティオ君、役に立たなくて。」
「いえいえ。大変な時期だったんですね。無神経な質問ですみませんでした。」
必要以上に恐縮して背中を丸めるチェレンチーに、ティオの方も謝っていた。
「ハーン、なるほどなぁ。預言者ってヤツが世界が滅ぶとか言ったおかげで、ここの街の人間がスゲービビったってのは、良く分かったぜ。それで、街中噂でもちきりになって、それが貴族や王族の耳にも届いた訳だな。そして、国王から、『詳しく話を聞きたい』つって、『賢者』一行は王城に招かれたと。なかなか、上手くやったもんだぜ。」
「しかし、一つ分からねぇ事があるんだがよう、ティオ。」
「何でしょう、ボロツ副団長?」
今まで過ごしてきた環境のせいで教養の類はあまりないものの、地頭は決して悪くないボロツは、ティオの話を概ね理解した様子だった。
その上で、的確な質問をティオに向けてきた。
「世界が滅ぶだのなんだの言って、散々街の人間を怯えさせるってのは、そいつはかえってマズイんじゃねぇか? その、『賢者』のイメージ的によう。」
「なんつーか、俺が王様だったら、あんまりいい感じはしないぜ。預言者だかなんだか知らねぇが、自分のとこの民衆をムダに怖がらせるヤツは、政治をする上で害になるだろう? 俺なら、正直、さっさとどっかに行っちまってほしいって思うぜ。」
「確かに、人心を乱す人間は、執政者にとって、普通、招かれざる客でしょうね。」
ティオは神妙にうなずいた後、声のトーンを変えて、話の切り口を方向転換した。
「実は、先程少し触れましたが、『終末論』にはいくつかの種類があります。」
「共通しているのは『この世界が滅ぶ』という点です。……しかし、それは始まりに過ぎません。このままでは世界が滅んでしまうが、では『それに対して一体どうしたらいいのか?』という答え、つまり『解決策』の部分は、いろいろなバリエーションがあるんです。ざっと大別して簡単に説明します。」
「まず、『特に解決策が示されていない』パターン。……ただただ『もうすぐ世界が滅ぶぞ! 気をつけろ!』と注意喚起をするだけで終わりです。……これは、あまり民衆に好かれません。何しろ恐怖しか与えませんからね。そして、この先どうしたらいいのかという答えもない。ボロツ副団長の言った通り、人々は不安になるばかりで良い事は何もないので、やがて、耳を塞ぐようになります。解決出来ない恐怖なら、頭に入れずに、はじめからないものとして生活する方が、精神的に健全でしょう。いくら大風呂敷を広げても、結末がないと最初から分かっている物語を読みたいと思う者は居ません。」
「そう、『終末論』には、恐怖を煽った分だけ『救い』が必要となります。『世界が滅ぶ』という大きな不安を打ち消すに値するだけの、強力な『希望』が求められるのです。」
「そこで、良くあるパターンが、『宗教に救いを求める』というものです。」
「世界的に広く信仰されている『光の女神教』というものがありますね。どこの街にも一定数の信者が居て、大なり小なり教会があるので、皆さんも良くご存知だと思います。教義については、横道にそれるため省略しますが、基本的にかなり自由な信仰形態です。大雑把に言って、『光の女神』を信じて祈りを捧げていれば、とりあえず『光の女神教』といった感じですね。この自由度の高さが、世界的に信者が多い理由の一つなのでしょう。そういった事情から、同じ『光の女神教』といっても、これだけ世界的に広まっていると、場所場所でかなり違いがあったりします。いわゆる地方色というものですね。」
「そんな、『光の女神教』の教えの中に『終末論』が組み込まれている地方は、実はかなりの数存在します。つまり……『いつかこの世は再び「世界大崩壊」の危機を迎える』が、『光の女神様を信じていれば、必ず救われる』といった感じです。……光の女神教を信仰していれば救われる、祈りを捧げれば救われる、自分の犯した罪を打ち明けて反省すれば救われる、などなど。これにもいろいろとバリエーションがあります。」
「それだけ『終末論』は宗教との親和性が高いのでしょう。……まあ、『高価なお守りを買えば救われる』『教団に多額の寄付をすれば救われる』といった辺りになると、もはや宗教ではなく商売といった感じですが。」
「他にも、『終末論』には『死後の世界に救いを求める』というパターンもあります。……世界が滅び、人々は全て死に絶えるが、死後の世界で幸福になれる。……というものです。ただ、誰でも死後の世界で幸福になれる訳ではなく、救われるのは『限られた者のみ』という論説がほとんどです。例えば、『良い行いをたくさんした者』だとか『善良な者』だとか『悪人であっても、罪を懺悔し改心した者』だとか。なので、この考えも、『光の女神教』をはじめとした宗教と結びついている事例が多いですね。」
「まあ、死後の世界の事は誰にも分からないので、真偽の程は定かではありません。ただ、これもまた『条件つきの救い』だと言えます。誰もが無条件に救われるのではなく、救われるためには、ある条件を満たす必要がある、というものです。その条件が非常に厳しく、救われたいと願う者に多大な努力を強いる形態のものもかなりありますが、意外な事に、この『条件つきの救い』を信じる人間は多かったりします。『苦労をしたらした分だけ、良い事があるべきだ』と考える人が、世の中にはたくさん居るようです。」
ティオは、つらつらと説明をしてきて、ここで一呼吸置いた。
そして、改めて、続きを語り出した。
「さて、問題は『賢者』が唱えた『終末論』における『解決策』ですが……」
「それは……『一人でも多くの人間がこの重大な危機に気づき、やがて来るその時に一致団結して立ち向かう事によって、世界の滅びを止める事が出来る』というものでした。」
「もっと簡単に言うと……『みんなで協力して、頑張って世界を救おう!』という感じでしょうかね。」
ティオは、少し唇の端を歪めて、肩をすくめ、皮肉めいた笑みを浮かべながらそう言った。
読んで下さってありがとうございます。
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とても励みになります。
☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「光の女神教」
かつて世界が「世界大崩壊」により滅びかけた時、光の女神が現れてこれを救った。
という教義を信仰している宗教である。
世界各地に広まっており、人々の思想に大なり小なり根づいている。




