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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第六章 終末と賢者と救世主 <前編>導きの賢者
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終末と賢者と救世主 #8

 

「サラ、動くな。俺に近づくなって言っただろう?」

「ティオ!」


 ティオにギロッと睨まれ、サラは、椅子から飛び降りた状態で、ピタッと静止していた。

 すぐにも目を覚まして物質世界に行ってしまうかに思われたティオは、意外にも、微動だにせず机の前の椅子に座ったままだった。


 机の上に開いていた本を静かに閉じると、それが合図であったかのように、本はスウッとどこかに掻き消えていった。

 代わりに、ティオは、何もない空中から、フウッと紙を出し、更に、スッと羽で出来たペンと、ペンをつけるインクの入った小瓶を机の上に出した。

 おそらく、それらの小物も全て、ティオが記憶から再現した『偽物』なのだろう。

 ティオは、筆記の用意が整うと、さっそく、机の上でカリカリと筆を走らせ始める。

 その姿は、現実でサラの部屋の窓際の机に向かっている姿と全く同じに見えた。


 いや、微かに……ほんのわずかだが、違和感があった。

 ……まるで、何かが欠けているような……

 ……いつもの料理の味つけが足りないような……布地が薄くて向こうがうっすら透けているような……そっくりではあるが、鏡に映った虚像を見ているかのような……


 そこに居るのはティオである事に間違いはないが……

 完全なティオではなく、中身の一部が抜け落ちた状態の、不完全な彼であるような……

 そんな不思議な感覚だった。


 呆然と固まっているサラに気づき、ティオは安心させようとした様子で、ニコッと笑いかけてきた。


「悪いな、サラ。しばらく俺の反応が少し鈍くなると思うけど、まあ、気にしないでくれ。……反応が鈍くなってる間は、大人しくしててくれると助かる。」

「……反応が鈍い?」


 サラは、訳が分からずカクッと首をかしげた。

 ともかく、ティオがここに、精神世界の彼の精神領域に居る事は間違いない様子なので、ホッと胸を撫で下ろす。

 サラは、体にこもっていた力を抜いて、ポスッと長椅子の上に腰をおろした。


「なーんだ、目を覚まして、ここから消えちゃうかと思ったー! もー、ビックリさせないでよー!」

「いや。俺、今、起きてるけど。」

「……は?」

「今、物質世界の方では、机の前で夢中で本を読みふけってるよ。……あ! また、サラがこっちに! なんで、熟睡してるのに、俺の方に転がってくるんだよー? スゲー的確に追尾してくんだけどー。」

「……」


 ティオは、困った様子で顔をしかめ、時折ブンブンと虫でも追い払うように足元で手を振ったりしていた。

 どうやら、物質世界の方では、窓際の机に座って本を読んでいる所に、眠ったサラがゴロゴロ床を転がって寄ってきているらしい。

 ティオ曰く、「足にしがみついて離れない。」との事だったが、今は本を読みたい気持ちが先立っているらしく、サラをどかすのは途中から諦めた様子だった。


「ええぇぇー!? ティオ、今、本当に起きてるのー? だって、全然姿消えてないよー?……その、『精神体』だっけー? ちゃんとここにあるしー! そ、それに、ティオが出した椅子とか机もそのままだしー!」


 三分程経ってから、サラは、ようやく飛びあがって驚いた。

 サラの頭では、今何が起こっているのか理解するのにそこまで時間がかかってしまったのだった。

 思わずティオが、「遅っ」とつぶやいていた。


「いや、今更何言ってんだよ、サラ。俺、今までだって何度も起きてただろー?……俺の布団に入ってきたサラを、要望通りお姫様抱っこでベッドに戻したりしてたじゃないかよー。眠ったままの状態でサラを抱き上げてベッドまで連れて行ける筈ないだろー?」

「ハッ!!……そ、そう言われてみれば、そんな事あったー!」


「えええぇぇぇー!?……ティ、ティオって、まさか……もしかして、ひょっとして……」


「物質世界で起きても、ここに居られるのー?」


 アゴが外れる勢いで驚いているサラに向かって、ティオはもう何度目になるか分からないため息をついていた。

「……本当に、今更だなぁ。」



「……え?……ど……ティ……はぁ?……え、えー、えっと、えーっと! うーんと!」

「落ち着けよ、サラ。」

「ど、どうしてそんな事出来るのよー!」


 サラは、しばらく椅子に腰掛けた状態でバタバタ手足を振って混乱した後、ズビシィッと、ティオを指差して問いただした。

 こんな時にも全く動揺する様子がなく、サラの話に受け答えしながら、一方でカリカリと何かを紙に書き続けているティオの冷静さが、むしろ、八つ当たり的に腹立たしくなるサラだった。


「……今、物質世界では、起きて本を読んだり、寄ってきた私を追い払おうとしたりしながらー……もう一方で、精神世界で、こうやって私と話したりしてるってー……」


「つまり、ティオは、二つの世界で起こってる事を、同時に感じ取って、同時に行動してるって事ー?」


「そうだけど。」

 と、ティオは、淡々と答え、ツッと小瓶の中のインクに羽ペンの先を濡らした。

 本来は、精神世界であるので、いちいちインクをつける必要はないのかもしれないが、その辺は、ティオにとって、思考を整えるルーチンなのだろう。


「……」

 サラはまたもや、衝撃でしばらく言葉を失ったのち……

 ポロリと、実にサラらしい素朴な感想を零した。

「……えー……それって疲れないー?」


「疲れる、か。……どうなんだろうな。俺にとっては、もうこれが当たり前になっちまってるから、良く分からないな。」

「あ、当たり前……ティ、ティオって、ずっとこんな感じで過ごしてきてたのー?……あ! そう言えば、ちっちゃい頃から、気がついたら自然と石の記憶を読んでたって言ってたよねー?」

「ああ、それとはまた別だな。」


「俺が初めて精神世界を認識したのは、だいたい二年ぐらい前の事だったし。」

「あ、あれ? 意外と最近だねー?」

「まあ、いろいろあって。」


「でも、それからは、ずっとここに居るぜ。」

「は?……ずっとって、二年前から、眠ったらいつもここに来てたって事ー?」

「違う違う。二年前に精神世界にある自分の精神領域を認識してから、朝も昼も、二十四時間三百六十五日ずっとって事だよ。」


「精神世界を初めて感じ取ったばっかりの頃の感覚は、もうほとんど思い出せないなぁ。どんなだったかな? まあ、慣れなきゃいけないと思って、必死になってはいたな。その内、気づいたらこの状態が普通になってて、今ではなんとも思わなくなっちまったな。」


「……」

 サラは、またもや、三分程固まり、ようやくなんとか彼女なりに状況を整理したのち、ポツポツと言葉にした。

「……ずっと? ティオ、本当に、二年前からずっと、物質世界と精神世界の両方を感じ取って、両方で行動してって、そうやって過ごしてきてたのー?」


「……わ、私に、この都で出会った時から、今の今までも、ずーっとそうだったのー?」

「まあな。」

「で、でもでも、ティオ、全然普通だったよー? むしろ時々、私よりも感覚が鋭いなーって思う事もあったぐらいでー。」

「それは、俺の努力の賜物だ。なんて、まあ、コツを掴んで慣れただけだけどな。」

「……」


 サラは、聞けば聞く程、自分の想像を遥かに超えた内容で、ひたすら呆然となった。


(……で、でもー、確かに、ティオって器用だもんねー。頭も凄くいいみたいだしー。……)


(……さっきも、私と話しながら、同時に本を読んでたよねー。つまり……いっぺんに二つの事をこなせるって事だよねー?……)


(……え? 待って待って! 今、ティオ、何か書きながら、私と話してるんだけどー?……確か、物質世界では、本を読んでるんじゃなかったっけー?……そ、それはー、二つどころじゃなくって、三つとか、四つとか、同時にこなしたりも出来るって事なんじゃー?……)


(……え、ええぇぇー!? う、嘘だぁー! 私、そんな人、今まで会った事ないよー! ティオって、絶対絶対、なんかおかしいよー!……)



 サラは、ティオに「鉱石に残った記憶が読める」という彼の異能力を初めて聞かされた時、酷く驚いたのを思い出していた。

 その時は「異能力」自体初めて知る概念で、衝撃を受けたというのもあったが。


 確かに、ティオの持つ「鉱石に残った記憶を読む」という異能力は、彼特有で唯一無二のものだ。

 それだけでも、充分ティオに対して見る目が変わる。


(……でも、本当のティオの凄さは、異能力だけじゃない!……)


 それを、サラは、この一週間、嫌という程感じてきた。

 「宝石怪盗ジェム」として暗躍していた彼の本当の身体能力の高さもその一つだった。

 また、傭兵団の作戦参謀となってからのティオは、持ち前の知識の豊富さ、頭の回転の速さを生かして、次々と改革を実現させていった。

 その、優れた判断力、決断力、行動力も含めて、作戦参謀としての能力単体でも、ずば抜けた才能を感じる逸材だった。


 加えて、たった今知らされた事実。


(……元々、感覚が鋭いとは思ってたけどー……)


 世界大崩壊以降の新世界では、ほとんどの人間が感じ取る事が出来ないという精神世界を、ティオは、もはや息を吸って吐くようにごく自然に感じ取っている。

 しかも、物質世界と精神世界の両方を、同時にそれぞれ感じ取り、それぞれで同時に別行動を行なっていた。


 一つの事への集中力は高いが、二つの事を同時にこなせないサラにとっては、ティオの感覚や思考は、もはや、想像出来る範疇になかった。


(……ティオって……本当に、私とおんなじ人間なのー?……)


 ここまでくると、サラが今まで知っていた「人間」という生き物とは思えなかった。

 まるで……既存の人間の枠を超えた、全く別の「何か」であるかのようだった。


(……化け物……)


 サラは、そう思ってしまった自分の気持ちに気づいて、慌ててブンブンと首を横に振って否定した。

 「化け物」……それは、ずば抜けた身体能力と強靭な肉体、圧倒的な腕力を持っているサラ自身が、周囲の人間から思われて、一番嫌な事だった。


(……違う! ティオは、化け物なんかじゃない! ただ、普通の人達に比べて、すっごくすっごく、凄いってだけだもん!……)


 鉱石に残った記憶を読むという異能力……

 「宝石怪盗ジェム」としての、高い身体能力と特筆すべき器用さ……

 作戦参謀として緻密な策謀を巡らせる、破格の知力……


 その一つだけでも、ティオはおそらく、常人の域を軽く超えている。


 だというのに、彼は、それらを全て兼ね備えている。

 しかも、更に、その先があり……


 物質世界と精神性の両方を同時に知覚し、並行して二つの世界で別の活動を行なうという信じられないような行動を……

 ごく当たり前のように、ティオは毎日続けていた。


 それは、サラの中では、最初に聞いた「異能力」の驚きが吹き飛ぶ程の衝撃だった。


(……天才……)


 その言葉が、最も良く、ティオの本質を表現していると、サラは感じた。


 そして、「天才」というものの……

 ……異常さを……異質さを……普通の人間からの乖離の激しさを……

 初めて理解した。


 その衝撃と驚きは、もはやあまりにも……

 「恐怖」に似ていた。


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「机と椅子」

傭兵団の兵舎のサラの私室に備えつけられていたもの。

木製の簡素な作りで、窓際に置かれている。

サラは全く使っていなかったが、同室になってからティオが良く使用している。

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