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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第六章 終末と賢者と救世主 <前編>導きの賢者
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終末と賢者と救世主 #7


「ティオー。今日も来ちゃったー。」

「ああ、みたいだな。もう長椅子は出してあるぞ。」


 サラが夜眠った後精神世界にゆくと、ティオは、いつものように何もない真っ白な空間で、宙に腰掛け静かに本を読んでいた。

 いや、今は、その空間に、サラ用にとティオが出してくれた長椅子がポツンと置かれていた。

 長椅子の上には、以前とそっくり同じく、座布団が敷かれ、幾つものクッションが飾られて、大判のひじ掛けが背にふわりと掛かっている。


 サラは、さっそくテクテクと長椅子に歩み寄り、ピョンと腰掛けると、ひじ掛けをファサリと肩に羽織った。

 サラの小柄な体を覆うには大判のひじ掛けはピッタリで、良い毛布代わりになってくれていた。

 サラは、素朴な作りの長椅子の上で、柔らかなひじ掛けをはじめ、お気に入りの柄の織物で作られた座布団やクッションに囲まれて、ふわふわと心地良くなり、やがてコテンと体を横たえる。


 一旦は、そのまま目を閉じるも、なんとはなしにまた開いて、相変わらずサラから5m程の距離を保って本を読んでいるティオの姿を見つめた。


「ねぇー、ティオー。ティオは、椅子とか出さないのー?」

「え? 俺は、別に要らないな。」

「えー。でもー、ティオがなんにもない所に腰掛けてるのを見てると、なんか不自然で落ち着かないんだよねー。ちゃんと椅子に座ってほしいよー。」

「なっ!……わ、わがままだなぁ。」


 ティオは、サラの訴えに困った顔をしたが、それでも、スッと地面に降り立った。

 地面といっても、本当は何もない真っ白な空間なので、「地面に降り立つような動作をした」と言った方がいいかもしれないが。


 いつもあまり乗り気ではなさそうなティオだったが、サラの頼みは概ね聞いてくれていた。

 ティオなりに、慣れない精神世界に来てしまっている自分を気遣ってくれているのを、サラは感じていた。

 最近は、それを分かっていて、いろいろと要求している所があった。

 毎日同じ部屋で寝起きしている、というか、意図せずではあったが同じ布団で眠っていたりもするので、だんだんティオに対して遠慮のなくなっていっているサラだった。


 ティオは、一旦読んでいた本を手元から搔き消し、目を閉じて意識を集中させていた。

 やがて、スウッとティオのそばに音もなく、簡素な木製の机と椅子が現れた。


 サラが休めるようにと出してくれたのは、かつてティオの自宅にあったという、素朴な中にも温かさの感じられる長椅子で、特徴的な色柄の織物も含め、作り手の思いがこもっているような丁寧な造作のものだった。

 が、ティオが自分用に出したのは、もっと雑な大量生産品という印象だった。

 どこかで見た気がすると思っていたら、それはなんと、今現在サラの使っている兵舎の私室に元々置かれている、安っぽい机と椅子だった。


 ティオが、椅子を引いて机の前に座るのを見て、サラは思わず不満の声をあげていた。


「ええー! なんでその机と椅子なのー? もっといいの出せばいいのにー。ここ、ティオの精神領域なんでしょー?」

「そ、そんな事言ったって……俺が興味を持っていて、細部までしっかり記憶しているものじゃないと出せないって言っただろう? 俺、家具に関心ないからなぁ。すぐに出せるのは、今使ってるこれぐらいしかないんだよ。って言うか、机なんて、使えれば別になんだっていいだろう?」

「……ティオって、ホント、宝石以外には、こだわりみたいなものがまるでないんだねー。ハア。」


 サラはため息をついたものの、どうやらティオには、貴族のお屋敷に置かれているような綺麗な細工の施された家具を出すのは無理そうだと悟って、それ以上は何も言わない事にした。


 どこまでも真っ白な何もない空間。

 そこに、ポツリと、サラが体を横たえている長椅子があり、少し離れた所に、またポツリと、ティオが座って本を読んでいる机と椅子がある。

 それは、相変わらずとても奇妙な光景だったが、ほんの少しだけ、現実の風景に近づいた気がした。


(……まあ、いっかー。……)


 サラは、長椅子に並んだクッションに、あどけなさの残る白い頰をすり寄せて、そっと目を閉じた。



「……どうした、サラ? 今日は眠らないのか?」

「え? ど、どうして私が眠ってないって分かったのー? 私、目を閉じてたのにー。」


 狸寝入りをしていたサラが、パチッと目を開けて、長椅子の上でひじ掛けに包まれた上半身を起こすと、ティオは呆れたようにハアッとため息をついていた。

 手元の本から視線を上げ、サラを見つめる。

「それは、サラの姿がいつまでも消えないからな。」


「この精神世界においては、自己を認識出来なくなったり、精神世界そのものを認識出来なくなったら、今のその姿、精神体を保てなくなって、霧のように搔き消えるって、以前話しただろう?」

「あ! じゃあ、昨日ここで眠った時の私って……」

「眠りについた途端、スウッと姿が消えたぞ。」

「ギャッ! なんか、お化けみたいで怖いー!」


 サラは、モゾモゾとひじ掛けを手繰り寄せて、顔の下半分を隠し、訴えるようにティオをジイッと見つめた。


「……なんか、今日はなかなか眠れなーい。ティオー、面白い話でもしてよー。」

「グズってる子供かよ、お前は。俺、本を読みたいって言ったよなぁ?」

「えー! ティオばっかり本とか読んじゃってー、暇潰し出来てズルイー! 何か話そうよー。 ちょっとぐらい私に付き合ってくれてもいいでしょー?」

「俺は暇潰しで本を読んでるんじゃないっつーの。読書は俺の趣味なんだよ。夜こうやって静かに精神世界で本を読むのは、俺にとって癒しの時間なんだってのー。」


 困ったように片方の黒い眉を歪めたティオだったが、やはりサラの要求を強く跳ね除けるような事はしなかった。


「話し相手になるぐらいなら、別にいいけどな。……ただ、俺は本を読みながらになるけど、それでもいいならな。」

「えー? 本を読みながら話をするなんて、出来る訳ないじゃーん。」

「サラ相手なら、まあ、問題ないだろ。どうせ、難しい話や複雑な話はしないだろうからな。」

「もー! 私の事バカだと思って、すぐ、そういう事言うー!」


 サラは、プウッと思い切り頬を膨らませて不満の意を示した。

 ティオが再び机の上に広げた本のページに視線を落としたのを確認してから、サラはさっそく話しかけてみた。


「ねえ、ティオー……1足す1はー、さあ、いくつでしょうー?」

「2だろ。なんでそんな事聞くんだよ?」

「じゃあねぇ……5足す8はー?」

「13。」

「うわっ! 正解! 凄ーい!」

「……サラ、お前、からかってんのか?」


 否、本を読みながら間髪置かずに返答してくるティオに、サラは本気で感心していた。

 再びサラは、ティオがしっかりと本の上で視線を動かし、ペラリとページをめくったのを確かめてから、満を持して問いかけた。


「ティオ!……36足す79は!?」

「125。」

「うわっ! ホントに速いー! なんでそんなに速くちゃんと計算出来るのー? しかも、本を読みながらー!」

「……サラ、本当の答えは115だぞ。」

「え? 嘘ぉー!……ちょ、ちょっと待って!……ええと、6足す9で15だからー、1繰り上がってー……ああ、もう、繰り上がりのある計算難しいよー!……」


 しかめっ面で両手の指を折り折り必死に計算しているサラの様子をチラと横目で見て、ティオは、もう呆れを通り越したなんとも言えない顔で深いため息をついていた。


「ほ、本当だ! 115だったー!……もう、引っかけ問題やめてよねー。」

「引っかけ問題って。……そもそも自分で計算出来ないものを出題するなよー。……ん!」


 その時、ピクッとティオが体を強張らせた。

 ダラダラとした雰囲気の中、いきなりピリッと走った緊張感に、サラもつられてビクッと硬直する。


「読めた!」

「え? な、何? 何が読めたのー?」

「本だよ。この本。……ここ、三週間ぐらいずーっとかかりっきりで眺めてたんだよ。結構時間かかっちまったよなぁ。ようやく読めたぜー。」

「ほ、本当に、そのぐにゃぐにゃヘンテコな模様を眺めてるだけで読めるようになったのー?」


 サラは、ティオから「読めない本を読んでいる」とは聞いていた。

 そう、つまり、ティオは、何が書かれているか分からない未知の文字を、彼の言を信じるなら三週間程ずっと、空いた時間にジッと眺めていた、という事になる。

 読めない文字を目で追う作業を、果たして「本を読む」と言うのかどうか、サラにははなはだ疑問だった。

 しかし、ティオにとっては「読める本を読むのは意味がない」事らしい。

 ティオは「読書」を自分の趣味だと言い張っているものの、正確には、「本を読むのが趣味」なのではなくて、「本を解読するのが趣味」なのではないだろうか、と思うサラだった。


 しかし、今はそういう様々な疑問はさておき、ティオが読めるようになったという本の内容が気になって、サラは、長椅子から身を乗り出すようにして聞いた。


「そ、それでそれで? その本には、何が書いてあったのー? どんな内容ー? 元々は古代の本を写したものなんでしょー? きっと、すっごい事がー……」

「いや、まだ分からない。このままだと読めないから。」

「はあぁ? さっき、読めたって言ったじゃーん!」



 サラの全力のブーイングを受けて、ティオは冷静に補足した。


「ああ、悪い。正確には、『もう読める』だな。」


「読めない文字で書かれた本を、ただひたすら心を無にしてジーッと眺め続けてると、その内フッと『あ、もうこの文字は読めるな。』って感じる瞬間があるんだよ。」


「それが、物質世界で本物の本を読んでる時なら、そのままスルスル読めるようになるんだけどな。ここは、精神世界で、この本はあくまでも、俺が『本物に似せてそっくりに作った偽物』だからな。偽物を眺めてても、一応読めるようにはなるんだが、なんて言うか、『最後の鍵が足りない』みたいな感じだな。『あ! もう読める!』って感覚はあるんだけどな、実際にはなぜか読めないんだよ。……まあ、そういう『理』なんだとしか言いようがないな。」


「と言う訳で、その『最後の鍵』が必要だ。……つまり、『物質世界で本物の本を読む』事だな。そうすれば、もう、この本は確実に読めるようになる。」


 サラは「へー。」とは応えたものの、ティオの言ってる事は、頭から尻尾までチンプンカンプンだった。


「ふーん。じゃあ、まあ、その本に何が書かれてるのかは、明日の朝までおあずけって事だよねー。明日起きてから、本物の本を読めばー……」

「俺、ちょっと、物質世界で本物の本を読んでくる!」

「え?」


 サラが長椅子に横たわって、クッションの一つを胸にかかえながらゴロゴロしている間にも、ティオはシャキッと背筋を伸ばしていた。

 ウキウキとした表情で今にも物質世界に行ってしまいそうな雰囲気のティオを前に、サラは思わず慌てた。


「……ティ、ティオ? 本気じゃないよねー? わ、私、今、ティオの精神領域に居るんでしょー? こんな状態で、ティオが物質世界に戻っちゃったら、私はー……」

「悪いな、サラ! すぐ戻ってくるからさ!」

「ちょ、ま、待って待って! ティオー!」


 サラは、自分がこの精神世界で眠った瞬間にスウッと姿が消えたと、先程ティオから聞いたばかりだった。


(……って事は……ティオも、起きて物質世界に行っちゃったら、ここの、精神体とか言う今見えてる姿は消えちゃうって事だよねー?……)


(……って言うかー、ここ、ティオの精神領域とかいうヤツでしょー? ティオ本人の精神体や意識がここから消えたら、どうなっちゃうのよー? ええー? わ、私、大丈夫なのー? ねえぇー?……)


 サラは、ガバッと長椅子から起き出して、5m程離れた所に置かれている机の前に腰をおろしたティオの元へと、夢中で駆け寄ろうとした。


「ティオー! ダメェー! 待ってよぅー!!」


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「読めない本」

ティオが良く読んでいる本。

正確には、本に書かれている文字は全く読めない状態なので、「眺めている」と言うべきなのかもしれない。

物質世界(いわゆる現実)でも、大きな布のバッグを肩から掛けて持ち歩いている。

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